訳ありの僕が完璧な恋人にプロポーズしてみた結果

宇井

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15 マスロブ・イーヴォ -イーヴォの調査-

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 姉弟がそんな悪意を受けるだけの中、二人の身柄を預かる人が現れた。
 五十代ながらおじいちゃんといった風貌で頬が丸く、女性や子供に警戒心を抱かせない人だった。
 ミハルの事件に関係するうちの一人で、司法を預かる検察の人間だった。本来は担当ではなかったのだが、この事件にはベテランが必要だと後方支援として裁判の後半から急遽投入されたのだ。
 この社会的立場のあるマスロブ・イーヴォが正式に里親となり、二人は小さな荷物一つで町を出て国都へ向かう事になったのだ。


 姉弟を迎えに行く為のローパーの旅で、イーヴォは事件の真実を見立てる事ができた。
 彼は側近と共にローパーへ到着してすぐ事件調査を行った。だから裁判で公にはなっていない事実を知っている。

 向かったのは被害者の周辺。主に同じ職場にいた人物、ロイドの秘書をした人物らへの聞き取りだった。
 既に裁判は終わっている事は十分に言い含めた。その上で、この場で知った事は決して口外しない、当然ローパー家にもだと説得、最後は金を握らせてようやく聞き出せた事がある。

 ロイドはミハルに懸想していた。もちろん一方的な想いだ。
 最初から秘書として雇われたのだが、当然既にその役を担う秘書は存在していた。
 ミハルは会社に雇われたのではなく、ロイド個人に雇われた私設秘書だった。ミハルを労働させる気などさらさらなく、ただ側にいてほしかったようだ。
 職場はオフィスではなくロイド個人が持つ部屋に、これまでなかった秘書専用の机を置いた。
 仕事中に同じ空間にいることで、二人の距離は近くなった。

 ミハルは優秀な人間ではない。でも一生懸命だった。私設秘書として簡単な仕事をこなしつつ、マナーと常識をロイドから直接てほどきを受けた。
 ロイドが不在の時には職場の雑用を請け負い、周囲に溶け込もうと努力していた。そんな姿を見て直接彼に不満をぶつけようとする人間は減っていった。

 妻アリスが事故で運ばれた病院にも、ロイドはミハルとともに付き添い、その後は葬儀も出し墓の手配まで自らしたようだ。
 そのことで更にミハルは心を開いた。まるで本当の父親のようだと話していたようだ。
 二人の関係は周囲から見ても良好だった。しかしロイドは茶番を続けていることができなかった。

 あの夜ミハルに思いを打ち明けた。もしくは襲い無理やり関係を持とうとした。
 それだけであればミハルも生活のために我慢したのかもしれない。
 しかしロイドはアリスの事故は自分が仕組んだことだと匂わせてしまったと考えられる。だからミハルは逃げ出した。
 もうここにはいられない。妻は殺さていれた。子供たちを守らなければならない。
 それだけを同僚に言い残し職場を出ると、すぐに町を出る決意をしたのだ。
 ロイドの異常な執着にようやく気付いたのだろう。
 だが追いかけてきたロイドに刺され、切り刻まれ、血を流し、命を失った。

 ロイドはミハルを執拗に刺したせいで返り血を浴び、顔から靴までを赤く染めた。そしてその姿を少しも隠すことなく町の通りを歩いた。
 その異様な雰囲気に誰も声をかけられず、領主館までの一人の行進が続いたらしい。

 ロイドが正式に逮捕されたのは犯行から三日後。国都からやってきた公安警察に自邸で捕らえた。
 それまで警察署での取り調べや留置には応じず、屋敷内で事情聴取を受けていたらしい。警察はローパー家が治安維持のために雇っている私兵であり、雇い主であるロイドの力が影響するのは当然だ。
 ロイドの身柄は国都に移され、取り調べが行われた。そこまでは生気が抜けたように大人しく従っていたと聞く。
 しかし裁判が始まると彼は一転して饒舌になった。

