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14話 影から影へ
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あれから環は目覚めることなく、昼近くになってようやく目覚めた。昨晩何があったか覚えていないようで、不思議そうに頭を押さえていた。そのことを説明しようと口を開く少女だが悪霊に止められた。
「昨日の縛りは覚えているか?」
確認したいことがあると少女と代わってもらい、環に問いかける。悪霊と縛りを交わしたことは覚えているが、その直前はまったく思い出せていなかった。上手くいったと内心ほくそ笑む悪霊が縛りの再確認をしたが、二つとも言えた。
「上出来だ」
「大丈夫なの?」
「共に生きるためだ。少しくらいは我慢してやるよ」
少女の影を経由して環の影の中に入る。足元から蛇が巻いつきながら上がってくる感覚に環が腕を組みながら震えていた。
「桃ちゃんいつもこんな感覚でいたの?」
「最初は慣れなくて寝込んでしまってましたけど、今は……慣れました」
乾いた笑いを浮かべながら視線を逸らすように別の方を見る少女に、ただただすごいとしか思えなかった環だった。
「慣れてもらわねぇと困るぞ、環」
「わっ!」
突然頭の中で響いた悪霊の声に、環の肩が跳ね上がる。自分以外の声が脳内で響くという感覚に、まだ慣れていない証拠だった。
最初、少女も同じような反応を返していた。そこに悪霊のいたずら心が芽生えたのか、環はどれくらいで自分に慣れるのかひそかに検証しようとしていた。
だが、環の体の中は悪霊にとってとても居づらい場所。今はまだ長時間いることは不可能だった。慣れるまでは痛みが伴うが、慣れてしまえばどうということはなくなるだろう。
あの時のように少しずつ体に馴染ませればいいのだから。
「今日は試しだ。悪霊討伐がある時は言え」
「わ、わかった」
環の内側から影へと向かう悪霊の動きに、背中を冷え切った手で撫でおろされたような感覚になった彼女は、体を震わせた。彼女から少女の陰へと戻った悪霊は、疲れを吐き出すように内側で息をつく。短時間だとしても痛みが全身を襲い、息苦しい所だったのだろう。
「すごく寒かった」
「しょうの体温、他のひとより低めですからね」
入って出ていった感想を言う環に少女が同意する。霊が冷気を放ち、寒さを感じるのは当たり前のことなのだが、彼女には二重人格だと言って偽っている。
「もう一つの人格が移動ってそんなこと出来るの?」
「普通は出来ないが、おれは少し特殊でな」
説明が難しいと思ったのか、また交代して悪霊が少女の代わりに環の問いに答えた。少しはぐらかしたが、『嘘も百回言えば真実となる』ととある国の宣伝大臣が言ったように、言い続けていれば最初は疑っていても、少しずつ事実だと錯覚するようになる。いつかはバレるとしても戸惑いを誘うことは出来るだろう。もし、嘘がバレてしまったら、その時に対策をまた考えればいい。
「俺が入っている時に、体調に違和感を感じたらすぐに言え。本人の人格とは違うものが入っているわけだからな」
「分かった」
彼女が頷き、遅めの昼食を取った後、環は仕事があると言って出ていった。暇になった少女はお昼の片付けをした後、しばらく家の中にいたが、暇だったのか家の外へ出ようと支度している。この頃にはもう筋肉痛は気にならなくなり、あれほど家の外に出るなと言ってた悪霊も、外に出たいと言っていた。この世界に来て何日か。ほとんど外に出ることはなかった。気分転換にはちょうどいいだろう。
「久しぶりの外だぁー!」
「変な男に引っ掛からないようにしろよ? この前の男なんかが最たる例だ」
「う、うん」
家に突撃してきた若い男のことである。
家を出た後、悪霊はすぐに周りの気配を探った。この前の京言葉は話す人物の警戒だ。環や若い男を騙すことは出来てもあの男だけは出来ないだろう。それ故に慎重に行動を起こさなければならなかった。今は監視しながら放置されているが、少しでもおかしなことを起こせばすぐに捕まるだろう。闘ったことのない少女は訳も分からずに捕まり、尋問される。悪霊の方はどんなことをされるかは分からない。
「どげんしよう」
しばらく歩いていると、妙に変わった言葉を話す人物が困っている。少女が近づく気配を感じたのか、そちらを見る年老いた女性。その人がいる屋根の上を見ると、猫がいた。猫ならばこの高さで落ちても骨折などすることないのだが、何かに困っているのか降りようとしない。むしろ女性を威嚇している。
