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二章 白いパートナー 3
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結局、二人が街を出たのは夕方になってからだった。
最初、街の門番がこの時間からの外出と訝しんだが、アリーシャの姿をみてすぐに態度を軟化させた。
いや、軟化というよりは、呆れたようにと言った方が正しいかもしれない。
そして、そのうち一人はタタラのことを同情するように見ていた。
その意味をまだ彼は知らない。
会話を通して、彼女のことがなんとなく信頼できると感じてはいたが、エイジのこともある。彼女が普通ではないことはなんとなく察せていた。
アリーシャはすぐに街へと通じる唯一無二の人道を外れた。
その先は未開のようなうっそうと茂る密林だけだった。
彼女は鉈のような短刀を用いて、目の前に降りかかる枝などを切り裂いていった。
その動きは当たり前だが、手慣れている。
足捌きもよどみなく、どんな悪路でもそのスピードは落ちることがない。
むしろ、そんな道なき道に慣れていないタタラは苦労していた。
さらに彼はアリーシャよりも頭一つ分くらい大きい。
彼女が切り裂く場所は彼女が確保するべき高さであって、彼に適した高さでは無かった。
徐々にだが、二人の間が空いていく。
しかし、そんなことにはアリーシャは一切気付くそぶりがなかった。
「なるほど、単独行動が得意そうだ……」
小さく舌打ちをしながら、身をかがめ進んだ。
少し負担にはなるが、それだけで進むスピードは少し上がる。
まずは地形に慣れることかと、タタラは内心舌打ちをしていた。森での行動はもちろんしたことがある。しかし、此所の地形は今まで行動してきたどの山、森よりも足が取られ、地面がガタガタだった。
それはそうだろう、所々人間外の大きな足跡によって、地形が変わっているのだから……
さらに慣れない大荷物……しかもアリーシャもほぼ同じ量の荷物を背負っているのだ。
それなのに、スピードで大きく離される。
一体、その小さな体のどこにそのパワーがみなぎっているのか不思議になってきた。
時より聞こえる大きな奇声。
そのほとんどは木霊のようにか細く聞こえてくる。
森のどこかで何かが動き回っている。
そして、その灯火は確実に減っている。
それがリアルタイムに実感出来ていた。
自然と手に力が入り、呼吸が通常よりも上がるのが速い。
「……ふぅ」
したたり落ちる汗を拭い、彼は木々の間より見える紅い月を見た。
「ここの月は紅いものなのか……」
水に血を混ぜたような色……
そんな不気味な月が天高く顔を覗かせている。
彼がそう呟いたときだった。
突然、前をゆく足音が止まった。
鋭敏に研ぎ澄まされているタタラの聴覚がそれを察知した。
彼は気配を消し、出来るだけ音を立てないようにゆっくりと進んだ。
「どうした?」
まるで、木々と同化するように息を殺しているアリーシャの背後に立つ。
「めんどうな奴がいるだけ」
囁くような声。
よく前方へ目をこらしてみると、奥の茂みが動いている。
「チャルドムだ……ラプター系の奴だよ」
「ラプター? 昨日言っていた?」
確か彼女はその中のレッドドラコと言うのを倒したと言っていたはず……
「あぁ、ごめんね。翼を持たない地上を二足歩行で走り回る龍種のことだよ」
「それで? そのチャルドムってのは」
「狡猾で毒を使うやっかいな奴さ。単独じゃなく、群れで動くんだ」
姿は良くは見えない。
しかし、アリーシャはそれをやり過ごそうとしているのは明白だった。
ならば、タタラも息を殺すしか無かった。
しばらくすると、奥にいる気配はゆっくりと森の奥のほうへと消えていった。
それでも、彼女はしばらくは動こうとはしなかった。
「言ったよね? 結構狡猾な奴だって、もうちょっと様子を見てから動こう」
その間彼女の様子をうかがった。
一言で表せば、彼女はまさにレーダーのように辺りの様子を逐一把握しようとしていた。
そうやって、しばらくはその場でじっとしていた。
タタラもまた、分からないなりに彼女のまねをする。
今までの実戦で培われていった読むという能力をフルに活用した。
とはいえ、慣れない森の中では勝手が違いすぎて、どこに的を絞ればいいのかわからなかった。だが、何事も経験だとそのまま続けてた。
