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五章 それは爆裂する2

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 時間はないが、タタラは勤めて冷静であろうとした。

 とりあえずチェリス達と合流しようと街中を探すが見当たらない。

 みんな散り散りになりすぎているようだった。

 ギルドへより、受付に臨時で座っていたルシオ・シオンに伝言をして再び走り出す。

 彼が行く当てなど無いようなモノだ。

 向かったのは宿として借りているイズミードのBARだ。

 人混みをかき分けるように走り、ようやくたどり着くがやはりそこには誰もいなかった。

「おや? タタラくん、どうしたのですか」

「マスター、"風の調べ"のメンバーがここに立ち寄らなかったですか?」

「いや? まだこっちには来てないね」

 店内は客が結構入っていて、女中達が忙しそうに走り回っていた。

 イズミードもイズミードでシェイカーになにやら怪しげな液体を入れている所だった。

「あぁ、そういえば、アリーシャが少し前に飛ぶように帰ってきて、また出て行ったねぇ」

 困ったものだ今日はシフトが入っているのに、と少しぼやくように言っている。

「彼女が来たのはいつですか!?」

「んん?」

 タタラの思わぬ剣幕に、彼の見事なシェイカー捌きが止まる。

「そうだね半刻くらい前だったような気がしたが……」

「そうですか……」

 なにかあったんだね? と彼が目で訴えてくるが、周りの目もありそれ以上は何も言わなかった。

「ふむ……」

「それだけで十分です。ありがとうございます」

 これで動きが少し読める。

 タタラは踵を返そうとすると、イズミードがそれをやんわりと止めた。

「なんです?」

 肩越しに振り返るだけで、体は彼のほうには向かない。

「なにやら、ややこしそうですね」

 シェイカーの中身をそのままグラスへと注ぎ、控えている女中へとスライドさせる。

「ちょっとこちらへ」

 彼はそう言うと、カウンターの奥へと彼を誘おうとした。

「今は……」

「いいですから。来なさい」

 その際後の一言は有無も言わせぬ迫力があった。

 やはりこの街の住人は、どれも一癖も二癖もあるらしい。

 時間は余り残されていないが、彼は渋々という感じで従った。

 カウンターの奥、そこは調理場だった。

 奥では二人の料理人が、手に汗握りながら様々な料理を高速で作り上げていく。その形相はさながら戦場であった。

「なんですか?」

「事情はよく分からないですけど、彼女が危険なんですかな?」

「……」

「ふむ……わかりました」

 少し考え込むようなそぶりをしてから、彼は調理台から少し離れた、古びたサイドチェストの前に腰を下ろした。

 その時腰が少し痛いのか、少しかばうようなそぶりも見せている。

 そして中をおもむろ開け放つと、少し埃が舞った。

「おい! マスター! それ今開けんなよ!」

 料理長らしき、恰幅のいい中年がイズミードを視界の隅に捕らえながら怒鳴った。

「今は非常時なのでね、少しくらい多めに見なさいな」

 受け流すように言い、中に置いてあるモノを取り出した。

 白い包みに包まれているそれを丁寧に剥ぐとタタラへ渡した。

「……これは?」

「私の相棒ですよ。まだ動くと思います。使えるかは貴方次第ですけどね?」

 それはレバーアクション式の大口径ライフルを模して作られたアンティーク調の魔銃だった。

「弾薬は無属性と火属性、あと水属性があります。貴方の属性はしりませんが、まぁ合ってなかったとしても威力が少し落ちるだけですしね」

「いいんですか?」

 使い古されているが、銃自体には魔力がみなぎっているのが分かる。

 ちゃんと手入れ良く使われてきた証拠だった。

「ふふっ……こんなロートルが持っていても宝の持ち腐れという奴ですよ。使い方は引き金部分、トグルを下に引っ張ると次弾が装填されます。慣れないと使いにくいかもしれないですが、威力は保証しますよ」

 にやりと、イズミードは笑った。

「マスター……すみません」

「さぁ、行った行った。早くしないとお姫様が逃げちゃいますぞ?」

 彼はいたずらっぽく言うと、彼の背を押した。

 タタラはそれに抗うこともせずに走り出す。

 ギルドで拝借した地図を確認しつつ、店を飛び出すとそのまま裏通りから一気に走り出していった。


                ・


 店を出て走り出してから、タタラは自身に起きだしている異変に気付いた。

 それは少しの間、気が付かなかったが一人になったとたん、それが顕著に表れだした。


 "――――――ッ"


 再び、何か耳鳴りのようなモノが聞こえてくるのだ。


 ……なんだ?


