オメガの家族

宇井

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13 女神

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 まずは一人目の女神の話。

 俺がバイトもできず無職になってから数週。居住中のボロアパートにオーナーチェンジがあって、新しく大家さんとなる人が挨拶に来た。
 新しい大家さんは隣の県に住んでいる背の小さな六十代のご婦人。わざわざ立派な菓子折りを持って、全面リフォームに協力して欲しいと頭を下げてきた。
 不便をかけるからと工事中は家賃を取らない。その後は家賃を値下げすると言う。工事期間の一か月待ってるだけでタダで綺麗にしてくれるんだから、喜んで空き部屋へ一時的に引越しをした。
 新オーナーの名前は関多美さん。
 ご主人は亡くし独り身。子供には恵まれなかったけれど、夫が残した金融資産で悠々自適な生活をしている。だからこの度の大家業も不動産投資ではなく趣味の一環だという。
 毎日美容院でセットすると言う髪はつややかで、女性らしい洒落た服で必ずパンツスタイルを通しているお洒落さん。
 リフォーム後にはここの一階に住んで管理人もするんだって。その代わり自分はお世話やきのお喋り大好きな人間だから、そこは覚悟してくれって念押しされた。
 お世話やきなんて大歓迎だ。ちょっと暗くなっていたわが家に新しい風である多美さんが吹き込んできて、湿った空気を入れ替えてくれたようだった。

 そしてなんと多美さんが挨拶に来た数日後に弁護士から連絡がきて、これまで滞っていた誠からの養育費がまとめて振り込まれると言われた。
 翌日にはちゃんと振込入金のお知らせメール。
 慌てて確認してみれば、確かに口座には三百万以上の入金があると表示されていた。一年分のまとめ払い?
 一、十、百、千、万……何度も数えたよ。でも数字に間違いなかった。
 これまでずっと渋っていたのに、誠は心を入れ替えたのか?
 あっちの気持ちまではわからないけれど、この半分は本来ならもっと前に手元にあるはずだったお金な訳で、これがなくて困っていたんだから感謝してやらない事にした。

 幸運は更に続いて、入金確認した数日後、アパートの郵便受けに一枚の求人広告が入っていた。
 場所はここからすぐの駅前ビルに入っている美容院。求めている人材は着付けができる人。
 新規オープン、スキマ時間でオッケー、履歴書不要、性別不問、スキルに不安がある人には無料研修有、小規模店舗と書いてある。
 これって早い物勝ち案件じゃないか!? 少しずつ社会復帰をしたい俺にはぴったりすぎる。
 三日悩んでからその番号に連絡して面接してもらったら、俺にも無理なくできる範囲の内容で即採用してもらえた。
 店長は三十代の女性。他には二十代の女性が二人パートとして入るらしい。
 新規オープン前の店内は観葉植物が溢れ明るく、美容スペースより着付けの為の和室スペースの方が広く確保してあった。
 仲間の三人とも既婚の子持ち。困った時にはお互い様の精神で、時間や体調に不安があれば相談して融通してくれる。お客様も女性しかいないから精神的に楽だ。
 この店のお客様はほとんどが水商売の女性。
 駅の西口周辺には割りとお金を持っている大人向けの憩いの場が多いらしくて、お姐さんたちが髪のセットと着付けにやってくるのだ。
 こんなにもらっていいの!? と驚くほどの実入りなのは、着物や小物、化粧品をお客様にお勧めする営業もしているから。
 営業と言ってもノルマはなく、時間がある人に展示品やカタログを見てもらう程度。
 だがそれが収入の柱なのは確か。売れたり売れなかったりで変動はあっても、勤めはじめてすぐに誠の月収に迫るほど稼げていた。それでいて夕食前の数時間で仕事が終わるのは有り難い。
 夏の花火の時期は浴衣。正月や成人式はホテルやお客様の自宅まで出張するから、季節的な収入もある。その間は驚くほどに支給額が上がるからサラリーマンで言うボーナスみたいなものだろう。
 男の俺が女性を着付けしていいのかって、最初は不安だったけどそれも杞憂だった。
 男性の着付け師は珍しくない存在だし、俺が四人の子持ちのシングルΩだと知ると、お客さんは途端に興味を示してきて話が盛り上がる。
 旦那はどんなαだったのか。子供の第二性は。再婚する気はあるのか。
 明るくサバサバ聞いてくる女性が多くて、相手するこっちは意外と気楽。
 そんな風だから仕事への不安はなく、その後もずっと続けることができている。

