異世界人αと日本人Ωの間に生まれたハーフな俺

宇井

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3 何があってもへこまない俺

 高校生活にも慣れた一年生の夏のある日、父さんが倒れた。
 父さんの勤務先から学校に連絡が入って、俺は授業を抜けて先生の運転する車で市内の総合病院に向かった。
 案内された病室にいたのは、しっかり意識を保っている父さんの姿だった。
 いき、てる……
 ほっとして腰が抜けそうになった。ここに来るまでの車の中で、俺は先生がかけてくる言葉にろくに答えることもできず、父さんの命があることだけを、これからもずっと二人の生活が続く事だけを願って震えていたから。
                              
「ごめん歩。事務所でめまいがして、スチールの棚に頭ぶつけちゃった」
「気を付けろよぉ、もうっ。ほんとうにもうっ……でも、よかった……」

 どこにも気持ちをぶつけられず、自分の髪をかき回してしまう。
 かわいい子ぶってテヘッとでも言いたげに首をかしげるのが場違いすぎるし。
 立てかけてあるパイプ椅子に座すように促されるけど、まだ座ってひと息つく気にはなれない。
 実は父さんには持病があって、目まいを起こして倒れることは過去にもあった。そのせいか少し耳の聞こえも悪い。特に電子音に弱くてスマホの着信なんかよく聞き逃しているから、聞こえてないんだろうなって様子の時には俺が教えている。

「もう全然、本当に平気なんだけど、せっかくだから一度精密検査を受けろって勧められた。だから二、三日は入院させてもらう事になったよ。歩には迷惑かけるけどよろしくね」
「わかった。俺もその方が安心できるし。この際だからゆっくり休んでよ。まじで」

 家で休養って言っても、きっとこの父はあれやこれやと家事に手を出してしまうだろう。だったら入院してもらった方が安心だ。

「ここ二人部屋だから、後から一人入ってくるんだって。同じオメガ男性に知り合う機会ないから、ちょっと楽しみ」
「保険売りこんで迷惑かけるとか禁止ね」
「わかってます。ここにいる間は仕事の事は忘れるよ」

 短い会話をしたあと、持たされたメモに書いてある必要な物を売店で買った。そして家から持ってこなきゃいけない物も沢山あるからと、一度取りに帰ることにした。
                
 バスと電車を使って市営住宅に到着。
 団地にエレベーターなんてものはなく、階段でトントントンと三階まで同じリズムで昇って行く。老朽化が激しいこの灰色の建物は最近では空室も多くなっている。人が減っていくに従って、急速に朽ちていっているようだ。
 だけど病院での検査を終えて、何の心配もなく退院する父さんと一緒に帰ってくる場所、俺にとっては大切な家だ。

 自宅に到着して早速父さんの部屋へ入る。                    
 この部屋に入るのは小学生の時以来かもしれない。襖を開けると俺とは違う匂い、父さんの匂いがした。
 パンツ、パジャマ、充電器……細々とした物を探し紙袋に詰めていくと、押し入れの中のチェストの引き出しに、気になる箱を見つけた。
 A4サイズの紙製の深さがある箱、こんな意味ありげな箱をスルーできる人なんていないだろう。悪いとは思いながらその箱の蓋を開けると、入っていたのはほとんどが書類だった。
 入っている物を上から手に取っていく。
 へその緒に、新生児だった時に巻いていたリストバンド。
 産後に退院する時の写真。
 微笑んだ父さんと眠っている赤ん坊だけが映っているのに、病室の窓の向こうは眩しいほどの光が溢れていて世界で一番幸せそうに見える。愛を感じる最高の一枚。俺と父さんの始まり。またしても鼻の奥がつんつん痛みだす。
 そして生命保険証書。
 それには父さんが亡くなっても、俺が困らないどころか贅沢できるほどの死亡保障金額が書かれている。その分、月の支払いは少し多め。

 ちゃんと考えてるんだ……

 とんだ保険貧乏だと思うが、目の奥が焼けるように熱くなった。
 検査入院って言っても本当は不安なんだ。だって悪い病気が見つかったらどうなっちゃうの。何も楽しい事がないまま、俺の世話で青春を潰しちゃった父さんの人生は終わっちゃうの。父さん死んじゃったら俺はどう生きていけばいいの。
 俺、ひとりになるのかよ。たった一人も失ってしまうのかって。
 今だって本当は不安なんだ。本当に父さんは退院できるのかなって。悪い病気が隠れているんじゃないかって。
                        
 異世界だ戦争だ何だって、他人から見れば頭悪いことばっかり言ってるように見えるんだろうな。だけど父さんはまともだよ。だから一番に俺のことを考えてくれてるんだ。
 さらに下に入っていたノートには、いざという時に俺が頼れる連絡先が、三つ連ねてある。でもやっぱり父さんの親類と思われる名前と番号はない。あるのは今も続いている友達や仕事で知り合った人だけだ。
 さらにページを捲ると、そこには、俺の父親の物と思われる人物について細かい情報が書き連ねてあった。
                   
