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第2章 夢

28. 交渉

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「出港!」

 船を留めていたロープを外し、コグ船と呼ばれる舟が港から出る。 マストは1本。それも横帆のみ。出港してからは帆に風を受けて走りだすことは出来たが、風上に向かっては移動出来ず、人が漕いで操船している時間が多い舟だ。

「それで、海にいる賊ってのは」
「それのことを海賊と呼ぶ。これからはそう呼べ。いちいち長い名前で言うのは面倒だ」

 風を受けて動く帆。風が来ない時は人が漕いでを繰り返している様子を見ながら、ヨシュアは漁師達の質問に答えている。彼の顔は後ろにいる漁師たちからは見えないが、難しいことを考えているのか、堅い表情をしていた。

「かい、ぞくってのは何をするんだ?」
「山賊は山で人を襲うのと同じく、海賊は海の上で略奪を行う者達のことだ」

 作業している者達から視線を外したヨシュアは、空を見上げる。それにつられた漁師たちも上に顔を向けた。少ない雲の間から太陽が見え、光が差し込んでいる。まぶしそうだが、気持ちよさそうに目を細める彼の姿を漁師たちは不思議そうに見ていた。

「このまま舟を進めても大丈夫そうだな」

 舟に当たり、波打つ海面を見て彼は頷く。そしてへりから離れると、座って眠っている愛馬に近づき、お腹あたりに座り、背中を預けて腕を組んで寝る体制になった。ヨシュアが心配する嵐や敵船の心配は今のところない。

「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「ああ。今のところはな」

 閉じていた目を片目だけ開け、不安そうにしている漁師たちを一瞥いちべつしたヨシュアは、また目を閉じた。言葉で大丈夫だと言われても、不安が拭いきれないのか、ヨシュアを凝視している。

「戦い方は教えてくれないのか?」
「……あんたら、足腰はしっかりしてるからそこらは大丈夫だな。直接人を攻撃したくないのだったら、船に乗る前に設計士に言ったものを作るかだな。どちらにする?」

 漁師たちの今までの航海で鍛えられた足を見たヨシュアが、選択肢を投げかけた。目の前にいる者達が剣を取って、扱いに慣れたらとてつもない力を発揮するだろう。だが、漁師たちの言動は荒くても、手に掛けるところまではいかないだろうと、この短い間でヨシュアは考えていた。それゆえに選択肢を与えたのだ。

「人をってことは殺したりしなきゃならんのか?」
「必ずしもしろってわけではない。捕縛したり、時には交渉したりだな。交渉は運が良けりゃそんなに取られない場合もあるが、取られる可能性の方が高いな。あまりオススメはせんぞ」

 漁師たちに、ヨシュアは自分が海賊だということは知らせていない。今の段階では言っても理解はされないが、もし伝えていて、後から海賊がどういう者達か知った後に襲ってこないとも限らないからだ。屈強な体を持つ漁師達相手に1人では、さすがのヨシュアも対処出来なくなる。

「数によるかもしれんが、もし海賊が来たら今回は私が対処しよう。次回からは自分たちでやれよ」
「なっ!」

 次回も港にいるほどヨシュアも暇ではない。正確には暇だが暇ではないのだ。彼が旅に出ているのはある、人物を探しているからだ。その人物とは、リアがいたハイド村出身の魔法使いだ。

「戦ったこともないのに自分たちでやれだなんて」
「確かに自分でやれとは言ったが、私は一言もお前たちで戦えだなんて言ってないぞ」

 抗議する漁師たちに屁理屈を延べるヨシュア。

「た、確かに言ってないが」
「やり方はいくらでもあるだろう? 今まで通りに冒険者を雇ったりな。とはいえ、さすがに何も教えてない状態で、用が終わったらさよならはせんさ」

 そう言うと、寝転がった状態のまま漁師たちに手を伸ばし、指を自分側に何度か動かしている。その手はなんだ? と漁師たちは首を傾げ、1人がヨシュアの手に触ろうとしたが、ヨシュアは手を引っ込め、首を横に振る。

「違う。タダで情報を渡すほど、私は優しくないということだ。先程までは忘れていたがな」

 要するに金を出せということをジェスチャーで知らせていた。

「練習も兼ねてだ。海賊たちがどういう要求をしてくるか知っておいた方がいいだろ? 安心しろ。ここから先教える情報だけだ」

 漁師たちがどうしようかと顔を見合わせて相談し合っている。話し終わった後、リーダーらしき男が集団から1歩出てくると、ヨシュアに話しかけた。この船には今商品しかない。無事戻れたら希望の金を出すと。

「そうだな。なら、金貨1枚と銀貨150枚だ」

 ざわざわと騒ぐ他の漁師たちとは違い、リーダー格の者は頷き、「それ相応のことは教えるのだな」とヨシュアに確認を取った。「もちろんだ」と彼が答えたのを聞くと頷いた。それから穏やかな時間が流れていく。

 雲があり、そこから太陽の光が差し込んでいる。



 そして、少しだけ強い風が吹いていた。
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