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第五章 15歳
73 実存を捨てた者
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ロゼの放ったひときわ強力な光熱波が、キロフの全身を呑み込んだ。
――やったか!?
ってのは冗談だ。
もちろん、油断なんてしない。
光熱波が消え去るまで待ったりもしない。
すべてを出し切るつもりで畳み掛ける!
「すべての悪意を穿ち貫き滅し去れ――神滅槍!」
前に掲げた両手の前に、巨大な光の槍が現れた。
目を灼きそうなほどにまばゆい光の槍は、長さ数メートルの紡錘形をしている。
槍は槍でも、こんなものは巨人にしか使えないだろう。いや、たとえ巨人であっても、この槍を握ろうすれば、その手は瞬時に焼け焦げちぎれ飛ぶ。
現在俺が扱える中で最も威力の高い光魔法だ。
キロフを直撃したロゼの「太陽風」は、風に紡がれ繭と化し、灼熱の颶風をキロフの周囲に閉じ込めている。
原理は違うが、それはほとんど小さな太陽のようだった。
ロゼの圧倒的な魔力で生み出された太陽に、俺の放った光の槍が突き刺さる。
太陽と光の槍が、ひときわ強い輝きを放つ。
俺やロゼでなくても感じ取れるほどに強烈な光の魔力が、波動のように地下闘戯場を吹き抜けた。
「これは……っ!」
「すさまじいな……!」
ロゼと俺の魔法の威力に、メイベルとエクセリアが驚いている。
だが、
「ちっ、まだか!」
神滅槍は、ロゼの放った光の中にある影にぶつかり、貫通せずに堰き止められていた。
ロゼの「太陽風」がキロフを消滅させたのなら、こんな現象は起こらない。
中に、まだキロフがいる。
俺は両手に握ったリールから糸を繰り出し、光の中の影へと斬撃を放つ。
その糸は、硬い感触によって遮られた。
ほどなくして、「太陽風」と「神滅槍」が消滅した。
闘戯場の謎素材の床すら溶かされ、地面がぐつぐつと煮えたぎっている。
その真ん中に、キロフがいた。
左腕の肘から先を失い、両足はももから下がなくなっている。前世風のコートやスーツはすべて焼失。全身は火傷でただれ、顔の右半分が焼け焦げている。
そんな状態でまともに立てるはずもない。右腕以外の四肢を失ったキロフは、横ざまに倒れた格好で、顔だけをこちらに向けていた。
白く濁り、むき出しになった右の眼球と、無事だった左目を俺に向け、キロフはくつくつと笑い出す。
「ククク……これほど、とは、ね。私は、君のことを……甘く、見ていた、ようだ……」
「さすがに無傷とはいかなかったみたいだな」
あの状況で生き残ったのは驚きだが、あれだけで仕留められたとしたら、それはそれで肩すかしだったろう。
「おまえの敗因は、敵を俺だけだと思ったことだ。たしかに一対一ならおまえのほうが有利だったろう。でも、俺にはおまえとのタイマンにこだわるような気持ちはない」
前世の因縁から、俺がキロフに執着している――そんな印象をこいつに与えることもまた、俺が計算していたことだ。
「俺が考えてたのは、誰一人死ぬことなしにおまえを安全確実に仕留めることだけだったのさ。誰一人の中には、当然俺だって入る。意味のない見栄や復讐心でサイコ野郎と決闘する趣味はない」
「くくく……ははははっ!」
キロフは眼球だけで天を仰ぎ、いきなり大きな哄笑を上げた。
その動作で、焼け焦げた顔や首の皮膚が引きちぎれ、血やよくわからない液体が噴きこぼれる。
「おまえさえ倒せば、帝国も終わりだ。
これ以上聞くことも残ってない。悪いがさっさとケリをつけさせてもらう」
俺はそう言って手を掲げ、その先に「闇の弾丸」を生み出した。
「クク……まさか、私がこれで終わるとでも?」
「負け惜しみか? いや……」
キロフの言葉には妙な迫力があった。
ハッタリかもしれないし、そうでないかもしれない。
「ちっ、『闇の弾丸』!」
俺は問答を打ち切り、ノータイムでキロフに魔法を放つ。
「闇の弾丸」がキロフの頭を粉砕する――はずだった。
だが、
「『リフレッシュ』」
キロフがつぶやき、
「『空間硝子化』」
左手の先に生んだ硝子状の空間が、「闇の弾丸」を受け止めた。
「何っ!?」
