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18話 見知らぬ少年
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「連れて来たぞ」
「ああ、早かったね」
家の前でまだかまだかとうろうろしていた婦人の前に男を下ろし、逃げないように目の前に立った。先程まで逃げようと悪霊の腕の中で抗っていたが、夫人と悪霊に前後を挟まれた男は観念したのか、その場に俯いた。
「早くて助かったよ。大したものじゃないけど、ほら、これ」
小さい桶を渡され、そこから漂う匂いを嗅いだだけで悪霊の口の中が唾液でいっぱいになる。
「これは梅干しか」
「貰い過ぎちゃってね。良かったらあげるよ」
「感謝する」
唾を飲み込み、蓋を開けると更に強い香りが漂ったが、悪霊にとって梅干しは食べなくてもいいものだった。栄養になることはないが、そのことは言わず、素直に受け取った。
そもそもこのお悩み相談をしたのは慈善活動の為ではない。本来の目的は悩みを食うこと。
それもより濃く暗い悩みを。
ただ、問題は後ろに刀を携えた女の子がいるということ。環と同じところに所属している可能性が高い。それに、京言葉を話す男の視線が、今もしょうの背中に突き刺さっている。
(腹を満たせると思ったんだがな)
さすがに二人の相手をするのは悪霊でもきつい。前回、悩みを取り込んだ時は見逃されたが、今回もそうなるとは限らなかった。それに、後ろにいる女の子は勘が鋭いのか、刀に手を添えて悪霊をずっと見たままだ。
「ではな」
夫人に会釈をした悪霊はその場を後にする。その後ろをいまだに着いてくる女の子。
歩いていけば行くほど、女の子が知っている道に入っていくのが分かったのか、悪霊に話しかけているが、相手にするのも面倒だったのか無視し続け、家に戻った。
「環は……まだ出掛けてるのか」
外はもう夕暮れになっている。家の中は薄暗く、灯りをつけなければ何かに躓いてしまう。
行灯に火を灯し、少しでも明るくして環が帰ってくるのを待っていた。
「いつまでいる気だ?」
「環お姉様が帰ってくるまでだけど」
その言葉から知り合いであることが確定したが、ズカズカと他人の家に入って居座るのは流石の悪霊でもしない。この前の若い男でも同じことをしていたが、環からは入ってもいいと言われているのだろうか。
「ただいまってあれ、凛ちゃん。なんでここにいるの?」
「あ、環お姉様、おかえりなさい! 今、目の前の男を監視中です」
土を踏む音が少しずつ近づき、戸を開けると、環が驚いた顔で女の子――凛を見ていた。
「どうやらいろんなやつに勝手に敵対視されているようだ。こんだけ警戒され続けてたら全然休まらねぇなァ」
凛に物言いたげな視線を悪霊が送りながら鼻で笑い、目を左から右へと流して呆れている。
「えっと、君は?」
「嗚呼、そうか。この姿は初めてか。おれはしょうだ」
女の子の正体は分かったが、監視されている少年が誰だか分かっていなかったのか、環が不思議そうに見ている。それに勘付いた悪霊は自分の名前を言った。
名前を言われても環の頭の中には、少女が口悪くなっている時の姿しか思い浮かばない。訝しげに見る環に、これはもとに戻らないとずっと怪しんだままだなと悟った悪霊は、深く息を吐くと凛に目を向けた。
「個人的な話を環としたい。だから出て行ってくれないか」
「いやよ」
「……環からも言ってくれないか?」
「ごめんだけど、無理かな」
できることなら家の中で少女へと変わりたかったが、難しく、仕方なく悪霊が外に出た。ついて来ようと立ち上がる凛を、吊り上げた目で睨みながら動きを止めさせ、ついてこられないよう戸を勢いよく閉めた。
戸から離れ、人気がない場所に移動した後、周りを確認して姿を少女へと戻す。
(この話が終わったら寝かせてもらう。いいな)
内側で分かったと少女から了承を貰い、家の中に戻ると二人はまったりとお茶を飲んでいた。
「これで俺だとわかるだろ」
「そうだね。その姿は見慣れてる」
環が、自分の知っている少女を脳内で思い浮かべている姿と、目の前にいる人物像が一致して、ようやく訝し気な目を向けるのをやめた。そして、何故姿が変わっていたのか聞きたそうにしている。
「さぁ、出ていけ。ここからは個人的な話だ」
凛の湯呑を取り上げ、その近くに置いてから立たせると、少しずつ外に向けて背中を押している。男が出ていったと思ったら、先程の男と同じ話し方をする少女の姿に変わっていて、その状況を呑みこめず、呆けている凛を家の外に追い出した。
「説明、だな」
「そうだね」
環に説明しようとすると、呆けていた状態の凛の意識が戻ったのか、勢いよく戸を開けて割り込んでくる。何が何でも二人きりにさせないという気持ちなのだろう。これではいつまでたっても説明が出来ないから追い出せ、と目線で環に訴えた悪霊。その意図を汲み取った環は凛を外へと誘導し、家に帰らせようとしたが、でもと渋り、なかなか帰らない相手に環自身も困っている。
「明日、早朝から仕事があるんでしょ? 今日は早く帰りなさい」
「でも、環お姉様。あの少女みたいなのと二人は危ないですよ」
「大丈夫だから。ね?」
「……分かりました。そこの。お姉様になにかしたらただじゃおかないからね!」
