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1章 潮
17.忘れ物
心も体も疲れて、動けなかった。
それでも……私は三宮をジッと睨みつける。
「高木さんの家に、預けたものを返してもらいに行くんですよね。いつ行くんですか!!」
強張った心と身体は動かない。
甲羅で包まれた高木を思い出し、いっそう冷えた。
外見は化け物と呼ぶに十分だったのに、私は彼を今も嫌っていない。
よくわからない感情が渦巻き、冷えた身体の奥で熱だけが暴れていた。
「三宮さっ、ぁ、」
軽くトンッと押されただけ、それで私はソファに腰を落としてしまった。
「な、に……」
三宮は横眼で一瞬チラリと私を見たものの上着を脱ぎソファにかける。
視線はもう私を捉えていない。
「……寝ろ」
「嫌です」
「足、見たのか傷だらけだ。顔色も悪い」
「でも!!荷物が」
「とってきてやるって言った」
「私も行きます」
沈黙。
三宮は溜息をつき、ケトルに水を入れて湯を沸かしココアを入れて、私の前に置き彼自身はやっぱり私を見る事無く、新しい煙草に火をつけた。
ココアに口をつけながら、欲しい言葉を待った。
「あぁ……何なんだよお前は。折角助けたのに、台無しにしたいのか?まったく、大人しくできないのか」
真顔で私を見つめてくる。
約束……とでも言いたげな視線。
約束——叶えられなかった約束を思い出して、唇を噛んだ。
「……約束します」
「騒いだら置いていく」
「分かりました」
「どんな所でも置いていく。誰がいても置いて行くからな」
「分かったって言ってるでしょ」
そして溜息のような煙が吐き出された。
三宮はしばらく真樹を見た。
それから、短く言った。
「着替え……それと靴。何かあるだろう。探してくる」
少し休み、軽く食事をして高木家のお屋敷に隣接する広い駐車場に高木は堂々と車を止めた。
「いいんですか?」
「木を隠すなら森、人を隠すなら町、なら車を隠すなら駐車場だろう」
何か違うような?
首を傾げる私に、三宮は喉の奥で笑っていた。
屋敷内は、夜でも、灯りは灯っていた。
車を降りた瞬間、空気が変わった。
山の匂い。線香の匂い。そして——潮の匂いが、かすかに混じっている。
「……まだ、人がいる」
「当たり前だろ」
三宮は低く言って、先を歩く。
正面から入る気はないらしい。
塀沿いに進み、木々の影を使いながら、裏手へと回る。
灯りのついた和室が、遠くに見えた。
広い部屋に、人が集まっている。
本来なら祭りの準備が行われるはずだった場所だろう。今は——誰も笑っていない。誰も動いていない。ただ座って、声だけが低く重なっている。
お通夜だ、と思った。
廊下の端、大きな古時計が止まっていた。
針は、23時12分を指したまま。
入れるのか? 入って進めるのか?
どうやって屋敷の中に、あの部屋にある荷物を取りに行く?そして三宮は?
「大丈夫なの?」
裏門、警備らしき人影が見えたが、酒瓶を手に持ち座り込み寝ていた。
「好都合だろ」
三宮は嫌味っぽく口角を上げ、迷わず進む。
私はその背中についていくしかなかった。
廊下の角を曲がった先に、人影があった。
足が、止まった。
「高乃さん」
声が、勝手に出た。
高乃は振り返った。
驚いた様子はなかった。
「……来ると思っていました」
静かな声が続く。
「ごめんなさい。これが私にできることだから」
溢れるものがあった。
高乃さんのこと、好きになっていたのに。
敬意と好意が混ざったような、そういう気持ち。
「説明してよ!!あれは何だったの、高木さんは、高木さんは——」
「煩い」
三宮が、低く遮った。
「もう少し——」
「騒いだら置いていくと言った」
約束だった。
唇を噛んで、呑み込んだ。
三宮は高乃を見た。
「奴はどこだ」
「神の間に」
高乃は迷わず答えた。
「警備は」
「眠っています」
三宮の目が、わずかに動いた。
「……準備していたのか」
「ええ」
高乃は静かにうなずいた。
彼女は失敗した側の人間ではなかった。
集団の中ではみ出た一人のように哀れでもなかった。
覚悟があった。
準備していた。
そういう顔だった。
高乃は真樹へと向き直り、一歩近づいた。
そして——抱きしめた。
「っ——」
力強くはない。でも、離さない。
「貴女のことが好きでしたよ」
温かい温度、規則正しい鼓動に真樹は動かず、目を閉じた。
耳元で、静かに言った。
「高木の家とは関係ない、貴女との時間が——楽しかった」
自分と真樹を慰めるための抱擁だと、何となく分かった。
だから、私も——高乃の背中に、そっと手を回した。
どれくらいそうしていたか、分からない。