キロフは……まるで何事もなかったかのように、そこに平然と立っていた。
特別にあつらえたらしい前世風の黒いコートとスラックス、先の尖ったベージュ色の靴。
顔も、いつも通りの冷然とした風貌を取り戻している。眼球が露出していた顔の右側には、火傷の跡すら見当たらない。
肘から先を失ったはずの左手は、服装ごと元の姿を取り戻し、ももから下がなくなっていた足も、やはり服装ごと完全に元通りになっている。
(いや……元通り、なんてもんじゃねえ)
なんらかの魔法で再生した、というならまだわかる。
そんな高度な魔法はありえないとは思うが、理屈としては理解できる。
だが、今のキロフの「再生」は、破壊されたものが元通りになるといった尋常なプロセスを踏んだものじゃない。
ただ単に、数時間前の状態を今の状態にそのまま上書きしたような――そんな、脈絡のない、前後の切断された印象があった。
前世のアニメーションに、いきなり別場面の光景が挿入されたような唐突さだ。
実際、四肢のほとんどを失い地面に転がっていたはずのキロフが、起き上がるという動作すらなしに、ある瞬間からただそこに立っていた。
もちろん、キロフが起き上がるのを俺が見逃したわけじゃない。
一瞬たりとも目を離さなかったのに、キロフが変化した瞬間がわからなかったのだ。
「なっ……!」
と絶句したのはエクセリアか。
闘戯場は広いので普通なら声は届かないのだが、今はウルヴルスラの端末が声を中継してる。
今の声も、制服の内ポケットに入った端末から聞こえてきたものだ。
それ以外の面々も、キロフの「再生」に言葉を失っているようだった。
そんな中で反応したのは、
『まさか……。気をつけて! その人間は、ゼーハイドをその裡に取り込んでいる……違う、ゼーハイドに自分の存在を食わせているの!?』
端末からウルヴルスラの声が聞こえてきた。
「キロフ……おまえ」
「ククっ、気づきましたか。ここまでお見せするつもりはなかったんですがねぇ」
キロフが唇を吊り上げた。
「ゼーハイドは、現実を超えた存在です。
そのあり方は精霊に近いが、善なる存在である精霊に対し、ゼーハイドは人間にとって有害な存在だ。
といっても、ゼーハイドに悪意があるわけではありません。ライオンがシマウマを狩るのは、ライオンに悪意があるからではないように、ゼーハイドが現実を喰らうのも、悪意あってのことではないのです。
ゼーハイドとは、いわば、精神的なプレデターのような存在なのです。そこに邪悪を見るのは、人間側の恐怖の投影にすぎません。
食物連鎖の頂点に立ち、同族以外に恐怖する対象を失った人間にとって、ゼーハイドは原初的な恐怖を思い出させる存在だと言えるでしょう」
「それがどうした?」
「わかりませんか?
精霊は、人間に魔法という力を与えてくれる。
欠点は、力を与える相手の倫理的な素質をチェックできないことですね。おかげさまで、私のような人間であっても、精霊の恩恵に預かれるというわけです」
「驚きだな、おまえに自分が悪人だって自覚があったとは」
俺の言葉にキロフが肩をすくめた。
「まあ、赤子の時点で、この人間は将来悪人になるなどとわかるものではありません。
あるいは黄昏人なら、遺伝か環境かという問題にも確たる答えを見出していたのかもしれませんが。
ひょっとすると黄昏人は、自分たちの遺伝子から、社会秩序を乱すような要因を、とうの昔に排除していたのかもしれませんね。
黄昏人にとって、『悪』とはとうの昔に解決済みの問題だった。だから彼らは、魔法が人間に悪用される可能性に鈍感だった。あるいは、悪用されてもどうとでも対処できるはずだったのに、思いがけず、彼ら自身があっけなく滅んでしまったのかもしれません。
おっと、話が逸れてしまった。
ともあれ、精霊に先立ってゼーハイドがいた。精霊はゼーハイドの模造品にすぎません。天然物のダイヤモンドと、人工のダイヤモンドのようなものです。
いや、それ以上かな。精霊は、ゼーハイドの上っ面をなぞったものにすぎません。所詮物質世界の住人でしかない黄昏人には、ゼーハイドの本質を掴むことはできなかったのです」
「つまり、おまえは精霊の与える力には満足できず、ゼーハイドの力をも取り込もうと考えた、と?
