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11話 筋肉痛
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「……終わった?」
「お前、眠ってたんじゃねぇのか?」
内側から恐る恐る聞こえるのは、本来の体の持ち主、桃である。先程まで静かになっていたのは、戦闘している所を見ないように耳を塞ぎ、しゃがみこんでいたからだった。
「ね、眠ってないよ。目を瞑ってただけ……!」
微かに少女から震えた声が聞こえる。現実で刃物を振るうものはいないと言っていいほど、見かけることは少ない。それ故に少女が怖がっても仕方のないことだろう。平和な日本で恐怖を感じないとすれば、戦争経験者か頭のタガが外れた者だ。
「あんな怖いこと、もうしないでよ」
「今後次第だな」
片眉を上げ、肩をすくめながら悪霊はどうでもよさそうな顔をする。
「用事は済んだし帰ろうぜ、環」
もうここに用はないと言わんばかりに家に歩いていく悪霊を、慌てながら追いかけて行く環。
この時の事が噂を呼び、後々大変な目に合うことを悪霊は知らない。
「か、体痛い……」
あれから一日経ち、元の人格に戻った少女は朝からぐぐもった声を出し、布団の上でずっと唸っていた。悪霊が予想していた通り、筋肉痛で動けなくなっていたのである。心配そうに見る環とは別に内側で笑っている悪霊がいた。
「しょうのせいだよ……」
「正確にはあのブチ切れ男のせいだな。俺はお前の体が傷つかねぇようにしてやったんだぞ?」
感謝こそされど文句を言われるのは心外だった悪霊は深くため息をつき、内側で寝転がる。そして過去にあったことを呟き始めた。いじめに遭って自殺しかけたこと、パシリで物を買わされたこと、盗みをやらされそうになったことを耳の中に小指を突っ込みながら言っていた。
「あの男に怖がってずっと黙っていたやつは誰だ? ん?」
「わ、私です……」
「そうだよなぁ? そこを俺は代償もなしに助けた。それがまさか文句を言われるとはなぁ」
内側にもし椅子があるならば、座って貧乏ゆすりをしているくらい苛立っている悪霊を宥めようと様子を伺う少女。
今まで危険な目に遭っても無事でいられたのはしょうのお陰だった。
普通の悪霊ならば、憑りついた宿主の生命力を奪って自分の栄養としているところを、しょうはそこから取らず、心霊スポットに少女を向かわせて栄養補給していた。危険な目に遭うことは多少あったが、どれもその直前で助けている。
「それで? お前の口から出るのは文句だけか?」
「ご、ごめんなさい。……それと、ありがとう」
少女の口から謝罪と感謝の言葉が出るが、後半は消え入るような声で呟いた。
その言葉を聞き、溜飲を下げた悪霊は肺から重い空気を吐き出すように息をつく。
そして条件を突き付けた。一日だけ、悪霊に体を貸すこと。何をしようと黙っていること。
不服そうに少女は口を尖らせるが、「もう助けない」と悪霊に言われると、慌ててその条件を少女は呑んだのだった。
「どうしよう……」
「朝ごはん食べられそう?」
ずっと様子を伺って静かにしていた環が、そばに座った。その近くには、朝食分の麦ごはんと味噌汁がお盆の上に置かれている。少女が、起きてからずっと内側にいる悪霊と会話していたところを邪魔するわけにもいかないと、ずっと静かにしていたからか、突然声を掛けられた少女は布団の中で飛び跳ねた。そして、体の節々を支えながら、痛そうに顔を歪めている。
「まぁ、無理はしないで?」
「す、すみません……」
筋肉痛で動けそうにない少女をゆっくりと起き上がらせてお盆を渡し、環は立ち上がった。
どこに行くのか分からなかった少女が聞くと、昨日行けなかった報告をしに行くとのことだった。
帰りは遅くなると言って戸を開けて出かけた。
「とりあえず、朝飯食ったらどうだ? 俺も腹減った」
「うん」
震える手でお箸をゆっくりと持ち、食事に手を付け始めた。悪戦苦闘しながらも食べ続ける少女の耳に、やかましい声と、ものすごい勢いで近づいてくる足音が聞こえてくる。声からして昨日の男だろう。環の名前を呼びながら家の前につき、壊れてしまうのではないかという強さで戸を開けた。
声が聞こえていたからかさほど驚くことはなかったが、戸の大きい音に反射的に肩が跳ねた少女。
その内側では不快そうに男を睨む悪霊。昨日のことをしょうはまだ許していなかった。
「え、えっと……」
「姐さんの家で何暢気に朝飯食ってんだ、悪霊が」
少女が呆然としていると、開口一番に悪口が飛んでくる。桃は目の前の男が誰だがは知っているが、今日初めて会話する相手にいきなり嫌味を言われ、恐怖で涙目になる。それを見込んだ悪霊は少女を内側に入れ、交代した。
「入れ替わっていることも分からず、幼気な少女に悪口か。いったいどうなってるんだ? 環がいるところは」
「ああ?」
姐さんと言って慕っている彼女を馬鹿にされたと思ったのか、額に青筋を立てながら睨む若い男と同じように睨み返す悪霊。せっかく環が準備した朝ごはんを無駄にされては困ると、お茶碗ごとお盆を膝の上から布団の横に退かし、布団の上で胡坐を組む悪霊。その目は嫌悪感丸出しだった。
