25 / 41
第四話 西日暮里~上野間 「おじさん、若者たちとレースに参加する」
3
しおりを挟むシノバズノイケは昨日と変わらず、霧が立ち込めて水面は波ひとつなく平坦で白い鏡面のようだ。
その池にかかる一本の橋を渡しながら
「ここでモンスターが襲ってきたらどうする?」
「ビーパイスまじですごいね~」
「ボス見たかった~」
などという事を言ってはしゃいでいる若者たち。その後ろに続く尾地は、修学旅行ではしゃぐ生徒を監視する先生のような立ち位置であった。彼も昨日来た場所に翌日も来ることになるとは思わなかった。
ボス敵の消えた池を見ながら、
「昨日は無茶したなー。いくらなんでも無茶が過ぎた」
と昨日の戦闘を思い返していた。ちなみに彼はスケートをしたのは小学生以来であり、ちゃんと滑れたことに自分でも驚いていた。実は今でも足首はガタガタであり、本音では家に帰って風呂に入りたかった。
しかし、ガヤガヤと賑やかに安心して橋を渡っている若者たちを見て、
「無茶した甲斐があったかな…」
と、この男にしては珍しく、自分のした行為を肯定した。
ここまでの行程に四時間かかった。昨日に比べても圧倒的に早く到着している。それは前日にビーパイスが根こそぎモンスターを倒して通ったのと、今日早朝から先行していった他のパーティーが残った残敵を倒してくれたおかげである。ここまで一回も戦闘がないという、非常に幸運な道行きであった。
池にかかる長い橋を渡ると開かれたままの扉が見え、その向こうに広がる新たなダンジョンの姿が見える。先行するパーティーが扉を締めることもなく進んだということだ。
「行きましょう」
尾地とシンウが先行し、扉の奥、未踏のダンジョンに踏み込んだ。
六角形でデザインされた複雑な模様の壁が続く。天井についたライトが遠くまで、規則正しく等間隔で置くまで続いている。
「なんていうかここ、博物館っぽいね」
ニイの感想に尾地が答える。
「そうです、元、博物館です。動物園、池、美術館、博物館。昔の上野がそのままダンジョン化していると思ってください」
灰色のコンクリの幾何学的模様が続くダンジョン、先程までの自然型ダンジョンとはまるで違う世界だ。
「気をつけてください。美術館や博物館は、ヤバイですから」
尾地の警告には理由がある。過去の土地柄にあわせてモンスターは生まれる。あらゆる物が集積された美術館や博物館は、普通ではないモンスターが誕生する想定不能な危険な場所なのだ。
ダンジョンは複雑に入り組んでおり、マッパーのシンウは「NO DATA」と表示されるマップ情報と格闘していた。自分たちの進んできた道はどんどんとマップデータとして書き加えられるが、来た道の情報はあっても進むべき道の情報が一切ない。
手がかりゼロで地上を目指さないといけないのだ。敵の気配を察知してはルートを変更する。未知の敵と戦う時間的ロスは全員が避けたいと思っているからだ。上野駅へのゴールこそが至上であり、シンウはそのために全神経を注がなければいけなかった。
敵を避けるために道を曲がり、T字路で曲がり、四辻で曲がる。シンウの端末にはデジタルマップ上にウネウネと迷いに満ちた迷路が描かれ続ける。
一時間以上進んだが、周囲は入った時と変わらない、幾何学なコンクリの壁。前進しているという感覚に乏しかった。
「先行してるパーティーがここを通ったようですね」
尾地がしゃがんで、使い捨てられたメモリーのシリンダを拾った。そして床に付いた血痕を指でなぞって、その経過時間を調べた。
「二〇分は経ってないと思います」
「二〇分も…」
その情報はシンウをさらに焦らせた。自分が選んだルートに、先に進んでいるパーティーがいる。駅間をつなぐルート開拓の栄誉は最初のパーティーにのみ与えられる。一秒でも後れを取れば何も与えられることはない。
シンウは暗い顔で先を急いだ。
右へ、左へ、思い出したように真ん中を進む。マップを見続ける目が痛くなる。敵の存在を探るという仕事すら忘れかけ、尾地に静止させられる場面すらあった。
前を見ず、右手首に付けられた端末の画面を見続けてた。
その持ち上げていた右手をそっと握られた。
尾地の大人の男の骨ばった手が、汗に濡れた彼女の手を包む。ハッとして顔を見上げると、少し困った顔の尾地が見えた。
パーティーの進行が止まった。
「皆さんの中で、この上野駅を目指すレースで、勝利することは絶対ですか?」
尾地がパーティー全員に聞いた。
「いいや、取れればラッキー程度だ。勝利が絶対の条件だなんて、思ってはいないし、言ってもいない。恥ずかしいセリフだけど、挑戦することに意義があるって奴? 今日はそんな気分だよ」
