憑かれ少女と悪霊は神隠しで異世界日本にきてしまったようです

yasaca

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10話 戦闘

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「しょう君、この子がそうなの?」
「ああ」

 追いついてきた環が、悪霊の隣に立って少年を見下ろしている。走って近づいてきた彼女に、誰だろうと少年が不安そうな目で見ながら悪霊の後ろにゆっくりと隠れていく。

「怖がらせてごめんね。私は環っていうの。隣の子から気になることを聞いちゃって、それで詳しく話を聞きたいなってことで君を探していたの」

 ここでは道の邪魔になると思った悪霊は少年を抱え、道の端に移動した。
 急に抱き上げられて驚いた子供は、女物のえりを強く握りしめて引っ付いている。
 立ち上がって移動した悪霊を環は不思議に思ったが、周りを見渡して今自分たちがどこにいるのか理解したのか黙って着いていった後、子供を怖がらせないようになるべく優しく話しかけた。

「どんなおはなしききたいの?」
「女の霊が憑いていたの覚えているか?」

 どんな些細なことでもいい。少しでも思い出して説明してくれたら楽なのだがと悪霊は考えていたが、少年はその時のことを全く覚えていなかった。悲しげに眉尻を下げて謝る目の前の子を環が慰めながら撫で、感謝を言った後その場を離れた。

「おねぇちゃん、きぶんわるいのなおしてくれてありがと! でもあのあと、ちょっとおなかいたかった」
「今度からは気を付けるわ」

 言い忘れていたことがあったのか、小さい体で一生懸命走って追いつき、悪霊の服を引っ張ってもう一度頭を下げた。記憶がなかったとはいえ、貫かれた衝撃は覚えているのか、そのことだけを伝えると人ごみの中に消えていく。

「どんなことしたの?」
「あー、ガキんちょの腹を手刀で突き破って霊を取り出した」

 自身の右手を見ながら何度も開閉した悪霊は、その時の感触を思い出していた。その様子に環が一歩後ろに下がり、恐ろしげに見ている。
 今度他の奴を見つけた時は、同じことをしようかなど小さく呟いていた悪霊を環が全力で止め、そういう時は報告してと何度も言っていた。
 片眉を上げて不満そうに環を見るが、絶対だと念押しされ、しぶしぶ了承した悪霊だった。

「今度こそ祓う!」
「いい加減しつこいぞ、お前」

 一人だけ無視され続けた怒りが頂点に達したのか、短刀を抜いて悪霊を襲う。
 そのうっとおしさに呆れ、長いため息が悪霊の口から零れ出た。
 側では環が男に止めるよう言っているが、当の人物の耳には入っていないのだろう。

 襲った勢いのまま振り下ろされる短剣を、悪霊が少しだけ横に体をずらし、避ける。
 振り下ろされた短刀の威力は凄まじく、悪霊が先程までいた足元の地面に穴が出来た。

 刀よりも大きな動きは出来ないが、それでも男は細かく体と手を動かし、短刀の性能を理解した動きで悪霊に向かって突き続けている。避けるたびに、風を切る音が悪霊の耳に届く。
 それだけでも相当鍛えているのが分かるほどだ。

「な、何故当たらねぇ」
「知らんな」

 心底どうでもよさそうに、男を蔑む目で見ながら避け続ける悪霊。
 ただの少女に何度も避けられていることに苛立っているのか、男の動きも散漫になり始めている。
 
「おい、お前。周りから見たら幼気な少女をなぶっている男にしか見えんぞ」
「悪霊が何言ってやがる」

 周りを一瞬だけ見渡し、町人の様子を見る悪霊。幼子に手を上げる男を見ながら、ひそひそと町人が何かを話している。
 それを利用し、精神を揺らして動揺させることで動きを止めようとしたが失敗した。
 訓練でもしているのか、それとも一の元々の性格なのかそこは誰にも分からない。
 
 その間にも短剣を振り下ろし、少女の体に傷をつけようとしている。
 どうやったら動きが止まるか、それを必死に悪霊は考えていた。

 ごちゃごちゃと何か言っている男を無視し、いい案が思い付いたのか、両眉を上げて目を輝かせた。
 今からしようとしていることに悪霊のしょうは、明日筋肉痛になって少女から文句を言われるんだろうなぁ、と場違いなことを考えていたが、思い立ったら吉日。すぐに行動に起こした。
 
 褄下つましたを動きやすいように少しだけ広げる。悪霊の胸あたりを狙った突きを一歩後ろに避けた反動を利用し、男の横顔に回し蹴りを放った。
 
 憑りついている宿主の体がまだ未成長な少女だからか、思った通りの威力は出なかったものの反撃出来たことに満足する悪霊。
 蹴りを入れられた男は吹っ飛び、地面を抉りながら滑って家を破壊して止まった。
 威力よりも侮っていた少女に蹴られたことの方がショックだったようだ。崩れた家の中で意識を飛ばしている。

「ふぅ。スッキリした」

 にこやかな笑顔で、額から流れていない汗を拭う仕草をする。とても満足気に悪霊は笑っているが、環を含めた町人達は唖然としていた。

「どうした? 環。アホ面晒して」
「……しょう君って何者?」

 先程の光景に魂が抜けていたのか、悪霊に話しかけられた環は一瞬で現実に戻ってきた。
 悪態を付かれたがそんなことは気にしていられない。そこから絞り出した声は驚愕で震えていた。

「何者か? 桃のもう一人の人格、といえばわかるか?」
「いやいや、分からないよ!」
「分からないだぁ? これほどわかりやすい例えはねぇだろ」

 本当は取り憑いているだけなのだが、二重人格と偽った。その方が悪霊にとって都合が良かったからだ。
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