 ガイア・ケリングって名前? へえ、カッコイイじゃん。屈強軍人って感じ。
 二十歳で正式な軍人の叙勲を受ける。主君はギア・マークレーン。
 子供の頃から剣術だけでなく宮廷作法も学び、複数の外国語を習得している。騎馬の試合では優勝した経験があり、
 ふええ。
 これが事実かどうかは確かめようがないけど、これ書いている父さんは楽しかったんじゃないかと思えた。
 それ以降は見ちゃいけない気がして、そっとノートを閉じた。
 うん、次に開いた時は俺が本当に自分一人になった時でいいや。そして今の時を懐かしく思って心穏やかでいられるといいな。
 俺の父親はガイア・ケリング。いいね。
 その名前を忘れないように唱えた。
 
                   
 父さんの入院準備を終えた俺は家を出て鍵を差し込んだ。ひとしきり泣いたせいか鼻がずるずるする。でも病院に着く頃には、腫れた目なんかも元に戻っているだろう。
 その時だった、一人の女性が現れた。俺にとっては唐突に。
 背筋はピンと伸び、額に噴き出す汗をハンカチで押さえている。布をたっぷり使ったワンピース。化粧が濃いめで、鋭くつり上がた目はなかなか印象が悪い。
 でも世間的には綺麗にしているマダムと受け取られるだろう。古い団地の背景に何ともミスマッチだ。
 にしても、えっと、誰?

「初めまして、ね。私、侑李の母親。あなたのお祖母ちゃんになるわ」

 しゃがれた艶のない声は続く。

「とっくに縁は切れているのに、あの子が緊急連絡先にした友達が親切心をだして、私を調べて連絡してきたの。死にそうだっていうから驚いたし、そこまで言われたら様子を見に来ない訳にはいかないでしょう?」

 侑李というのは父さんの名前だ。

「なのに、教えてもらった病院に行ったら、まぁあ、元気なものじゃない。こっちも仕方なく来たっていうのに、出て行けって追い出されたの。でもせっかくここまで来たことだし、一度くらいは孫の顔をみてもって思ってね。それにしても、まあ、侑李にそっくりね」

 珍しい物でも見るかのように、値踏みするかのように俺を見る。
 あなたは全然似ていないんですね。俺達に。父さんは清楚系綺麗男子なのに、目の前の人はケバケバだ。
 そんな言葉を俺は飲み込んだ。父さんの母親にしては喋り方に棘があって、あくまで俺とは一線を引いている距離感だ。
 好奇心から来てみただけだから、そちらからすり寄ってこられては困る。そんな所だろう。

「あら……よく見てみれば、目の色と肌は、やっぱりあちらの血ね」

 それはすごく残念そうに自称祖母は言う。

「まったく、あの子を外国にやったのが間違いだったわ。優秀生の交換留学だからって、自慢だったのに。まさか、外国でふしだらな事をして――」
「――俺は! 聞かないでおきます」

 女性の言葉を遮って、にっこり笑った。

「俺は父さんの言うことだけ信じてるから。ねえ、お婆さん、俺、異世界ハーフなんだ。知ってます? 異世界と日本のハーフ。あ、今はダブルとも言うんだったかな」
「イセカイ……? 何を言っているのよ」
「やっぱり知りませんよね」

 こんな人に俺達が二人で生きてきた年数が、築いてきた世界がわかるわけない。

「悪いですけど、俺はこれからまた病院に行くんで忙しくて。さよなら、お婆さん。話の続きはまた会う機会があれば、その時に」

 何を言っているのかわからないと、女性はまた首をひねった。
 それはそうだろう。俺はあなたの想定するような返答はひとつもできない。俺の大事な父さんを傷つけるような人は、たとえ血が繋がっていたって優しくできないよ。
 初めて会った孫にもたいした感慨はなさそうだし、父さんが縁を切った人なら、今後も俺にだって繋がる縁はない。
 さよなら。
 俺は女性を置いて、紙袋とボストンバッグの二つ抱え直し階段を降りて行った。

                    
 俺は異世界人とのハーフ。
 聞いたらそりゃ普通なら笑っちゃうだろう。だけど暗くなりそうなシングル家庭はそれで明るくなったんだ。
 実際、異世界話になると俺たちは盛り上がるし、父さんの笑顔が見られるからいいじゃん。
 父さんは自分の過去の話になりそうになると回避してたけど、アルファの父親の話になると顔が輝くんだ。父さんが異世界で生活していた時、たくさん優しくしてもらって、たくさん愛をもらったんだって。
 俺の父親は軍人。背が高くて、彫が深いイケメンで、意外と手先が器用で、優しいアルファ……いつか父さんを迎えにきてくれるといいな。いつかでいいよ。
 いつか会えるかな。会えるといいね。一緒に暮らせるかな。
 二人でそう言って笑っていればいいんだ、そう思ってる。
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