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31.遠慮のない公爵様の心の音

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 開かれる扉。

 障害物のない扉の前、私は臣下として膝をつき頭を下げた。

「久しぶりだね」

 過去の戦の中で、彼に随従し戻ってきた魔術師は多い。 そして興奮し戦場から戻った魔術師達から、公爵の武勇は幾度となく聞かされていた。 だからこそ、彼の声はもっと無骨なものを連想していた。

「御無沙汰しております閣下」

 頭を上げる事無く私は言葉を紡ぎます。

「そう、気負わなくてもいい。 君は俺の命の恩人なのだから」

 手が差し出されましたが、私はその手を取れずにいました。 その手を取っていいのでしょうか? 等と言う迷いではありません。 公爵から香る強い魔力の匂いに酔っているような……。 頭がくらくらしたのです。

 強い魔力には、術として発動しなくても、意志の力で制御しなくても、力が宿ります。 いえ、魔力こそが力そのものと言えるでしょう。 その圧力でエミリーは意識を失い、私と言えば私の魔力と交わり会う公爵の魔力に酔ってしまったのです。

 膝をついている状態で、グラリと大きく前のめりに揺れれば、大きな手が私を支えてくれました。

「……申し訳ありません」

 耳に聞こえる自分の声は、熱に浮かされたような……そんな感じで恥ずかしさに顔が赤くなるのがわかります。

「気にするな。 俺は寛容な男だ。 特に自分の花嫁には優しくしたいと考えて居る。 ここには、不快なものが転がっている。 場所を変えようか?」

 頭がぐらぐらした。

 この状況から脱出するためには、対魔術用の術式公式が必要となってきます。 ですが、今はソレを作り上げるだけの気力も集中力もありません。

「エミリー様は……」

「このような娘に様等と呼ぶ必要などない」

 そんな言葉と共に抱え上げられ、どこまでも優しく、愛おしいのだと私に訴えてくる魔力の音色に恥ずかしさを覚え、赤くなる頬を公爵様の胸元に顔を埋めかくしてしまいました。

「可愛い子だ」

 甘い声と、愛情深い魔力の音。 溺れるような感覚に助けを求めて、愛おしいネズミに必死に助けを求めてしまう……私は、孤独が日常だったから、こんなのには耐えられない。

『ルーク』

 助けを求めるように呼び掛けてみたが、その姿を見せることはない。

『ルーク!!』

 緊張していると、困惑していると、不安に思っていると知っているのに消えた事が腹立たしかった。 何故一人にするのかと言うルークへの不満、そして捨てられてしまったかのような不安にグルグルしていれば、立派だが落ち着いた雰囲気の部屋へと連れていかれていました。

「ぁ、えっと、ここは……」

 公爵様への正しい言葉遣いなど、混乱の前にぶっとんでしまいます。

「そう、不安がるな」

 ストンと座らせられたのは、何故か膝の上で、その膝の持ち主はベッドの縁に腰かけています。

「ぇ?」

 多分きっと間抜けな顔をしていたでしょう。 そんな自信は必要ないのですけど……残念ながら、私を見下ろす黄金色の瞳が笑っているではありませんか。

 ですが、笑ってはいるけど、それは、愛おしいと言う思いが強く、だけどわずかに不安が入り混じり、戸惑いの音色が聞こえる。

 私は、なぜ、愛されているの? と言う戸惑いは流石に本人に聞くわけにもいきませんよね? ただ相手の好意に困惑していれば、公爵様が私に問うてきました。

「そういえば……君は好きな人がいるとか言っていたが」

 嫉妬と落胆、愛憎の音色。

 だけど頬に触れる手は優しくて、心地いい。 ルークも……私が撫でている時は、こんな風に心地よいと思ってくれただろうか? なんて、目の前の公爵を無視してルークに思いをはせてしまう。 なのに、ルークは呼びかけに答えてはくれない。 

 不意に激しく聞こえる魔力の音色。


 それは、閃き。


 そして、殺意でした。
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