ホリーチェが少女の姿に似合わぬ、大人のような発言で返した。それを聞いて尾地が、
「暗くて地図もないダンジョンの中で参加者全員が迷っています。たとえどれだけ急いだって、勝つか負けるかなんて、世界中のだれにもわからないことです。全員が同じ様に迷っているんです」
そう言って、握った手に力を込める。
「皆さんの中で、シンウさんにマッパーを任せていることに不安がある人はいますか?」
「いんや、ねーちゃんにしか出来ない技術だし。それを任せたのは俺達だから、何があっても結果と責任は全員で持つ。それに姉ちゃんの責任の半分は常にオレの責任の半分でもある」
弟のジンクが姉への信頼と愛情を込めて答える。ニイもスイホウも意見は同じなので、何も言わなかった。
尾地はゆっくりと彼女の腕を降ろさせ、地図から目を離させる。
「マッパーは地図を見るだけの仕事ではありませんよ。未踏の地を直感だけでみんなを導くことも仕事です。地図を観ているだけでは直感は生まれません。周囲を見て、自分の経験から生まれる直感を信じて…」
尾地が手を離すとシンウの腕はゆっくりと下がっていく。地図を見るために上げ続けた腕に疲労が溜まっていた。真下に降りた腕から披露が抜けていく。
「その直感を信じた上で、勇気を持って適当に進みましょう」
尾地は彼女の視界を開き、彼女自身に道行きを任せた。
彼女は目の前に開けたダンジョンの姿を見る。続いて尾地の顔を見て、振り返りメンバーの顔に写る信頼を見る。そして再び真正面を見据えた。
地図がないんだから、自分の技量を信じて、メンバーの信頼を信じて、この男の言葉を信じて、ただ突き進めばいいのだ。
そう割り切って前に進むしか無いんだ。
シンウの中に諦めと覚悟が半分半分に備わった。
迷いがなくなった分、パーティーの進行スピードはアップした。迷っているくらいなら適当に道を選択する。しかし、適当といってもそれはプロが行う適当、プロが行う無意識の選択だ。様々なダンジョンの知識を持ち、その構造を足で体感し続けた彼女の直感は、素人のものとは明らかに違う。彼女の直感に含まれている正しさが蓄積し、パーティーはダンジョン内部をドンドンと上昇する方向に進んでいった。
再度端末で確認する。電波が届かないダンジョン内では今の位置が地上のどの当たりかは正確にはわからないが、進んできたマップデータからおおよその位置は分かる。
それによると彼女たちは地上の上野駅に、着実に近づいている。
彼女はマップデータを尾地に見せ、華やかな笑顔でこう言った。
「もうすぐです!」
自分たちが今、何番目なのか、だれか先に越されたのではないか、そういった悩みが消え、持っている職能を存分に発揮しているという幸福感がその笑顔にはあった。
0
あなたにおすすめの小説
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
九尾と契約した日。霊力ゼロの陰陽師見習いが大成するまで。
三科異邦
ファンタジー
「霊力も使えない。術式も出せない。
……西園寺玄弥、お前は本当に陰陽師か?」
その言葉は、もう何度聞いたか分からない。
霊術学院の訓練場で、俺はただ立ち尽くしていた。
周囲では炎が舞い、水がうねり、風が刃のように走る。
同年代の陰陽師たちが、当たり前のように霊を操っている。
――俺だけが、何もできない。
反論したい気持ちはある。
でも、できない事実は変わらない。
そんな俺が、
世界最強クラスの妖怪と契約することになるなんて――
この時は、まだ知る由もなかった。
これは――
妖怪の王を倒すべく、九尾の葛葉や他の仲間達と力を合わせて成長していく陰陽師見習いの物語。
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
無能と追放された俺、死にかけて覚醒した古代秘術を極めて最強になる
仲山悠仁
ファンタジー
魔力がすべての世界で、“無能”と烙印を押された少年アレックスは、
成人儀式の日に家族と村から追放されてしまう。
守る者も帰る場所もなく、魔物が徘徊する森へ一人放り出された彼は、
そこで――同じように孤独を抱えた少女と出会う。
フレア。
彼女もまた、居場所を失い、ひとりで生きてきた者だった。
二人の出会いは偶然か、それとも運命か。
無能と呼ばれた少年が秘めていた“本当の力”、
そして世界を蝕む“黒い霧”の謎が、静かに動き始める。
孤独だった二人が、共に歩き出す始まりの物語。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる