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第四章 12歳

19 不穏な社交界デビュー

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 俺はベッドに座り、後ろからロゼを抱きかかえるような姿勢で、ロゼの両手を握ってる。

「こう、かな?」

「それだと強すぎるよ」

「これでは?」

「ちょっと弱いかな。あ、相克が来るよ」

「えっ!? あひゃうっ! 痛ぁっ!」

「俺が止めてもよかったんだけど……」

「大丈夫。慣れてるから……。それに、痛くないと覚えないし」

「自分でそれを言ってくのか……」

 なんとも克己心の強い王女様だ。

「でも、見えてきたんじゃない?」

「そうだね。なんとなく、二つの魔力の流れがわかるようになってきた」

「あとは、この感覚を忘れずにトレーニングを続けていれば、相克は制御できるようになると思う」

「うん、自信が出てきたよ」

 深夜の秘密トレーニングは四日目だ。
 感覚的な技術だけに、教えるのは大変だった。
 もっとも、【無荷無覚】でストレスを感じない俺は、同じことを何度も繰り返し教えるのが苦にならない。

「はぁ……緊張するなぁ」

 ロゼが言った。

「どうしたの? あ、園遊会のことか」

「うん。わたしの社交界デビューだから。でも、母上が裏で動いてるらしくて」

「母上って言うのは……」

「継母っていうのかな。わたしのお母さんはわたしを産んだ時に死んじゃったから」

 最初に相克の発作に襲われた時にも、そんなことを言ってたな。

「仲がよくないの?」

「継母の実家は精霊庁の枢機卿なの。もともと政略結婚だから、お父さんともあまりうまく行ってないみたい。子どももまだいないし」

「なるほどな……。国王陛下の寵愛を得るためには、前妻の忘れ形見であるロゼが邪魔、か」

「園遊会でも、きっと裏から圧力をかけて、嫌がらせをしてくると思う。どんなものかはわからないけど」

「そうか……」

 一瞬、俺が現王妃のところに忍び込んで因果を含めておく、という手を思いつく。

(いや、やりすぎか)

 ロゼには気の毒だが、継母のやってることは、人間関係から生じる通常の軋轢の範疇だ。それを魔法でどうにかしてしまうのはやりすぎだろう。
 ロゼを暗殺しようとしてる、なんてことなら、動くにやぶさかではないんだけどな。

(そういえば、最初にうちの別邸に来た時に、王様は妃を連れてこなかった)

 旧友に会うのに連れて行きたくない夫人、か。

(園遊会では、嫌でも会うことになるだろうけどな)

 園遊会は明後日だ。
 午後から城の庭園でパーティが始まるが、本番は夜の舞踏会だという。
 ロゼは宮廷の舞踏師に厳しく指導されてるし、俺も家で両親から習ってる。

(ま、いくら英雄の息子とはいえ、サンヌルが女性を誘えるわけがないんだけど)

「園遊会が近いですからね。今日は早めに終わりましょうか」

 その日のトレーニングは切り上げて、俺はロゼの私室の窓から外に出た。

 その瞬間、ピリつくような感覚に襲われる。

 まるで、何かに監視されてるかのような――

「どうしたの、エリア」

「……ああ、いや。なんでも」

 俺は曖昧にごまかして城を出た。





 そうこうするうちに、園遊会の当日がやってきた。

 うちの両親は昼の部は欠席。
 舞踏会から参加する。
 当然、俺も同じタイムスケジュールになっている。

「はぁ~。すっごい人だな」

 シャンデリアのぶら下がった大きな広間には、これでもかと飾り立てた貴族の男女がひしめいていた。

「ブランタージュ伯ではないか! 何年ぶりであろうな! 英雄殿がいらっしゃらないと、社交界も盛り上がりに欠くというものだ」

「ああ、ネバ伯爵。これはどうもおひさしぶりです」

 俺の隣で、さっそく父さんが他の貴族に捕まっていた。

「社交はエリオに任せて、わたしたちは隅っこにいようか」

 母さんの提案は渡りに船だった。
 適当に食事と飲み物を確保して、母さんと一緒に広間の隅に引き下がる。

 母さんを見て声をかけようとする男性貴族もいたが、コブがいるのを見てとると、曖昧に会釈して去っていく。

「母さん、友だちはいないの?」

 なにげなく聞いてから、自分の言葉がブーメランになって突き刺さる。
 母さんはそんなことにはもちろん気づかず、

「昔はいたんだけど、エリオはみんなからモテてたから……」

「ああ、そういう……」

 どうやら男が口を挟まないほうがよさそうな話らしい。

 宴もたけなわというところで、広間の奥にある壇上に、王様とロゼが現れた。
 すみれ色の、すっきりしたシルエットのドレスに身を包んだロゼは、会場のあちこちからため息が漏れるほど美しかった。

