訳ありの僕が完璧な恋人にプロポーズしてみた結果

宇井

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2 お断りの翌朝

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 朝の気配に目をさました。
 部屋には人の気配はまるでなく、ブラムがとっくに仕事に出掛けたのがわかる。
 昨夜手渡した花はグラスに活けられ、ダイニングテーブルの真ん中に飾ってあった。酒の入っていた瓶はおそらく空っぽ。
 だるい体を起こすと頭と目元が重い。瞼が開かないから視界も狭い。
 セックスの後ブラムは速攻すーすーと眠ってしまったが、チコは涙をとめる事ができず明け方まで眠れなかったからだ。
 自分の顔がどうなっているかなんて鏡をみなくてもわかる。
 テーブルに近づいていくと、ケーキを食べた痕跡も残っている。

「まったく」

 台所周りの家事が苦手なブラムは皿を下げる事さえしない。だけどチコの分のケーキはフォークと共に皿に置かれていた。
 優しいんだか、優しくないんだか……もう、ここまでするなら飲み物も置いといてよ……
 心の中でぶつぶつと文句を言いつつチコは椅子に腰を降ろして、クリームを大きくすくって一口ほうばった。
 甘くておいしい。
 重みのあるパイに煮詰めたリンゴ。そしてクリーム。なかなか消えてくれずに口の中に居残ってくる。
 最近のチコのお気にいりは巷で流行りの軽いお菓子、フワフワとかサクサクするやつだ。でもブラムは甘味の強いずっしり重たい系が好きなのだ。
 記念になるかと思って、買ったのに……
 そういえば夕食を食べずにセックスして眠ったのに、まったく空腹感がない。
 振られたショックのせいだ。
 って言うか、一世一代のプロポーズをあっさり断わられちゃった僕って相当可哀想じゃん。
 ちょっと考える時間が欲しいとか、色々あるだろう。言い訳しろ、時間稼ぎしろ。少しはこっちの立場を思いやれ。
 ブラムのばかやろう。
 自分がふられてしまった実感がまたじわじわやってきて、涙がぽつぽつ落ちた。
 泣いて、食べて、鼻をかんで。
 甘ったるいケーキを食べきるのに随分時間がかかってしまった。
 
 プロポーズが受け入れられるかはわからない。だから怖いしドキドキする。きっと誰だってそうだ。
 だけど実はチコには自信があった。ブラムに愛されている自信が。
 だから自分の思いをぶつければ、60%……いや本当言うと90%前向きな返事がもらえると思っていた。

 チコは昔から顔を褒められる。四つ上の姉と共に子供の頃から美しい姉弟だと言われていた。
 顔を作るパーツは下重心で顎は細く、実年齢より幼く見られる事もある。黒目がちな瞳は華やかさには欠けるものの万人受けするらしい。
 だけどチコは自分の顔が特に好きと言う事はない。
 自分が憧れるのは男臭い顔だ。
 ふわふわの柔らかな色素の薄い髪より黒い直毛、できればびっちりと密度が高い方がいい。
 眉は直線でしっかり。目は切れ長、鼻には存在感が欲しい。唇は薄くて……
 そんなチコの理想そのものがブラムだった。

 ブラムは一年以上前に街にやってきた流れの便利屋だ。骨太のしっかりとした体格は見た目通りタフで強い。
 とは言え便利屋と言うのは自称であって、本当はこの国の三大商会のうちの一つ、フランコ商会に所属している。花形部署ではなく調査部と言う地味な場所にいるらしい。
 家の配管も直すし、機械の整備もする。腕に覚えがあるから個人警護の仕事も引き受けるし、時に交渉もする。できる事ばかりが多くて守備範囲が広すぎる。
 どうやら調査部とは、大得意様から投げられた、断るに断れない小さくて面倒な仕事を一手に引き受けているようだ。
  そんなブラムと、小さな古書店を姉夫婦とともに切り盛りするチコが知り合った経緯は、ごく普通のありふれた物とも言えるし、少々ドラマチックとも言えた。

