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五章 それは爆裂する1
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何が正しいのか、そんなことはどうでもいい。
今起こっている事が重要だ。
過去?
そんなもの、捨てられるなら捨ててしまいたい。
だが、過去に縛られて今身動きが取れないのであれば……
そんな重荷は呪いと変わらない。
そして呪いは自分一人では解けないモノだ。
解ける人間は普通の人間じゃない。
普通じゃないなら天才か、化け物かだ。
俺は人間だ。
普通の人間だ。
だから、呪縛から解放されるには手が必要だ。
だが、あいつの呪縛はどうやら、俺のなんかよりもずっと強固でたちが悪そうだ。
ならば……
助けなくっちゃな。
縁もゆかりもなにもないやつだが……
不思議と魅力がある。
惚れたのかって?
あぁ、そうさ。
惚れたんだよ。
あんな面白い……おっと。
あんないい女、他にいないと思うぜ。
少なくとも、退屈することはない。
それは確約してくれるだろう。
・
いつの間にか日が落ちだしていた。
街の外に出ていた連中が戻ってきているのだろう、人通りがさらに多くなっている。
その中を慣れた動きで、チェリスが先行する。
タタラもかいくぐっていくように彼女の後を追う。
ソルートが彼女は足の怪我が元で第一線を離れたと言うが、普通に生活をするぶんには問題は一切なさそうだった。
「チェリス」
「なにさ」
「アイシャの居場所に心当たりでもあるんですか?」
「そんなものないさ。だから、たまたまいたアンタに頼んだんだろ?」
少しは頭使いなさいよと、ため息が聞こえてきた。
「ほかにもエイジやソルート、他のメンバーにも動いてもらっているに決まってるでしょ」
「チェリスは、アイシャの事をどこまで知っているんです?」
「え?」
怪訝そうに彼女は振り返った。
「どこまで? どういう意味さ」
「それはその……」
どこまで事情を知っているのか……ブルーとソルートの口ぶりでは、他者がそこまで多くのことを知っているとは思えない。
「さぁ、あんまりよくは知らないよ。ただ、あの子が厄介者のドートレスと因縁があるってのは知ってる」
「それだけですか」
「それで十分でしょ」
あんたなにいってるの? と奇異の目で睨みつけてきていた。
「仲間を守るのに、そんな難しい理由なんかいらないでしょうが、ほら、油売ってないでとっとと、走る! 探す!」
それだけ言うと、彼女は再び走り出した。
その腰には縄のようなモノが丸くまとめられて下げられていた。
チェリスの姿が見えなくなり、単独で動こうと街中を移動するが、大通りはどこも人でごった返していた。
タタラは人混みの中から彼女を探すのは無理と即座に判断した。
では、どうする?
とりあえず、路地へと逃げる。
息を整えつつ、壁に背を預け考える。
まず土地勘がなさ過ぎる。
逢って間もないアリーシャの動向など読めるはずがなかった。
ならば、逆に彼らの事を知っていそうな奴らを探した方が賢いかもしれない。
そう思っていた矢先だった。
彼と同じように大通りの人混みから逃げるようにして、同じ路地へと入り込んできた人物がいた。
「……あなたは」
彼の声にその者も存在に気付いた。
「君、確かブルーの所にいたひよっこ?」
彼女……サロメ・ウィックスは丸めがねを気怠そうに直すとタタラを睨んできた。
「何か用?」
すでに立ち止まってしまったので、仕方なくと言うように応対してきた。
三白眼気味の目は眠たげでいて、全てが面倒くさいというように半開きになっていた。
「いえ……」
「そう……じゃ」
もとより興味などない、と言うように即座に足を再び動かそうとしていた。
「あ、すみません」
「……なにさ。あたしはアンタと違って暇じゃないんだよ。暇しているのは好きだけどね」
「こっちだって時間がないですよ!」
思わず出てしまった声に眠たそうな瞳が少し開かれる。
「生意気ね……いい度胸じゃないさ」
耳にかかる髪を面倒くさそうに手櫛で直すとふらりと向き直る。
「"金火龍"は商売ギルド。でもね? ここにいるってことは、腕がなきゃなんにも出来ないのさ」
冷気のようにあがっていく闘気。
まさに独特の気配を纏っているが、雰囲気からしてただの女ではないことは歴然としていた。