だが、どうやって? それに、そもそもゼーハイドなんて存在をどこで知ったんだ?」
「ヒントは、吸魔煌殻ですよ。
生命力を吸い上げ力に変える魔導の鎧。
これを成り立たせているのは、精霊由来の魔法によって制御されたゼーハイドの力なんですね。
というより、吸魔煌殻とは、ゼーハイドそのものです」
「なんだって!?」
「吸魔煌殻とは、一種の檻です。あるいは、ゼーハイドの飼育キットと言ってもいい。吸魔煌殻の内部にゼーハイドを閉じ込め、装備者の生命力を吸収させる。その代わりに、宿主に強力な力を与えるのです。
吸魔煌殻を使い続ければ、その者の精神は侵蝕され、最後には廃人に成り果てます。
装備者の『存在』を喰らったゼーハイドは、独力で――あるいは、私の補助によってこの世界に顕現することが可能になる。
私が使役しているゼーハイドは、吸魔煌殻に存在を喰らい尽くされた、哀れな帝国兵の成れの果てというわけですよ」
「なんてこった……」
この場にあの皇女――ネルズィエンがいたら、激怒してキロフに斬りかかっていたことだろう。
今の帝国は、ゼーハイドの牧場と化してるってことになる。
キロフが戦争を長引かせようとしているのは、もちろん、地獄絵図を見て快楽を得るためでもあるのだろうが、吸魔煌殻を使って使役できるゼーハイドを「養殖」するためでもあったってことか。
「それがヒントってことは、おまえもゼーハイドに自分の生命力を吸わせているのか?」
そう言いつつ、俺は内心で首を傾げた。
(こいつは自分のために他人を利用してはばからないサイコパスではあるが……)
だからこそ、自分自身を犠牲にするような真似はしないのではないか?
前世でも、会社をブラック化する一方で、こいつは会社から高額の報酬をせしめていたはずだ。
「くく……。むろん、生命力などという貴重なものを、化け物にくれてやる気にはなれませんよ。
私がくれてやったのは、身体です」
「身体?」
「ええ。物質的な実在性、といったほうがいいでしょうね。
私は、『私が肉あるものとして存在する』という事実そのものを、ゼーハイドにくれてやった。
結果、私は徐々に己の物質的な実在性を失い、代わりに、物質にとらわれない力を得ることになった」
俺は絶句した。
「それはつまり、自ら進んで幽霊になった……ってことか?」
「なかなか詩的な表現ですね。しかし、事実をついています」
キロフが平然とうなずいた。
『そんなこと、できるはずがない。自分の実存そのものをゼーハイドに喰わせる……。まともな人間なら、その苦痛に耐えられない』
ウルヴルスラが端末から言う。
(こいつは現実感を希薄にしか感じられないと言ってたか)
もとから現実感が希薄なキロフなら、自分の存在そのものを喰われる苦痛にも耐えられるのかもしれない。
「とはいえ、肉体はあったほうが便利ですからねぇ。
必要に応じて、ゼーハイドの力で現実を書き換え、世界に肉体を錯覚させているのです。
闇野君、君たちがさっき破壊した私の肉体は、そうした錯覚の産物にすぎません。
もっとも、そう簡単にできることではないので、痛手でないわけではないのですが」
「じゃあ、今のおまえは……?」
「さて、そこまでサービスはできませんね」
キロフが肩をすくめた。
『おそらく、ゼーハイドの顕現と同じ。核となる部分以外はすべて実体のある虚構にすぎない』
「ゼーハイド同様、核を砕けばいいってことだな」
俺はいきなり、「闇の弾丸」を放ってみる。
「『影の帆』」
弾丸は、キロフの広げた漆黒のコートにもまれて消えた。
「せっかちですね。
まあいいでしょう。
今の私は、肉にとらわれない存在だ。
だから――こうしたこともできる」
キロフが言った瞬間に、闘戯場に複数の気配が現れた。
ロゼ、ユナ、エクセリア、バズパ、メイベル、生徒会コンビの二人、そして……伏兵として濃霧の中に隠していたラシヴァのそばに。
「「……「おや。一人隠れていましたか」……」」
キロフのそのセリフは、何重にも重なって聞こえてきた。
正確には九重だろう。
なぜなら、俺たちひとりひとりの前に、まったく同じ姿のキロフが、突如として現れていたからだ。
みんなが慌てて反応する。
「『太陽風』!」
「っ、『水龍波』!」
「くっ、『電光刹過』!」
「ちぃっ!?」
「これは……!」
「ぐあああっ!?」
「きゃあっ!」
「くそがっ!」
ロゼは即座に「太陽風」、ユナも一瞬で水流を放つ。
