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二章 白きパートナー2

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 少し待て、そう言われタタラは部屋の中でも座れそうな場所を探した。

 その頃にはアリーシャも目を覚ましていて、しきりに彼に対して謝っていた。

 彼女曰く、口はすこぶる……いや、ものすごく……超絶に……地獄のサタンのように悪いが、根まで悪い人ではないと言っていた。ただし、性格はサタンのように悪いときがあるとのこと。

 そんな彼女の言いように、再び呆れため息が漏れる。

 このような日常が続いていくのなら、それこそいつか心労で倒れてしまいそうだと、自分らしからぬ考えがふと脳裏によぎっていた。

「アリーシャはなんでこんなところを知ってるんだ?」

「え? あぁ、それはね。僕の武器もブルーに見てもらってるからだよ」

「彼は……鍛冶職人かなにかなのか?」

 それにしては細身だ。

「え? 違う違う。ブルーは魔導工学者だよ。ここで、色々な武具の研究をしてんの」

「あぁ……なるほど」

 科学と魔法が発展している世の中であっても、その二つを同時に扱い、融合させられる者は希有だ。国にいたときはそう言った者は、国の研究棟などに引っ込んでいてお目に掛かったことがなかった。

 此所ではそういった人間がその辺にいるのかもしれない。

「ブルーはあんな奇人だけど、腕は確かだよ」

「……人格と腕は別ってことか」

「う~~ん、そうかも」

 はっはっ、と乾いた笑いを彼女は漏らした。

 そうしていると、部屋の奥からブルーが一個の珠を持ってきた。

「ほれ、持ってみろ」

 それは見た目は何の変哲も無い水晶の珠のようだった。

 大きさはちょうど手にすっぽりと入るくらいだ。

 タタラは一瞬、アリーシャを見たが彼女が小さく頷くのをみて、それを受け取った。

「……?」

 なんの変化もない。

「気が早えんだよ、ルーキー」

 しばらくすると、だんだんとその水晶の中でなにかが渦巻いているのが見えた。

「これは?」

「こいつは、お前さんがもっている魔力の属性を調べてるんだよ。人はそれぞれ、得意な属性をもっているもんだ。下界にいりゃ、そんなの調べなくても適当に素養のある奴はある程度の魔法は使えるからな」

 確かに、タタラも少しは魔法を使うことが出来る。しかし、各々に適合した属性があるなど、聞いたことが無かった。

「普通は教える必要がねぇのさ。それこそ、軍の上にでも行かねぇ限りはな」

 だが、ここじゃそれは通用しねぇ……ブルーは口を三日月型に歪めながら笑った。

「ここは各々の素質を100%以上に開花し、発揮していかねぇと生き残れねぇ。そういう、限界を超える場所でもあんだよ。だからこそ、自分のことはよく知っとかねぇとなぁ。っと、てめぇの属性は水みたいだな。見合うモノを持ってきてやる……」