「あ、あの、お困りごとですか」
「どげんしようかちて思うて声をかけちょるけど、降りてこんのよ」
「お、おお……」
あまりの勢いに押される少女。今まで会ったことのないような人物に内側にいる悪霊も驚いている。困っている人を助けたいが、何より目の前の女性の言葉が通じない。
「あらぁ、環さんの所に居る子ね?」
「えっと……」
「わっぜ可愛らしかおなごねぇー」
話す言葉が少しずつ早くなっていく女性に、どう対応していいか分からずに困っていると、なんとか対処できるという悪霊と代わった。
「……すまんが、言っている言葉が聞き取れん」
「ちょっしもた。ちょい待ってな」
目の前にいる少女の雰囲気と話し方が変わったことに驚く婦人。その少女が眉を下げながら婦人に伝えると、聞き取れるように調整してくれていた。
「ごめんねぇー。私の故郷の言葉なのよ」
「いや、こちらこそすまない。方言というものに慣れてなくてな」
「よかよー!」
にこやかに笑う婦人に、どうしたのかと聞くと、猫が怪我して屋根の上から降りられないようで、どうしたらいいか困っているとのことだった。先程から婦人に威嚇していたが、少女が近づくとずっと桃の方を見ている。そちらに降りようと屋根の上を移動しているが、少しだけ足を引きずっていた。
これは、悪霊が声をかけるよりも少女にしてもらった方がいいだろう。
「ねこちゃん、おいで」
交代した後、手を広げて下で待っているが、降りられない様子だ。
(なんとか出来る?)
「お前の外に出られれば何とか出来るが、しばらくは寝たきりになるな」
(そっか……)
しょうなら何とか出来るかも、と期待して内側に問いかけるが、その思いは早々に裏切られた。どうしよかと悩んでいると、「貸一つで助けてやる」と甘い声が囁かれた。悪霊の言葉を信頼しきっている少女は、二つ言葉で返事を返すと、絶対だからなと呟いた悪霊は少女の外に出る。
「何もしやしねぇよ」
驚いた猫は目の前に突然現れた悪霊を威嚇していたが、抵抗空しく、あっさりと捕まって少女の腕の中にすっぽりとはまった。落ち着かせようと、少女が優しく声をかけながら頭を撫でている。それに少しずつ落ち着いてきたのか、威嚇していた声が落ち着いてきたのだった。
「昨日の縛りは覚えているか?」
確認したいことがあると少女と代わってもらい、環に問いかける。悪霊と縛りを交わしたことは覚えているが、その直前はまったく思い出せていなかった。上手くいったと内心ほくそ笑む悪霊が縛りの再確認をしたが、二つとも言えた。
「上出来だ」
「大丈夫なの?」
「共に生きるためだ。少しくらいは我慢してやるよ」
少女の影を経由して環の影の中に入る。足元から蛇が巻いつきながら上がってくる感覚に環が腕を組みながら震えていた。
「桃ちゃんいつもこんな感覚でいたの?」
「最初は慣れなくて寝込んでしまってましたけど、今は……慣れました」
乾いた笑いを浮かべながら視線を逸らすように別の方を見る少女に、ただただすごいとしか思えなかった環だった。
「慣れてもらわねぇと困るぞ、環」
「わっ!」
突然頭の中で響いた悪霊の声に、環の肩が跳ね上がる。自分以外の声が脳内で響くという感覚に、まだ慣れていない証拠だった。
最初、少女も同じような反応を返していた。そこに悪霊のいたずら心が芽生えたのか、環はどれくらいで自分に慣れるのかひそかに検証しようとしていた。
だが、環の体の中は悪霊にとってとても居づらい場所。今はまだ長時間いることは不可能だった。慣れるまでは痛みが伴うが、慣れてしまえばどうということはなくなるだろう。
あの時のように少しずつ体に馴染ませればいいのだから。
「今日は試しだ。悪霊討伐がある時は言え」
「わ、わかった」
環の内側から影へと向かう悪霊の動きに、背中を冷え切った手で撫でおろされたような感覚になった彼女は、体を震わせた。彼女から少女の陰へと戻った悪霊は、疲れを吐き出すように内側で息をつく。短時間だとしても痛みが全身を襲い、息苦しい所だったのだろう。
「すごく寒かった」
「しょうの体温、他のひとより低めですからね」
入って出ていった感想を言う環に少女が同意する。霊が冷気を放ち、寒さを感じるのは当たり前のことなのだが、彼女には二重人格だと言って偽っている。