「お前、眠ってたんじゃねぇのか?」
内側から恐る恐る聞こえるのは、本来の体の持ち主、桃である。先程まで静かになっていたのは、戦闘している所を見ないように耳を塞ぎ、しゃがみこんでいたからだった。
「ね、眠ってないよ。目を瞑ってただけ……!」
微かに少女から震えた声が聞こえる。現実で刃物を振るうものはいないと言っていいほど、見かけることは少ない。それ故に少女が怖がっても仕方のないことだろう。平和な日本で恐怖を感じないとすれば、戦争経験者か頭のタガが外れた者だ。
「あんな怖いこと、もうしないでよ」
「今後次第だな」
片眉を上げ、肩をすくめながら悪霊はどうでもよさそうな顔をする。
「用事は済んだし帰ろうぜ、環」
もうここに用はないと言わんばかりに家に歩いていく悪霊を、慌てながら追いかけて行く環。
この時の事が噂を呼び、後々大変な目に合うことを悪霊は知らない。
「か、体痛い……」
あれから一日経ち、元の人格に戻った少女は朝からぐぐもった声を出し、布団の上でずっと唸っていた。悪霊が予想していた通り、筋肉痛で動けなくなっていたのである。心配そうに見る環とは別に内側で笑っている悪霊がいた。
「しょうのせいだよ……」
「正確にはあのブチ切れ男のせいだな。俺はお前の体が傷つかねぇようにしてやったんだぞ?」
感謝こそされど文句を言われるのは心外だった悪霊は深くため息をつき、内側で寝転がる。そして過去にあったことを呟き始めた。いじめに遭って自殺しかけたこと、パシリで物を買わされたこと、盗みをやらされそうになったことを耳の中に小指を突っ込みながら言っていた。
「あの男に怖がってずっと黙っていたやつは誰だ? ん?」
「わ、私です……」
「そうだよなぁ? そこを俺は代償もなしに助けた。それがまさか文句を言われるとはなぁ」
内側にもし椅子があるならば、座って貧乏ゆすりをしているくらい苛立っている悪霊を宥めようと様子を伺う少女。
今まで危険な目に遭っても無事でいられたのはしょうのお陰だった。
普通の悪霊ならば、憑りついた宿主の生命力を奪って自分の栄養としているところを、しょうはそこから取らず、心霊スポットに少女を向かわせて栄養補給していた。危険な目に遭うことは多少あったが、どれもその直前で助けている。
「それで? お前の口から出るのは文句だけか?」
「ご、ごめんなさい。……それと、ありがとう」
少女の口から謝罪と感謝の言葉が出るが、後半は消え入るような声で呟いた。
その言葉を聞き、溜飲を下げた悪霊は肺から重い空気を吐き出すように息をつく。
そして条件を突き付けた。一日だけ、悪霊に体を貸すこと。何をしようと黙っていること。
不服そうに少女は口を尖らせるが、「もう助けない」と悪霊に言われると、慌ててその条件を少女は呑んだのだった。
「どうしよう……」
「朝ごはん食べられそう?」
ずっと様子を伺って静かにしていた環が、そばに座った。その近くには、朝食分の麦ごはんと味噌汁がお盆の上に置かれている。少女が、起きてからずっと内側にいる悪霊と会話していたところを邪魔するわけにもいかないと、ずっと静かにしていたからか、突然声を掛けられた少女は布団の中で飛び跳ねた。そして、体の節々を支えながら、痛そうに顔を歪めている。
「まぁ、無理はしないで?」
「す、すみません……」
筋肉痛で動けそうにない少女をゆっくりと起き上がらせてお盆を渡し、環は立ち上がった。
どこに行くのか分からなかった少女が聞くと、昨日行けなかった報告をしに行くとのことだった。
帰りは遅くなると言って戸を開けて出かけた。
「とりあえず、朝飯食ったらどうだ? 俺も腹減った」
「うん」
震える手でお箸をゆっくりと持ち、食事に手を付け始めた。悪戦苦闘しながらも食べ続ける少女の耳に、やかましい声と、ものすごい勢いで近づいてくる足音が聞こえてくる。声からして昨日の男だろう。環の名前を呼びながら家の前につき、壊れてしまうのではないかという強さで戸を開けた。
声が聞こえていたからかさほど驚くことはなかったが、戸の大きい音に反射的に肩が跳ねた少女。
その内側では不快そうに男を睨む悪霊。昨日のことをしょうはまだ許していなかった。
「え、えっと……」
「姐さんの家で何暢気に朝飯食ってんだ、悪霊が」
少女が呆然としていると、開口一番に悪口が飛んでくる。桃は目の前の男が誰だがは知っているが、今日初めて会話する相手にいきなり嫌味を言われ、恐怖で涙目になる。それを見込んだ悪霊は少女を内側に入れ、交代した。
「入れ替わっていることも分からず、幼気な少女に悪口か。いったいどうなってるんだ? 環がいるところは」
「ああ?」
姐さんと言って慕っている彼女を馬鹿にされたと思ったのか、額に青筋を立てながら睨む若い男と同じように睨み返す悪霊。せっかく環が準備した朝ごはんを無駄にされては困ると、お茶碗ごとお盆を膝の上から布団の横に退かし、布団の上で胡坐を組む悪霊。その目は嫌悪感丸出しだった。
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