そんな彼を少し驚いたように彼女は視界の隅に捕らえていた。
今まで彼女と組んだルーキーはそんなことしたことが無かったのだ。
大抵は、アリーシャの容姿だけで侮り、慎重に彼女がなると怖じ気づいたと勘違いをされていたケースもある。もちろん、そういった馬鹿な輩は長生きしない。
そう、彼女の忠告を聞かずに死んだものも少なくは無いのだ。
「ふぅん。タタラ」
「ん? なんだ」
気が散るな、と顔をしかめながら彼は見返した。
「タタラは、いい狩人になりそうだね」
「はぁ?」
急に言われ、意味が分からないと彼は顔をさらにしかめていた。
その様子が面白く、彼女はかみ殺すようにその場で笑っていた。
・
結局、チャルドム達の気配は感知出来ず、そのまま進むこととなった。
そして、少し行くと、開けた場所に出た。
「酷い有様だな」
思わずタタラがそのような言葉を発してしまった。
「う~ん。結構、街から近いんだけどなぁ。こんなところまで来るなんて珍しいねぇ」
アリーシャも思わず頭をかいていた。
そこは、何か大型の生物が荒らしたかのように木々がなぎ倒されていた。
幹が少し残るもの、根っこからなぎ倒されているもの、黒焦げになり朽ちているもの……
そのエリアだけ、平穏無事でいる木などありはしなかった。様にフラットスポットのごとく、ぽっかりと天が綺麗に望めた。
踏み荒らされた大地は、ぬかるみ泥にまみれていた。
「龍同士がやったのか?」
「どうだろ? 龍達も縄張りとかあるけど、ここまで……というか、相手を殺すまで痛めつけるってことは滅多にないんだよ」
あ、捕食は別ね、彼女は平然とそう言ってのけた。
「そんなものか……ん? ということは」
「十中八九、ハントの跡だね」
当然というように彼女は言い、少し離れたところまで歩くとその場でしゃがみ込んでしまった。
「どうした?」
「ん~~~、よいしょっと!」
そう言うと、アリーシャはぬかるんだ泥、そして土砂の下から何かをつかみ上げた。
「ほい」
それは綺麗な放物線を描いて、タタラの足下へ転がってくる。
「なるほど……証拠の品か」
最初は何か分からなかった。
しかし、よく見てみればそれは柄だった。
両刃だったであろう、斧の柄だ。
そして、その象徴にして重要なはずの刃部分は砕け散ってしまっている。
「甲龍系の火龍かなぁ? もしくはただの、甲龍系かもね」
「あの消し炭は人間側かもしれないってことか?」
「うん。そうだね。そりゃあ、街には魔術師もいるし、ブルーに貸してもらったような魔導工学を利用した武器なんか、わんさかとあるからねぇ~ これくらい出来て当然だよ」
「ははっ……想像以上だな」
そう言うタタラの表情は、言葉とは裏腹に笑っていた。
そして、それを見たアリーシャもまた笑っていた。それはそれは、楽しげに実に実に楽しげに笑っていた。
そこに普段見せている天真爛漫な雰囲気は微塵も感じさせない。
だが、そうした気分も早々続かないようだった。
びちゃ……びちゃ……
濡れた足音が聞こえてくる。
そして、それは一方向からだけではなかった。
それは左右から聞こえてくる。
「あらら」
「なんだ? コイツ等は」
「うん。さっき言っていたチャルドムだね」
面倒くさいと言わんばかりに彼女はため息を漏らした。
緑色の体をした二メートルほどの二足歩行をする巨体。
顔つきはまさにトカゲを巨大にした感じのものが乗っかっている。ただし、その腕……巨大なかぎ爪がついている。おそらく、簡単なくさび帷子なんかでは、防ぐことは出来ないであろう。
そして、そんな個体が左右から合わせて四体近づいてきていた。
「やっぱり、僕たちのことバレていたみたいだねぇ」
「気楽にいうな……」
舌打ちをしながらタタラは自らの得物を抜きはなつ。
「足場が悪くなってるのと、連携がしやすいってことでこっちで襲おうとしていたみたいだねぇ」
アリーシャは涼しげに言うが、未だに武器を取り出していない。
「タタラはとりあえず、時間を稼いで」
「なに?」
「僕がとりあえず、やっちゃうからさ」
そう言うと、彼女は正面の二体に向かって一気に走り出した。
「なっ!」
「あっ、そうそう。毒があるのはその前足のかぎ爪だから! 受けないようにねぇ!」
