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第五章 15歳
32 学術科第一教室
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波瀾の入学式の後、各術科ごとにオリエンテーションがあった。
今年の新入生は、魔術科34、武術科52、学術科19の合計105人らしい。
ロゼは魔術科で、俺は学術科だ。
入試は術科とは関係なく行われ、合格後に術科を選択する方式になっている。
だから、武術に長けた魔術科の生徒騎士もいれば、その逆もいる。もちろん、戦闘が得意な学術科の生徒騎士がいてもおかしくはない。
もっとも、普通は素直に得意分野を選ぶものなので、魔術が得意なら魔術科に、武術が得意なら武術科に入る生徒がほとんどだ。
学術科に入るのは、魔法の基礎研究に興味がある研究者肌の生徒や、兵学などの学問に関心のある軍師・参謀タイプの生徒が多いらしい。
専任教師のいないこの学園では、新入生には上級生の担任がつく。
術科ごとに十人に一人くらいの割合で担任の上級生がつく形だ。
もちろん、新入生の教育を任されるくらいだから、担任となるのは上級生の中でも優秀と目される生徒らしい。
「円卓」は生徒会執行部としての仕事があるので担任にはならないが、それに次ぐくらいの実力者が新入生を担当するという。
俺の所属する学術科第一教室の担任は、回復魔法を研究する四年生の女子だった。
回復魔法には水属性と光属性の二系統があるが、担任生徒(変な言い方だが)はアマ(水)のほうだ。
青い髪をゆったりと編んだ、青い瞳のほんわか美人である。
「エレイン=アマ=マリアーヌと言います。
学術科は三術科の中でも変わった術科で、基本的には皆さん自身の関心に従って学習や研究を進めてもらいます。
自分の関心をどう調べたらいいかわからない等、疑問があったらいつでも相談してください。
遠慮することはありません。自分一人で抱え込んでにっちもさっちも行かなくなってから相談されても、何もしてあげられずに落第、なんてことがありますから。
ただし、あなたたちも生徒騎士であることに変わりはありません。つまり、軍人なんです。軍事教練への参加は義務ですし、義務以外の訓練への参加も推奨されています」
エレインの言葉に嫌そうな顔をしてる新入生が何人かいるな。
「質問してもいいですかぁ?」
手を挙げてそう聞いたのは、馬車で乗り合わせてから何かと縁のある、例の巻き毛の女子生徒だ。
「はぁい? なんですか、えっと、ミリーさん」
「エレイン先生は、軍事訓練にはどのくらい参加してたんでしょうか?」
ミリーの質問に、エレインが苦笑したように見えた。
俺の隣に座ってるハント(同じクラスだった)が、ぼそりとつぶやく。
「……あ、知らないのか」
「何がだ?」
俺がそっと聞き返すと、
「まぁ、本人が説明すると思うよ」
そう言って肩をすくめられた。
しかたなく、エレインに目を戻す。
「まぁ、先生だなんて! うふふ……教え子を持つっていいものですねぇ」
エレインが両手で頬を挟んで身悶えてる。
そんな動作をされると、豊満なバストが強調されて目の毒だ。
(このクラスでよかったな)
もうひとクラスの学術科第二教室は「性狷介にして楽しまず」を地で行くような六年の陰気な研究者らしいからな。ハント情報によれば。
誰だって、虎に化けそうな偏屈な詩人より、ほんわか美人に担任になってほしいだろう。
「あ、あの、質問の答えは?」
「はっ! すみません、浸ってしまって。
これでも、先生は根っからの武闘派なんですよ? 去年までは円卓にも入っていたのですが、エクセリアさんたちのチームに破れてしまって」
なんでもないように言ったエレインの言葉に、クラスメイトたちがのけぞった。
「……エレイン=アマ=マリアーヌと言えば、『水滝の虎』とあだ名されたアマの優秀な魔術師らしい」
「へえ……」
「なんだ、あまり驚かないんだな?」
「いや、むしろおまえの謎の情報網のほうが驚きなんだが」
エレイン先生がやり手っぽいのは、物腰や魔力を見てわかってた。
これで学術科なのかと意外に思ってたのだが、円卓にいたこともあるような古豪だったというわけだ。
第ニ教室担任の李徴子ではなく、エレイン先生のほうが虎だったと。
それより、新入生のくせにいきなり事情通の悪友ポジションを固めつつあるこいつのほうが驚きである。