 場所はちょっとだけお洒落をして出かけるような食堂。そこでのディナー中だった。
 姉夫婦と夕食を取っているテーブルの隣りには、ちょっと賑やかな仕事帰りらしき中年男性の四人組がいた。
 酒が入っていたのは確実だ。姉リアナの隣には大男の夫ラウルがいたのに、その男の中の一人がわざわざテーブルにやってきて卑猥な声を掛けてきたのだ。
 お姉さん綺麗だね。どこの店? 
 まあ後はそれ以上の内容だ。
 すぐさまラウルが静かに強く抗議したのだが、男は火が付いたように騒ぎ出した。ラウルに脅された、手を上げられたと嘘ばかりだ。
 男の仲間は席を立ちあがらないまま、まあ落ち着いて、と言葉だけで男をたしなめるだけだった。きっと頭の上がらない相手だったのだろう。
 店内の様子は一変した。客の楽し気なお喋りに、グラスが触れる音、流れるような配膳。すべてがよかったのに、一瞬でその雰囲気はぶち壊された。
 そういうのは別の騒々しい店でやってくれと、店内全員の目が非難しているようだった。
 そんな時、ふいに男が脱力したかのように見えた瞬間、腰と襟元をつかみ流れるように店外へと連れ出したのがブラムだった。
 チコの目には音もなく現れた男の行動がしっかり見えていたが、周りの客には何が起こっていたかはわからなかっただろう。それほど鮮やかな動きだったのだ。
 義兄は二人を追いかけるように外へ出ていった。
 動揺していた姉もすぐに落ち着き料理をバクバク。
 チコはテーブルに残った男三人を逃さないよう、空いた席に座ってとりあえず……えっと、名刺いただけますか? と要求してみた。だけど意識は男と義兄が消えた扉へ向いていた。

 風のような出会いだ……

 突如現れたヒーローに胸はどきどきとうるさかった。
 本当にこちらが見えているのか疑わしいほどに細い目だった。すっと通った長く高い鼻、その下に当たり前のようにある薄い唇。
 繊細な顔立ちを裏切るようにある、漆黒の髪にたくましい体。
 しばらくして店外から戻った彼は受け答えも礼儀正しく好感しかない。兄のラウルがお礼にご馳走させて欲しいと言っても固持して去っていった人。
 帰り道には彼の事しか考えられず『かっこよかった』を繰り返し、姉には呆れられたものだ。

 もう会う事はないと思っていた。都市と言われるこの町は広いし人も多い。
 だけどその彼を見つけることができたのは運命などではなく、チコが外に出る機会を増やし、常にその姿を探していたからだ。
 見つけたのはチコだけど声を掛けてくれたのはブラムだった。
 チコの書店まで何度か足を運んでくれたのもブラムだ。
 チコを食事に誘って好きだと告白してきたのもブラムだし、チコの一人暮らしの部屋に転がり込んできたのもブラムの方。

 なし崩し的に同棲を始めたけれど、幾ら好きな人だと言っても、他人と暮らす生活に慣れるには時間がかかった。
 だから途中で追い出そうとした事も何度かある。チコの姉はブラムはヒモになる気ではないかと凄く心配したものだ。だから姉は今でもブラムの事がほんのり嫌いらしい。
 だけど実際ブラムはお金に執着がないようで、必要以上をチコに渡してくる。
 あまった分はとっておけと言われるけれど、自分名義にしてしまう訳にもいかずタンス預金の額は増えるばかりだ。
 台所以外の家事は生活に困らない程度にやってくれるし、チコが作る適当な料理を文句を言わずに食べてくれる。この暮らしに不満はない。
 不満どころか、ブラムと出会ってからいい事しかない。
 ブラムのどこが好きかと聞かれたら、チコはすかさす顔だと答える。
 ブラムの完璧な横顔を盗み見るのがチコの秘かな楽しみだし、風呂上りの湯気でほかほかのブラムを鑑賞するのがチコの趣味だ。
 けどセックスもいい。
 未経験のチコを気遣って根気強く、一か月かけてほぐしてくれたから、初めての結合は痛みもなく、それどころか中いきまでしてしまったほどだ。
 少し大人の男の魅力、小ずるい所にまで惚れてしまっている。
 出会って結ばれてから週の半分はセックスをしている。喧嘩もなくずっとラブラブだ。だからこそ、いい返事をしてくれるものだと思い込んでいた。
 
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