ちょっと言い忘れたというような軽い調子だったが、それこそが一番重要な事だ。タタラは思わず怒鳴り返そうとしてしまったが、彼女が動いたために四匹のチャルドムもまた動き出した。
「ちっ! 簡単に言ってくれる」
チャルドムは正面から、その右腕を振り上げながら突っ込んでくる。
反射的に動こうとするが、足元がぬかるみのためにいつもの感覚でいたので、その実際の動きとのずれがひどかった。
思わず、持っていた剣でガードしようとしてしまった。しかし、咄嗟に相手の揚力を想像した瞬間、剣が砕け散りそのまま自分自身がその爪で切り裂かれる事にしかたどりつかなかった。
「くそ!」
迫り来る爪を受ける直前、彼は蛇骨剣を剣の形態から、鞭へと切り替えた。
急激にたわみだす刀身、そこにチャルドムの爪が斜めに当たる。タタラはその瞬間、器用に蛇骨剣を動かし、その爪の一撃のベクトルを反らしていった。
チャルドムは奇妙な感覚のまま爪が躱され、一瞬動きを止めた。
しかし、その間にも二匹目が、タタラの横から突っ込んできている。
「こなくそ!」
さすがに足回りの勝手が少しわかったために、今回は余裕をもって間合いをずらす。
それと同時に蛇骨剣の鞭を横凪ぐに振るうがそれはチャルドムの余っている左腕にあっさりと阻まれてしまった。
「さすがに堅いか」
よく見てみれば、その腕は特に硬そうな感じがする。
それに比べて、関節部分は柔らかそうだ。狙うなら……
そう考えている間に、一撃目を加えたチャルドムが再び動き出した。その動きに呼応して、二匹目も円を描くように動き出す。
「へぇ、知性があるんだな」
タタラは息を大きく吐き出し、一瞬の一動作で銃を抜く。そして、最速で引き金を一匹目に撃った。
が……
「しまった。こっちじゃない!?」
その動作で行ったのは、元々彼が持っていた銃だ。
ブルーから借りている方では無かった。
しかも、通常弾を発射したため、そのままチャルドムにヒットするが効果は見られなかった。
明らかな火力不足。
感じからして、関節部分に打ち込んでも効果は望めないかもしれない。
彼はバックステップを大きく踏みながら、再び鞭を振るう。
今度の狙いは足下、地面すれすれを飛ぶ鞭に、二匹ともその動きを止める。
「さぁ、仕切り直しといくか」
そう言いながら、ブルーから借りているリボルバーをゆっくりと取り出した。
・
最初、街の門番がこの時間からの外出と訝しんだが、アリーシャの姿をみてすぐに態度を軟化させた。
いや、軟化というよりは、呆れたようにと言った方が正しいかもしれない。
そして、そのうち一人はタタラのことを同情するように見ていた。
その意味をまだ彼は知らない。
会話を通して、彼女のことがなんとなく信頼できると感じてはいたが、エイジのこともある。彼女が普通ではないことはなんとなく察せていた。
アリーシャはすぐに街へと通じる唯一無二の人道を外れた。
その先は未開のようなうっそうと茂る密林だけだった。
彼女は鉈のような短刀を用いて、目の前に降りかかる枝などを切り裂いていった。
その動きは当たり前だが、手慣れている。
足捌きもよどみなく、どんな悪路でもそのスピードは落ちることがない。
むしろ、そんな道なき道に慣れていないタタラは苦労していた。
さらに彼はアリーシャよりも頭一つ分くらい大きい。
彼女が切り裂く場所は彼女が確保するべき高さであって、彼に適した高さでは無かった。
徐々にだが、二人の間が空いていく。
しかし、そんなことにはアリーシャは一切気付くそぶりがなかった。
「なるほど、単独行動が得意そうだ……」
小さく舌打ちをしながら、身をかがめ進んだ。
少し負担にはなるが、それだけで進むスピードは少し上がる。
まずは地形に慣れることかと、タタラは内心舌打ちをしていた。森での行動はもちろんしたことがある。しかし、此所の地形は今まで行動してきたどの山、森よりも足が取られ、地面がガタガタだった。
それはそうだろう、所々人間外の大きな足跡によって、地形が変わっているのだから……
さらに慣れない大荷物……しかもアリーシャもほぼ同じ量の荷物を背負っているのだ。
それなのに、スピードで大きく離される。
一体、その小さな体のどこにそのパワーがみなぎっているのか不思議になってきた。
時より聞こえる大きな奇声。
そのほとんどは木霊のようにか細く聞こえてくる。
森のどこかで何かが動き回っている。
そして、その灯火は確実に減っている。
