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2 ファザコンな俺

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 八畳ある和室の居間。そこであぐらをかいて夕食ができるのを待ちつつ本を開くと、台所から父さんがやってきてひょいっと表紙をのぞきこんできた。

「歩、それ新刊? ピカピカしてる」
「そうだよ。川ちゃんに借りた」
「あとで父さんにも貸して。面白そうじゃん」

 この借り物のライトノベルの文庫本は、この春で高校までも一緒になってしまった川ちゃんの物。
 俺が何も言わなくても、読むだろ? って当たり前に貸してくれるのは昔から。趣味は近いし頼りになるし、ほんと有り難い。
 本や漫画、DVDは図書館で借りること。勉強でわからない所があれば学校で先生に教えてもらうこと。教えられた訳じゃないけど生活の知恵として備わっている。英才教育の賜物ってやつだな。
 ちなみに今週の夕食当番は父さんだ。エプロン姿で手にフライ返しを持っているのが可愛らしい。
 ガラスのはまった引き戸の向こうからは、肉と玉ねぎの焼ける匂いが漂ってくる。

「ハンバーグ焼いたけど、どうしようかと思って。煮込みにする?」
「うーん、俺はウスターソースで食べたい」
「了解。お弁当用の小さいのは味変でデミグラスにしとくね」
「やった! 父さん気が利く」

 高校生だって手作りハンバーグでワクワクしてしまう。笑いたい奴は笑えばいいさ。

「歩はハーフだから特別興味があるんだと思ってたけど、小説でもアニメでも異世界物って定番なんだね」

 父さんの興味はまた本に戻ったようだ。

「まあ、実際これ系って面白いし。でも俺、超日本人顔なんですけど……それでハーフって、笑っていいんだか悪いんだか」
「歩は僕の血が強く出てるからね。父親似だったらオス臭い男前でモテただろうに」
「そう? でも俺は父さんの顔好きだし、別に不満はないよ」

 父さんは照れているけど、これが俺の素直な気持ち。
 今年三十五歳の父さん。若いときに俺を生んだから、周りの親より若い。もともと童顔なのもあって老けが遅れている。

 父さんの職場には女性が多く、客商売って事もあって服装には気を使っている。そのせいか三十前と言っても通じるくらい。子供がいると言っても納得されるけれど、その子供が高校生だと知れると驚かれるらしい。
 職場にあるファッション誌や生活誌も読んでいるみたいだし、そこから仕入れた情報で新しいレシピに挑戦したり、流行りの店を知っていたりと何気に女子力高め。
 だったらレベル高めのハイスぺの恋人でも作って結婚して、幸せってやつを掴んでほしいけど、アルファの父親のことが今でも忘れられないとか何とか、照れもなく言う。
 そう言う時は本当に可愛いなって思う。その心もそうなんだけど、顔の造作とか体型とか、すべてをひっくるめてそう思わせる雰囲気を持っている人なんだなあ。
 じゃあ、俺のもう一人の親であるアルファの父親はどうしたかって? どこでどうしてるのかって? そう思うのが自然だよな。
 もう一人の父親はずっーと異世界在住なんだよ。
 一度は赤ん坊だった俺の顔を見にやってきて数日一緒に暮らしたって。でも突発的に重要な任務が発生して、早々に元の異世界に連れ戻されちゃったらしいよ。
 任務ってなに? 何の仕事してんの? 異世界の王子? 魔術師? それとも商人か? って子どもの頃に聞いたら、軍人だってさ。驚いたよ。だってかっこいいじゃん。甲冑を身に着けて剣とか振り回すとか。いわゆる脳筋ってやつみたいでさ。
 そう伝えたら父さんは爆笑して教えてくれたよ。まさに想像通りの筋肉むきむきのアルファなんだよって。
           