エクセリアは「電光刹過」で間合いを取り、バズパはレイピアを構えて警戒する。
メイベルは「影隠れ」しつつ後退。
円卓コンビの一人は、キロフの影の鎌の直撃を受け、もう一人は、肩を浅く切り裂かれる。
ラシヴァは、拳にまとわせた炎で鎌を弾き、その隙に大きく後ろに飛び退る。
俺の前にいるキロフは動かず、余裕の顔で俺と睨み合いを続けていた。
「くくっ……一人死にましたよ?」
俺の前にいるキロフが言った。
影の鎌の直撃を受けた円卓コンビのことだろう。
「死んでねえよ。よく見てみろ」
「なんですって?」
キロフが、鎌に切り裂かれたはずの円卓の一人を見た。
まともに斬られたはずの円卓の男子は、吹き飛ばされて地面に転がりながらも、むくりと上体を起こしている。
剣を構えようとする男子だったが、その周囲の地面に光の転送法陣が浮かび上がった。
悔しさに顔を歪ませたまま、男子の姿がかき消える。
「……これは?」
「ここは闘戯場だからな。安全に試合ができるように、プレイヤーにはバリアが付与される」
闘戯の時と同様だ。
もっとも、今はバリアの量を普段の五倍にしていた。
通常の闘戯で付与されるバリアは、人一人が死ぬに等しいダメージを耐えられる。
つまり、今の俺たちは、五回までなら即死級の攻撃を食らっても無傷で済む……はずだった。
(一発アウトかよ)
さっきやられた男子は、あの一撃だけで五回即死できるダメージを食らったことになる。
おそらく、あの影の鎌は見た目通りのものではなく、「命を刈り取る」といったイメージでも付与されているのではないか。
ゲーム風に言えば、即死の追加効果のついた攻撃ってとこか。
即死攻撃なんて、ゲームであっても面白いもんじゃない。
これがまぎれもない現実であることを思えば、間違ってもあの鎌の直撃を受けてはいけないってことだ。
(ここに引き込んでおいてよかったぜ)
事前にウルヴルスラと相談して、バリアがなくなったら転送法陣で闘戯場から転移させるという段取りをしておいた。
そうでもなければ、俺以外の奴を、とてもキロフの前には立たせられない。
バズパあたりはともかく、ロゼやユナみたいな魔法主体の戦力は、キロフに間合いをつめられると危険だしな。
と、思ってるうちに、円卓男子を倒した「キロフ」の姿が唐突に消えた。
「ん……?」
「ああ、これはしまった。こんな雑魚だと知っていれば、あえて生かしておくんでしたね」
俺の目の前のキロフが言った。
「そうか、分身できるのは、こっちの人数までが限界か」
「あなたがたの意識に映った『私』を個別に具現化しているだけですからね。元の意識の持ち主がいなくなれば、『私』の方も維持できない、というわけですよ」
「随分饒舌に語るな」
「知ったところで対策はないでしょう?
私一人を倒すのにも苦労していたあなたがたが、同数同士の戦いで勝てると思うのですか?」
「ちっ……」
俺は顔をしかめて舌打ちした。
「なかなかどうして、君も用意周到ではありませんか。
九人がかりの――しかも、それぞれに強力なバリアが張られた状態へと持ち込んだ。
その上、うちひとりを伏兵にして、ここぞという場面で投入するつもりだった。
……おや、伏兵の彼には見覚えがあるようだ」
ラシヴァは「地形:濃霧」を設定した1ー2から出て、ややこっちに近づいた位置で、自分の前にいる「キロフ」と対峙している。
その「キロフ」も、同じことを言ったのだろう、
「見覚えだと!? ふざけやがって……!」
ラシヴァが奥歯を噛み締め、「キロフ」を睨む。
「ああ、旧ザスターシャの逃亡した王子ですか。当時の面影がありますよ。自分一人では何もできないくせに、恨みがましさだけは一人前だ。
しかし、残念でしたね。あなたでは私には届かない」
「ぐぁっ……!」
「キロフ」の攻撃にラシヴァが吹き飛ぶ。
今回はHPバーを表示してないのでわかりにくいが、バリアはまだ残ってるようだ。
「やはり、雑魚。相手にするまでもありません」
ラシヴァの意識から生み出された「キロフ」は、ラシヴァにくるりと背を向けると、1ー1で別の「キロフ」と戦うロゼに向かって跳躍した。
俺の前のキロフが言う。
「数的有利を作り出すのは戦いの基本。では、これは?」
ラシヴァから生まれた「キロフ」は、空中で影の翼を生み出して滞空すると、上空で影の鎌を生み出し、地上に向かって投げつける。
その狙いはもちろん――
「ロゼっ!」
――やったか!?