それがリアルタイムに実感出来ていた。
自然と手に力が入り、呼吸が通常よりも上がるのが速い。
「……ふぅ」
したたり落ちる汗を拭い、彼は木々の間より見える紅い月を見た。
「ここの月は紅いものなのか……」
水に血を混ぜたような色……
そんな不気味な月が天高く顔を覗かせている。
彼がそう呟いたときだった。
突然、前をゆく足音が止まった。
鋭敏に研ぎ澄まされているタタラの聴覚がそれを察知した。
彼は気配を消し、出来るだけ音を立てないようにゆっくりと進んだ。
「どうした?」
まるで、木々と同化するように息を殺しているアリーシャの背後に立つ。
「めんどうな奴がいるだけ」
囁くような声。
よく前方へ目をこらしてみると、奥の茂みが動いている。
「チャルドムだ……ラプター系の奴だよ」
「ラプター? 昨日言っていた?」
確か彼女はその中のレッドドラコと言うのを倒したと言っていたはず……
「あぁ、ごめんね。翼を持たない地上を二足歩行で走り回る龍種のことだよ」
「それで? そのチャルドムってのは」
「狡猾で毒を使うやっかいな奴さ。単独じゃなく、群れで動くんだ」
姿は良くは見えない。
しかし、アリーシャはそれをやり過ごそうとしているのは明白だった。
ならば、タタラも息を殺すしか無かった。
しばらくすると、奥にいる気配はゆっくりと森の奥のほうへと消えていった。
それでも、彼女はしばらくは動こうとはしなかった。
「言ったよね? 結構狡猾な奴だって、もうちょっと様子を見てから動こう」
その間彼女の様子をうかがった。
一言で表せば、彼女はまさにレーダーのように辺りの様子を逐一把握しようとしていた。
そうやって、しばらくはその場でじっとしていた。
タタラもまた、分からないなりに彼女のまねをする。
今までの実戦で培われていった読むという能力をフルに活用した。
とはいえ、慣れない森の中では勝手が違いすぎて、どこに的を絞ればいいのかわからなかった。だが、何事も経験だとそのまま続けてた。
そんな彼を少し驚いたように彼女は視界の隅に捕らえていた。
今まで彼女と組んだルーキーはそんなことしたことが無かったのだ。
大抵は、アリーシャの容姿だけで侮り、慎重に彼女がなると怖じ気づいたと勘違いをされていたケースもある。もちろん、そういった馬鹿な輩は長生きしない。
そう、彼女の忠告を聞かずに死んだものも少なくは無いのだ。
「ふぅん。タタラ」
「ん? なんだ」
気が散るな、と顔をしかめながら彼は見返した。
「タタラは、いい狩人になりそうだね」
「はぁ?」
急に言われ、意味が分からないと彼は顔をさらにしかめていた。
その様子が面白く、彼女はかみ殺すようにその場で笑っていた。
・
結局、チャルドム達の気配は感知出来ず、そのまま進むこととなった。
そして、少し行くと、開けた場所に出た。
「酷い有様だな」
思わずタタラがそのような言葉を発してしまった。
「う~ん。結構、街から近いんだけどなぁ。こんなところまで来るなんて珍しいねぇ」
アリーシャも思わず頭をかいていた。
そこは、何か大型の生物が荒らしたかのように木々がなぎ倒されていた。
幹が少し残るもの、根っこからなぎ倒されているもの、黒焦げになり朽ちているもの……
そのエリアだけ、平穏無事でいる木などありはしなかった。様にフラットスポットのごとく、ぽっかりと天が綺麗に望めた。
踏み荒らされた大地は、ぬかるみ泥にまみれていた。
「龍同士がやったのか?」
「どうだろ? 龍達も縄張りとかあるけど、ここまで……というか、相手を殺すまで痛めつけるってことは滅多にないんだよ」
あ、捕食は別ね、彼女は平然とそう言ってのけた。
「そんなものか……ん? ということは」
「十中八九、ハントの跡だね」
当然というように彼女は言い、少し離れたところまで歩くとその場でしゃがみ込んでしまった。
「どうした?」
「ん~~~、よいしょっと!」
そう言うと、アリーシャはぬかるんだ泥、そして土砂の下から何かをつかみ上げた。
「ほい」
それは綺麗な放物線を描いて、タタラの足下へ転がってくる。
「なるほど……証拠の品か」
最初は何か分からなかった。
しかし、よく見てみればそれは柄だった。
両刃だったであろう、斧の柄だ。
そして、その象徴にして重要なはずの刃部分は砕け散ってしまっている。
「甲龍系の火龍かなぁ? もしくはただの、甲龍系かもね」
