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第2章 夢

27. 覚悟

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 目的の場所に着いたヨシュアは目の前にある建物を見上げた。そこにあるのは造船所。扉もなく、外から中の作業員達が帆船を作っているところが丸見えだった。断りもなくずかずかと入り、現在製作中の場所をヨシュアは見渡している。いきなりで頭がついて来なかったが、我に返った作業員達は彼を止めようとした。

「ここじゃ狭い。もう一つ造船所を建ててそこで大砲を作れ」

 いきなり入ってきて急に命令し始めたヨシュアに怒りを覚えた作業員達は、食って掛かった。

「いきなりなんだ、あんた」
「素人にとやかく言われる筋合いはない!」

 出ていけと口々に言う作業員達の声を無視し、ヨシュアはにやりと笑う。

「お前ら、これからも帰ってくるか分からない仲間を増やしたいのか?」

 造船所の奥まで届きそうな声で言い放ち、その言葉に野次を飛ばしていた作業員と漁師達の声が止まる。図星だった。なんとかしたいから港にいる者達は冒険者ギルドに頼ったりした。だが、なかなか上手く行かず悩んでいる所にヨシュアが来たのだ。

「私が海の賊との戦い方を教えてやる。これから冒険者とやらに頼る必要も無くなるぞ」

 港にいる者達は、仲間が大切なものだとヨシュアは知っている。だからそこに揺さぶりをかけた。

「言いたいことがある奴はいるか? 今なら聞いてやるぞ」

 質問する時間を与えようとしばらく待っていたが、誰も口を開かない。

「無言は戦うことに同意したととっていいんだな。なら私の指示通りに動いてもらおうか」

 何もないとヨシュアは判断し、船首部分を作っている所に移動し、いまはまだ骨組みだけの船に触れている。

「マストは1つか。小回りが利く舟としてはいいかもしれんが、小さすぎて大砲も詰められねぇな。出来るとしたら衝角ラムぐらいか」

 1人呟くヨシュアに首を傾げる船員と作業員たち。その者たちに衝角の説明をしていると、「そんなものつけられるか」と声を荒げた。それを聞いているヨシュアは深いため息を吐いて、首の後ろをさすっている。

「一度決めたことにぐちぐち言ってんじゃねぇぞ」

 恫喝どうかつしているわけでもないヨシュアの大きい声に、彼以外の者たちが恐怖で固まっている。

「俺は言ったよなぁ。『言いたいことがある奴はいるか? 今なら聞いてやるぞ』と。その時誰も口を開かなかった。俺はそれに異議なしと受け止めた。その後から、これは嫌だあれは嫌だと言われんのが俺は一番嫌いなんだよ。戦うのか、それとも死ぬ仲間をこれからも増やし続けるか、今はっきり決めやがれ!」

 口調からしてもヨシュアが苛立っているのが明らかだった。港にいる者達は、体も精神も屈強だと勝手にヨシュアが考えていただけだが、まさかここまで意気地なしだとは彼自身も思っていなかったのだろう。

「あ、あんたは怖くないのか」
「全くないとは言えんが、今は興奮の方が勝っている」

 自信満々なヨシュアに動揺し、ざわつく者達。
 そう。ヨシュアの全ての行動原理は興味だ。自身が面白い、楽しいと思ったことに首を突っ込んでいく性格。それは彼が幼いころから変わらないものだった。それが戦いだろうと自身が知らぬものだろうと。それゆえに行動に対し、覚悟が揺らがないのだ。

「今、ここで、覚悟を決めろ」

 ヨシュアのその一言で港にいる者達の空気が変わる。いまだ何人かは迷っている者はいるが、それでも半数以上は目に力が入った。それを見たヨシュアは、口角を上げてにやりと笑う。

「決めたやつだけ私についてこい。他のやつらは知らん」

 フン……と鼻を慣らし、作りかけの船の周りを歩き始めた。

「この船を設計している者はどこにいる。後、設計図を見せろ」
「わ、私です」

 集団の中からおずおずと手を上げながら出てくる。ヨシュアより少し小さい背丈に、内気なのか挙動不審だった。先程までのヨシュアの言動に物怖じしているのだろう。

「私が船で出ている間に木と鉄の杭を準備し、コイツ用に作っておけ。いいな?」
「は、はい」

 製作途中の船に向かって親指を立てて指差し、指示する。舳先の下に付ける衝角の細かい説明をヨシュアがする。それを慌てながらもしっかりと聞き取り、設計図に書き込んでいく設計士。

「よし。今から出る船に乗る者たちはどいつだ? 案内をしろ」

 設計士が書き終わったのを確認したヨシュアは造船所から出て、波止場に向かう。今から出港する船に案内された時、アルヴァーノとヘルニーがいたことを今更思い出していた。1人と1頭を探すと、ふてくされた顔をしている。

「すまなかった。興奮してしまってな」
「どうやって話しかけようかなと思ってたよ」

 鼻息荒くしつつも、ヨシュアの服を甘噛みしながら甘える愛馬の背を撫でて宥めている。

「悪いが、こいつらもだ」
「それは構わないが……」

 ヘルニーよりもアルヴァーノを不安そうに見ている。ヨシュア達が最初港に着いたときに、噂で怖がられていたからだ。

「何もしなければ、私の愛馬も無暗矢鱈むやみやたらに攻撃などはせんさ。そうだろ、アルヴァーノ」

 ブルルルと鼻を鳴らし、ヨシュアに頬擦りしている。そう言われても完全に不安は拭いきれないのだろう。船に乗った後でもアルヴァーノを見ていた。
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