憑かれ少女と悪霊は神隠しで異世界日本にきてしまったようです

yasaca

文字の大きさ
11 / 27

11話 筋肉痛

しおりを挟む
「……終わった?」
「お前、眠ってたんじゃねぇのか?」

 内側から恐る恐る聞こえるのは、本来の体の持ち主、桃である。先程まで静かになっていたのは、戦闘している所を見ないように耳を塞ぎ、しゃがみこんでいたからだった。

「ね、眠ってないよ。目を瞑ってただけ……!」

 微かに少女から震えた声が聞こえる。現実で刃物を振るうものはいないと言っていいほど、見かけることは少ない。それ故に少女が怖がっても仕方のないことだろう。平和な日本で恐怖を感じないとすれば、戦争経験者か頭のタガが外れた者だ。

「あんな怖いこと、もうしないでよ」
「今後次第だな」

 片眉を上げ、肩をすくめながら悪霊はどうでもよさそうな顔をする。

「用事は済んだし帰ろうぜ、環」

 もうここに用はないと言わんばかりに家に歩いていく悪霊を、慌てながら追いかけて行く環。
 この時の事が噂を呼び、後々大変な目に合うことを悪霊は知らない。



「か、体痛い……」

 あれから一日経ち、元の人格に戻った少女は朝からぐぐもった声を出し、布団の上でずっと唸っていた。悪霊が予想していた通り、筋肉痛で動けなくなっていたのである。心配そうに見る環とは別に内側で笑っている悪霊がいた。

「しょうのせいだよ……」
「正確にはあのブチ切れ男のせいだな。俺はお前の体が傷つかねぇようにしてやったんだぞ?」

 感謝こそされど文句を言われるのは心外だった悪霊は深くため息をつき、内側で寝転がる。そして過去にあったことを呟き始めた。いじめに遭って自殺しかけたこと、パシリで物を買わされたこと、盗みをやらされそうになったことを耳の中に小指を突っ込みながら言っていた。

「あの男に怖がってずっと黙っていたやつは誰だ? ん?」
「わ、私です……」
「そうだよなぁ? そこを俺は代償もなしに助けた。それがまさか文句を言われるとはなぁ」

 内側にもし椅子があるならば、座って貧乏ゆすりをしているくらい苛立っている悪霊を宥めようと様子を伺う少女。
 今まで危険な目に遭っても無事でいられたのはしょうのお陰だった。
 普通の悪霊ならば、憑りついた宿主の生命力を奪って自分の栄養としているところを、しょうはそこから取らず、心霊スポットに少女を向かわせて栄養補給していた。危険な目に遭うことは多少あったが、どれもその直前で助けている。

「それで? お前の口から出るのは文句だけか?」
「ご、ごめんなさい。……それと、ありがとう」

 少女の口から謝罪と感謝の言葉が出るが、後半は消え入るような声で呟いた。
 その言葉を聞き、溜飲を下げた悪霊は肺から重い空気を吐き出すように息をつく。
 そして条件を突き付けた。一日だけ、悪霊に体を貸すこと。何をしようと黙っていること。
 不服そうに少女は口を尖らせるが、「もう助けない」と悪霊に言われると、慌ててその条件を少女は呑んだのだった。

「どうしよう……」
「朝ごはん食べられそう?」

 ずっと様子を伺って静かにしていた環が、そばに座った。その近くには、朝食分の麦ごはんと味噌汁がお盆の上に置かれている。少女が、起きてからずっと内側にいる悪霊と会話していたところを邪魔するわけにもいかないと、ずっと静かにしていたからか、突然声を掛けられた少女は布団の中で飛び跳ねた。そして、体の節々を支えながら、痛そうに顔を歪めている。

「まぁ、無理はしないで?」
「す、すみません……」

 筋肉痛で動けそうにない少女をゆっくりと起き上がらせてお盆を渡し、環は立ち上がった。
 どこに行くのか分からなかった少女が聞くと、昨日行けなかった報告をしに行くとのことだった。
 帰りは遅くなると言って戸を開けて出かけた。

「とりあえず、朝飯食ったらどうだ? 俺も腹減った」
「うん」

 震える手でお箸をゆっくりと持ち、食事に手を付け始めた。悪戦苦闘しながらも食べ続ける少女の耳に、やかましい声と、ものすごい勢いで近づいてくる足音が聞こえてくる。声からして昨日の男だろう。環の名前を呼びながら家の前につき、壊れてしまうのではないかという強さで戸を開けた。
 
 声が聞こえていたからかさほど驚くことはなかったが、戸の大きい音に反射的に肩が跳ねた少女。
 その内側では不快そうに男を睨む悪霊。昨日のことをしょうはまだ許していなかった。

「え、えっと……」
「姐さんの家で何暢気に朝飯食ってんだ、悪霊が」

 少女が呆然としていると、開口一番に悪口が飛んでくる。桃は目の前の男が誰だがは知っているが、今日初めて会話する相手にいきなり嫌味を言われ、恐怖で涙目になる。それを見込んだ悪霊は少女を内側に入れ、交代した。

「入れ替わっていることも分からず、幼気な少女に悪口か。いったいどうなってるんだ? 環がいるところは」
「ああ?」

 姐さんと言って慕っている彼女を馬鹿にされたと思ったのか、額に青筋を立てながら睨む若い男と同じように睨み返す悪霊。せっかく環が準備した朝ごはんを無駄にされては困ると、お茶碗ごとお盆を膝の上から布団の横に退かし、布団の上で胡坐を組む悪霊。その目は嫌悪感丸出しだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...