憑かれ少女と悪霊は神隠しで異世界日本にきてしまったようです

yasaca

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1話 日常から非日常へ

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 黄昏時たそがれどき
 その時刻は魔のモノが蔓延はびこる時間。
 少女が小さい声で誰かと会話している。

「そんな遅くまでは掛かんねぇって」
「それでもお母さんに心配かけたくないの」

 少女はただ一人歩いている。携帯の光で地面を照らしながら。

「近いぞ。その道を右に行け」
「ひぃっ……!」
「いつまで経っても慣れねぇな、お前は」

 ビクビクと体を震わせながら恐る恐る曲がると、歪みが上下に動いている。
 その様子はまるで何かを貪り食っているような動きだった。

「ほら、近づいて目を合わせろよ。俺が最初から行くと奴が消滅しちまう」
「本当に大丈夫? 襲われたりしない?」

 まるで話しかけている相手が隣にいるかのように右上をみる少女。
 現実逃避するかのように目を閉じてゆっくりと近づいていく。

「襲われるぞ。だからいいんだろ」
「良くないって!」

 そうこう騒いでいるうちに透明な何かが動き、目だけが空間に浮かび上がった。
 それを見たことで小さい悲鳴を上げた少女に、飛びかかろうともぞりと動く。

「に、にげちゃダメ?」
「ダメだ。近くに来るまでそこで待機しとけ」

 石を踏む音が聞こえた瞬間にはもう目の前にいた。


「バカが」


 歪みの正体は化け物になり切れなかった幽霊の端くれ。
 そのものが見た最後は、真っ暗な空間と血のように赤黒く長い舌だった。

「ごちそうさん」
「毎回思うんだけど、まずそう……」
「何を言うか、美味いぞ。あと、死んだ奴の記憶も覗けるから食った後も楽しめるぞ」

 橙色に染める景色に、湯気のように現れた黒い何かが姿を現し、少女を見つめた。
 その何かは仮面を被り、手足に手枷を付けている。動かすたびに鎖が擦れ、音が木霊こだまする。

「今日はもう終わり?」
「まだと言いたいが、今日は勘弁してやる。お前の母ちゃんが心配して探し回りそうだしな」

 喉を鳴らすように笑う影に、眉間に皺が寄る少女。

「『桃ちゃん、どこ行ってたの』って毎回のように聞いてくるもんな」
「ちょ、ちょっと、しょう! 声真似しなくていいから!」
「結構似てたろ」

 しょうと呼ばれた黒い影は、悪霊と呼ばれる存在だった。
 桃に憑りつき、この世に留まる同族を食らい、糧にしている。
 その為、毎回少女が霊が多発している場所に行かなければならず、毎度泣きそうになっていた。

「そろそろ戻れ。本当に母親が心配するぞ」
「うん」

 少女が人気のない場所に向かっていた理由は、より悪霊の腹の足しになる霊を探すためだった。


 夕暮れから少し日が傾き、暗くなり始めて数分。
 食料探しの帰り道、悪霊の影響で見えるようになってしまった少女の後をつけてくる霊を、しょうがつまみ食いをしながら安全に帰らせるのが悪霊の日課になっていた。


 
「起きろ、朝だぞ」
「もぅ、ちょっと……」

 時期は秋。少しだけ肌寒くなってきたこの季節に、布団から出ずに丸まった少女を上から見下ろしているのは、悪霊だった。彼が声をかけて起こしている。

「乗っ取って朝から行ってもいいんだぞ?」
「それはやだ!」

 布団を跳ね除け、起き上がる姿に喉を鳴らして笑うしょうを睨むが、効果はなかった。
 

 悪霊と少女が出逢ったのは一年前。桃はひどいイジメにあい、心身共に衰弱していた。
 そして、あと一歩前に出れば、その世界を逃避できる場所にまで来ていた。

 そんな桃にしょうは話しかけたのだ。

「旨そうなヤツが憑いてんな、食っちまっていいか?」

 ここは学校の屋上。その声は今まさに踏み出そうとした何もない空間から聞こえてきた。
 
 しょうが言うには、桃には悪霊が取り憑いており、少女が悲しみ苦しむ心を食べるためにイジメを誘発していたらしい。
 そんな悪霊をしょうは一口で食べてしまった。
 しかも、しょうは桃にしか見えないのを良いことにいじめを解決してしまう。