ってのは冗談だ。
もちろん、油断なんてしない。
光熱波が消え去るまで待ったりもしない。
すべてを出し切るつもりで畳み掛ける!
「すべての悪意を穿ち貫き滅し去れ――神滅槍!」
前に掲げた両手の前に、巨大な光の槍が現れた。
目を灼きそうなほどにまばゆい光の槍は、長さ数メートルの紡錘形をしている。
槍は槍でも、こんなものは巨人にしか使えないだろう。いや、たとえ巨人であっても、この槍を握ろうすれば、その手は瞬時に焼け焦げちぎれ飛ぶ。
現在俺が扱える中で最も威力の高い光魔法だ。
キロフを直撃したロゼの「太陽風」は、風に紡がれ繭と化し、灼熱の颶風をキロフの周囲に閉じ込めている。
原理は違うが、それはほとんど小さな太陽のようだった。
ロゼの圧倒的な魔力で生み出された太陽に、俺の放った光の槍が突き刺さる。
太陽と光の槍が、ひときわ強い輝きを放つ。
俺やロゼでなくても感じ取れるほどに強烈な光の魔力が、波動のように地下闘戯場を吹き抜けた。
「これは……っ!」
「すさまじいな……!」
ロゼと俺の魔法の威力に、メイベルとエクセリアが驚いている。
だが、
「ちっ、まだか!」
神滅槍は、ロゼの放った光の中にある影にぶつかり、貫通せずに堰き止められていた。
ロゼの「太陽風」がキロフを消滅させたのなら、こんな現象は起こらない。
中に、まだキロフがいる。
俺は両手に握ったリールから糸を繰り出し、光の中の影へと斬撃を放つ。
その糸は、硬い感触によって遮られた。
ほどなくして、「太陽風」と「神滅槍」が消滅した。
闘戯場の謎素材の床すら溶かされ、地面がぐつぐつと煮えたぎっている。
その真ん中に、キロフがいた。
左腕の肘から先を失い、両足はももから下がなくなっている。前世風のコートやスーツはすべて焼失。全身は火傷でただれ、顔の右半分が焼け焦げている。
そんな状態でまともに立てるはずもない。右腕以外の四肢を失ったキロフは、横ざまに倒れた格好で、顔だけをこちらに向けていた。
白く濁り、むき出しになった右の眼球と、無事だった左目を俺に向け、キロフはくつくつと笑い出す。
「ククク……これほど、とは、ね。私は、君のことを……甘く、見ていた、ようだ……」
「さすがに無傷とはいかなかったみたいだな」
あの状況で生き残ったのは驚きだが、あれだけで仕留められたとしたら、それはそれで肩すかしだったろう。
「おまえの敗因は、敵を俺だけだと思ったことだ。たしかに一対一ならおまえのほうが有利だったろう。でも、俺にはおまえとのタイマンにこだわるような気持ちはない」
前世の因縁から、俺がキロフに執着している――そんな印象をこいつに与えることもまた、俺が計算していたことだ。
「俺が考えてたのは、誰一人死ぬことなしにおまえを安全確実に仕留めることだけだったのさ。誰一人の中には、当然俺だって入る。意味のない見栄や復讐心でサイコ野郎と決闘する趣味はない」
「くくく……ははははっ!」
キロフは眼球だけで天を仰ぎ、いきなり大きな哄笑を上げた。
その動作で、焼け焦げた顔や首の皮膚が引きちぎれ、血やよくわからない液体が噴きこぼれる。
「おまえさえ倒せば、帝国も終わりだ。
これ以上聞くことも残ってない。悪いがさっさとケリをつけさせてもらう」
俺はそう言って手を掲げ、その先に「闇の弾丸」を生み出した。
「クク……まさか、私がこれで終わるとでも?」
「負け惜しみか? いや……」
キロフの言葉には妙な迫力があった。
ハッタリかもしれないし、そうでないかもしれない。
「ちっ、『闇の弾丸』!」
俺は問答を打ち切り、ノータイムでキロフに魔法を放つ。
「闇の弾丸」がキロフの頭を粉砕する――はずだった。
だが、
「『リフレッシュ』」
キロフがつぶやき、
「『空間硝子化』」
左手の先に生んだ硝子状の空間が、「闇の弾丸」を受け止めた。
「何っ!?」
キロフは……まるで何事もなかったかのように、そこに平然と立っていた。
特別にあつらえたらしい前世風の黒いコートとスラックス、先の尖ったベージュ色の靴。
