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二章 白いパートナー 4

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 タタラの動きを横目で見つつ、アリーシャは軽々とチャルドムの攻撃を躱していく。

 彼女にしてみれば、慣れた相手だ。

 しかも、いつもはもっと多い個体を相手にしている場合もある。

「へぇ? 思ったよりもやるじゃん!」

 楽しそうに彼女は笑うと大きくバックステップをした。

 その素早い動きにチャルドム達はついて行けていない。

「じゃ、終わらせようか!」

 余り時間をかけると、彼が危ない。実力がある程度あるのはわかったが、それでも彼が初陣であるという事に変わりはない。

 しかし、未だ彼女は無手のままだった。

 いつの間にか、背負っていた荷物を手放し、外套も脱ぎ去っているが、その身になにか武器になりそうなものは一切ない。

 彼女はスッと、右手をピストルのような形にした。その先……人差し指をゆっくりとチャルドムへ向ける。

「へへっ、パン!」

 言った瞬間、その指先からなにかが出た。

 それは振り上げていたチャルドムの右腕にヒットする。

 衝撃に押され、チャルドムの上体が後方へとぐらつく。


 "グギャ!?"


 次の瞬間には、彼女の小さな体はそのチャルドムの真下にいた。

「ほいっと!」

 そして、そこから上向きになった下あごへ強烈な蹴りを浴びせていた。

 そのまま緑の巨体が一瞬浮き、横手へと沈んでいく。

「ひとぉつ!」

 沈みゆく個体には目もくれずに、彼女はまた走り出す。

 さすがの、チャルドムも一瞬で仲間がやられるとは思っていなかったらしく。一瞬、その動きを止めていたが、その野生の本能が教える。


 目の前にいる小さな生物は、化け物だと……


 "キッシャアアアア!!!"


 両手を左右に振り上げ、迎え撃とうとする。

「あれ? そんな、大きな口あけていいの?」

 彼女が再び右手をピストルのようにする。そして、人差し指の先から小さな光弾が立て続けに発射された。

 それは狙い誤らず、チャルドムの大きく開かれた口内へ注ぎ込まれ……その後頭部を突き破った。

「はい、お~しまい!」

 汗一つかく暇もない。

 続く目標は……


              ・


 目の前の二体を相手にしていても、彼女の動きはよく見えた。

 そして、呆気にとられた。

 初対峙とはいえ、こちらが手こずっている間に一瞬でこの化け物を倒してしまった。


 しかも、彼女はなにを使っている?

 いまだに無手だ。

 しかし、その指先から何かが出ていた。

 術?

 それにしては、詠唱などは聞こえてこない。


 だが、今はそれどころではない。

 両手から繰り広げられる猛攻を紙一重で避けていく。

 アリーシャの話が本当なら、かぎ爪は掠っても体に何かしらの影響がでるだろう。

 一瞬隙が出来れば、ブルーからの銃を撃ち込めるのだが……

「負けてられるか!」

 そう叫んだ時だった。

 急に明るいと感じた。

 その直後、彼は本能的に後ろに飛んだ。


 そして、目の前が真っ赤になった。

 
「な、に!?」

 炎だ。

 紅蓮の炎が彼とチャルドムの間を遮るかのように吹き抜けた。

「アリーシャなのか!?」

 戸惑いつつも、タタラは構える……

 そして、炎が抜けきった後、ひるむような形で固まっているチャルドムが無防備にも姿を現せた。

「運が悪かったな」

 ゆっくりと、引き金が引かれる……


 青白い光弾が走った。


 "クッシャアアアァアア!"



 本能的だろう、咄嗟にチャルドムは動いたが回避するまでには至らなかった。

 弾はそれの自慢の右腕を貫き、堕としていた。

 腕を失ったそれは、痛みと怒りのために咆吼を上げていた。

 その間に一気に懐へ……


 ……

 …………


 おそらく、チャルドムは自分がいつ死んだかどうかなど、気付くことはなかっただろう。

 懐に入られ、真下から一気に剣を頭に突き立てられ即死した。

 タタラは若干受けた返り血を拭いながら、ふぅと大きくため息をついた。

「おつかれ~」

 満面の笑みを浮かべたアリーシャがすぐそばで立っていた。

「あの炎は、おまえか?」

「うん、そうだよぉ~ え~と……邪魔だった?」

 少し上目遣いに彼女はのぞき込んできた。

「いや、ありがとう」

 素直に出た言葉だった。

 それを聞き、また彼女は笑顔を取り戻した。

 もう一匹のチャルドムは炎で遮られて時点で逃げ出していた。それはそうだろう、一瞬で仲間が二匹も殺されているのだ。その相手が一気に近づいてくる。

 狡猾といわれているだけあり、見事な引き際とも言えるだろう。

「どう? 初陣の感想は」

「感想……か」

 タタラは近場にあるなぎ倒された幹に座った。

「そうだな」

 そして、ゆっくりと紅い月を見上げる。

「此所は飽きるって言葉とは無縁みたいだな」

 にやりと笑いかけると、彼女もまた笑い返してきた。

「とりあえず、お前さんの実力もよくわかったよ。さすがだな」

「えへへ! それほどでも! でも、タタラも最初にしては強いと思うよ? 一応、チャルドムって群れを作ってくるからCランクになっているんだよね! 並のルーキーじゃ、やられちゃうよ」

「……そういうものなのか」

 うんうん、と彼女はうなずいていた。

「ま、じっくりと慣れるとするさ。とりあえず、改めてよろしくな。アイシャ」

「うん! よろしく、タタラ! ってあれ?」

 そこで、彼女はキョトンとしてしまった。

「どうした?」

「え、いやだって……今、僕のこと?」

「アリってのも、しっくりこなくてね。かといって、アリーシャって呼びにくいから、適当に呼ばさせてもらうよ。ということで、よろしくアイシャ」

 彼女の反応が面白く、タタラは再び新しい愛称を呼んだ。


 "って、えええ!! そんな女の子らしい名前なんか恥ずかしいってば!"


 闇夜にアリーシャこと、アイシャの絶叫が響き渡った。

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