子豚の魔法が解けるまで

宇井

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15 キスと誤解

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「トモエに出会ったのはあそこが近道というのもあったけど、欲しい草があったんだ。そんな変わり者もたまにいるから、薬師という職業を呪師と混同してうさん臭く見る人もいる」
「俺はジェイクが好きだよ。薬師のジェイクが好き。ジェイクがいなきゃあそこで死んでた。強くて守ってくれて、大好き」

 義理も何もない、しかも不細工な俺を拾っちゃう所からして好き。冷酷さが全然なくて、絶対に俺を捨てないって思えるから好き。
 金持ちの坊ちゃま、で薬師。国をあちこちしてたのなら、子供には聞かせられない事もあったんじゃないかな。
 ましてジェイクが居付いたいたのは国境。のんびりしたこことも日本とも違う場所で生きてきた人。人生の経験値を数値化できたら、ジェイクは誰よりも突出するんじゃないだろか。
 交通手段は徒歩。もしく牛と馬。そんな世界では、生まれてから死ぬまでずっと同じ場所に留まって一生を終える人が多いだろう。だけどジェイクはそれが嫌で飛び出したんだ。
 俺はいつしか食べる事をやめていて、まだ残っているそれを横に置いた。

「ねえ、ここは同性同士の結婚でできるんだよね」

 天使情報ではそうだったはずだ。

「百年前にその法律ができた。しかしいまだに根強く反対する者もいる。同性同士では子供ができないからね」
「でも結婚はできるんだね」

 それだけでも日本にいた俺にとっては大きな事だ。

「ねえ、ジェイク、俺したいよ。結婚して」

 本気だ。
 キスだってしたい。
 予告するとこの人がどうするか分からないから、黙ってベンチに立ち上がる。すると俺の方がジェイクを見下げる事になる。
 俺が何をするのか不思議そうに見つめるジェイクの両の頬に手を当てた。包むには尺が足りなかった。
 それでもそっと顔を近づけて、それでもジェイクはまだ俺が何をしようとしているか、分かっていない。
 それが面白くて、俺は目の下の皮膚の薄い頬骨にちゅっと口付けた。そして次は本命の唇にちゅっと、少しだけ吸い付くような余韻を残して。
 大人の唇はおっきかった。

「なっ……」

 驚いたジェイクが一瞬固まるのがわかったのは、頬に残した手から伝わってきたから。

「トモエ、お前、何で、子供が……どこで覚えた。どうして……」

 驚いたのはそっちか。キスされた事にじゃなくて、俺の手腕に驚いたって事だ。っていうか、ちょっと怒ってるっぽいかも。
 やべ。

「えへっ、エロかった?」

 俺は笑顔を見せて誤魔化しまた座ったけれど、隣からは不穏な空気が伝わって来る。
 何だよ、キス一つもらったぐらいでガタガタ言うの?
 そうジェイクを見ると、そこにあったのは、見た事もない固い表情だった。

「あれ、もしかして、ファーストキスだったとか?」

 その表情を崩すためにへらっと言ってみせたけど効果はなかった。

「そんな話じゃないだろう。おい、トモエ、お前はそんなキスをどこで覚えたんだ?」
「どこって、俺はこれで養ってもらってたようなもんだし。男の棒とか、他にも色んなものを咥えてたし」

 あ、いけね。
 口が滑りすぎたと思ったのは、真っ青になったジェイクの顔色を見てからだった。
 養ってくれる恋人に返せるのは自分の身体ひとつだった。その彼とも別れた時、次までの繋ぎとして知らない誰かに体を預けたことがあった。それは金が欲しいと言うより、寂しさを埋める為だったけど後悔はない。

「トモエ、お前は……」
「へっ? うぐっ」

 苦しい……!
 俺はジェイクに抱き込まれ、ぎゅうぎゅうと体を絞められていた。

「もう心配ない……こんな小さな子供に、そんな事をさせるなんて……」

 ジェイクの声は苦し気に絞られて、こっちまで引きちぎられそうな気持ちになる。
 あ、そういうこと……
 ジェイクは俺が誰かに強要されて、体を売っていたとでも思ったんだろう。この小さな体で本番は無理だろうけど、確かに体を触らせたり、奉仕したりってのは出来ない事もない。
 ごめん、違うんだよ……
 でもなあ、今さら違うなんて言い出すのもなあ。
 ジェイクの中ではもう俺は性奴隷をしていた少年で確定だ。何しろ初対面は裸だったしな。
 ジェイクってば盛り上がってるし。俺の言う事に嘘はないって、信じてくれている。

「トモエ、お前には、幸せになる資格がある」
「うん、そうだといいなあ」
「もう、過去の事は思い出さなくていい」
「うん」
「生まれ変わるんだ……薄汚い棒の事など、忘れろ」

 棒って言うな……って言い出しっぺは俺か。ちょっとだけ笑って、こっちからもジェイクにしがみつく。
 そうだね、ジェイク。
 もしかしたら、生まれ変われるのかもしれない。
 俺は下が緩めだから、ジェイクが隣でしっかり管理してくれないとふらついてしまうだろう。この子豚の姿から卒業した時、尻軽になって馬鹿やらないように側に居て欲しいな。

「俺、生まれ変わった気持ちで、頑張るよ」

 大人になってもケツの穴をぎゅっと絞めておくから。

「ああ、お前は決して汚れてはいない」

 いや、待て、俺そこまで自分を卑下しないけどな。
 体は色んな男にねちょねちょにされたのは事実だけど。知らない奴ともそれなりに楽しんだ。
 たいしたことないんだよ。目を閉じて感じてると、抱いてくれてるのが愛してくれた人に置き換えられていって、もっと気持ち良くなれたんだ。
 例えば、初めてを捧げた人とか……
 顔も名前も、その人と何をしたのか、どこに行ったのかも思い出せないけど、あの人の優しい手は思い出せる。
 男のくせに細くて長くて、でも節だけがゴツゴツしてたっけ。
 俺って結局その人だけを求めてた事になるのかもしれない。男を次々に乗り換えてえいったのも、誰もがその人に足りなくて満足できなかったからだ。
 次の人はそれ以上に好きになれる。そのはずだって、むきになって求めてたかもしれない。
 あ、なんか涙出そう……
 でも俺は今、その人以上に優しい手に出会ったって言い切れるよ。

「……ありがとうジェイク。この魔法にかけられたみたいな世界が、ずっと解けないといいな」

 たとえば明日、現実の俺が病室で目覚めて、これが全部夢でしたなんてのは嫌だ。絶対に嫌だ。
 父親だった男が心を入れ替えていても、ここより便利で楽しい物が溢れる世界でも、不思議ともうあっちには戻りたいとは思わないんだ。
 俺は、本当に生まれ変わった。未練はない。
 最初はジェイクに付き合って生返事をしていたのに、何だかジェイクが幸せになる資格とか、言いだして、それが熱すぎて、それに当てられたみたいだ。
 おかげで本当に生まれ変わらなきゃなんて気持ちになってくる。
 天使とのあの時間、タイムリミット迫る中で、俺は躊躇った。
 子ども、そして家族。
 天使が勘違いして、俺は子供を持つのではなく、俺自身が子供になったけど、そこからやり直せるのは良かったのかもしれない。
 俺が十七のままの俺だったら、ジェイクは俺を面倒みようとは思わなかったような気がする。ここまで自分の事を語ってくれなかった気がする。
 だから俺はこの姿でいいんだ。そう思った。
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