「あの消し炭は人間側かもしれないってことか?」
「うん。そうだね。そりゃあ、街には魔術師もいるし、ブルーに貸してもらったような魔導工学を利用した武器なんか、わんさかとあるからねぇ~ これくらい出来て当然だよ」
「ははっ……想像以上だな」
そう言うタタラの表情は、言葉とは裏腹に笑っていた。
そして、それを見たアリーシャもまた笑っていた。それはそれは、楽しげに実に実に楽しげに笑っていた。
そこに普段見せている天真爛漫な雰囲気は微塵も感じさせない。
だが、そうした気分も早々続かないようだった。
びちゃ……びちゃ……
濡れた足音が聞こえてくる。
そして、それは一方向からだけではなかった。
それは左右から聞こえてくる。
「あらら」
「なんだ? コイツ等は」
「うん。さっき言っていたチャルドムだね」
面倒くさいと言わんばかりに彼女はため息を漏らした。
緑色の体をした二メートルほどの二足歩行をする巨体。
顔つきはまさにトカゲを巨大にした感じのものが乗っかっている。ただし、その腕……巨大なかぎ爪がついている。おそらく、簡単なくさび帷子なんかでは、防ぐことは出来ないであろう。
そして、そんな個体が左右から合わせて四体近づいてきていた。
「やっぱり、僕たちのことバレていたみたいだねぇ」
「気楽にいうな……」
舌打ちをしながらタタラは自らの得物を抜きはなつ。
「足場が悪くなってるのと、連携がしやすいってことでこっちで襲おうとしていたみたいだねぇ」
アリーシャは涼しげに言うが、未だに武器を取り出していない。
「タタラはとりあえず、時間を稼いで」
「なに?」
「僕がとりあえず、やっちゃうからさ」
そう言うと、彼女は正面の二体に向かって一気に走り出した。
「なっ!」
「あっ、そうそう。毒があるのはその前足のかぎ爪だから! 受けないようにねぇ!」
ちょっと言い忘れたというような軽い調子だったが、それこそが一番重要な事だ。タタラは思わず怒鳴り返そうとしてしまったが、彼女が動いたために四匹のチャルドムもまた動き出した。
「ちっ! 簡単に言ってくれる」
チャルドムは正面から、その右腕を振り上げながら突っ込んでくる。
反射的に動こうとするが、足元がぬかるみのためにいつもの感覚でいたので、その実際の動きとのずれがひどかった。
思わず、持っていた剣でガードしようとしてしまった。しかし、咄嗟に相手の揚力を想像した瞬間、剣が砕け散りそのまま自分自身がその爪で切り裂かれる事にしかたどりつかなかった。
「くそ!」
迫り来る爪を受ける直前、彼は蛇骨剣を剣の形態から、鞭へと切り替えた。
急激にたわみだす刀身、そこにチャルドムの爪が斜めに当たる。タタラはその瞬間、器用に蛇骨剣を動かし、その爪の一撃のベクトルを反らしていった。
チャルドムは奇妙な感覚のまま爪が躱され、一瞬動きを止めた。
しかし、その間にも二匹目が、タタラの横から突っ込んできている。
「こなくそ!」
さすがに足回りの勝手が少しわかったために、今回は余裕をもって間合いをずらす。
それと同時に蛇骨剣の鞭を横凪ぐに振るうがそれはチャルドムの余っている左腕にあっさりと阻まれてしまった。
「さすがに堅いか」
よく見てみれば、その腕は特に硬そうな感じがする。
それに比べて、関節部分は柔らかそうだ。狙うなら……
そう考えている間に、一撃目を加えたチャルドムが再び動き出した。その動きに呼応して、二匹目も円を描くように動き出す。
「へぇ、知性があるんだな」
タタラは息を大きく吐き出し、一瞬の一動作で銃を抜く。そして、最速で引き金を一匹目に撃った。
が……
「しまった。こっちじゃない!?」
その動作で行ったのは、元々彼が持っていた銃だ。
ブルーから借りている方では無かった。
しかも、通常弾を発射したため、そのままチャルドムにヒットするが効果は見られなかった。
明らかな火力不足。
感じからして、関節部分に打ち込んでも効果は望めないかもしれない。
彼はバックステップを大きく踏みながら、再び鞭を振るう。
今度の狙いは足下、地面すれすれを飛ぶ鞭に、二匹ともその動きを止める。
「さぁ、仕切り直しといくか」
そう言いながら、ブルーから借りているリボルバーをゆっくりと取り出した。
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