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1章 潮
04.迫る
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「ごちそうさまでした」
そうお礼を述べる私はご機嫌だ。
時間は、想定していた時間よりも遅く10時を過ぎている。男性と二人でいるには少し抵抗のある時間かもしれない。
だから、タクシーを止めようとしている高木に頭を下げて去ろうとしたのだ。
「送っていくよ」
「いえ、電車はまだありますし、それに明日も早いですよね?」
「直接営業先に行くから、問題はありません」
「私の方が問題なんですよ。同じ大学の子の視線がありますから」
「それは、気遣いが足りなかったらしい。わかったよ。だけど駅までは見送ろう。ここの通りは静かだからね」
足音が一つ、また一つと増えて雑踏へとたどり着く。
夜を照らす明かりの下、人は目的地を目指し歩く――躊躇いの無い足音。歩幅はまちまちだが速度は一定。
私はリズムをずらした。
私の遊びに気づいたのか、チラリと見上げた高木が薄く笑っていた。人は多い、背丈の差もある、それでも高木の腕は私に届く範囲を保っている。
私を見ている視線。
私はそっと視線を逸らす。
音、音、音、交差する足音。
スマホから漏れる音楽、話し声。
私は音と遊ぶ。
「危ない」
伸ばされる腕が肩を抱き、足元の障害物を回避させた。
「すみません。なんだか……なんだろう……雰囲気に酔ったのかな? 恥ずかしい」
酒は飲んでない。
「可愛いですね。少し休みませんか?」
「いえ、電車が来るので」
スマホの時計を見せつければ、高木がペットボトルの水を差しだす。私は少しためらったが受け取った。
「ありがとうございます」
高木はただ薄く笑みを形作る。
足音は続く。
私達は立ち止まる。
流れる音から外れた私は、同じように外れた音を耳にした。一定のリズムがずれる違和感。だけど、それは音楽ではなく人の流れだから多分そういうもの。
「ここで大丈夫です」
見上げる視線で伝える。
「人が多いし、ホームまで見送るよ」
「大丈夫です。タクシーに乗るならここで別れた方が無駄がありませんから。ご馳走様でした。ご飯、美味しかったです」
少し、大げさに私は喜んで見せる。
「そう、気を付けて帰るんだよ。帰ったら連絡をくれると嬉しいな。心配せずにすむからね」
私は多くを語らず飲み込んだ。
ご飯美味しかったな~~。
車内は空いていて席は空いている。
ストンと座り、ゴトゴトという音と流れる景色に意識が行く。
人は少ない。
自分の世界に皆堕ちている。
置物のような人――立っている人、紺色のフードを深くかぶっていて顔は見えない。視線はスマホに落ちていた。その人が気になった理由は席が空いているのに立っているから。
ホームにつき扉が開く、男は降りない。
つい、ガラス窓に映る男を見ていた。
気付けば次は目的の駅だった。
男は動いていた。
心がザワリとする。
駅を前にして立てば、男が私の前にいた。
なんだか――。
電車は停まる。
人の音は静かで、機械音だけが聞こえる。
歩き出す私の前を大股で歩く男。
背丈は高木と変わらないくらいだが、肩幅は広く筋肉質なのが階段を上る動きから分かった。前を歩く男は私からドンドン離れて曲がり角で姿が見えなくなった。
ホッとした。
改札を抜けマンションまで歩く。
歩道のない車線のラインも無い道路はかろうじて車が行き交える広さ。
電柱についた明かり。
ジリジリとなる音。
時折、不安定に点灯を繰り返す明かり。
後ろから聞こえだす足音に、鼓動が跳ねる。
私の一歩は大きくなる。
足を出す速度が速くなる。
それでも男を引き離す事はできない。切れる息とマンションのエレベーターに乗り安堵する私――そして、同じマンションに入って来た男。男はエレベーターの前に立ち、エレベーターは昇りだす。
交わされる視線。
私は部屋へと急ぎ戻った。
はぁはぁはぁはぁ、乱れる呼吸の音が私の脳裏を埋めてくる。休む間もなく鍵をして鎖をかけながら、扉の外を気にかけた。乱れた息と鼓動が速い。
扉に張り付き、ドアスコープを覗きながら息を潜めた。静かな世界に鼓動の音だけが忙しい。
人の歩く音は聞こえない。
時間の感覚は失っている。
いつまでこうしていればいい?
LINEのメッセージ音が終わりの合図となった。
“大丈夫?”