 裁判はすべてがロイド有利に進んだ。
 この国で有能とされる弁護士を複数たてる事態に、法廷は異常な空気に包まれていた。
 ロイドは殺人を否認しなかったが、そこに至るまでの経緯を捏造し、ミハルの裏切りがすべての起因だと主張した。
 横領など証拠のない明らかな嘘は排除されたが、ミハルがロイドの愛人である事は否定されていない。しかしミハルの立場がどうであろうと、判決にさほど影響はなかっただろう。
 裁判は二週間という異様な早さで結審し、ロイドには禁固十年という刑が処された。対平民において貴族には死刑も終身刑もないのだ。

 ローパー警察にあったはずのミハルの遺体はいつの間にか無くなっており、一度も姉弟の元へは戻っていない。その行方も責任の所在もうやむやのまま終わっている。
 残された姉弟に残されたのは、ロイドからの幾ばくかの慰謝料と理不尽さばかりだ。

 ミハルは何も悪くない。誰に対しても悪人ではなかった。
 よく考えてみれば、いや考えるまでもなくわかるはずだ。
 穏やかなミハルは誰にでも好意的だっただろう。彼は貧しい時から世話になった集落に残り、これまでと変わらず助け合って暮らす選択をしたのだ。
 決して器用ではなかった。学がなく立ち回りが下手な人だとわかっていたはずだ。
 少しの期間秘書をしたところで、重要な書類を見分けることもできないし、持ち出す勇気もなかったとわかるはずだ。

 イーヴォにはミハルの失敗がわかる。
 彼は人が良すぎた。人から羨まれる立場になってしまった。
 だから職を変えた時点で、その集落を去るべきだったのだ。そうであれば、ここまで人格をズタズタにされる事はなかったのかもしれないのだから。
 そして残された姉弟……この子供達の悲しみや苦しみは計り知れない。
 顔色悪くやせ細り、恐怖心からか常に二人で寄り添っている。
 国都へ到着するまでの長い時間で、姉弟には父親が町の人が言うような人間でなく、ただロイドの怨恨により殺された事を伝えた。
 彼らが周囲から植え付けられた事は間違いだと説けば、ようやく理解したのか声をあげて泣いた。
 父親を殺した悪い男は捕まった。そして今は刑務所にいるのだと説明したら理解してくれたようだった。
 何もかもが姉弟の知らない間に始まり終わっていたのだから、これほど可哀そうな事はない。
 
 イーヴォはこの被害者姉弟を引き取り、将来的には自身の人権活動に取り込めたらと考えていた。ロイド事件の被害者の子供。これが人々の興味を強く引き寄せる事は確実だからだ。
 しかし憔悴する幼子を見てその気持ちは失せてしまった。
 妻がこの二人を見たらどれほど衝撃を受けるだろう。
 彼女は純粋な子供好きで、孤児院への寄付やバザーなどの行事だけでなく、普段からふらりと孤児院に顔を出しては見学してしまうような人だ。
 だから事件で残された被害者の子供を引き取る話を持ち出した時夫の提案に賛同した。 
 翌日から早速二人を迎える準備に取り掛かっていて、今も国都の屋敷で子供達の到着を緊張しながらも心待ちにしているだろう。
 イーヴォ夫婦の間には既に結婚して独立した息子が一人いる。息子夫婦は子宝には恵まれず、孫の顔を見る事は諦めて欲しいと言われていた。
 もしもイーヴォ夫婦に孫がいたならば、姉弟を屋敷に迎える入れるという発想など浮かばなかっただろう。
 巡り合わせと言うほど運命的ではないが、自然と上手くかみあって迎える事になったのだ。
 この姉弟を大切に育てよう。我が子のように、孫のように。背負ってしまった荷が少しでも軽くなるように。そうイーヴォは決心した。
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