境界の音

迷い人

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1章 潮

11.これは、恋ですよね?

「ぁ、ツナマヨ」

「高乃さんが、坊ちゃまは魚介系が好物だって、ツナマヨと鮭を準備してくれたの」

「昨日は家に戻ってからはあまり一緒にいられなかったけど、大丈夫だった?」

 申し訳なさそうな不安そうな高木に私は笑う。

 昨晩、屋敷の人達が甘い菓子と温かい茶を用意してくれた。高木の子供の頃の話を、ぽつり、ぽつりと。

 初めて歩いた日の事とか、身体が弱くて自宅学習中心で、庭師の後について回ったとか。そういう話を聞いて楽しかったと伝えれば、

「皆、良い人でしたよ」

 意地悪な様子で笑ってみせると、高木は少し困りながら視線をそらし冗談を言うように苦く笑う。

「……何を言われていたのか、少し怖くもあるね」

 そして私は笑い、高木は誤魔化すようにオニギリを食べ続けていた。私はと言えばオニギリ一つで満足して水を飲み、景色に耳を澄ませる。

 鳥の声、揺れる木の葉、風の音、言葉はないけれどその沈黙すら心地よく、石段の上に置いた手に高木の手が触れ、私は高木を見た。

「ごちそうさま。美味しかったよ」

 ふっと高木の顔を見て、静かに笑みを交わし合う。特別な言葉はないけれど、それでいいと思える。

「行こうか?」

 手、指先は離れ私達は歩き出す。
 聞こえる鳥の声に耳を澄まし、観光客をいつも見ているだろうカラスを見上げ先を進む。

 高木は他の季節が見える景色を語ってくれる。とても穏やかで優しい声で、そして私を見る黒目がちな瞳――私はつい言葉を口にしていた。

「また、一緒に来たいな」

 私が言えば、視線を伏せ口元は笑みを浮かべながら高木が返す。

「また、一緒に来よう」

 言葉を紡がず、ただ並んで階段を昇れば、鼓動の音も呼吸も……思いまでもが揃っているようで、時折、ぎこちなく触れる指先に鼓動が早くなる。

「階段キツイ」

 顔を覆い誤魔化し私が言えば、高木が静かに笑いながら返す。

「キツイね」

 高木の言葉はどこまでも優しく私の言葉を繰り返し、でも、試すような言葉と笑みが私に向けられる。

「頑張ったね。もうこりごり?」

「また、一緒に来たいって言ったでしょ」

 拗ねた風になってしまって、高木は嬉しそうに笑い、私は立ち止まり見惚れた。顔立ちの整った人だとはずっと気付いていたけれど、彼の横顔に私は歩みを止める。

 なぜ? 理由が上手く言葉にできなかった。

「なら、良い場所があるよ」

 動かない私に差し伸べられた手に手を重ねて向かう先には、水の張った桶があった。ぷかぷかと幾つかの一円玉が浮いている。

「これは?」

「一円玉を浮かせる事ができると、願いが叶うんだって。叶うかどうか試そうよ」

 差し出される一円玉はポケットから渡された。

 信じるかどうか?と言えば気の持ちようだと思う。だけど、それを彼と二人でやることが何故か嬉しかった。

「あぁ、なんか手を離すのが怖い」

 一円玉を手に、水に任せきることができずに私はタイミングを窺っていると、

「え、ごめん、もう浮かせちゃった」

 高木はアッサリと済ませていた。

「なんか、コレで浮かなかったら責任が」

「浮かなくても、一緒に来るからいいよ」

 高木は笑う。

 約束……。

 そして一円玉は浮いて――思っていた以上に嬉しくて、そして顔に出ているだろう気持ちが恥ずかしかった。

 そして、私達は町を眼下に眺める場所へと移動する。火照る頬を冷やす海風、夏から秋へと移る季節が風に乗る。

 ふわりと私の肩にかけられる上着に、視線を高木へと向けた。

「風邪をひくよ」

「高木さんだって」

「私は寒さに強いからね」

 そう言いながら、私達は見下ろす景色へと視線を向けた。

「良い景色ですね」

「でしょ」

 たたずむ沈黙。そして高木は紙コップに水筒からコーヒーを注ぎ入れた。ちょうど身体が冷えたところに温かな香りが誘う。渡されるコーヒーを二人で飲んだ。

「もう少し熱いと思っていた」

 高木がそう言ったのは、いつも熱めのコーヒーを私が飲んでいるのを知っていたからだろう。

「でも、美味しいです」

「持たされたんだよ。君がコーヒー好きって話をしていたんでしょう?あとコレ」

 クッキーが差し出される。

「なんか、悪いね。その……私が、特別な人を連れて来たって、はしゃいじゃってさ」

 照れた様子で笑う彼に、私は胸の奥がくすぐったくなった。会社で飲むコーヒーとは違う――言葉にできない味の違いがあった。

 明日も、明後日も……こんな風にコーヒーを飲めるといいな。

「もう少し、歩こうか?」

「ですね」

 ぎこちなさすらも心地よく、カラスだけが、やけに大きな声で鳴いていた。まるで、何かを訴えかけるかのように。

 奥へと向かう。
 白峰神社へと向かったはずだった。



 風が止んだ……。

 襲ってくるのは突然の眠気。

 揺れる視線に高木をとらえる。

 あぁ――。
 私だけではなく高木も戸惑っている。

「……眠い?」

 ゆらりと頼りなく身体がぐらつく。

 白峰神社へと続く道。

 こんな場所で眠るなんて……他の人が見たらなんて思うだろうか?起きなきゃ……でも身体が言うことを聞かない。

 高木が私の腕を引いた。通りの脇、木立の影。人の視界を避けるような場所に、私を抱き寄せて座り込む。

「少し、休ませてもらおうか?」

 困った様子だけど、守るように、覆うように、居場所を決める。

 感じたのは高木の匂い。
 鼓動の音……。
 それも、だんだんと遠ざかる。
 私の視界は揺れて動く。

 暗く。
 意識が――沈む。

 こんな場所で眠れば迷惑になる……迷惑に……でも、眠くて、眠くて……高木が私を抱きしめ、隠すように地面に座り込み――そして眠りにおちていく。
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