“大丈夫です。無事、部屋に戻りました”
男は――来ない。
私は、風呂の湯を溜めるために浴室へと向かった。
そうお礼を述べる私はご機嫌だ。
時間は、想定していた時間よりも遅く10時を過ぎている。男性と二人でいるには少し抵抗のある時間かもしれない。
だから、タクシーを止めようとしている高木に頭を下げて去ろうとしたのだ。
「送っていくよ」
「いえ、電車はまだありますし、それに明日も早いですよね?」
「直接営業先に行くから、問題はありません」
「私の方が問題なんですよ。同じ大学の子の視線がありますから」
「それは、気遣いが足りなかったらしい。わかったよ。だけど駅までは見送ろう。ここの通りは静かだからね」
足音が一つ、また一つと増えて雑踏へとたどり着く。
夜を照らす明かりの下、人は目的地を目指し歩く――躊躇いの無い足音。歩幅はまちまちだが速度は一定。
私はリズムをずらした。
私の遊びに気づいたのか、チラリと見上げた高木が薄く笑っていた。人は多い、背丈の差もある、それでも高木の腕は私に届く範囲を保っている。
私を見ている視線。
私はそっと視線を逸らす。
音、音、音、交差する足音。
スマホから漏れる音楽、話し声。
私は音と遊ぶ。
「危ない」
伸ばされる腕が肩を抱き、足元の障害物を回避させた。
「すみません。なんだか……なんだろう……雰囲気に酔ったのかな? 恥ずかしい」
酒は飲んでない。
「可愛いですね。少し休みませんか?」
「いえ、電車が来るので」
スマホの時計を見せつければ、高木がペットボトルの水を差しだす。私は少しためらったが受け取った。
「ありがとうございます」
高木はただ薄く笑みを形作る。
足音は続く。
私達は立ち止まる。
流れる音から外れた私は、同じように外れた音を耳にした。一定のリズムがずれる違和感。だけど、それは音楽ではなく人の流れだから多分そういうもの。
「ここで大丈夫です」
見上げる視線で伝える。
「人が多いし、ホームまで見送るよ」
「大丈夫です。タクシーに乗るならここで別れた方が無駄がありませんから。ご馳走様でした。ご飯、美味しかったです」
少し、大げさに私は喜んで見せる。
「そう、気を付けて帰るんだよ。帰ったら連絡をくれると嬉しいな。心配せずにすむからね」
私は多くを語らず飲み込んだ。
ご飯美味しかったな~~。
車内は空いていて席は空いている。
ストンと座り、ゴトゴトという音と流れる景色に意識が行く。
人は少ない。
自分の世界に皆堕ちている。
置物のような人――立っている人、紺色のフードを深くかぶっていて顔は見えない。視線はスマホに落ちていた。その人が気になった理由は席が空いているのに立っているから。
ホームにつき扉が開く、男は降りない。
つい、ガラス窓に映る男を見ていた。
気付けば次は目的の駅だった。
男は動いていた。
心がザワリとする。
駅を前にして立てば、男が私の前にいた。
なんだか――。
電車は停まる。
人の音は静かで、機械音だけが聞こえる。
歩き出す私の前を大股で歩く男。
背丈は高木と変わらないくらいだが、肩幅は広く筋肉質なのが階段を上る動きから分かった。前を歩く男は私からドンドン離れて曲がり角で姿が見えなくなった。
ホッとした。
改札を抜けマンションまで歩く。
歩道のない車線のラインも無い道路はかろうじて車が行き交える広さ。
電柱についた明かり。
ジリジリとなる音。
時折、不安定に点灯を繰り返す明かり。
後ろから聞こえだす足音に、鼓動が跳ねる。
私の一歩は大きくなる。
足を出す速度が速くなる。
それでも男を引き離す事はできない。切れる息とマンションのエレベーターに乗り安堵する私――そして、同じマンションに入って来た男。男はエレベーターの前に立ち、エレベーターは昇りだす。
交わされる視線。
私は部屋へと急ぎ戻った。
はぁはぁはぁはぁ、乱れる呼吸の音が私の脳裏を埋めてくる。休む間もなく鍵をして鎖をかけながら、扉の外を気にかけた。乱れた息と鼓動が速い。
扉に張り付き、ドアスコープを覗きながら息を潜めた。静かな世界に鼓動の音だけが忙しい。
人の歩く音は聞こえない。
時間の感覚は失っている。
いつまでこうしていればいい?
LINEのメッセージ音が終わりの合図となった。
“大丈夫?”
“大丈夫です。無事、部屋に戻りました”
男は――来ない。
私は、風呂の湯を溜めるために浴室へと向かった。
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