「あんまり舐めないでね?」
「って、いきなりかよ」
思わずタタラも剣を抜く、細身の剣だった。
軽く扱いやすそうだが、重量バランスが軽すぎるために違和感がありすぎる。
「その剣……ブルーの作った奴だね」
「借りているんですよ。のまえに、俺は貴女と喧嘩するつもりなんかないですよ」
「……」
闘気は下がらない。
逆にこの状況をどうしようかと、少し考えていそうだが……面倒くさいからそのまま続けようかと、傾いているような気もする。
「アイ……アリーシャがどこにいるか知らないですか?」
「アリ? 知らないね……そういえば"風の調べ"の奴らがバタバタ動き回ってたけど、そういうこと?」
話していくと、だんだんと闘気も下がっていった。
「ええ、みんな探しているんですよ」
「餓鬼一人になにやってんだか……あんなパンドラほっとけばいいじゃないか。死にはしないよ。なんたって、ブルーの装備を使ってるんだからね」
「ずいぶんと彼のことを評価しているんですね」
そう言ったとき、今度こそサロメの腕が霞んだ。
若干油断しだしていたとはいえ、目でぎりぎり追えるかもしれないという速度だった。
それは彼の左の頬を軽くかすめて止まっている。
「へぇ、見えてはいるんだ」
「どうも……」
頬から流れる鮮血を拭うこともなくタタラは彼女を睨んだ。
いつ取り出したのかもわからないナイフ……殺ろうと思えば簡単にできていた。
その事実は、いっぱしの戦士として生きてきた彼のプライドを少し傷つけていた。
それを察してか、サロメは満足そうにナイフを仕舞っていった。
「アンタは知らないだろうけどね。ブルーってね、この街でも五指に入るくらいの技術者なんだよ。それがなんでアンタなんかを買うのか、あたしには理解できないね」
タタラにはすぐに彼女の言葉を飲み込むには時間がかかった。
それはそうだろう、サロメが言うような技術者としてのオーラなど微塵にも感じれなかったからだ。
「それで、アリーシャがどうしたんだい? ただじゃ、死なない子だろ」
普通の意識からすれば、そうなるだろう。
「それが急にいなくなってしまって」
「いなくなったのはわかる。でも、それほどまでに皆が焦っている理由がわからない。君たち、この状況で隠し事をするのかい?」
若干、剣呑な目線を送ってくる。
元々機嫌が悪いのだろう、そこへ気にくわない男から面倒くさいことを言われれば誰だって怒りだすはずだ。
「貴女は、アイシャのことを何処まで聞いているんです?」
「あの子のこと? 興味ないから一切知らないわ。ブルーも何も語らないしね。語らないって事は言いたくないって事でしょ。詮索屋は死ぬよ? だからあたしは必要最低限なことしか知らない」
それが一番だと、彼女は吐き捨てた。
確かにその通りだろう。
それが一番楽に生きられる。だが、既に知ってしまったことはどうしようもない。それを忘れて生きろというのだろうか?
だから、止まるつもりなど毛頭なかった。
「彼女は今、情緒不安定になっています」
「あの子が不安定なのはいつものことだけど、なに? 朝逢ったときはそんなことなかったから、原因は君かい?」
「……」
眠たげな目が彼の反応で殺気立つ……
「なら、テメェの欠はテメェで持てよ。屑野郎」
侮蔑するように吐き捨て、彼女は興味を失ったように歩き出した。
「持てるモノなら持っているさ!」
その声すら耳を傾けない。
既に彼女にとって、彼は負け犬に過ぎないのだ。そんな駄犬に構う価値などありはしない。
勝手にのたれ死ね。
それが本心だった。
「……彼女は敵を追っている。それはドートレス一派だ」
それを聞いた彼女の足が不意に止まった。
「おい、屑。とびっきりたちの悪い名前を出すじゃないか」
「これはブルーから聞いたことだ。嘘だと思うのなら、彼に聞いてみてくれ」
「もし違ったら、アンタは八つ裂きにするぞ」
「構わない」
サロメはナイフを抜いて振り返った。
それと同時に彼女の持つ存在感が倍増した。威圧感が今まで対峙してきた相手とは桁が違う。
彼女でこれならば、今まで普通にやりとりしていた、エイジやチェリス、ソルートは何処までの使い手なのだろうか。にわかに恐ろしくなってきた。
そして、そんな眼光にさらされながらも彼は真っ直ぐに彼女の目をにらみ返した。
「へぇ……玉は付いてんだ」
とっくにかみ切られてるとおもったわ、そう吐き捨てながら彼女はナイフを仕舞った。
