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16.出戻り領主の誠実
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塔の上、ほぼ真上から見下ろすドラゴン。
その周りには赤く光る無数の瞳。
耳障りな音が、人々の脳と耳に。
アーアー
カラスが声を上げるような時間ではないが、妙に騒々しく騒ぎたてれば、ソレは不吉への演出となっていた。 そして、少し離れた位置、領主屋敷の敷地内には闇に紛れ無数の魔物が隠れ潜む。 地面を這うような位置にある無数の目もあれば、3m程の高さにある大型獣を思わせる瞳、多くの魔物が都市に……領主所有の敷地に侵入していることが誰の目にもわかった。
人々は、声を出すこともせず、音を立てることも恐れ、まるで示し合わせたように、小さな呼吸を繰り返す。
不思議……。
ラフィは、安堵すらしていた。
闇が心地よくすら思えていた。
無数の目の多さにこそ圧倒はしてはいたけれど、怖くはなかったし、周囲を囲む気配はズイブンと前から自分を見守っていたような気すらしてくる。
そうだ、ルシェと出かけている時もソレらの視線は何時もあった。 だけど、危険だったことはなく、多くのことを教えてくれたルシェが危険だと言う事すらなかった。
だから、怖くない。
そんなことを考えてはいたものの、私の視線は無意識でルシェを探す。 だけど、その姿は見当たらず……そして、ここ2年間の人生を決定付けていたザレアもいない。
魔王を出迎える領主とその家族。 一族の者達は必死に気配を殺しているのだろう。 高い塀の向こう側からは、屋台で食事や酒を飲む人達の喧噪が聞こえた。
『オマエは、他の者達の犠牲となるのか?』
問われれば反射的に応えてしまった。
「怖いのも、痛いのも、嫌!!」
魔王の問いに答えたにも関わらず、私の言葉を叱咤したのは出戻り領主。
「それでも聖女か!! オマエは民の税によって庶民が経験できないような贅沢な食事に寝床、衣服が与えられていた。 なぜ、それが許されているのか分かっているのか」
「私は、そんなものが欲しかった訳じゃない」
「なら、拒絶すればよかっただろうが」
「飢え死ねって言うの?!」
理不尽だ。
「そんなことは言っておらん!! だがなぁ、そう、そうだなぁ……この屋敷で、世話をした分の対価は払ってもらおう」
未だ相手が何の手出しもしない事に、安堵をしたのか少しずつ図々しさを取り戻していった。
『なるほど、それがお前達の魂の持て成しと言うのだな』
「さようでございます。 魔王様、彼女は民の対価を払いたくはないと言っておりますが、私共は彼女に貸しがあります。 ですのでコレは正当なる取引、我々の命を彼女によって払わせてやってください」
そう言って領主とその妻、愛人、子供達は頭を下げた。
『それが、オマエ達の誠実だと言うのだな』
「はい、そうでございます」
『分かった』
そう魔王……いえ、ドラゴンが言えば領主をはじめとする者達は安堵の息を吐いたが、次の瞬間には終わりを告げる。
『真の都市の支配者が挨拶にも出てこない状況で、なんの誠実だと言うのか!!』
その音のなさぬ声は広く空気を震わせ轟くとともに、自らが都市の支配者だと日頃から考えて居るだろう者達の首が、音もなく転げ落ちる。 臆病さを善良と言っていいのかは分からないけれど、攻撃性の低い、大人しく他人に従っていた者達の命は救われた。
何を基準としているのか?