 父さんがトリップした異世界は、日本で言えば戦国時代的イメージかな。
 大親分の権威が薄まってきて、あっちこっちで領地を奪う陣取り合戦が発生してるの。
 それが終わりの時期にさしかかっていて、武器をもった争いで小競り合いしつつ、オラオラ牽制しながら話し合いに移行している過渡期。うーん、よくわかんない。でも微妙だよな、色々。
 そりゃ一旦日本で妻子? と暮らしていても、呼び戻される事もあり得るよ。いくらオメガの父さんを愛していても、完全に故郷を捨てるなんて普通できないわ。
 父さん曰く、俺の父親はアルファでとっても優秀な人だから、今頃軍の指揮隊長になってるかもだって。
 長く続いていた戦争だから、どうやったって簡単には収まらない。もし終わっていたとしても復興には人手は必要。だから仕方ない。
 この長すぎるアルファの父親不在の期間をそう分析する。
 もともと主君への忠誠が厚いのが軍人だから、個人の幸せより主や国を取るのはしょうがない。それがあっちの常識なんだし。
 だから俺も誇り高き軍人の息子として、これまでの苦境を耐えてきたよ。めちゃくちゃ物分かりのいい息子だよね。

 おかげで俺の異世界像は結構リアルで、城下の地図まで脳内で描ける。
 歴史ある城は半分が石造り。父さんが異世界トリップした当時にも、昔の襲撃の跡があってお城はボロボロだったって。
 昔の砦が郊外に残っていて、そこは恋人たちのデートスポット。もう少し離れた場所にある川の岩場は子供の遊び場になっていたんだってさ。
 芸術の街と言われただけあって、庶民が住むような建物も外観は凝っているし、住む人の意識は高くお洒落に気を使う。小さな頃から音楽や絵画など芸術を嗜む傾向が強いらしい。
 ここまで聞くと、なんて楽しそうな国なんだって思うよ。
 俺も異世界で育っていたら……剣を振り回すのは無理でも、ポエムなんてつぶやける芸術系男子になれていたかも……ま、照れもあるし無理か。
 なんにしても、俺は異世界人×地球日本人とのハーフだから、ちょっと普通とは違う。
 というのも、アルファとオメガの間にできる子供の性別は、アルファかオメガどちらかであるのが自然。ところが俺はなぜだかベータ。だから自然の摂理から外れちゃっている人間だ。
 いい感じにブレンドされて出てくる普通のハーフとは違って、アルファでもオメガでもないベータに生まれてきちゃった。本当どうなってんだろうな。
 外側は地球日本人の血が出ていて、中側は恐らく父さん似。
 ちなみに血液型は普通だよ、日本人に多いA型。
 前にレントゲンを撮ったことあるけど、たぶん謎の臓器とかは映ってなかったと思う。今のところ魔力も異能力もない。

 そうそう、父さんの異世界トリップは魔法陣でもなく、謎の光に包まれる様な感じでもなかったらしい。
 何かの大きな存在に突然頭をがしっと摘まれて、背後に現れた暗黒の中にぎゅんっと置かれた感じ。それで闇が晴れたら戦闘のど真ん中でポツンとかきついよな。
 日本に戻ってきた時もやっぱり頭を上に吊られた気がしたって。でも帰りは行きと違って前に進んで、既にできている道をたどった気がしたって。
 なんか自分がチェスの駒になった気分だったって言ってた。世界でたった一人の貴重体験してるよな、父さんて。

 結局、やっぱり、俺は地球産の日本人でいいのかな。
 きっと、父さんには若い頃に辛いことがあったんだと思う。実家を出ているから頼れる親はない。親切な親戚もいない。俺たちは昔からたった二人きりだ。これからも変わらずそうだろう。
 俺は異世界にいるはずの父親の事はばんばん聞く。でも父さんの血筋やら親族やらのそっち系の事は何も聞かないよ。聞いたってこの現実は少しも変わらないだろ。
 ずっとこの生活が続けばいいよ。楽しいからさ。
 俺は父さんが語るあの世界が好きだ。つまり、父さんが好きだ。
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