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16 チコの小児期 -イーヴォ家-
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姉弟は国都に無事到着し、そのまま都心の貴族街にあるイーヴォ邸に引き取られた。
年齢で言えば姉弟の祖父母にあたるので、おじい様、おばあ様と呼ばせてもらう事になった。
イーヴォは姉弟を不憫に思い、自分の力が及ばなかったことをいつまでも謝った。
王族や貴族がこれまで持っていた権利を失いつつある中ではあるが、イーヴォは貴族には珍しい思想を持った人だったのだ。そのため他の貴族からは白い目で見られ、活動家などと非難される事もあったようだ。
こういった経緯でイーヴォ夫婦と姉弟、そして十人を超える使用人たちとの生活が始まった。
イーヴォ夫婦は夜泣きをするマシューを交代であやし、笑顔が戻るま根気よく寄り添ってくれた。
突然言葉が出なくなった時にも急かせる事はせず、慌てなくていいのだと背中を撫でてくれた。
二人の面倒を使用人に任せることなく、自分の子供のように育ててくれたのだ。
チコより立ち直りの早かった姉は都へやってきて半年後には近くの公立学校に通った。それも夫婦の尽力があったからだ。
周囲から浮くことがないように事前に勉強をさせ、都会の常識を学び、いまだに世を騒がせる事件と姉が結びつかないよう、学校ではイーヴォの姓を名乗らせてくれた。
マシューはおばあ様からマナーを教わり、家庭教師からは文字などの勉強を習った。
おばあ様も教師もマシューをおだてるのが上手く、学校に行く勇気をもらった。そしてマシューも姉と同じく近くの学校へ通うようになった。
イーヴォ邸は四階建ての建物で気持ちばかりの庭がある。周囲にも同じような煉瓦の屋敷が並び落ち着いた街並みを作っている。
マシューの部屋は二階で、朝は窓から見える庭の大木を見つめて頭を覚醒させるのが日課だった。
使用人に急かされつつ自分で身支度して階下へ降りる。屋敷は階段まで絨毯が敷き詰められていて足音が立たない。
ダイニングに顔を出すと既に皆が席についている。マシューはいつも最後だ。
おじい様は新聞を読み、おばあ様は紅茶の香りを楽しんでいる。姉は美しい所作で、しかしがっつり食事中だ。
マシューは甘えっこなので、いつものようにおじい様とおばあ様の間の席に座る。
跳ねた髪をおばあ様に撫でられ、おじい様からは新聞の内容をかみ砕いて説明される。わからない事があれば質問して答えをもらって、そうやってゆるゆると会話は続く。
そこに慌ただしさはなく、ひときわゆっくりとした時が流れているようだった。
事件から八年もの時がすぎたけれど、相変わらず二人はイーヴォ家に世話になっていた。
マリーは中等学校を卒業後、貴族の子女の幼児教育の家庭教師として通いで働いていて、マシューはまだ中等学生だった。
ある時、真剣な顔をしたおじい様から結論として聞かされたのは、すぐにでも二人の名前を変え、この家との関係を断つ決定をしたと言うことだった。
ロイドの刑は十年。しかしその刑期が縮まる恐れがあるという。
国の王太子が婚約者と結婚する。その恩赦がどれほど影響するかはわからないため油断はできない。
ロイドは快適な刑務所暮らしをしているらしい。貴族の収容される場所は特殊で一般人のそれとはまったく違うのだ。
刑務労働はなく欲しい物は差し入れで手に入る、外に出る事が叶わないだけで自由度は高い。
ロイドは塀の中にありながら人を雇い何事かを調べさせている模様、そんな一報がイーヴォの耳に入ったのも不穏の種となった。
イーヴォは退職後もロイドの動向に注意しており、どんな些細な情報も自分に入るようにしていた。
ロイドの執着をイーヴォは軽視していない。
愛する男を殺した後も、ロイドはあの現場に残り室内を荒らしていた。取り調べでも裁判でもそこは重視されなかったから、ロイドの行動の意図するところはわからない。
しかしイーヴォは違う。その行動に意味があると捉えていた。
つまりロイドはこの姉弟を探していたのではないか、その考えがどうにも拭えないでいたのだ。
犯行現場であちこちの扉を開け、テーブルをひっくり返し、カーテンを破る。そこで怯える子を見つけたらどうしていたか? 導きだせる答えは一つしかない。
最近のロイドは獄中での奇声や乱暴な言動が問題となっていると聞く。
ロイドは姉弟がここにいるのを知っているかもしれない。表向きは孤児院にいる事になっているが突き止めるのは難しい事ではない。二人は両親からもらった名を今も使っているのだから。
そこでイーヴォは二人をこの世から消すことにした。
マリーとマシューは国都ではない場所で何らかの形で命を失う。
不自然ではないとすると事故の形をとるのが一番いいのだろう。
今は二人に似た背丈、髪色瞳の色、ある程度の条件が合致した遺体を手に入れる為にイーヴォは動いている。
決行の時まで保存するのも、病院や遺体安置所に協力者がいれば難しくない。しっかりと死体検案書も書かせて抜かりなく終わらせるつもりだ。
イーヴォは現役時代から潔癖であったわけではない。
人に知られたくない裏もあれば、危ないつてを持っている。当然裏社会との繋がりもある。それらを使いすべての手配を済ませるだろう。
あとは二人に別の名前を与えて、遠くへやれば終わりだ。
二人はこの提案を受けいれた。
ここまでの事をしてもらうのに、感情だけで跳ねのけるほど子供ではなかった。