 こうして一年前が嘘のように普通の生活が送れる事に、桃は心から感謝していた。
 そのかわり、しょうは条件を一つ突きつけた。

 しょうが記憶を取り戻すまでは、霊が多発する場所へ毎回行かなくてはいけないという条件を付けられてからの少女は、日々泣き言を言うようになっていった。


「今日も行くがな」
「一日ぐらい休まない?」
「お前を少しずつ食えるなら我慢するが」
「ごめんなさい……」

 悪霊の栄養となるものは同族か、生きている幼い子供の肝であった。
 ドスの利いた声を聞いた少女は、まだ死にたくないのか素直に謝り、リビングへと向かう。

「記憶はまだ戻らないの?」
「ああ、まだ完全ではない」

 憑りついたとき、彼女のいじめ問題を解決するかわりに、記憶がなくなったしょうの手伝いをすると約束をしていた。
 それから経ってある程度まで戻っていたが、肝心の自分自身についてはまだだった。

「名前は重要だが、お前が付けたへんてこな名も案外気に入っている」
「へんてこって言わないでよ。あれでも一生懸命頑張って考えたんだよ」
「わかってら。なんせ同じ体を共有してんだからな」

 彼女の頭上から見下ろしながら喉を鳴らし、笑う。

「おはよ、お母さん」
「あら、おはよう。幽霊さん眠れたかしら?」

 朝食の準備をし終えた彼女の母親が紙とペンを机に置いて、どこかを見ている。

「言葉で伝えたほうが楽なんだがな」

 そう言いつつ、紙にねむれたと書いていく。その字は崩れているが、なんとか読めるほどだ。
 それを見た母は安心した顔でにっこりと笑い、椅子に座った。

 桃の母に霊感はない。だからこうして紙でコミュニケーションをとっている。
 最初は驚いていたが、慣れて楽しくなったのか悪霊を人としてみながら普通に会話していた。

「最初は面白かったが、今は普通に接してるからつまらん」
「慣れちゃったもんね」
「幽霊さんは何て言っているの?」
「『今は普通に接しているね』って」

 しょうは2人が食事中暇なのか、家の中を漂って探索していた。一日でどんな変化があったかを探すことが彼の暇つぶしだ。何も無ければ勝手に椅子を引いたり、物を動かしたりしている。

 桃が座っている隣の椅子を勝手に動かしたということは、今日は何も変化がなかったようだ。

「行ってきます」
「気をつけてね」

 歯を磨き、制服に着替えた桃は鞄を持ち、学校へ向かう。
 今日は楽しい美術の時間がある。そのせいか、向かう足取りは軽かった。

「随分とご機嫌だな。今日は絵が描けるからか?」
「うん」
「あれの何が楽しいのやら。おい、行く前に立ち寄れ」

 桃の頭の上に腕を置き、寄りかかりながら左を指さしている。その方向から禍々しい雰囲気が漂っていた。

「え、いや……」
「行け。ありゃ美味そうだ」
「やだよ……」

 尋常ではない空気を少女は感じたのか、無意識に1歩引いてしまっていた。
 そんな少女の言葉を悪霊は無視し、足を一時的に支配して無理矢理動かそうとしている。

「やだぁ!」
「俺が食ってやる。だから行け」
「あそこ、普通じゃないじゃん!」

 人がいない住宅街の小道で少女が一人騒いでいる。

「はぁー、仕方ない。学校に集まった奴でも食うか」
「そうして」

 それゆえ気付くことが遅くなってしまった。
 歩き出す少女と腹が減っている悪霊に、静かに忍び寄る影が飲み込もうとしていることに。

「逃げろ!」
「な、なに」
「良いから走れ! 学校の方へ全速力だ」

 悪霊が気づいた時には遅く、逃げ道を全てを塞がれ、暗闇に吸い込まれて行く。


 先程曲がろうとしていたその道の先は、神隠しが多発する場所として知られている。
 大概そういうところは夕方に発生することが多いが、朝起きることは珍しいことだった。
 その場所に引きずり込まれた者は死ぬか、贄とされ戻ることはない。
 
 そんな噂を知っていれば、少女と悪霊はその道を通らなかっただろう。

 どの霊媒師や陰陽師が札で抑え込もうと、取り憑かれた誰かが無意識に壊し、封印することは不可能。
 そんな所に彼女らは引きずりこまれてしまったのだった。

 引きずり込まれた二人の姿を暗闇から何かがのぞき、そして消えた。
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