ようやく家から離れてくれるようだ。最後に悪霊を睨み、悪態をついて、暗闇の中帰路についたのだった。
「ああ、早かったね」
家の前でまだかまだかとうろうろしていた婦人の前に男を下ろし、逃げないように目の前に立った。先程まで逃げようと悪霊の腕の中で抗っていたが、夫人と悪霊に前後を挟まれた男は観念したのか、その場に俯いた。
「早くて助かったよ。大したものじゃないけど、ほら、これ」
小さい桶を渡され、そこから漂う匂いを嗅いだだけで悪霊の口の中が唾液でいっぱいになる。
「これは梅干しか」
「貰い過ぎちゃってね。良かったらあげるよ」
「感謝する」
唾を飲み込み、蓋を開けると更に強い香りが漂ったが、悪霊にとって梅干しは食べなくてもいいものだった。栄養になることはないが、そのことは言わず、素直に受け取った。
そもそもこのお悩み相談をしたのは慈善活動の為ではない。本来の目的は悩みを食うこと。
それもより濃く暗い悩みを。
ただ、問題は後ろに刀を携えた女の子がいるということ。環と同じところに所属している可能性が高い。それに、京言葉を話す男の視線が、今もしょうの背中に突き刺さっている。
(腹を満たせると思ったんだがな)
さすがに二人の相手をするのは悪霊でもきつい。前回、悩みを取り込んだ時は見逃されたが、今回もそうなるとは限らなかった。それに、後ろにいる女の子は勘が鋭いのか、刀に手を添えて悪霊をずっと見たままだ。
「ではな」
夫人に会釈をした悪霊はその場を後にする。その後ろをいまだに着いてくる女の子。
歩いていけば行くほど、女の子が知っている道に入っていくのが分かったのか、悪霊に話しかけているが、相手にするのも面倒だったのか無視し続け、家に戻った。
「環は……まだ出掛けてるのか」
外はもう夕暮れになっている。家の中は薄暗く、灯りをつけなければ何かに躓いてしまう。
行灯に火を灯し、少しでも明るくして環が帰ってくるのを待っていた。
「いつまでいる気だ?」
「環お姉様が帰ってくるまでだけど」
その言葉から知り合いであることが確定したが、ズカズカと他人の家に入って居座るのは流石の悪霊でもしない。この前の若い男でも同じことをしていたが、環からは入ってもいいと言われているのだろうか。
「ただいまってあれ、凛ちゃん。なんでここにいるの?」
「あ、環お姉様、おかえりなさい! 今、目の前の男を監視中です」
土を踏む音が少しずつ近づき、戸を開けると、環が驚いた顔で女の子――凛を見ていた。
「どうやらいろんなやつに勝手に敵対視されているようだ。こんだけ警戒され続けてたら全然休まらねぇなァ」
凛に物言いたげな視線を悪霊が送りながら鼻で笑い、目を左から右へと流して呆れている。
「えっと、君は?」
「嗚呼、そうか。この姿は初めてか。おれはしょうだ」
女の子の正体は分かったが、監視されている少年が誰だか分かっていなかったのか、環が不思議そうに見ている。それに勘付いた悪霊は自分の名前を言った。
名前を言われても環の頭の中には、少女が口悪くなっている時の姿しか思い浮かばない。訝しげに見る環に、これはもとに戻らないとずっと怪しんだままだなと悟った悪霊は、深く息を吐くと凛に目を向けた。
「個人的な話を環としたい。だから出て行ってくれないか」
「いやよ」
「……環からも言ってくれないか?」
「ごめんだけど、無理かな」
できることなら家の中で少女へと変わりたかったが、難しく、仕方なく悪霊が外に出た。ついて来ようと立ち上がる凛を、吊り上げた目で睨みながら動きを止めさせ、ついてこられないよう戸を勢いよく閉めた。
戸から離れ、人気がない場所に移動した後、周りを確認して姿を少女へと戻す。
(この話が終わったら寝かせてもらう。いいな)
内側で分かったと少女から了承を貰い、家の中に戻ると二人はまったりとお茶を飲んでいた。
「これで俺だとわかるだろ」
「そうだね。その姿は見慣れてる」
環が、自分の知っている少女を脳内で思い浮かべている姿と、目の前にいる人物像が一致して、ようやく訝し気な目を向けるのをやめた。そして、何故姿が変わっていたのか聞きたそうにしている。
「さぁ、出ていけ。ここからは個人的な話だ」
凛の湯呑を取り上げ、その近くに置いてから立たせると、少しずつ外に向けて背中を押している。男が出ていったと思ったら、先程の男と同じ話し方をする少女の姿に変わっていて、その状況を呑みこめず、呆けている凛を家の外に追い出した。
「説明、だな」
「そうだね」
環に説明しようとすると、呆けていた状態の凛の意識が戻ったのか、勢いよく戸を開けて割り込んでくる。何が何でも二人きりにさせないという気持ちなのだろう。これではいつまでたっても説明が出来ないから追い出せ、と目線で環に訴えた悪霊。その意図を汲み取った環は凛を外へと誘導し、家に帰らせようとしたが、でもと渋り、なかなか帰らない相手に環自身も困っている。
「明日、早朝から仕事があるんでしょ? 今日は早く帰りなさい」
「でも、環お姉様。あの少女みたいなのと二人は危ないですよ」
「大丈夫だから。ね?」
「……分かりました。そこの。お姉様になにかしたらただじゃおかないからね!」
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