顔も、いつも通りの冷然とした風貌を取り戻している。眼球が露出していた顔の右側には、火傷の跡すら見当たらない。
肘から先を失ったはずの左手は、服装ごと元の姿を取り戻し、ももから下がなくなっていた足も、やはり服装ごと完全に元通りになっている。
(いや……元通り、なんてもんじゃねえ)
なんらかの魔法で再生した、というならまだわかる。
そんな高度な魔法はありえないとは思うが、理屈としては理解できる。
だが、今のキロフの「再生」は、破壊されたものが元通りになるといった尋常なプロセスを踏んだものじゃない。
ただ単に、数時間前の状態を今の状態にそのまま上書きしたような――そんな、脈絡のない、前後の切断された印象があった。
前世のアニメーションに、いきなり別場面の光景が挿入されたような唐突さだ。
実際、四肢のほとんどを失い地面に転がっていたはずのキロフが、起き上がるという動作すらなしに、ある瞬間からただそこに立っていた。
もちろん、キロフが起き上がるのを俺が見逃したわけじゃない。
一瞬たりとも目を離さなかったのに、キロフが変化した瞬間がわからなかったのだ。
「なっ……!」
と絶句したのはエクセリアか。
闘戯場は広いので普通なら声は届かないのだが、今はウルヴルスラの端末が声を中継してる。
今の声も、制服の内ポケットに入った端末から聞こえてきたものだ。
それ以外の面々も、キロフの「再生」に言葉を失っているようだった。
そんな中で反応したのは、
『まさか……。気をつけて! その人間は、ゼーハイドをその裡に取り込んでいる……違う、ゼーハイドに自分の存在を食わせているの!?』
端末からウルヴルスラの声が聞こえてきた。
「キロフ……おまえ」
「ククっ、気づきましたか。ここまでお見せするつもりはなかったんですがねぇ」
キロフが唇を吊り上げた。
「ゼーハイドは、現実を超えた存在です。
そのあり方は精霊に近いが、善なる存在である精霊に対し、ゼーハイドは人間にとって有害な存在だ。
といっても、ゼーハイドに悪意があるわけではありません。ライオンがシマウマを狩るのは、ライオンに悪意があるからではないように、ゼーハイドが現実を喰らうのも、悪意あってのことではないのです。
ゼーハイドとは、いわば、精神的なプレデターのような存在なのです。そこに邪悪を見るのは、人間側の恐怖の投影にすぎません。
食物連鎖の頂点に立ち、同族以外に恐怖する対象を失った人間にとって、ゼーハイドは原初的な恐怖を思い出させる存在だと言えるでしょう」
「それがどうした?」
「わかりませんか?
精霊は、人間に魔法という力を与えてくれる。
欠点は、力を与える相手の倫理的な素質をチェックできないことですね。おかげさまで、私のような人間であっても、精霊の恩恵に預かれるというわけです」
「驚きだな、おまえに自分が悪人だって自覚があったとは」
俺の言葉にキロフが肩をすくめた。
「まあ、赤子の時点で、この人間は将来悪人になるなどとわかるものではありません。
あるいは黄昏人なら、遺伝か環境かという問題にも確たる答えを見出していたのかもしれませんが。
ひょっとすると黄昏人は、自分たちの遺伝子から、社会秩序を乱すような要因を、とうの昔に排除していたのかもしれませんね。
黄昏人にとって、『悪』とはとうの昔に解決済みの問題だった。だから彼らは、魔法が人間に悪用される可能性に鈍感だった。あるいは、悪用されてもどうとでも対処できるはずだったのに、思いがけず、彼ら自身があっけなく滅んでしまったのかもしれません。
おっと、話が逸れてしまった。
ともあれ、精霊に先立ってゼーハイドがいた。精霊はゼーハイドの模造品にすぎません。天然物のダイヤモンドと、人工のダイヤモンドのようなものです。
いや、それ以上かな。精霊は、ゼーハイドの上っ面をなぞったものにすぎません。所詮物質世界の住人でしかない黄昏人には、ゼーハイドの本質を掴むことはできなかったのです」
「つまり、おまえは精霊の与える力には満足できず、ゼーハイドの力をも取り込もうと考えた、と?
