憑かれ少女と悪霊は神隠しで異世界日本にきてしまったようです

yasaca

文字の大きさ
13 / 27

13話 縛り

しおりを挟む
 朝、お腹が鳴りそうなほどいい匂いが少女の鼻孔をくすぐる。いつのまにか寝てしまっていたことに軽くショックを受けたが、環の声で帰って来たのだと知ると、布団を跳ね除けるように起き上がって乱れた服のまま隣に立ち、環を見ながら顔を綻ばせた。その顔を不思議そうに一瞬だけ見てまた続きを始めている。

「帰るのが遅くなっちゃってごめんね」
「気にしないでください! 帰ってきてくれただけでも嬉しいですから」

 破顔した少女の顔に環の表情も緩くなる。柔らかな雰囲気が家の中で流れる中、眠そうな声が少女の内側から聞こえ、寝起きなのかいつもよりか悪霊の声が低い。何か話していても最後の言葉は聞き取れないほどに小さく低かった。その声に驚き、思わず少女の手が止まる。

「腹減った」
「もうちょっと待っててね。すぐできるよ」
「お前の肝が食いたい」

 小さく低い声で言われた少女は硬直をする。いつも言っている『腹が減った』でも、今までとは意味が違う。命の危険を感じた少女は、悪霊の言葉にどうしたらいいか分からず、ただただ静かになるしかなかった。その動きに環が気遣きづかわしそうな視線を少女に送る。そっと近づくと、少女は小さく震えて顔を強張らせていた。外側からでは何が起きているは分からない。
 環が少女の肩に触れようとしたとき、突如小さい手が環の手首を掴んだ。突然のこと彼女の心臓が飛び出しそうになる。

「よぅ。昨日振りか」
「桃ちゃんは?」
「交代してもらった。少し腹が減ったんでね」

 環の手首を悪霊の握る手が少しずつ強くなっていく。痛みに顔を歪める環は、その手を離れさせようと抵抗しているが、女の子の細い腕からは想像も出来ないほどの握力に、今にも引き千切れてしまうのではないかと思える程だった。

「どうした? 汗を流して。何かに緊張しているのか?」
 
 まだ会って数日。それでも、今まで会話してきていた悪霊との雰囲気がいつもと違うことに環は違和感を覚えていた。無理矢理掴んでいるしょうの手を弾き、警戒する。

「しょう君。君は桃ちゃんにとり憑いているの?」
「『もう一つの人格だ』と前言ったんだが、覚えてねぇのか?」

 目を細め、環をじっと見つめる悪霊。鋭い眼差しで見られた彼女は、不安そうに瞳を揺らしている。目の前にいる悪霊の存在を、信じたくないが信じざるを得ない状況に戸惑っているようだ。短い期間だとしても、環は少女のことを気に入っていた。そんな少女をひどい目に遭わせたくない。その気持ちが目に表れている。

「覚えてるよ。でも……」
「環。お前が得をして、俺にとっては損しかない方法があるぞ」

 揺らいでいる気持ちに入り込むかのようにじわじわと侵食していく悪霊の言葉に、少しずつ環の心の揺れが大きくなっていく。
 悪霊は考えた。しょうの内側に渦巻く影。それはしょう自身の力だった。それを使って環を支配すれば思いのまま動かすことが出来るようになるが、そうすれば外で監視している奴に止められてしまう。だが、言葉ならば誰にも止められることはない。

「縛りをつけろ」

 ゆっくりと顔を持ち上げ、揺れる瞳で悪霊を見つめる環。彼女にしょうが言う条件は

1、環の中に入り、悪霊退治を手伝うこと。
2、環の指示に従うこと。

 この二つ。環の元に居れば同族を取り込み、栄養にしている暇もない。
 少女とは違い、清められている環の体の中に入ることは、悪霊にとって常に苦しみと痛みが伴う選択となる。
 それでもその条件を突き付けたのは、少しでも自分が生き残れることを考えた結果だった。

「……わかった」
「お前の血を呑むことで、そこにも行き来可能になる」

 悪霊に話しかけられ続け、少しずつ虚ろな目になっている環の手を取り、親指の付け根を強く噛むと、血が滲み出てくる。環の指に沿ってゆっくりと流れる血が悪霊の手をつたう。その血を悪霊が舐めて呑み込むと、獣のように喉を鳴らしている。
 縛りをつけられた反動で環の意識は真っ暗になり、後ろにゆっくりと倒れていく。

「少し舌が痺れるが、美味いな」

 血だけでも腹を満たすことが出来て満足した悪霊は、愉快そうに喉を鳴らし、ゆっくりと環を床に寝かせると少女と入れ替わった。
 他の人の体に入ることは大丈夫なのかと心配する少女に「さぁな」と答える悪霊。今までしたことないことに悪霊自身に不安や戸惑いはなかった。それよりも心配なのは祓われないかどうかのみ。

「た、環さん!」
「寝てるだけだ。心配する必要はない」
「で、でも」

 慌てながら駆け寄り、環のおでこに手を当てる少女に食欲を満たすことが出来た悪霊は、欠伸交じりの返答をする。
 ずっと見ていて何も出来なかった少女は、自分なりに環の手当てをしていた。いつ彼女が起きるか分からないこと、自分の内側にいる悪霊が恩人の環に危害を加えたことに動揺している。その不安で目に涙が溜まっていた。

「そんなに心が揺れているなら俺に縛りを付けるか?」

 ケラケラと笑う悪霊に流れる涙を強く拭い、しょうが何かを言おうと口を開く前に少女が言葉で遮る。

・自分に親切にしてくれた人たちを傷付けないこと。

 大きな声をここで出すとは思っていなかったのか、固まる悪霊と肩で息をする少女の間に縛りが勝手にもうけられてしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...