王都の紋章官の家だと言ってたが、何か情報網でも持ってるんだろうか。
エレイン先生が、ハントを見て言った。
「ハントくん。聞こえてますよ?」
「うげっ」
「学内のゴシップも結構ですが、勉強にも関心を持ってくださいね?」
「も、もちろんです」
「うふふ。よろしい」
エレイン先生がにっこりとうなずいた。
ミリーが再び手を挙げる。
「せんせー、武闘派ならどうして学術科を選んだんです?」
「いい質問ですね。先生の専門は、回復魔法の研究なんです。でも、回復魔法っていうのは、攻撃魔法と違って、いろんな知識が必要になります」
「いろんな知識、ですか?」
「たしか、ミリーさんも回復魔法を覚えたいんでしたね?」
「は、はい」
「戦場で怪我を癒すなら、どのような攻撃を受けるとどのようなダメージを負うのかを、ちゃんと知っておかないといけないんです。
つまり、回復魔法使いだからと言って、前線のことを知らないわけにはいきません。
まぁ、学園の闘戯では、バリアのおかげで滅多に怪我はしないんですけどね。闘戯以外の戦闘訓練もありますから」
「えっと……そのために円卓に?」
「円卓に入れてもらうには紆余曲折があって、話すと長ぁーくなります。
ですが、かいつまんで言えば、ミリーさんの言った通りです。自分でも戦闘をこなすようになったのは、回復魔法を極めたかったからですね」
「わ、わたしも戦わないといけないんでしょうか……?」
「ある程度でいいと思いますよ。向き不向きのあることですから。
わたしの場合は、やってみたらとても向いていて、性にも合っていた。それだけのことです」
「そ、そぉなんですか……」
にっこり笑って言い切ったエレイン先生に、ミリーがあきらかに引いた顔でそう言った。
エレイン先生が、ちらりと俺のことを見る。
一瞬だけ目が合った。
エレイン先生の青い目は、俺の目の中になんらかの要素を見つけたらしい。
うんうんとうなずきながら、
「……今年の学術科は楽しいことになりそうですねぇ」
その後は、細々とした連絡だけだった。
「なあ、エリアック。よかったら食堂でダベろうぜ」
隣の席にいたハントが、立ち上がりかけた俺に言ってくる。
それを聞きつけ、ミリーもこっちを振り返る。
「そうしたいのは山々なんだが……」
俺が言いかけたところで、廊下からダダダダッ!と猛烈な足音が聞こえてきた。
足音は、教室の前で鳴り止んだ。
教室の扉が、ズバーーーーン!と音を立てて開かれる。
「え、えええ、エリアック君っっ!!!」
開いた扉の奥から現れたのは、黒いストレートヘアにエメラルドの房の混じった、白い肌の美少女だった。
紫の瞳に、以前より濃くなったエメラルド色の輝きを乗せて、俺を鬼の形相で睨んできてる。
「やぁ、ロゼ」
俺は軽く手を挙げて、久しぶりに再会した少女に声をかける。
「ろ、ローゼリア王女殿下!?」
ハントとミリー、他のクラスメイトたちが驚きで固まった。
学園内には家格を持ち込んではならない決まりだ。だから、たとえ王女であろうと呼び捨てでいいわけだが、ルールにまだ馴染んでないクラスメイトたちは、反射的にロゼに敬礼をしかけていた。
「ど、どどど、どういうことなの!? なんでエリアが魔術科にいないの!?」
クラスメイトたちなど目に入らない様子で、ロゼが俺に詰め寄ってくる。
「まあまあ、落ち着けって」
「落ち着いてられるわけないじゃない! 一緒に学園に入ろうねって約束したよね!? どうして学術科なんか選んでるの!?」
「ロゼ、学術科なんかってのは失言だぞ。ハントたちに失礼だ。なぁ?」
と、意味もなくハントに振ってみる。
ハントはうろたえ、
「え、うえええっ!? い、いやぁ、そんなことは……」
「あ、ごめんなさい。エリアがわけわかんないことするからつい……べつに、どの術科が偉いとか言うつもりはありませんでした」
ロゼがぺこりと頭を下げる。
「って、それよりエリアだよ! どうして魔術科を選ばなかったの!?」
「ちょっと待てって。その話はよそでやろうな?」
俺は、ロゼの肩をつかんで180度回転させ、背中を押して教室から出る。
そうしながら、ハントを振り返って言い残す。
「すまん! そういうわけだから、また今度な!」
「あ、ああ……って、おまえ、なんで王女様とニックネームで呼び合ってんだよ!? 一緒に学園に入る約束をしたって、いったいどういう仲なんだ!?」
「……受験馬車で言ってた『彼女』ってまさか……」
馬車での一幕を思い出したらしいミリーが、そんなことをつぶやいてる。
