訳ありの僕が完璧な恋人にプロポーズしてみた結果

宇井

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3 傷心のまま出勤

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 チコが働くのは古書店だ。
 一般書ではなく学生向けの教材を扱っているので、人通りの多い表通りではなく、道が細くなる学生街と呼ばれる一角に店を構えている。
 一階は店舗兼倉庫。二階は居住できるものの物置状態、一応ここにチコの部屋が残っている。そして三階が姉夫婦の住まいになっている。建物は奥へと向かって長細い建物になっていて、通りと接する面の方が極端に短くなっている。
 この店は元々書籍だけを扱っていたのだが、本を扱うだけではつまらないと言い始めたのが姉のリアナ。
 動きのない高価な重たい本を撤去して、学生向けの安価な文具、主に女子学生をターゲットにした可愛らしいコーナーを作った。
 それが評判になった事もあり、文具はじわじわと本のスペースを侵食している最中。
 大人可愛いをテーマにした高級品も置くようになり、店の収入を支えるもう一つの柱になっている状態だ。
 商売が楽しい! とウキウキの姉を姿を見守りサポートに徹するのは義兄のラウル。
 日々色いろあるけれど、家族三人の意見がぶつかる事もなく上手くまわっている。
 ただ、仲が良すぎて距離も近いから隠し事もできない状態。それが良い時もあれば悪い時もある。
 今は、悪い時だ。
 本当なら今日は家に引きこもっていたい。だけど家族経営の店を休むわけにいかない。
 体調が悪くて休みたいと言った所で、熱はあるのか? 食欲は? 詳しく話せと根ほりはほり聞かれるに決まっている。そうなると嘘はばれる。
 しょうがない、仕事いくか。
 テーブルの物はシンクに移動させただけで終わらせる。
 今朝はこれ以上はする気にならない。こんな時は無理せず、できないものはできのだと放置するに限る。
 チコはしぶしぶ店に向かった。


 一応、前髪をできるだけ厚くおろした。しかしそんな小細工が成功するわけなく、出勤して挨拶した途端に姉に捕まった。

「チコ、あんたどうしたのよその目、ぱんぱんじゃない。酷すぎて店に出せない顔だわ。何があったのよ」

 しなびたチコとは違い今日の姉も決まっている。
 最近の流行である線の細いワンピース。袖だけはふんわり丸い。腰に巻くエプロンの位置を大げさなほど高い場所で結んでいて、チコと違って朝から輝いていた。
 職場に赴けば姉に指摘されるのは覚悟していた。それにしても声がでかい。耳がワンワンするから少し抑えてほしい。
 姉は顔は整っているし、腰なんてちょっとした弾みで折れてしまいそうなほど細い。でも逆に神経と声はかなり太めの造りになっている。
 幼いころに両親を亡くし、姉としてだけでなく保護者としてもチコを支えてきた人がリアナだ。頭は上がらない。そして保護者にはチコの変化なんてすぐにわかってしまう。
 そんな人を相手にチコが上手くかわせる訳もない。しかも言葉とは裏腹に心配そうにのぞきこんで来るのだから、引っ込んでいたはずの涙が再び湧き上がってしまう。

「ほら、何があったのか、言ってごらん」
「きのう、ブラムに結婚してって言って……だけど、断られた。このままでいいだろうって」
「結婚って……チコは本当にブラムが好きだったのね。チコがそれほど大胆になるなんて驚いたわ」

 姉は驚いた後にしみじみつぶやいた。そしてチコを正面から抱きしめる。姉には子供の頃によくこうやって慰めてもらった。
 こうしていると顔が見えないけれど、溜まっていた思いが胸の中から自然と出てきてしまう。
 
「ブラムが、好きなんだ」
「うん、チコはあの顔に一目ぼれしたのよね。あいつもチコを好きなの、こっちにも伝わってくるわ。それなのに結婚を断るなんて、どういう事なのかしら。とんでもなく面倒な男すぎない? かわいいチコの願いを叶えて結婚くらいしてやれっての。こんなに泣かせるなんて、ラウルと一緒に殴りこみに行かなきゃ気が済まない」

 姉の言い草にチコの涙はとまり小さく笑ってしまう。確かに普段からチコはブラムの顔が好きだと言いすぎている。

「断られるなんで思ってもみなかった。もう恥ずかしくて悲しくて……これから、どうしたらいいのか」
「うーん。結婚って、お互いのタイミングがかみ合わないと進まないのよね。だから無理に押すと受け取る方が疲れちゃうこともある。足並みが揃わないと、好きでも別れを選択する事ってあるのよ。ほんと、難しい問題だわ」
「つまり僕だけが、空回りしちゃった」
「どんまい。自分の素直な思いを告げたチコはかっこいいと思う」
「本当にそう思う?」
「もちろんよ。だから、情けないなんて思っちゃだめ。ブラムにだって今までと変わらず接したらいいのよ」
「……うん」