 ロゼの後ろから、美人だがキツい顔つきの女性が、真っ赤なドレスで現れた。
 ブロンドの巻き毛と赤いドレスがよく似合ってる。
 だが、娘に負けまいという対抗心が見え見えだ。
 おもわず目をそらしたくなるような痛々しさが、こんな距離からでもはっきりわかる。

「皆の者! 今宵は娘のお披露目に集まってくれたことに感謝する!」

 王様は、自分の背後で起きてる事態に気づかず――あるいは、気づかないふりをして、大声を上げた。

「長々しい挨拶は余も嫌いだ! 諸君らもさだめし嫌いだろう! だから余からは何も言わぬ! 舞踏会をそれぞれに楽しむがよい!」

 本当に短かった挨拶に、貴族たちが拍手をする。

 と同時に、広間の奥に控えていた楽団が、賑やかなワルツを奏で始めた。

 男たちは、目当ての女のもとに向かい、手を差し出して女をダンスに誘う。

 差し伸べられた手に、たおやかな手が重ねられることもあれば、丁重にお断りをされることもある。
 お断りを受けた男が、その女が直後に声をかけられたべつの男と踊り始めたのを見て、苦虫を噛み潰したような顔をしてた。

 逆に、壁際に立って、男性から声がかかるのを待ちわびてる女性たちもいた。
 貴族の席次や見た目の美醜などで、貴族女性の中には独自の序列があるらしい。
 たしかに、壁際に押しやられてる女性たちは、ドレスも本人の容姿も一段落ちる。
 だが、彼女らの中に目当ての相手がいる男も少なくはない。
 散発的にやってきてダンスに誘う男性と、その手を取ってはにかむ女性。
 そのたびに、周囲の女性からは羨望の眼差しが向けられる。

 貴族の席次に女の虚栄と男のプライドが重なって、ダンスフロアは嫉妬と欲望の渦巻く魔窟のようになっていた。

「……こりゃ大変だな」

 見てるだけでもげんなりしてきた。

「でしょ?」

 母さんが俺にうなずいた。

「あれって、踊ったらお付き合いに発展するとか、そういう感じなの?」

「そうでもないわ。踊ってみて合わないと思えばそれまでだし。舞踏会のあと、どれだけマメに連絡して、会う機会を作れるか、みたいなことも大事ね。多い人だと、舞踏会のあいだに五、六人と踊るから、全員が候補ってわけでもないんでしょ」

「舞踏会が終わってからも駆け引きがあるのか……」

 やっぱ俺、転生してもパーリーピーポーの気持ちはわからんわ。

「エリアも踊ってきたらどう? いい経験になるわ」

「といっても俺はサンヌルだし」

「救国の英雄ブランタージュ伯の息子だって名乗れば、いまなら入れ食いなんじゃないかしら」

「父さんの英名で女の子を口説くのは違うだろ」

「実際はエリアの英名みたいなものなんだし、それくらいの役得があってもバチは当たらないわ」

「やめとくよ。目立つのは好きじゃない」

「あいかわらずねえ。エリアがちゃんと結婚相手を見つけられるのか、お母さん心配になってきたわ」

 ふふっ、と母さんが笑う。
 この人ももう三十をいくつか過ぎてるけど、まだまだ現役でいけそうだ。
 本人にその気はないみたいだけどな。

「それより……ロゼ……じゃなかった、王女様だけど」

「そうね。誰も踊りに誘わないのはおかしいわ」

 ロゼは、誰からも声をかけられず、硬い表情のまま、壇上の椅子で雛人形みたいになっている。
 王様もこればかりはフォローできないようで、おろおろとうろたえるばかりだった。
 その背後で、扇子で口元を隠しながら、継母王妃がにやついてる。

「王女殿下には恐れ多くて声をかけられない……とか、あったりするの? 一定の家格がないと声をかけちゃダメ、とか」

「舞踏会は、建前上は無礼講よ。もちろん、下手なことをしたら後が怖いから、力のない貴族はあまり目立たないようにするんだけど」

「無視されてるのは、王女様がサンヌルだから?」

「それもなくはないでしょうけど、仮にも王女殿下なのよ。王女殿下が魅力的な女の子だってことを除いても、ここで踊っておくメリットははかり知れないわ。誰からも申し込みがないなんて異常よね」

「あの王妃様の仕込みってわけか」

 壇上で硬い顔をして、手すりをぎゅっと握りしめてるロゼ。
 いまにも泣き出しそうな顔だった。
 俺は、腹を決めることにした。

「……行ってくるよ」

「あらあら。エリアも、いつのまにか隅に置けない男になってたものねえ」

 母さんのからかいを無視し、俺はひしめく貴族たちの間をすり抜け、壇上に向かう。
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