明日大変なことになりそうな気がしたが……とりあえずロゼから宥めよう。
今年の新入生は、魔術科34、武術科52、学術科19の合計105人らしい。
ロゼは魔術科で、俺は学術科だ。
入試は術科とは関係なく行われ、合格後に術科を選択する方式になっている。
だから、武術に長けた魔術科の生徒騎士もいれば、その逆もいる。もちろん、戦闘が得意な学術科の生徒騎士がいてもおかしくはない。
もっとも、普通は素直に得意分野を選ぶものなので、魔術が得意なら魔術科に、武術が得意なら武術科に入る生徒がほとんどだ。
学術科に入るのは、魔法の基礎研究に興味がある研究者肌の生徒や、兵学などの学問に関心のある軍師・参謀タイプの生徒が多いらしい。
専任教師のいないこの学園では、新入生には上級生の担任がつく。
術科ごとに十人に一人くらいの割合で担任の上級生がつく形だ。
もちろん、新入生の教育を任されるくらいだから、担任となるのは上級生の中でも優秀と目される生徒らしい。
「円卓」は生徒会執行部としての仕事があるので担任にはならないが、それに次ぐくらいの実力者が新入生を担当するという。
俺の所属する学術科第一教室の担任は、回復魔法を研究する四年生の女子だった。
回復魔法には水属性と光属性の二系統があるが、担任生徒(変な言い方だが)はアマ(水)のほうだ。
青い髪をゆったりと編んだ、青い瞳のほんわか美人である。
「エレイン=アマ=マリアーヌと言います。
学術科は三術科の中でも変わった術科で、基本的には皆さん自身の関心に従って学習や研究を進めてもらいます。
自分の関心をどう調べたらいいかわからない等、疑問があったらいつでも相談してください。
遠慮することはありません。自分一人で抱え込んでにっちもさっちも行かなくなってから相談されても、何もしてあげられずに落第、なんてことがありますから。
ただし、あなたたちも生徒騎士であることに変わりはありません。つまり、軍人なんです。軍事教練への参加は義務ですし、義務以外の訓練への参加も推奨されています」
エレインの言葉に嫌そうな顔をしてる新入生が何人かいるな。
「質問してもいいですかぁ?」
手を挙げてそう聞いたのは、馬車で乗り合わせてから何かと縁のある、例の巻き毛の女子生徒だ。
「はぁい? なんですか、えっと、ミリーさん」
「エレイン先生は、軍事訓練にはどのくらい参加してたんでしょうか?」
ミリーの質問に、エレインが苦笑したように見えた。
俺の隣に座ってるハント(同じクラスだった)が、ぼそりとつぶやく。
「……あ、知らないのか」
「何がだ?」
俺がそっと聞き返すと、
「まぁ、本人が説明すると思うよ」
そう言って肩をすくめられた。
しかたなく、エレインに目を戻す。
「まぁ、先生だなんて! うふふ……教え子を持つっていいものですねぇ」
エレインが両手で頬を挟んで身悶えてる。
そんな動作をされると、豊満なバストが強調されて目の毒だ。
(このクラスでよかったな)
もうひとクラスの学術科第二教室は「性狷介にして楽しまず」を地で行くような六年の陰気な研究者らしいからな。ハント情報によれば。
誰だって、虎に化けそうな偏屈な詩人より、ほんわか美人に担任になってほしいだろう。
「あ、あの、質問の答えは?」
「はっ! すみません、浸ってしまって。
これでも、先生は根っからの武闘派なんですよ? 去年までは円卓にも入っていたのですが、エクセリアさんたちのチームに破れてしまって」
なんでもないように言ったエレインの言葉に、クラスメイトたちがのけぞった。
「……エレイン=アマ=マリアーヌと言えば、『水滝の虎』とあだ名されたアマの優秀な魔術師らしい」
「へえ……」
「なんだ、あまり驚かないんだな?」
「いや、むしろおまえの謎の情報網のほうが驚きなんだが」
エレイン先生がやり手っぽいのは、物腰や魔力を見てわかってた。
これで学術科なのかと意外に思ってたのだが、円卓にいたこともあるような古豪だったというわけだ。
第ニ教室担任の李徴子ではなく、エレイン先生のほうが虎だったと。
それより、新入生のくせにいきなり事情通の悪友ポジションを固めつつあるこいつのほうが驚きである。
王都の紋章官の家だと言ってたが、何か情報網でも持ってるんだろうか。
エレイン先生が、ハントを見て言った。
「ハントくん。聞こえてますよ?」
「うげっ」
「学内のゴシップも結構ですが、勉強にも関心を持ってくださいね?」