 さあ、店を開けなきゃね。
 そう言って姉は話を切り上げ、チコの頬を撫でて、表の自分の持ち場へ行ってしまった。
 いつの間にか来ていた義兄のラウルも話を聞いていたのだろう。チコを励ますように肩を叩いた。

「おれは、三回挑戦した。最初に断られた時は彼女の前で泣いたな」

 その言葉だけを残して店の裏に出て行く。
 それを初めて聞かされたチコはぽかんとするばかりだ。
 義兄が姉にそれほど袖にされていたとは思いもしなかった。

「ラウルが泣いたって、本当に?……てか姉さん断ってるし、泣かせてる側なんじゃん」

 胸板が厚く大男のラウルは無口、だけど優しい。正直チコは実姉よりも義兄の方が好きだ。人間的な面においても。
 ラウルは世間的に言うイケメンとは少し違う顔立ちで、大型犬っぽさのある強面だ。でもしばらく関われば見た目と違う人間だとわかる。
 二人から結婚すると報告を受けた時も、チコは嬉しさのあまり涙ぐんでしまった事を覚えている。
 他人だったはずのラウルは姉との結婚でチコの家族になった。
 義理とは言え兄に違いないし、向こうも弟だと思ってくれているのは間違いない。
 こうやって家族が増えていった。
 ラウルは姉を諦めなかった。だから今がある。そうだったのなら、僕だって……もう少しだけ頑張ろう。
 チコはべそべそするのをやめ、開店作業に入ることにした。
 
 店へ出れば姉の指示で、ラウルが商品の配置換えをしていた。高い棚の整理は自然とラウルの仕事になっているのだ。

「ラウル、ラベルの向き、ちゃんと揃えてね」

 背中合わせで作業しているのに、姉にはラウルの動きか見えているみたいに指示を出す。

「わかった」
「ピンク色のビンは動かさないでね」
 
 まさにそのピンクを手に取ろうとしていたラウルがびくっとする。

「あーっと、全部が同じ色なんだがなあ。違うのか」
「全部がピンクな訳ないでしょ。赤との見分けもつかないの? どういうことよ」
「全部同じような色に見えるがなあ。よし、これでどうだ。リアナちゃん見てくれよ」

 広くない店内で二人のいちゃつきを眺めていると少しイラつき、少し羨ましくなる。なんやかんやで、結局二人で作業するんだから。
 ふられたばかりの弟が近くにいるのに自重しない二人からは、こちらから距離をとるしかない。
 チコは店の奥、会計台の裏にあるスペースに移動し、二階から運び出しておいた古本を紐で束ねることにした。

 作っているのは店前の道に出すワゴンで売る特別セール品だ。
 学習教材ではなく、他店の貸本業で使っていた中古の小説本。しまい込んだままになっていたそれを今回は全部捌くつもりでいる。
 その中古本の山からチコの独断で三、四冊を選んでセットにする。抱き合わせで売れ筋ではない教本も付けてしまう。
 持ち歩くには少し重いけれど、お得なセットと思えば許容範囲だろう。
 一時期チコは本の虫と言えるほど読書に没頭していたから文芸には割と強いし、意外な組み合わせを楽しんでもらえる自信がある。
 こうしてチコオリジナルセットをどんどん作っていく。

 姉は姉で会計台に座り接客しつつ、反応の鈍かった文具商品を、中身の見えない袋へ詰め福袋を作っていた。
 ゲリラ的に行われるこの店の赤字覚悟のワゴンセールは好評で、出した商品は確実に売り切れる。本当に在庫を一掃できるから店側としても都合がいい。
 こうしてこの日作った中古本セットと雑貨福袋は早くに完売した。
 今日の口コミが広がれば、明日はもっと客が来る。
 よーし、この勢いで倉庫を空にしてやるぞ! おー!
 張り切って明日分の売り物をひたすら作った。


 ラウルは箱をいくつも荷馬車に乗せてセリに行ったまま午後も戻ってこない。
 姉は夕食の買い出しから戻ると三階に行って、たぶん帳簿でもつけているだろう。
 客の入りも少なく、午後はまったりと店番をして終わった。
 レジを閉めて売り上げを袋に詰めて姉に渡す。リアナはこの店のお金を預かる経理担当でもあって、大事な所をすべて握っていると言っていい。

「チコ、今晩泊まっていかない? だめなら夕飯だけでも一緒にしましょう」
「ううん、帰るよ。ご飯もブラムと一緒がいいから」
「そう言うだろうとは思ってた」

 姉はやっぱりチコが心配なのだ。
 姉は自分の気持ちを押しつけることが滅多になく、引くのが早い。今もチコを無理に引き留めるような事はせず、その代りのように商店街で人気のパン屋の袋を持たせた。
 紙袋をのぞいてみれば、中にはチコの好きなドライフルーツ入りのパンだけがぎっちり入っている。
 チコが好きな、でもブラムが嫌いで絶対に食べないパンだ。
 なにこれ。姉の気持ちがわかりやすすぎる。
 チコは笑ってしまった。
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