だが、どうやって? それに、そもそもゼーハイドなんて存在をどこで知ったんだ?」
「ヒントは、吸魔煌殻ですよ。
生命力を吸い上げ力に変える魔導の鎧。
これを成り立たせているのは、精霊由来の魔法によって制御されたゼーハイドの力なんですね。
というより、吸魔煌殻とは、ゼーハイドそのものです」
「なんだって!?」
「吸魔煌殻とは、一種の檻です。あるいは、ゼーハイドの飼育キットと言ってもいい。吸魔煌殻の内部にゼーハイドを閉じ込め、装備者の生命力を吸収させる。その代わりに、宿主に強力な力を与えるのです。
吸魔煌殻を使い続ければ、その者の精神は侵蝕され、最後には廃人に成り果てます。
装備者の『存在』を喰らったゼーハイドは、独力で――あるいは、私の補助によってこの世界に顕現することが可能になる。
私が使役しているゼーハイドは、吸魔煌殻に存在を喰らい尽くされた、哀れな帝国兵の成れの果てというわけですよ」
「なんてこった……」
この場にあの皇女――ネルズィエンがいたら、激怒してキロフに斬りかかっていたことだろう。
今の帝国は、ゼーハイドの牧場と化してるってことになる。
キロフが戦争を長引かせようとしているのは、もちろん、地獄絵図を見て快楽を得るためでもあるのだろうが、吸魔煌殻を使って使役できるゼーハイドを「養殖」するためでもあったってことか。
「それがヒントってことは、おまえもゼーハイドに自分の生命力を吸わせているのか?」
そう言いつつ、俺は内心で首を傾げた。
(こいつは自分のために他人を利用してはばからないサイコパスではあるが……)
だからこそ、自分自身を犠牲にするような真似はしないのではないか?
前世でも、会社をブラック化する一方で、こいつは会社から高額の報酬をせしめていたはずだ。
「くく……。むろん、生命力などという貴重なものを、化け物にくれてやる気にはなれませんよ。
私がくれてやったのは、身体です」
「身体?」
「ええ。物質的な実在性、といったほうがいいでしょうね。
私は、『私が肉あるものとして存在する』という事実そのものを、ゼーハイドにくれてやった。
結果、私は徐々に己の物質的な実在性を失い、代わりに、物質にとらわれない力を得ることになった」
俺は絶句した。
「それはつまり、自ら進んで幽霊になった……ってことか?」
「なかなか詩的な表現ですね。しかし、事実をついています」
キロフが平然とうなずいた。
『そんなこと、できるはずがない。自分の実存そのものをゼーハイドに喰わせる……。まともな人間なら、その苦痛に耐えられない』
ウルヴルスラが端末から言う。
(こいつは現実感を希薄にしか感じられないと言ってたか)
もとから現実感が希薄なキロフなら、自分の存在そのものを喰われる苦痛にも耐えられるのかもしれない。
「とはいえ、肉体はあったほうが便利ですからねぇ。
必要に応じて、ゼーハイドの力で現実を書き換え、世界に肉体を錯覚させているのです。
闇野君、君たちがさっき破壊した私の肉体は、そうした錯覚の産物にすぎません。
もっとも、そう簡単にできることではないので、痛手でないわけではないのですが」
「じゃあ、今のおまえは……?」
「さて、そこまでサービスはできませんね」
キロフが肩をすくめた。
『おそらく、ゼーハイドの顕現と同じ。核となる部分以外はすべて実体のある虚構にすぎない』
「ゼーハイド同様、核を砕けばいいってことだな」
俺はいきなり、「闇の弾丸」を放ってみる。
「『影の帆』」
弾丸は、キロフの広げた漆黒のコートにもまれて消えた。
「せっかちですね。
まあいいでしょう。
今の私は、肉にとらわれない存在だ。
だから――こうしたこともできる」
キロフが言った瞬間に、闘戯場に複数の気配が現れた。
ロゼ、ユナ、エクセリア、バズパ、メイベル、生徒会コンビの二人、そして……伏兵として濃霧の中に隠していたラシヴァのそばに。
「「……「おや。一人隠れていましたか」……」」
キロフのそのセリフは、何重にも重なって聞こえてきた。
正確には九重だろう。
なぜなら、俺たちひとりひとりの前に、まったく同じ姿のキロフが、突如として現れていたからだ。
みんなが慌てて反応する。
「『太陽風』!」
「っ、『水龍波』!」
「くっ、『電光刹過』!」
「ちぃっ!?」
「これは……!」
「ぐあああっ!?」
「きゃあっ!」
「くそがっ!」
ロゼは即座に「太陽風」、ユナも一瞬で水流を放つ。
エクセリアは「電光刹過」で間合いを取り、バズパはレイピアを構えて警戒する。