 俺が新たな仕事を得てそちらに気持ちが向いている間に、部屋のリフォームは予告より早く終わっていた。
 一番に俺に見せたいと多美さんに言われ、一人で鍵を持ってわが家へ。
 部屋の扉を開けたら、ふわーって俺らしくない可愛い声がでちゃったよ。
 水回りは最新のキッチン。ベースカラーはカスタードクリームみたいな優しい色。台所は昼間でも日が当たらなくて暗かったはずなのに、なんか上に明かりとりの天窓がついててびびった。新品の家電まで設置されてる。
 風呂もトイレもぴかぴか。壁紙や床まで手を入れる完全フルリフォーム。床なんて合板フローリングじゃなくて天然木。一歩踏み込むと足裏で柔らかいのがわかる。
 部屋が明るくなると家族も明るくなって、後からやってきたみんなも大興奮だった。
 で、何より一番驚いたのは、部屋が広くなってたこと。
 これまで何の説明も受けてなかったけど、多美さんは隣の部屋の壁をぶち抜いて、二部屋半を合体させて一部屋にしちゃっていた。
 つまりこれまで二階には五部屋あったのに、リフォーム後は二部屋に減っている。
 それでいて値上げどころか値下げされるって、俺一人が長い夢の中にいるのかって疑いたくなった。
 部屋には個室が四部屋できたから、上の子三人にそれぞれ子供部屋として使ってもらって、残りの一部屋は俺と郁也の寝室にした。
 各部屋に新品のエアコンが付いている。壁かけのテレビまである。これモデルハウスじゃん。
 こんないい部屋を提供してくれる大家さんに感謝して、子供達みんなで感謝のお手紙書いてクッキーを作った。
 こんなお返しでも多美さんは本当に喜んでくれて、早く自分の部屋のリフォームを終わらせてここに引越ししたいと、一階の管理人室の工事を急かせていた。
 最初は多美さんを怪しんでいた光流もその時にはニコニコだった。
 でも俺が嬉しかったのは物質的な事じゃない。
 すぐ近くに親切な人がいて、俺達家族を気にかけてくれる事に対してだ。
 俺達は人の手によってではあるけれど、ようやく普通の生活を手に入れた。

 管理人室ができて速攻で引っ越してきた多美さんはまめな人だった。
 アパートの周りに作った植え込みには季節の花を咲かせ、ボロ物置きは撤去してそこに菜園を作った。
 二畳ほどの畑に興味を示した郁也は一緒に草ぬきしたり、収穫したり。ますます仲良くなって多美さんの部屋にまでお邪魔することも増えている。
 多美さん宅に届く贈答品が食品であれば、もれなく家に流れてくるから、子供達には馴染みだった洋菓子やら瓶詰やらとも再会となって食卓は潤った。
 そして多美さんは停滞を許さず進化していった。
 古いブロック塀は壊され、道路との境界フェンスが立った。そこには電子ロックがついて、住人の顔登録で自動開錠するものになった。
 カメラもついて警備会社と契約しているのは、住んでいるのが資産家の多美さんだから当然なのかもしれない。
 防犯面の飛躍的な進化のおこぼれに預かれてラッキー。Ωが二人いる家庭にはありがたい設備だ。
 シェア自転車だと言って電動自転車を二台購入。使いたい時にはスマホでロックを外せるすごい仕様を導入した。これで俺も漫画を借りに図書館まで楽々行けるようになった。
 何から何までよくしてもらっているのに、彼女は趣味だからと笑って答えてくれる。
 ゲームの中で架空のマイホームや街をカスタムするのと同じだと説明されて、ちょっと納得した。規模は全然違って驚くばかりだけど。
 本当に多美さんは女神だ。
 多美さんの登場で、俺たち家族は良い方へ転がりつづけ、穏やかな日々を送れている。
 そんなだから今は家にいる時間がほとんどで、そうでなければ図書館にいるか、食品、日用品の買い物に出ているか。
 養育費をあてにしなくてもいいのは、思った以上に気持ちが楽だった。

 それでも光流は家計を気にしてくれて、大型連休を利用してはアイデアや企画を企業に売り込みをかけてくれていた。
 IQが高いだけのαと違って光流は創造性もあるし人の思いを汲み取れる。趣味で稼いだからと数十万もの金を全額家計に寄付してくれた。いい子すぎて泣ける。大学進学費用にしようって決めたけど、また稼ぐから貯金したら許さないと言われてしまった。
 空は怪我も病気もせずに相変わらず毎日部活。髪を切りに行く時間がもったいないとかで、多美さんに甘えてバリカンでカットしてもらっている。
 バスケをやっているせいか最近ぐんと背が伸びて、光流に追いつきそうな勢い。将来プロリーグを引っ張っていくのは空になるかも、なんて秘かに思っている。
 怜は友達付き合いを大事にしていて、いつもどこかの家に寄ってから帰ってくる。どうやら共同で配信系の作業をしているらしい。俺には理解できない方法で面白い事をしている。怜の将来も明るそうだ。何をしていてもどこにいても楽しくやっていそうな予感がする。
 ただウルフカットにカラーをしているのは、流行りだと言われても理解できない。学校の先生から注意の連絡が来るのもそれが原因だ。もしかしたら兄弟の中で一番の大物になるかもしれない。
 郁也はインドア派だからほとんど俺と一緒に家にいる。けれどこのアパートへ来てから驚くほど口数が増えていた。
 どうやら俺が仕事で無茶をして留守にしている間は、上の三人にべったりだったらしい。
 そして桐城が配信する授業動画を兄達と一緒に見て学習していた。特に現代文や古文の授業に興味を持ったらしく、名作の出だしを暗唱する事もできる。
 郁也、お前は天才だったんだな! そう思う時もあれば、宇宙語を喋って通じない時もあって面白い。
 今は多美さんではないもう一人の神様に紹介された幼稚園に楽しそうに通っている。
 お迎えの帰りにスーパーで買い物したり、線路の近くで電車を見たり。友達のお家にお呼ばれして遊びに行ったりして。幼児ライフを幼児らしく過ごしてくれている。
 自分がΩである事もわかっているようで、将来は子供十人生むのです! そう言って家族を笑わせる。俺の血を引いているならそれも可能かもしれない。
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