「はぁ……」
深々とため息を吐き、彼女は天を望んだ。
「これも袖振り合うっていうのか……ね?」
その呟きはタタラへは届かなかった。虚空へと吸い込まれ、霧散していく。
「その口ぶりだと、右腕のカムジャがここに来ているのは知っているってことだね?」
「えぇ、ブルーもみんな知っています」
「だから、彼はそれをテメェに貸したのか……」
彼女は何か考えるように視線を宙に漂わせる。
「今夜……そうね、月が紅く光るころに15番ブロック付近で奴らが取引をする。しきりは"金火龍"の一部の奴らだ。もし、アリーシャが掴んでいるんなら、現れるかもね」
月が紅くなる。つまりは、日付が変わる前後あたりだ。この地域は土地に宿る魔力のせいなのか、決まった時間に月というよりは闇夜が一時期紅くなることがある。それはここに来る前に聞いていたことだった。
「彼女がその取引の話を聞く可能性はありますか?」
「さぁね。奴らが此所に来るってのは暗黙の了解でもある。話はたまに出回るものさ。それの拡散が遅いか早いかだけだ」
「……今回は?」
「遅いね。確か……あれだ。あんた達が潜った新しい坑道。その話が出回ったときにはこっちに来る予定があったらしいよ。だから、遅い……でも、今となってはずいぶん拡散しだしている」
にやっと彼女は意地悪そうに笑った。
まさに彼が苦虫を噛み潰したよう顔を見るのが楽しいと出ている。
「情報ありがとうございます。この借りはいずれ……」
タタラは彼女に背を向けて走り出そうとした。
「ちなみに、この時期だと、あと一刻くらいで周囲は紅くなる。時間はないね」
彼は肩越しに振り返るが、その時には彼女もまた背を向けて歩き出していた。
彼の舌打ちが闇夜に木霊し、それに逢わせて女の高笑いが一瞬だけ響いていった。
・
今起こっている事が重要だ。
過去?
そんなもの、捨てられるなら捨ててしまいたい。
だが、過去に縛られて今身動きが取れないのであれば……
そんな重荷は呪いと変わらない。
そして呪いは自分一人では解けないモノだ。
解ける人間は普通の人間じゃない。
普通じゃないなら天才か、化け物かだ。
俺は人間だ。
普通の人間だ。
だから、呪縛から解放されるには手が必要だ。
だが、あいつの呪縛はどうやら、俺のなんかよりもずっと強固でたちが悪そうだ。
ならば……
助けなくっちゃな。
縁もゆかりもなにもないやつだが……
不思議と魅力がある。
惚れたのかって?
あぁ、そうさ。
惚れたんだよ。
あんな面白い……おっと。
あんないい女、他にいないと思うぜ。
少なくとも、退屈することはない。
それは確約してくれるだろう。
・
いつの間にか日が落ちだしていた。
街の外に出ていた連中が戻ってきているのだろう、人通りがさらに多くなっている。
その中を慣れた動きで、チェリスが先行する。
タタラもかいくぐっていくように彼女の後を追う。
ソルートが彼女は足の怪我が元で第一線を離れたと言うが、普通に生活をするぶんには問題は一切なさそうだった。
「チェリス」
「なにさ」
「アイシャの居場所に心当たりでもあるんですか?」
「そんなものないさ。だから、たまたまいたアンタに頼んだんだろ?」
少しは頭使いなさいよと、ため息が聞こえてきた。
「ほかにもエイジやソルート、他のメンバーにも動いてもらっているに決まってるでしょ」
「チェリスは、アイシャの事をどこまで知っているんです?」
「え?」
怪訝そうに彼女は振り返った。
「どこまで? どういう意味さ」
「それはその……」
どこまで事情を知っているのか……ブルーとソルートの口ぶりでは、他者がそこまで多くのことを知っているとは思えない。
「さぁ、あんまりよくは知らないよ。ただ、あの子が厄介者のドートレスと因縁があるってのは知ってる」
「それだけですか」
「それで十分でしょ」
あんたなにいってるの? と奇異の目で睨みつけてきていた。
「仲間を守るのに、そんな難しい理由なんかいらないでしょうが、ほら、油売ってないでとっとと、走る! 探す!」
それだけ言うと、彼女は再び走り出した。
その腰には縄のようなモノが丸くまとめられて下げられていた。
チェリスの姿が見えなくなり、単独で動こうと街中を移動するが、大通りはどこも人でごった返していた。
タタラは人混みの中から彼女を探すのは無理と即座に判断した。
では、どうする?