屋敷の内側から雇い主の死を見ていた者達は、恐怖と混乱に陥っていた。 自分の行いは魔王の意に反してしまうのではないか? 顔色悪く悲鳴を上げる者。 逃げようと必死になる者。 なんとか今までの挽回をせねばと……地下牢に繋がれたザレアを開放しようと急ぐものまで出始めていた。
不思議なことに、領主屋敷の混乱は外には伝わっていないらしく、街を行き来する人々の喧噪は日常通りで、酔っ払いがご機嫌で歌う声が僅か数メートル先、塀の向こうから聞こえてくる。
その周りには赤く光る無数の瞳。
耳障りな音が、人々の脳と耳に。
アーアー
カラスが声を上げるような時間ではないが、妙に騒々しく騒ぎたてれば、ソレは不吉への演出となっていた。 そして、少し離れた位置、領主屋敷の敷地内には闇に紛れ無数の魔物が隠れ潜む。 地面を這うような位置にある無数の目もあれば、3m程の高さにある大型獣を思わせる瞳、多くの魔物が都市に……領主所有の敷地に侵入していることが誰の目にもわかった。
人々は、声を出すこともせず、音を立てることも恐れ、まるで示し合わせたように、小さな呼吸を繰り返す。
不思議……。
ラフィは、安堵すらしていた。
闇が心地よくすら思えていた。
無数の目の多さにこそ圧倒はしてはいたけれど、怖くはなかったし、周囲を囲む気配はズイブンと前から自分を見守っていたような気すらしてくる。
そうだ、ルシェと出かけている時もソレらの視線は何時もあった。 だけど、危険だったことはなく、多くのことを教えてくれたルシェが危険だと言う事すらなかった。
だから、怖くない。
そんなことを考えてはいたものの、私の視線は無意識でルシェを探す。 だけど、その姿は見当たらず……そして、ここ2年間の人生を決定付けていたザレアもいない。
魔王を出迎える領主とその家族。 一族の者達は必死に気配を殺しているのだろう。 高い塀の向こう側からは、屋台で食事や酒を飲む人達の喧噪が聞こえた。
『オマエは、他の者達の犠牲となるのか?』
問われれば反射的に応えてしまった。
「怖いのも、痛いのも、嫌!!」
魔王の問いに答えたにも関わらず、私の言葉を叱咤したのは出戻り領主。
「それでも聖女か!! オマエは民の税によって庶民が経験できないような贅沢な食事に寝床、衣服が与えられていた。 なぜ、それが許されているのか分かっているのか」
「私は、そんなものが欲しかった訳じゃない」
「なら、拒絶すればよかっただろうが」
「飢え死ねって言うの?!」
理不尽だ。
「そんなことは言っておらん!! だがなぁ、そう、そうだなぁ……この屋敷で、世話をした分の対価は払ってもらおう」
未だ相手が何の手出しもしない事に、安堵をしたのか少しずつ図々しさを取り戻していった。
『なるほど、それがお前達の魂の持て成しと言うのだな』
「さようでございます。 魔王様、彼女は民の対価を払いたくはないと言っておりますが、私共は彼女に貸しがあります。 ですのでコレは正当なる取引、我々の命を彼女によって払わせてやってください」
そう言って領主とその妻、愛人、子供達は頭を下げた。
『それが、オマエ達の誠実だと言うのだな』
「はい、そうでございます」
『分かった』
そう魔王……いえ、ドラゴンが言えば領主をはじめとする者達は安堵の息を吐いたが、次の瞬間には終わりを告げる。
『真の都市の支配者が挨拶にも出てこない状況で、なんの誠実だと言うのか!!』
その音のなさぬ声は広く空気を震わせ轟くとともに、自らが都市の支配者だと日頃から考えて居るだろう者達の首が、音もなく転げ落ちる。 臆病さを善良と言っていいのかは分からないけれど、攻撃性の低い、大人しく他人に従っていた者達の命は救われた。
何を基準としているのか?
屋敷の内側から雇い主の死を見ていた者達は、恐怖と混乱に陥っていた。 自分の行いは魔王の意に反してしまうのではないか? 顔色悪く悲鳴を上げる者。 逃げようと必死になる者。 なんとか今までの挽回をせねばと……地下牢に繋がれたザレアを開放しようと急ぐものまで出始めていた。
不思議なことに、領主屋敷の混乱は外には伝わっていないらしく、街を行き来する人々の喧噪は日常通りで、酔っ払いがご機嫌で歌う声が僅か数メートル先、塀の向こうから聞こえてくる。
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