「も、もちろんです」
「うふふ。よろしい」
エレイン先生がにっこりとうなずいた。
ミリーが再び手を挙げる。
「せんせー、武闘派ならどうして学術科を選んだんです?」
「いい質問ですね。先生の専門は、回復魔法の研究なんです。でも、回復魔法っていうのは、攻撃魔法と違って、いろんな知識が必要になります」
「いろんな知識、ですか?」
「たしか、ミリーさんも回復魔法を覚えたいんでしたね?」
「は、はい」
「戦場で怪我を癒すなら、どのような攻撃を受けるとどのようなダメージを負うのかを、ちゃんと知っておかないといけないんです。
つまり、回復魔法使いだからと言って、前線のことを知らないわけにはいきません。
まぁ、学園の闘戯では、バリアのおかげで滅多に怪我はしないんですけどね。闘戯以外の戦闘訓練もありますから」
「えっと……そのために円卓に?」
「円卓に入れてもらうには紆余曲折があって、話すと長ぁーくなります。
ですが、かいつまんで言えば、ミリーさんの言った通りです。自分でも戦闘をこなすようになったのは、回復魔法を極めたかったからですね」
「わ、わたしも戦わないといけないんでしょうか……?」
「ある程度でいいと思いますよ。向き不向きのあることですから。
わたしの場合は、やってみたらとても向いていて、性にも合っていた。それだけのことです」
「そ、そぉなんですか……」
にっこり笑って言い切ったエレイン先生に、ミリーがあきらかに引いた顔でそう言った。
エレイン先生が、ちらりと俺のことを見る。
一瞬だけ目が合った。
エレイン先生の青い目は、俺の目の中になんらかの要素を見つけたらしい。
うんうんとうなずきながら、
「……今年の学術科は楽しいことになりそうですねぇ」
その後は、細々とした連絡だけだった。
「なあ、エリアック。よかったら食堂でダベろうぜ」
隣の席にいたハントが、立ち上がりかけた俺に言ってくる。
それを聞きつけ、ミリーもこっちを振り返る。
「そうしたいのは山々なんだが……」
俺が言いかけたところで、廊下からダダダダッ!と猛烈な足音が聞こえてきた。
足音は、教室の前で鳴り止んだ。
教室の扉が、ズバーーーーン!と音を立てて開かれる。
「え、えええ、エリアック君っっ!!!」
開いた扉の奥から現れたのは、黒いストレートヘアにエメラルドの房の混じった、白い肌の美少女だった。
紫の瞳に、以前より濃くなったエメラルド色の輝きを乗せて、俺を鬼の形相で睨んできてる。
「やぁ、ロゼ」
俺は軽く手を挙げて、久しぶりに再会した少女に声をかける。
「ろ、ローゼリア王女殿下!?」
ハントとミリー、他のクラスメイトたちが驚きで固まった。
学園内には家格を持ち込んではならない決まりだ。だから、たとえ王女であろうと呼び捨てでいいわけだが、ルールにまだ馴染んでないクラスメイトたちは、反射的にロゼに敬礼をしかけていた。
「ど、どどど、どういうことなの!? なんでエリアが魔術科にいないの!?」
クラスメイトたちなど目に入らない様子で、ロゼが俺に詰め寄ってくる。
「まあまあ、落ち着けって」
「落ち着いてられるわけないじゃない! 一緒に学園に入ろうねって約束したよね!? どうして学術科なんか選んでるの!?」
「ロゼ、学術科なんかってのは失言だぞ。ハントたちに失礼だ。なぁ?」
と、意味もなくハントに振ってみる。
ハントはうろたえ、
「え、うえええっ!? い、いやぁ、そんなことは……」
「あ、ごめんなさい。エリアがわけわかんないことするからつい……べつに、どの術科が偉いとか言うつもりはありませんでした」
ロゼがぺこりと頭を下げる。
「って、それよりエリアだよ! どうして魔術科を選ばなかったの!?」
「ちょっと待てって。その話はよそでやろうな?」
俺は、ロゼの肩をつかんで180度回転させ、背中を押して教室から出る。
そうしながら、ハントを振り返って言い残す。
「すまん! そういうわけだから、また今度な!」
「あ、ああ……って、おまえ、なんで王女様とニックネームで呼び合ってんだよ!? 一緒に学園に入る約束をしたって、いったいどういう仲なんだ!?」
「……受験馬車で言ってた『彼女』ってまさか……」
馬車での一幕を思い出したらしいミリーが、そんなことをつぶやいてる。
明日大変なことになりそうな気がしたが……とりあえずロゼから宥めよう。
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