マシューはぐずぐずと泣いた。
やっと信頼できる大人を見つけ、大好きになったのに。家族になれたのに。
こんな突然の別れがまたもやってくるとは想定できず悲しくていつまでも泣いた。
そして予定通り、少年と少女は死んだ。
年齢で言えば姉弟の祖父母にあたるので、おじい様、おばあ様と呼ばせてもらう事になった。
イーヴォは姉弟を不憫に思い、自分の力が及ばなかったことをいつまでも謝った。
王族や貴族がこれまで持っていた権利を失いつつある中ではあるが、イーヴォは貴族には珍しい思想を持った人だったのだ。そのため他の貴族からは白い目で見られ、活動家などと非難される事もあったようだ。
こういった経緯でイーヴォ夫婦と姉弟、そして十人を超える使用人たちとの生活が始まった。
イーヴォ夫婦は夜泣きをするマシューを交代であやし、笑顔が戻るま根気よく寄り添ってくれた。
突然言葉が出なくなった時にも急かせる事はせず、慌てなくていいのだと背中を撫でてくれた。
二人の面倒を使用人に任せることなく、自分の子供のように育ててくれたのだ。
チコより立ち直りの早かった姉は都へやってきて半年後には近くの公立学校に通った。それも夫婦の尽力があったからだ。
周囲から浮くことがないように事前に勉強をさせ、都会の常識を学び、いまだに世を騒がせる事件と姉が結びつかないよう、学校ではイーヴォの姓を名乗らせてくれた。
マシューはおばあ様からマナーを教わり、家庭教師からは文字などの勉強を習った。
おばあ様も教師もマシューをおだてるのが上手く、学校に行く勇気をもらった。そしてマシューも姉と同じく近くの学校へ通うようになった。
イーヴォ邸は四階建ての建物で気持ちばかりの庭がある。周囲にも同じような煉瓦の屋敷が並び落ち着いた街並みを作っている。
マシューの部屋は二階で、朝は窓から見える庭の大木を見つめて頭を覚醒させるのが日課だった。
使用人に急かされつつ自分で身支度して階下へ降りる。屋敷は階段まで絨毯が敷き詰められていて足音が立たない。
ダイニングに顔を出すと既に皆が席についている。マシューはいつも最後だ。
おじい様は新聞を読み、おばあ様は紅茶の香りを楽しんでいる。姉は美しい所作で、しかしがっつり食事中だ。
マシューは甘えっこなので、いつものようにおじい様とおばあ様の間の席に座る。
跳ねた髪をおばあ様に撫でられ、おじい様からは新聞の内容をかみ砕いて説明される。わからない事があれば質問して答えをもらって、そうやってゆるゆると会話は続く。
そこに慌ただしさはなく、ひときわゆっくりとした時が流れているようだった。
事件から八年もの時がすぎたけれど、相変わらず二人はイーヴォ家に世話になっていた。
マリーは中等学校を卒業後、貴族の子女の幼児教育の家庭教師として通いで働いていて、マシューはまだ中等学生だった。
ある時、真剣な顔をしたおじい様から結論として聞かされたのは、すぐにでも二人の名前を変え、この家との関係を断つ決定をしたと言うことだった。
ロイドの刑は十年。しかしその刑期が縮まる恐れがあるという。
国の王太子が婚約者と結婚する。その恩赦がどれほど影響するかはわからないため油断はできない。
ロイドは快適な刑務所暮らしをしているらしい。貴族の収容される場所は特殊で一般人のそれとはまったく違うのだ。
刑務労働はなく欲しい物は差し入れで手に入る、外に出る事が叶わないだけで自由度は高い。
ロイドは塀の中にありながら人を雇い何事かを調べさせている模様、そんな一報がイーヴォの耳に入ったのも不穏の種となった。
イーヴォは退職後もロイドの動向に注意しており、どんな些細な情報も自分に入るようにしていた。
ロイドの執着をイーヴォは軽視していない。
愛する男を殺した後も、ロイドはあの現場に残り室内を荒らしていた。取り調べでも裁判でもそこは重視されなかったから、ロイドの行動の意図するところはわからない。
しかしイーヴォは違う。その行動に意味があると捉えていた。
つまりロイドはこの姉弟を探していたのではないか、その考えがどうにも拭えないでいたのだ。
犯行現場であちこちの扉を開け、テーブルをひっくり返し、カーテンを破る。そこで怯える子を見つけたらどうしていたか? 導きだせる答えは一つしかない。
最近のロイドは獄中での奇声や乱暴な言動が問題となっていると聞く。
ロイドは姉弟がここにいるのを知っているかもしれない。表向きは孤児院にいる事になっているが突き止めるのは難しい事ではない。二人は両親からもらった名を今も使っているのだから。
そこでイーヴォは二人をこの世から消すことにした。
マリーとマシューは国都ではない場所で何らかの形で命を失う。
不自然ではないとすると事故の形をとるのが一番いいのだろう。
今は二人に似た背丈、髪色瞳の色、ある程度の条件が合致した遺体を手に入れる為にイーヴォは動いている。
決行の時まで保存するのも、病院や遺体安置所に協力者がいれば難しくない。しっかりと死体検案書も書かせて抜かりなく終わらせるつもりだ。
イーヴォは現役時代から潔癖であったわけではない。
人に知られたくない裏もあれば、危ないつてを持っている。当然裏社会との繋がりもある。それらを使いすべての手配を済ませるだろう。
あとは二人に別の名前を与えて、遠くへやれば終わりだ。
二人はこの提案を受けいれた。
ここまでの事をしてもらうのに、感情だけで跳ねのけるほど子供ではなかった。
マシューはぐずぐずと泣いた。
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