とりあえず、路地へと逃げる。
息を整えつつ、壁に背を預け考える。
まず土地勘がなさ過ぎる。
逢って間もないアリーシャの動向など読めるはずがなかった。
ならば、逆に彼らの事を知っていそうな奴らを探した方が賢いかもしれない。
そう思っていた矢先だった。
彼と同じように大通りの人混みから逃げるようにして、同じ路地へと入り込んできた人物がいた。
「……あなたは」
彼の声にその者も存在に気付いた。
「君、確かブルーの所にいたひよっこ?」
彼女……サロメ・ウィックスは丸めがねを気怠そうに直すとタタラを睨んできた。
「何か用?」
すでに立ち止まってしまったので、仕方なくと言うように応対してきた。
三白眼気味の目は眠たげでいて、全てが面倒くさいというように半開きになっていた。
「いえ……」
「そう……じゃ」
もとより興味などない、と言うように即座に足を再び動かそうとしていた。
「あ、すみません」
「……なにさ。あたしはアンタと違って暇じゃないんだよ。暇しているのは好きだけどね」
「こっちだって時間がないですよ!」
思わず出てしまった声に眠たそうな瞳が少し開かれる。
「生意気ね……いい度胸じゃないさ」
耳にかかる髪を面倒くさそうに手櫛で直すとふらりと向き直る。
「"金火龍"は商売ギルド。でもね? ここにいるってことは、腕がなきゃなんにも出来ないのさ」
冷気のようにあがっていく闘気。
まさに独特の気配を纏っているが、雰囲気からしてただの女ではないことは歴然としていた。
「あんまり舐めないでね?」
「って、いきなりかよ」
思わずタタラも剣を抜く、細身の剣だった。
軽く扱いやすそうだが、重量バランスが軽すぎるために違和感がありすぎる。
「その剣……ブルーの作った奴だね」
「借りているんですよ。のまえに、俺は貴女と喧嘩するつもりなんかないですよ」
「……」
闘気は下がらない。
逆にこの状況をどうしようかと、少し考えていそうだが……面倒くさいからそのまま続けようかと、傾いているような気もする。
「アイ……アリーシャがどこにいるか知らないですか?」
「アリ? 知らないね……そういえば"風の調べ"の奴らがバタバタ動き回ってたけど、そういうこと?」
話していくと、だんだんと闘気も下がっていった。
「ええ、みんな探しているんですよ」
「餓鬼一人になにやってんだか……あんなパンドラほっとけばいいじゃないか。死にはしないよ。なんたって、ブルーの装備を使ってるんだからね」
「ずいぶんと彼のことを評価しているんですね」
そう言ったとき、今度こそサロメの腕が霞んだ。
若干油断しだしていたとはいえ、目でぎりぎり追えるかもしれないという速度だった。
それは彼の左の頬を軽くかすめて止まっている。
「へぇ、見えてはいるんだ」
「どうも……」
頬から流れる鮮血を拭うこともなくタタラは彼女を睨んだ。
いつ取り出したのかもわからないナイフ……殺ろうと思えば簡単にできていた。
その事実は、いっぱしの戦士として生きてきた彼のプライドを少し傷つけていた。
それを察してか、サロメは満足そうにナイフを仕舞っていった。
「アンタは知らないだろうけどね。ブルーってね、この街でも五指に入るくらいの技術者なんだよ。それがなんでアンタなんかを買うのか、あたしには理解できないね」
タタラにはすぐに彼女の言葉を飲み込むには時間がかかった。
それはそうだろう、サロメが言うような技術者としてのオーラなど微塵にも感じれなかったからだ。
「それで、アリーシャがどうしたんだい? ただじゃ、死なない子だろ」
普通の意識からすれば、そうなるだろう。
「それが急にいなくなってしまって」
「いなくなったのはわかる。でも、それほどまでに皆が焦っている理由がわからない。君たち、この状況で隠し事をするのかい?」
若干、剣呑な目線を送ってくる。
元々機嫌が悪いのだろう、そこへ気にくわない男から面倒くさいことを言われれば誰だって怒りだすはずだ。
「貴女は、アイシャのことを何処まで聞いているんです?」
「あの子のこと? 興味ないから一切知らないわ。ブルーも何も語らないしね。語らないって事は言いたくないって事でしょ。詮索屋は死ぬよ? だからあたしは必要最低限なことしか知らない」
それが一番だと、彼女は吐き捨てた。
確かにその通りだろう。
それが一番楽に生きられる。だが、既に知ってしまったことはどうしようもない。それを忘れて生きろというのだろうか?
