憑かれ少女と悪霊は神隠しで異世界日本にきてしまったようです

yasaca

文字の大きさ
18 / 27

18話 見知らぬ少年

しおりを挟む
「連れて来たぞ」
「ああ、早かったね」

 家の前でまだかまだかとうろうろしていた婦人の前に男を下ろし、逃げないように目の前に立った。先程まで逃げようと悪霊の腕の中で抗っていたが、夫人と悪霊に前後を挟まれた男は観念したのか、その場に俯いた。

「早くて助かったよ。大したものじゃないけど、ほら、これ」

 小さい桶を渡され、そこから漂う匂いを嗅いだだけで悪霊の口の中が唾液でいっぱいになる。

「これは梅干しか」
「貰い過ぎちゃってね。良かったらあげるよ」
「感謝する」

 唾を飲み込み、蓋を開けると更に強い香りが漂ったが、悪霊にとって梅干しは食べなくてもいいものだった。栄養になることはないが、そのことは言わず、素直に受け取った。

 そもそもこのお悩み相談をしたのは慈善活動の為ではない。本来の目的は悩みを食うこと。
 
 それもより濃く暗い悩みを。

 ただ、問題は後ろに刀を携えた女の子がいるということ。環と同じところに所属している可能性が高い。それに、京言葉を話す男の視線が、今もしょうの背中に突き刺さっている。

 (腹を満たせると思ったんだがな)

 さすがに二人の相手をするのは悪霊でもきつい。前回、悩みを取り込んだ時は見逃されたが、今回もそうなるとは限らなかった。それに、後ろにいる女の子は勘が鋭いのか、刀に手を添えて悪霊をずっと見たままだ。

「ではな」

 夫人に会釈をした悪霊はその場を後にする。その後ろをいまだに着いてくる女の子。
 歩いていけば行くほど、女の子が知っている道に入っていくのが分かったのか、悪霊に話しかけているが、相手にするのも面倒だったのか無視し続け、家に戻った。

「環は……まだ出掛けてるのか」

 外はもう夕暮れになっている。家の中は薄暗く、灯りをつけなければ何かにつまずいてしまう。

 行灯に火を灯し、少しでも明るくして環が帰ってくるのを待っていた。

「いつまでいる気だ?」
「環お姉様が帰ってくるまでだけど」

 その言葉から知り合いであることが確定したが、ズカズカと他人の家に入って居座るのは流石の悪霊でもしない。この前の若い男でも同じことをしていたが、環からは入ってもいいと言われているのだろうか。

「ただいまってあれ、凛ちゃん。なんでここにいるの?」
「あ、環お姉様、おかえりなさい! 今、目の前の男を監視中です」

 土を踏む音が少しずつ近づき、戸を開けると、環が驚いた顔で女の子――りんを見ていた。

「どうやらいろんなやつに勝手に敵対視されているようだ。こんだけ警戒され続けてたら全然休まらねぇなァ」

 凛に物言いたげな視線を悪霊が送りながら鼻で笑い、目を左から右へと流して呆れている。

「えっと、君は?」
「嗚呼、そうか。この姿は初めてか。おれはしょうだ」

 女の子の正体は分かったが、監視されている少年が誰だか分かっていなかったのか、環が不思議そうに見ている。それに勘付いた悪霊は自分の名前を言った。
 名前を言われても環の頭の中には、少女が口悪くなっている時の姿しか思い浮かばない。訝しげに見る環に、これはもとに戻らないとずっと怪しんだままだなと悟った悪霊は、深く息を吐くと凛に目を向けた。

「個人的な話を環としたい。だから出て行ってくれないか」
「いやよ」
「……環からも言ってくれないか?」
「ごめんだけど、無理かな」

 できることなら家の中で少女へと変わりたかったが、難しく、仕方なく悪霊が外に出た。ついて来ようと立ち上がる凛を、吊り上げた目で睨みながら動きを止めさせ、ついてこられないよう戸を勢いよく閉めた。
 戸から離れ、人気がない場所に移動した後、周りを確認して姿を少女へと戻す。

(この話が終わったら寝かせてもらう。いいな)

 内側で分かったと少女から了承を貰い、家の中に戻ると二人はまったりとお茶を飲んでいた。

「これで俺だとわかるだろ」
「そうだね。その姿は見慣れてる」

 環が、自分の知っている少女を脳内で思い浮かべている姿と、目の前にいる人物像が一致して、ようやく訝し気な目を向けるのをやめた。そして、何故姿が変わっていたのか聞きたそうにしている。

「さぁ、出ていけ。ここからは個人的な話だ」

 凛の湯呑を取り上げ、その近くに置いてから立たせると、少しずつ外に向けて背中を押している。男が出ていったと思ったら、先程の男と同じ話し方をする少女の姿に変わっていて、その状況を呑みこめず、呆けている凛を家の外に追い出した。

「説明、だな」
「そうだね」

 環に説明しようとすると、呆けていた状態の凛の意識が戻ったのか、勢いよく戸を開けて割り込んでくる。何が何でも二人きりにさせないという気持ちなのだろう。これではいつまでたっても説明が出来ないから追い出せ、と目線で環に訴えた悪霊。その意図を汲み取った環は凛を外へと誘導し、家に帰らせようとしたが、でもと渋り、なかなか帰らない相手に環自身も困っている。

「明日、早朝から仕事があるんでしょ? 今日は早く帰りなさい」
「でも、環お姉様。あの少女みたいなのと二人は危ないですよ」
「大丈夫だから。ね?」
「……分かりました。そこの。お姉様になにかしたらただじゃおかないからね!」

 ようやく家から離れてくれるようだ。最後に悪霊を睨み、悪態をついて、暗闇の中帰路についたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...