メイベルは「影隠れ」しつつ後退。
円卓コンビの一人は、キロフの影の鎌の直撃を受け、もう一人は、肩を浅く切り裂かれる。
ラシヴァは、拳にまとわせた炎で鎌を弾き、その隙に大きく後ろに飛び退る。
俺の前にいるキロフは動かず、余裕の顔で俺と睨み合いを続けていた。
「くくっ……一人死にましたよ?」
俺の前にいるキロフが言った。
影の鎌の直撃を受けた円卓コンビのことだろう。
「死んでねえよ。よく見てみろ」
「なんですって?」
キロフが、鎌に切り裂かれたはずの円卓の一人を見た。
まともに斬られたはずの円卓の男子は、吹き飛ばされて地面に転がりながらも、むくりと上体を起こしている。
剣を構えようとする男子だったが、その周囲の地面に光の転送法陣が浮かび上がった。
悔しさに顔を歪ませたまま、男子の姿がかき消える。
「……これは?」
「ここは闘戯場だからな。安全に試合ができるように、プレイヤーにはバリアが付与される」
闘戯の時と同様だ。
もっとも、今はバリアの量を普段の五倍にしていた。
通常の闘戯で付与されるバリアは、人一人が死ぬに等しいダメージを耐えられる。
つまり、今の俺たちは、五回までなら即死級の攻撃を食らっても無傷で済む……はずだった。
(一発アウトかよ)
さっきやられた男子は、あの一撃だけで五回即死できるダメージを食らったことになる。
おそらく、あの影の鎌は見た目通りのものではなく、「命を刈り取る」といったイメージでも付与されているのではないか。
ゲーム風に言えば、即死の追加効果のついた攻撃ってとこか。
即死攻撃なんて、ゲームであっても面白いもんじゃない。
これがまぎれもない現実であることを思えば、間違ってもあの鎌の直撃を受けてはいけないってことだ。
(ここに引き込んでおいてよかったぜ)
事前にウルヴルスラと相談して、バリアがなくなったら転送法陣で闘戯場から転移させるという段取りをしておいた。
そうでもなければ、俺以外の奴を、とてもキロフの前には立たせられない。
バズパあたりはともかく、ロゼやユナみたいな魔法主体の戦力は、キロフに間合いをつめられると危険だしな。
と、思ってるうちに、円卓男子を倒した「キロフ」の姿が唐突に消えた。
「ん……?」
「ああ、これはしまった。こんな雑魚だと知っていれば、あえて生かしておくんでしたね」
俺の目の前のキロフが言った。
「そうか、分身できるのは、こっちの人数までが限界か」
「あなたがたの意識に映った『私』を個別に具現化しているだけですからね。元の意識の持ち主がいなくなれば、『私』の方も維持できない、というわけですよ」
「随分饒舌に語るな」
「知ったところで対策はないでしょう?
私一人を倒すのにも苦労していたあなたがたが、同数同士の戦いで勝てると思うのですか?」
「ちっ……」
俺は顔をしかめて舌打ちした。
「なかなかどうして、君も用意周到ではありませんか。
九人がかりの――しかも、それぞれに強力なバリアが張られた状態へと持ち込んだ。
その上、うちひとりを伏兵にして、ここぞという場面で投入するつもりだった。
……おや、伏兵の彼には見覚えがあるようだ」
ラシヴァは「地形:濃霧」を設定した1ー2から出て、ややこっちに近づいた位置で、自分の前にいる「キロフ」と対峙している。
その「キロフ」も、同じことを言ったのだろう、
「見覚えだと!? ふざけやがって……!」
ラシヴァが奥歯を噛み締め、「キロフ」を睨む。
「ああ、旧ザスターシャの逃亡した王子ですか。当時の面影がありますよ。自分一人では何もできないくせに、恨みがましさだけは一人前だ。
しかし、残念でしたね。あなたでは私には届かない」
「ぐぁっ……!」
「キロフ」の攻撃にラシヴァが吹き飛ぶ。
今回はHPバーを表示してないのでわかりにくいが、バリアはまだ残ってるようだ。
「やはり、雑魚。相手にするまでもありません」
ラシヴァの意識から生み出された「キロフ」は、ラシヴァにくるりと背を向けると、1ー1で別の「キロフ」と戦うロゼに向かって跳躍した。
俺の前のキロフが言う。
「数的有利を作り出すのは戦いの基本。では、これは?」
ラシヴァから生まれた「キロフ」は、空中で影の翼を生み出して滞空すると、上空で影の鎌を生み出し、地上に向かって投げつける。
その狙いはもちろん――
「ロゼっ!」
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