 ブルーはかったるそうに言うと、再び奥へともどっていった。

「へぇ! 水なんだ! 僕はね、火って言われてるんだ!」

「得意か不得意か……か。そんなこと考えてもいなかったよ」

「それで、武器も属性を宿す力が増すからね! それの相性がいい相手は少し楽になるよ!」

 ということは、もちろん逆もしかり。

 そういうことになるだろう。

 おそらく、此所にいる者は全てそういう力を把握しているのだろう。

 最低限というわけではないのだろうが、それも必須スキルの一つというところか……

 タタラはそんなことをぼんやりと考えていると、奥からブルーがもどってきた。

「おう、これを試してみ」

 そう言いながら放ってきた。

「っと!?」

 考え事をしていたタタラは慌ててそれをキャッチした。

 手の中を見てみれば、それは古びたリボルビング式の銃のように見えた。

 見た目は何の変哲も無い。

 ただし、それなりに口径は大きい。

「何処へ行くのかしらんが、B級までは普通の使い手でもそれで十分だ」

「え? しかし」

「てめぇが持っている、おもちゃよりマシだ」

 そう、ブルーは左手で持っていた酒瓶で彼の胸辺りを差した。

 確かにその下には彼がずっと使ってきた銃のホルスターがあった。

「ちゃちな魔力しか感じねぇなぁ。つうか、半分は実弾が出る仕様か?」

 実弾が使えそうなのは、これもそうな気もするのだが……

「こいつは、俺が術式を組み込んだ一品だ。その辺の露天で売っているガラクタと一緒にするんじゃねぇよ」

 そう自信たっぷりに言う。

 と、いうが見た目でなにか変わった様子はない。

 若干、半信半疑になってしまう。

「タタラ、僕はそれのタイプ違い使ったことあるから、大丈夫だよ! 小型のラプター系だったら余裕で倒せるよ」

「くぉら、クソ餓鬼。小型のラプター系だと? そんなC級にも届かない雑魚をだすんじゃねぇ! あん? そういや、てめぇ、タタラっていうんかい」

「あ、あぁ……タタラ・アークエルと言う」

「そうかい。おらぁ、ブルーだ。まぁ、よろしくな」

 ぞんざいに今更のようにお互いは挨拶をした。

「最近のルーキーにしちゃ、中々筋がよさそうじゃねぇか。まぁ、初陣で腕とかもげんじゃねぇぞ? 後々めんどうだからな」

 そう彼は言い、酒を再び呷り呑んでいた。

「よかったね。ブルーに気に入られたみたいだよ?」

「……これでか?」

「うん。これでだよ」

 むしろ、上々! とアリーシャは明るく笑っていた。


                ・


 それから、二人は街を順繰りと周り、必要な装備を買いそろえていった。

 やはり、坑道へ入るのだから、装備はフル装備で……とアリーシャは意気込んでいたが、それはそれで結構な量の装備となってしまった。

 これでは身動きが取れない。

「なぁ、アリーシャ。いつもこんな大荷物なのか?」

「え? ううん。普段はもっと少ないよ?」

「なに?」

 ではなぜ? と思わず顔に出てしまった。

「あぁ、それはね。タタラに死んでほしくないからだよ?」

 にべもなく彼女はそう言う。

 さすがに面と向かって言われると傷つくものがある。

「そんなに俺の腕が信用ないか?」

「ん~……」

 その言葉に、いつも快活なアリーシャも少し困ってしまっていた。

「そりゃあ、この街にいる字持ちには敵わないだろうが、それでもそれなりに今までやってきたはずだ」

「いやでも……」

 どう返せばいいのか、彼女はわからずに視線を中に浮かせていた。

「かっかっかっ、いいねぇ。青春してるじゃん」

 その二人の後ろから、突如笑い声が上がった。

「あ! エイジ! おはよう!」

「おう、アリ。今日も元気だな!」

 ぐっと、親指を突き上げながら、マスター・エイジがそこにいた。

「うん! いつも通りだよ!」

 それにアリーシャも応えるように親指を突き上げていた。

「マスター・エイジさん。おはようございます」

「おう、タタラもおはよう! あれだ、固くなるのはきらいなんだよ。マスターって言うのは無しにしてくれ!」

「は、はぁ……」

 豪快に彼は人混みの中を気にせずに笑う。

「あとな、一応、形はあんなんでも、奴は先輩だぜ? 話は聞くもんだ」

「ちょ! あんなんってどういうこと!?!? ねぇねぇ!」

 焦ったようにアリーシャがエイジにくってかかるが、その動きを彼は左手一本て抑えてしまっている。

「……」

「まぁ、こんな餓鬼には違いないが、実力は折り紙付きだ。それは俺が保証してやろう」

 そう言うが、なぜか言ったタイミングでエイジは無駄に胸を張る。

「それにお前さんは人くらいのサイズとの戦い方は慣れていても、デカブツとのやり合いはあまり経験がないだろう? タタラは見た感じ、身軽な質みたいだし、この馬鹿のやり方を参考にしてもいいかもなぁ」

「だ、誰が餓鬼で、ばかだ~!!」

 騒ぐアリーシャのことを完全に無視している。

 それなりにフェイントを入れながらの攻防に見えるのだが、彼は彼女のことを見てもいないのに完全に抑えている。さすが、マスターと言われるだけのことはあるらしい。

 別に彼女の動きが悪いわけでは無い。

 それを見るだけで、彼女の実力の片鱗を見ることが出来た。

 確かに、彼が言うだけのことはあるかもしれない。

「……わかりました」

「なら、よし! お前達に幸運の風が吹くように……」

 エイジはそう言うと、するりと彼の前から抜け、そのまま人混みへと紛れて行ってしまった。

 まさに嵐が過ぎ去るような感じがした。

「もう、エイジはいつもあんなんだからなぁ……」

「なんか、すごい人なんだな」

「そりゃ、ギルド"風の調べ"の三トップの一人だもん」

 そうは言うが、その口は少しとがっている。

 餓鬼餓鬼と言われて、少しご立腹のようだ。

 しかし、ブルーに言われていた時は、別に平気だったような気もする。

「あんまり、気を悪くしないでね……」

 見れば、少ししょんぼりとしたように瞳が陰って見えた。

「……ふぅ」

「ふにゃ!?」

 唐突にタタラはアリーシャの頭に手を置いた。そして、そのままぐしゃぐしゃと撫で繰り回した。

「わっわっわっ! な、なにするんだよぉ!」

 短い赤髪がしっちゃかめっちゃかになっていた。しかし、それが長い髪なら元に戻すのが難しいだろうが、彼女の場合その程度のことは手櫛程度で直ってしまう。

「さ、早いところ、準備をすませて出発しよう」

「うぅ~、わかってるよ!」

 ぷんと、顔を背けつつ歩き出す彼女を見て、タタラは吹き出してしまった。

 そういえば、この街に来て笑う……

 心の底から、そして、声にだして笑うのは初めてかもしれない。

「なるほど、お前とも退屈せずにすみそうだな」

「そう?」

 ならよかった、と彼女はニヤリと笑い返してきた。

 タタラは内心、「こいつめ」と思いつつも、ゆっくりとその隣へ並んでいった。


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