境界の音

迷い人

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2章 囀り

02.良い人

 違和感を覚えてから三日が経った。
 大学の様子は、少し変わっていた。

 何が変わったのかと聞かれたら、うまく言えない。
 変わったというより——整った、の方が近い気がする。

「最近さ」

 廊下を歩きながら、隣の会話が耳に入る。

「私たち、わかりあえてるよね」

 笑い声は軽く。
 女性同士の距離感は近い。

 人が目に入るたびに、
 どこかで理解が結ばれている。

 あって当たり前だった“様子をうかがうような気まずさ”は、不思議なほどにないのだ。

 相手の様子を探る、あの少しだけ臆病な感じがない。
 どこまでも、問題がない。
 整い過ぎている。

 同じタイミングで笑い。
 同じタイミングでジュースを欲しがる。

 確認するまでもなく、教室を移動し、講義がないものは不思議に寄り添える場を好んでいた。

 気のせいかもしれない。
 気のせいにしておいた。

 そういう時もあるかもしれない。

 まぁ、いいや。
 でも、私は何かざらついた感触に拒否感を覚えた。



 だから人から外れる。
 庭のベンチに座って、昼食を食べていると、近くの学生たちの声が聞こえた。

「前より優しい人、増えたよね」
「揉め事減ったし」
「なんかさ、居心地よくない?最近」

 頷きが揃う。
 言葉が揃う。

 *良い人が、増えた。*

 それは本当のことのように聞こえた。
 悪いことでは、ない。
 ないはずなのに。

 私だけが、少しだけズレていた。
 うまく頷けなかった。
 頷く理由が、見つからなかった。

 お弁当の隙間が心の隙間のように気にかかり蓋を閉める。
 食欲が――。

 無意識に溜息をついていた。



「最近元気ないでしょ」

 背後から急に声をかけられる。
 そして、ジッと目を見つめられる。

「探したんだから」

 こんな風に見る子だっただろうか?

「ごめんね。井上さん」

「別に謝る事じゃないけど、榊さんの事が分からなくて不安になってくるの」

 ジッと見つめて来る。
 思わず視線をそらしていた。

「どうして!!そんなのよ!」

「な、何が?」

 驚けば、少し間をおいて溜息をつかれた。

「そうね、榊さんは以前から鈍いところがあるから」

 勝手に納得されイラっとした。

「ぁ、怒った?」

 気分を害した事を理詰めで責められ、自分の正当性を語りだすと思った。だけど、違った。なぜか満足そうな顔をしている。

「今日、サークルで集まるんだ。来て」

「飲み会?」

「ううん、大学で。なんかさ——気分よくいよう的な?」

 友達は少し笑った。

「榊さんは鈍いから気付いてないかもだけど、今の大学ってさ一体感みたいなものがあるのよ。それが気持ちいいよねって」

 気付けば人が増えていた。
 そして井上さんの言葉に同調する。

「そうそう」「分かる」「私たち、わかりあえてるし」

 同じ声の高さで、同じ間で。

 気持ちよさそうだった。
 本当に、気持ちよさそうだった。
 悪意が、どこにもなかった。

 私は、少しだけ遅れて笑った。

 ---

 夜だけど大学の中庭は、思ったより明るかった。

 サークルの集まり。
 井上さんの入っている文芸系のサークルで、海外書籍を翻訳し紹介しあっていたはず。

 12人の女性が集まっていた。

 酒は弱い、というより誰もそれほど飲まなかった。
 それでも妙に盛り上がっていた。

「大丈夫?」
「分かるよ」
「そういうときあるよね」

 相談ごとに同調する。
 適当に相槌を打っているのではなく、本当に理解しているようだった。

 優しい言葉が続く。
 誰も責めることはない。
 否定する声がない。

 どこまでも、思いやり、理解される場は、居心地が良さそうだった。
 良いものだと思う。
 でも、私は連鎖するうなずき、同調に、彼女達が感じる心地よさはなかった。

 誰かが言った。

「真樹ってさ」

 少し、間があった。

「……あんまり、そういう感じじゃないよね」

 責めていなかった。
 ただの観察。

 それが連動し全員が私を見ていた。
 じっと見てくる。
 まるで、答えを確かめるみたいに。
 そして、私に近寄ってくる。

 悪意は、本当に、どこにもなかった。

 全員が、黙った。

 頷く者もいなかった。
 否定する者もいなかった。
 ただ、静かに——同意していた。

 そして、私に近寄ってくる。

「私達の言っていることわかるかな?」

「ぇ、うん」

「あぁ、分かってないって言ってる。分かろうよ。きっとわかるよ。その方がいいから」

 私は、自分が輪の外にいることを感じた。
 排除されたわけじゃない。
 むしろ手を差し出されている。

 ただ、私にはその手が何かわからないもののように思えて不安になるのだ。

 何が起こっているか分からないが、

 彼女達は分かりあえている。
 私は*わかりあえてる側*ではない。

 それだけが、静かに確定した。

 全員の視線が私を見ていた。

「ごめん、なんか空気を悪くしているみたい」

「そんなことはないよ。榊さんみたいな人もいるわよね。でも、きっと理解しあえると思うの。ねぇ」

 同調を求める言葉に、全員が視線を合わせて微笑みあい、今日何度目かの言葉が重なった。

「そうそう」「分かる」「私たち、わかりあえてるし」

 私は集まりを抜け、心地よさに背を向けた。

 夜の大学は、少し静かだった。
 建物の中からまだ笑い声が聞こえる。
 遠い。
 さっきまであの中にいたのに、もう遠い。

 門へと向かう途中に、三宮が煙草を吸っていた。

「帰りか?」

 それだけだった。
 説明を求めなかったけれど、私の歩く速度に合わせていた。
 顔を見なかったけれど、何か話しかけることもなかった。
 ただ、そこにいた。

 一人じゃないと思えた。



 駅に向かう道。
 何か話す事はない。
 たまたま同じ方向なだけ。

 それでも、

「コンビニ行くぞ」

「ぇ、あ、うん」

 いつもの店員がチラリと視線を向け挨拶をしてくる。

 私達といえば特に示し合わせたわけでもなく、二人で入って、二人でアイスを選んだ。

 三宮はバニラを買った。
 私はチョコモナカを買った。

 大学近くの公園のベンチで食べた。
 会話はほとんどなかった。

 帰宅途中の会社員がスマホで話す声がする。

「えぇ、ちょっと待ってよ。予定見るからさぁ~。……あぁ、ダメだわその日」

 電線に、カラスが一羽いた。
 もう暗いのに。

 カァ。

 三宮が視線をカラスの視線の方向へと向けていた。

「……また騒いでいたのか」

 私も見た。

 しばらくすると灯りの下に人影が生まれる。

 声が聞こえる。
 楽しそうだった。

「わかるでしょ」
「うん、わかるわかる~」

「本当に?」
「私も、そのシーン好きだよ」
「いいよね」

 普通の会話のように思える。

 何が違うのか?

 悪いことは、何もなかった。
 悪い人は、誰もいなかった。

 でも、違う。

 アイスが、少し溶け始めていた。

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