 それは定期的に聞こえる。

 いや、次第に大きくなってきているような気がした。
 

 "――――――ッ"


 ずっと一定間隔で響いてくるかと思うと、パターンを変えるかのように断続的に聞こえてくる。


 "――――ぃ―ッ"


「!?」

 たまに耳鳴りが声のように聞こえてくるときも出てきた。

 たまらず彼は立ち止まり、周囲を見回す。

 しかし、誰もいない。

 気配も何も感じることが出来ない。

 感知すると言うことに関してはそれなりの自信がある。

 だが、わからない。

「なんだっていうんだ。こんな忙しいときに……」

 そう独白のように呟いた瞬間だった。


 "――――ぃ―ッ!!!!"

 
 今度は耳の奥……というよりは頭の中に直にそれが響き渡った。

 突然のことにまさに頭を殴られたような感じとなり、彼は思わずよろめいた。

「なっ!?」

 誰かがいる?

 いやしかし……


 "―な――き―ッ"


「なんだ、この声は……」

 次第に鮮明になっていくそれに、知らず知らずのうちに恐怖心が出てきそうになる。

 ちょうど雲が出てきたのか、月が隠れる。暗闇となったとき、あることに気付いた。


 光っているのだ。


「これは……」

 彼自身が光っているのではない。

 彼が身につけているモノが光を放っている。

 それは薄緑の小さな小さな光を点滅するかのようにして宿す。

 ブルーが渡してくれたアミュレットだった。

 そして……


 "いいかげん気付ッ!"


 頭の中に怒鳴り声にも似た、男の声が鳴り響いた。

「なにっ!? だ……」

 
 "誰だ、なんて陳腐なことは聞きたくない"


 声は彼の発言を遮り苛立たしげにため息声が木霊する。


 "いいか、良く聞け。あと少しで奴らの取引が始まる"

「奴ら……カムジャ達か?」

 "それ以外に誰がいるというんだ?"

「しかし、まだ月は……」

 紅くなっていない。


 "そんなものは目安でしかない。早く終わるなら、それに越したことはないに決まっている"


「その前にアンタは誰だ? 念話ではないみたいだし……」

 術式を使われた感じはしない。

 そして、術を用いているのならばもって声が遠いように感じるのが常だ。

 今はまさに真横で話されているように鮮明だ。


 "俺の名前はティアレスだ。アリーシャの保護者のようなモノだ"


「保護者? しかし、今のアイシャに肉親は……」

 後見人はブルーがそうだが、それ以外はなにも聞いていない。

 もっとも、付き合い自体で考えれば言ってないことの方が多いだろうが……

 しかし、このタイミングは……


 "俺のことなど、今は些末なモノだ。それよりも、アリーシャを助けてくれ"


「も、もとよりそのつもりだ」


 "だが、奴らはお前よりも強い"


「……」

 何となく最初から予想はしている。

 この街の住人にまだ太刀打ちできない彼がそう簡単にドートレスの部下に敵うと思ってはいない。

 だからこそ、チェリスか誰かがいてくれればとも思う。


 "俺がサポートする。それでなんとか持ちこたえられるだろ"


「サポート? それをするなら、すぐにチェリス達を呼んできてくれ」


 "それは無理な相談だ"


「なぜ?」


 "なぜならば、俺の声は今はお前にしか聞こえないからだ"


 ますます意味が分からない。

 この声の主は本当にどこにいるのだろうか。

 気配を探るがやはりわからない。

 術の気配がするかと言われれば、それすらも感じないのだ。

 あるのは点滅するアミュレットだけだ。

 これを介して来ているしか考えられないが、魔力的なモノが発動している気配がないのだ。

 ただし、何か変な感じはする。

 それが次第に分かってきた。


 "それよりも、このままだと商談のど真ん中にアリーシャが突っ込む羽目になる"


「!」


 "そうなると、袋だたきになってしまう。それだけは避けたい"


「どうすればいい」


 "簡単なことだ。アイツが突っ込んでくる前に、お前が場を荒らせ"


 言うは簡単だが、今まさに彼女ですら袋だたきになると言ったばかりだ。

 彼女よりも実力が低いタタラではひとたまりもないだろう。


 "だから、サポートしてやると言っているんだ"


「……わかった」


 "へぇ、嫌に飲み込みがいいな"