だから、止まるつもりなど毛頭なかった。
「彼女は今、情緒不安定になっています」
「あの子が不安定なのはいつものことだけど、なに? 朝逢ったときはそんなことなかったから、原因は君かい?」
「……」
眠たげな目が彼の反応で殺気立つ……
「なら、テメェの欠はテメェで持てよ。屑野郎」
侮蔑するように吐き捨て、彼女は興味を失ったように歩き出した。
「持てるモノなら持っているさ!」
その声すら耳を傾けない。
既に彼女にとって、彼は負け犬に過ぎないのだ。そんな駄犬に構う価値などありはしない。
勝手にのたれ死ね。
それが本心だった。
「……彼女は敵を追っている。それはドートレス一派だ」
それを聞いた彼女の足が不意に止まった。
「おい、屑。とびっきりたちの悪い名前を出すじゃないか」
「これはブルーから聞いたことだ。嘘だと思うのなら、彼に聞いてみてくれ」
「もし違ったら、アンタは八つ裂きにするぞ」
「構わない」
サロメはナイフを抜いて振り返った。
それと同時に彼女の持つ存在感が倍増した。威圧感が今まで対峙してきた相手とは桁が違う。
彼女でこれならば、今まで普通にやりとりしていた、エイジやチェリス、ソルートは何処までの使い手なのだろうか。にわかに恐ろしくなってきた。
そして、そんな眼光にさらされながらも彼は真っ直ぐに彼女の目をにらみ返した。
「へぇ……玉は付いてんだ」
とっくにかみ切られてるとおもったわ、そう吐き捨てながら彼女はナイフを仕舞った。
「はぁ……」
深々とため息を吐き、彼女は天を望んだ。
「これも袖振り合うっていうのか……ね?」
その呟きはタタラへは届かなかった。虚空へと吸い込まれ、霧散していく。
「その口ぶりだと、右腕のカムジャがここに来ているのは知っているってことだね?」
「えぇ、ブルーもみんな知っています」
「だから、彼はそれをテメェに貸したのか……」
彼女は何か考えるように視線を宙に漂わせる。
「今夜……そうね、月が紅く光るころに15番ブロック付近で奴らが取引をする。しきりは"金火龍"の一部の奴らだ。もし、アリーシャが掴んでいるんなら、現れるかもね」
月が紅くなる。つまりは、日付が変わる前後あたりだ。この地域は土地に宿る魔力のせいなのか、決まった時間に月というよりは闇夜が一時期紅くなることがある。それはここに来る前に聞いていたことだった。
「彼女がその取引の話を聞く可能性はありますか?」
「さぁね。奴らが此所に来るってのは暗黙の了解でもある。話はたまに出回るものさ。それの拡散が遅いか早いかだけだ」
「……今回は?」
「遅いね。確か……あれだ。あんた達が潜った新しい坑道。その話が出回ったときにはこっちに来る予定があったらしいよ。だから、遅い……でも、今となってはずいぶん拡散しだしている」
にやっと彼女は意地悪そうに笑った。
まさに彼が苦虫を噛み潰したよう顔を見るのが楽しいと出ている。
「情報ありがとうございます。この借りはいずれ……」
タタラは彼女に背を向けて走り出そうとした。
「ちなみに、この時期だと、あと一刻くらいで周囲は紅くなる。時間はないね」
彼は肩越しに振り返るが、その時には彼女もまた背を向けて歩き出していた。
彼の舌打ちが闇夜に木霊し、それに逢わせて女の高笑いが一瞬だけ響いていった。
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