「もう一つの人格が移動ってそんなこと出来るの?」
「普通は出来ないが、おれは少し特殊でな」
説明が難しいと思ったのか、また交代して悪霊が少女の代わりに環の問いに答えた。少しはぐらかしたが、『嘘も百回言えば真実となる』ととある国の宣伝大臣が言ったように、言い続けていれば最初は疑っていても、少しずつ事実だと錯覚するようになる。いつかはバレるとしても戸惑いを誘うことは出来るだろう。もし、嘘がバレてしまったら、その時に対策をまた考えればいい。
「俺が入っている時に、体調に違和感を感じたらすぐに言え。本人の人格とは違うものが入っているわけだからな」
「分かった」
彼女が頷き、遅めの昼食を取った後、環は仕事があると言って出ていった。暇になった少女はお昼の片付けをした後、しばらく家の中にいたが、暇だったのか家の外へ出ようと支度している。この頃にはもう筋肉痛は気にならなくなり、あれほど家の外に出るなと言ってた悪霊も、外に出たいと言っていた。この世界に来て何日か。ほとんど外に出ることはなかった。気分転換にはちょうどいいだろう。
「久しぶりの外だぁー!」
「変な男に引っ掛からないようにしろよ? この前の男なんかが最たる例だ」
「う、うん」
家に突撃してきた若い男のことである。
家を出た後、悪霊はすぐに周りの気配を探った。この前の京言葉は話す人物の警戒だ。環や若い男を騙すことは出来てもあの男だけは出来ないだろう。それ故に慎重に行動を起こさなければならなかった。今は監視しながら放置されているが、少しでもおかしなことを起こせばすぐに捕まるだろう。闘ったことのない少女は訳も分からずに捕まり、尋問される。悪霊の方はどんなことをされるかは分からない。
「どげんしよう」
しばらく歩いていると、妙に変わった言葉を話す人物が困っている。少女が近づく気配を感じたのか、そちらを見る年老いた女性。その人がいる屋根の上を見ると、猫がいた。猫ならばこの高さで落ちても骨折などすることないのだが、何かに困っているのか降りようとしない。むしろ女性を威嚇している。
「あ、あの、お困りごとですか」
「どげんしようかちて思うて声をかけちょるけど、降りてこんのよ」
「お、おお……」
あまりの勢いに押される少女。今まで会ったことのないような人物に内側にいる悪霊も驚いている。困っている人を助けたいが、何より目の前の女性の言葉が通じない。
「あらぁ、環さんの所に居る子ね?」
「えっと……」
「わっぜ可愛らしかおなごねぇー」
話す言葉が少しずつ早くなっていく女性に、どう対応していいか分からずに困っていると、なんとか対処できるという悪霊と代わった。
「……すまんが、言っている言葉が聞き取れん」
「ちょっしもた。ちょい待ってな」
目の前にいる少女の雰囲気と話し方が変わったことに驚く婦人。その少女が眉を下げながら婦人に伝えると、聞き取れるように調整してくれていた。
「ごめんねぇー。私の故郷の言葉なのよ」
「いや、こちらこそすまない。方言というものに慣れてなくてな」
「よかよー!」
にこやかに笑う婦人に、どうしたのかと聞くと、猫が怪我して屋根の上から降りられないようで、どうしたらいいか困っているとのことだった。先程から婦人に威嚇していたが、少女が近づくとずっと桃の方を見ている。そちらに降りようと屋根の上を移動しているが、少しだけ足を引きずっていた。
これは、悪霊が声をかけるよりも少女にしてもらった方がいいだろう。
「ねこちゃん、おいで」
交代した後、手を広げて下で待っているが、降りられない様子だ。
(なんとか出来る?)
「お前の外に出られれば何とか出来るが、しばらくは寝たきりになるな」
(そっか……)
しょうなら何とか出来るかも、と期待して内側に問いかけるが、その思いは早々に裏切られた。どうしよかと悩んでいると、「貸一つで助けてやる」と甘い声が囁かれた。悪霊の言葉を信頼しきっている少女は、二つ言葉で返事を返すと、絶対だからなと呟いた悪霊は少女の外に出る。
「何もしやしねぇよ」
驚いた猫は目の前に突然現れた悪霊を威嚇していたが、抵抗空しく、あっさりと捕まって少女の腕の中にすっぽりとはまった。落ち着かせようと、少女が優しく声をかけながら頭を撫でている。それに少しずつ落ち着いてきたのか、威嚇していた声が落ち着いてきたのだった。
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