「今は時間がない」

 訳が分からないが、使えるモノはなんだって利用しよう。

 じゃないと、どんなにがんばっても、この状況を打破することは出来なそうだった。


 "なるほど、あいつが信用するわけか"


「あいつ?」


 "アリーシャだよ。あいつはずいぶんとお前の事を信用しだしているみたいだからな"


 その声にはどこかわびしさを感じる。

 独白ではないが、どこか……


「……行こう」

 タタラは走り出した。

 考えても始まらないのならば、考えない。

 それが一番だった。

 場所はだいぶ近い。

 イズミードから借りたレバーアクションライフルを走りながら確認する。

 さすがにさび付いて動かないということはなかった。

 逆に嫌になめらかで、手入れが行き届いているように感じる。

 弾丸を込めながら、それを背負うようにして担ぐ。


 "今のお前さんだと、近寄られたら厳しい。なんとか距離をとって戦え"


「そう言われてもな。向こうの数は?」


 "カムジャ達は三人だろう。今乗り込んでいけば、まだ"金火龍"の奴らは来ていないはずだ"


「先に事を起こせばいいんだな?」


 "そうだ。金火龍の奴らだって、自分達が街のルールをやぶっているのを知っている。だからこそ、顔は見られたくないはずだ。もっとも、状況次第でお前を潰しに来るかもしれないがな"


 無名の新人ただ一人相手なら、口封じも当然考えられるだろう。

 しかし、騒ぎを大きくすれば周辺の者が気付く可能性もある。

 そうなれば……

「了解だ」

 リスクは当然、ひるむ必要もなかった。

 地図によれば、そろそろポイントのはずだ。

 彼は一瞬だけ速度を落とした。

 そして、近くの建物を見回した。


 "どうした? 時間はないぞ"


「煩い。黙っててくれ」

 この辺りは半分倉庫街となっているのか、路地のほうになるととたんに正面の見てくれと反してボロボロだ。

 見れば屋根からの排水溝が壊れ、湾曲している。

「……」

 タタラは即座に動いた。

 湾曲したパイプを蹴り上げ、宙に舞う。そして、対岸の壁を蹴るとさらに上へ上へとあがっていく。

 そうして、覆いかぶるように迫り出している屋根の角に手をついた。

「状況が分からないんだ。上からのほうがいいだろ」


 "……"


 謎の声はなにも言わなかったが、少し苛立っているようにも感じられた。

 反動をつけてなんとか、屋根の上に上がると気配を消しながら闇夜に舞う。

 飛ぶように走って行くと、街のはずれ……外敵から街を守る高い高い塀がそびえてきていた。

 その塀の上にはいくつかの砲台と、鐘が置いてある。

 おそらく有事の際に鳴り響かせるものだろう。

 しかし、レトロな鐘を使っているのはなぜだろうか。

 今では魔導工学が発達したおかげで音波を出す機械が出来上がっているはずなのに……

 空を見てみると、ずいぶんと雲の流れが速い。

 雨が降りそうとまではいかないが、嫌な雲行きなのは変わりない。

「……ふっ!」

 屋根から屋根へ飛び移り、一気に駆け抜けていく。

 所々で屋根が腐っているみたいで、変な軋みをあげたりもしている。

 ここで、音を出せば元も子もない。

 走りながらも慎重に、細心の注意を払いながら駆け抜ける。


 だが……


 こうも最短で向かっているにもかかわらず、現実というのは無情だった。


 "しまった。まにあわなかったか!"


 突如、脳裏に怒鳴りつけるように声が響き渡った。

 それまでずっと黙っていたために完全な不意打ちとなる。

 タタラが顔をしかめた瞬間だった。


 塀の手前で爆発が起こった。


 オレンジの閃光とその奥にある建物が傾いでいく。

「なんだと……」


 "急げ!"


 焦燥感だけが伝わってくる。

 そして、黒煙が上がる手前までやってきて下を覗いた。

「……アイシャ」

 火柱を背にした紅い紅い小さな人影……その前には黒い外套を着込んだ三人組が武器を抜き出していた。


 "なにをしている! 早く援護しろ"


 焦る声音だけが鳴り響く。

 しかし、逆にタタラは冷静になっていた。

 だからこそ、ライフルを向ける。


 "なっ……なにをしている!"


「なにを? 決まっているじゃないか。騒ぎを起こすんだよ」


 "どういう!?"


 次の瞬間、大口径ライフルから無属性弾が重々しい反動と共に吐き出された。

 狙った先……

 弾丸は風を切るようにグングンと伸びていく。そして、誤ることなくそれに命中した。


               ・
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