気付けば三宮が居なくなっていた。
それでも……私は三宮をジッと睨みつける。
「高木さんの家に、預けたものを返してもらいに行くんですよね。いつ行くんですか!!」
強張った心と身体は動かない。
甲羅で包まれた高木を思い出し、いっそう冷えた。
外見は化け物と呼ぶに十分だったのに、私は彼を今も嫌っていない。
よくわからない感情が渦巻き、冷えた身体の奥で熱だけが暴れていた。
「三宮さっ、ぁ、」
軽くトンッと押されただけ、それで私はソファに腰を落としてしまった。
「な、に……」
三宮は横眼で一瞬チラリと私を見たものの上着を脱ぎソファにかける。
視線はもう私を捉えていない。
「……寝ろ」
「嫌です」
「足、見たのか傷だらけだ。顔色も悪い」
「でも!!荷物が」
「とってきてやるって言った」
「私も行きます」
沈黙。
三宮は溜息をつき、ケトルに水を入れて湯を沸かしココアを入れて、私の前に置き彼自身はやっぱり私を見る事無く、新しい煙草に火をつけた。
ココアに口をつけながら、欲しい言葉を待った。
「あぁ……何なんだよお前は。折角助けたのに、台無しにしたいのか?まったく、大人しくできないのか」
真顔で私を見つめてくる。
約束……とでも言いたげな視線。
約束——叶えられなかった約束を思い出して、唇を噛んだ。
「……約束します」
「騒いだら置いていく」
「分かりました」
「どんな所でも置いていく。誰がいても置いて行くからな」
「分かったって言ってるでしょ」
そして溜息のような煙が吐き出された。
三宮はしばらく真樹を見た。
それから、短く言った。
「着替え……それと靴。何かあるだろう。探してくる」
少し休み、軽く食事をして高木家のお屋敷に隣接する広い駐車場に高木は堂々と車を止めた。
「いいんですか?」
「木を隠すなら森、人を隠すなら町、なら車を隠すなら駐車場だろう」
何か違うような?
首を傾げる私に、三宮は喉の奥で笑っていた。
屋敷内は、夜でも、灯りは灯っていた。
車を降りた瞬間、空気が変わった。
山の匂い。線香の匂い。そして——潮の匂いが、かすかに混じっている。
「……まだ、人がいる」
「当たり前だろ」
三宮は低く言って、先を歩く。
正面から入る気はないらしい。
塀沿いに進み、木々の影を使いながら、裏手へと回る。
灯りのついた和室が、遠くに見えた。
広い部屋に、人が集まっている。
本来なら祭りの準備が行われるはずだった場所だろう。今は——誰も笑っていない。誰も動いていない。ただ座って、声だけが低く重なっている。
お通夜だ、と思った。
廊下の端、大きな古時計が止まっていた。
針は、23時12分を指したまま。
入れるのか? 入って進めるのか?
どうやって屋敷の中に、あの部屋にある荷物を取りに行く?そして三宮は?
「大丈夫なの?」
裏門、警備らしき人影が見えたが、酒瓶を手に持ち座り込み寝ていた。
「好都合だろ」
三宮は嫌味っぽく口角を上げ、迷わず進む。
私はその背中についていくしかなかった。
廊下の角を曲がった先に、人影があった。
足が、止まった。
「高乃さん」
声が、勝手に出た。
高乃は振り返った。
驚いた様子はなかった。
「……来ると思っていました」
静かな声が続く。
「ごめんなさい。これが私にできることだから」
溢れるものがあった。
高乃さんのこと、好きになっていたのに。
敬意と好意が混ざったような、そういう気持ち。
「説明してよ!!あれは何だったの、高木さんは、高木さんは——」
「煩い」
三宮が、低く遮った。
「もう少し——」
「騒いだら置いていくと言った」
約束だった。
唇を噛んで、呑み込んだ。
三宮は高乃を見た。
「奴はどこだ」
「神の間に」
高乃は迷わず答えた。
「警備は」
「眠っています」
三宮の目が、わずかに動いた。
「……準備していたのか」
「ええ」
高乃は静かにうなずいた。
彼女は失敗した側の人間ではなかった。
集団の中ではみ出た一人のように哀れでもなかった。
覚悟があった。
準備していた。
そういう顔だった。
高乃は真樹へと向き直り、一歩近づいた。
そして——抱きしめた。
「っ——」
力強くはない。でも、離さない。
「貴女のことが好きでしたよ」
温かい温度、規則正しい鼓動に真樹は動かず、目を閉じた。
耳元で、静かに言った。
「高木の家とは関係ない、貴女との時間が——楽しかった」
自分と真樹を慰めるための抱擁だと、何となく分かった。
だから、私も——高乃の背中に、そっと手を回した。
どれくらいそうしていたか、分からない。
気付けば三宮が居なくなっていた。
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