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番外 もう一つの愛(赤池)
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「ん……郁也か……帰ったんだな」
「うん、ただいま。もうすぐ栄貴君も来るから、途中までだけど晩御飯の用意したよ」
「そうか。ならもう夕方なのか」
ふわぁと、まだ眠り足りないようにあくびをしてから大きく息を吸う。
「ぱぱぁ」
「どうした。じい様と母さまが居なくて寂しくなったか?」
「ううん全然、だってパパがいるじゃん。仕事が忙しいだろうし夜に帰るかと思ったのに、午後休ちゃんと取れたんだね。それに明日は旅先からお土産送ってくると思うし楽しみだよ。母さまは僕を置いていくのが気になっちゃうみたいだから。あ、パパの事もちゃんと考えてると思うよ」
「そうだな」
よっと勢いをつけて赤池は上半身を起こす。
確かに史には心配性な所がある。その史の心配を和らげるために動くのが佐保だから、旅先であっても郁也の位置情報を把握しているし、秘かに警備もつけている。
くれぐれも郁也を頼むと史から言われている赤池も、午前だけの勤務を終えて真っ直ぐに帰ってきた。
郁也にはまだΩとしての兆しがなく、最近の史はそれを気に掛けているのだ。
「ねえ、お昼ちゃんと食べた?」
「バナナ五本、みかん三個、食べ過ぎた」
「なにそれ、空兄さまよりゴリラじゃん。医者なら面倒がらないで母さまのご飯をチンして食べなきゃ」
「私の体の心配とは、郁也はお母さんそっくりに育ったな。えらいえらい」
郁也の頭をなでる。子供をあやすような動作だが郁也から嫌がられた事はない。
「そっくりだけど背は高くなっちゃったよ。栄貴君と並んでもそんなに変わらない」
「栄貴な……そうか栄貴が遊びに来るんだったか」
「うん、黒根本舗のクッキーお土産に持ってくるって。紹介がないと買えないっていう缶に入ったやつ」
「黒根は知らないけど、クソ高そうだな。相変わらず栄貴の求愛は続いてるのか」
「えーっ、そりゃ小学生までは好きって言われてたけど、今では全然だよ。クラスが違うと全然喋らないし、会っても恋人欲しいとかめちゃ愚痴ってくるし」
「それは不器用なりのアピールだ」
「違うよ。栄貴君だって子供じゃないもん、前と違ってお洒落美容室に通って髪決めてるし、大人になって目が外に向いちゃったんだ……あ、スマホなった。栄貴君かも」
史からのメールの確率の方が高いだろうと思ったが、郁也はそう思わなかったようだ。嬉しそうにぴょんと立ち上がって行ってしまう。
確かに背は平均より高くなって、スタイルの良い今時の高校生に成長している。しかしその仕草は昔と同じで可愛らしい。
赤池がこの家に住む事を決めたのは、大切な人の近くにいる為だ。目的はそれ以外にない。
その当時、初めてこの屋敷に訪問した時、佐保は大歓迎してくれ、帰りには赤池の好きな銘柄の日本酒まで持たせてくれた。初対面なのに赤池の好みまで知り尽くしているようで少し怖かった。
溺愛する史を託すその心には複雑な気持ちも多少あるのだろう。今でも年に一度は息苦しい威圧を感じる時もあるのだが、無意識に出ているようなので気にしないようにしている。
史の息子である上の三人からは、医師という職業が大いに評価され、一方では主治医の一人である点においてマイナスをくらった。
患者に手を出したんですね、そう光流に言われてしまったが事実だから言い訳はしなかった。しかし総合的に母親を守る伴侶として認められたようだった。
呼び名はずっと苗字だったし、お互い深く踏み混む事もなく同居している間に、次々と独立していってしまった感じだ。
郁也にパパと認定されるのは一番の予想外だった。
しかしこの愛らしい子にパパと呼ばれる自分は、幸運にも別の種類の愛を手に入れたのだとしみじみ思う。
小さな史と言える郁也がぴょこんと現れた時にはつい笑ってしまい、初対面での緊張感が抜けてしまった事を覚えている。
赤池の存在に慣れた頃にはお酌してくれたし、お気に入りのミニカーを貸してくれたし、この家のマスコットは赤池にとっても癒しになった。
『赤池先生、僕のパパになってみますか?』
あの頃のような丁寧な言葉使いが聞けなくなってしまったのは寂しい。
郁也の言葉使いが変わったのは、中学に進んでからだった。特に何かの出来事があって改めたのではなく、単なる思春期男子の成長過程で消えたのだった。
志堀学園で中学まで過ごした郁也は、高校受験を経て今は桐城学園に通っている。どういった心持なのかはわからないが、兄たちの影響は少なくなかったのだろう。
受験前には赤池が郁也の勉強を見てやって、どうにかギリギリ合格できる成績まで底上げした。
そのまま志堀の高等部に進む方が順当だし、志堀を選ぶ人が大半の中で、桐城を選んで受験進学したのは郁也と栄貴の二人だけだ。
栄貴の成績であればもっと上も目指せただろうに、どうして桐城かと言えば、その理由は郁也にしかないわけで。
幼稚園の時代から一途に郁也を追いかける栄貴を赤池は感心して見てきた。
すげなくされてしょぼくれる栄貴。一途に思い続ける栄貴の姿は、この家の大人達の心を何度も打っては感動させている。
栄貴からの贈り物である、折り紙、押し花、絵、貝殻、などは史が大切に、まるで自分の宝物のようにしまっている。
大人三人は既に栄貴をうちの子の伴侶として見ているのだが、肝心の郁也がぼんやりしているからどうしようもない。
「そろそろ強引に出ろって、栄貴にアドバイスしとくか。報われないよな」
まるで自分の姿を見ているようで辛い。
私は今のままでいい、しかし若い君はもっと頑張れるだろう、そんな気持ちだ。
つくづくαはΩの奴隷であると思う赤池だった。
「うん、ただいま。もうすぐ栄貴君も来るから、途中までだけど晩御飯の用意したよ」
「そうか。ならもう夕方なのか」
ふわぁと、まだ眠り足りないようにあくびをしてから大きく息を吸う。
「ぱぱぁ」
「どうした。じい様と母さまが居なくて寂しくなったか?」
「ううん全然、だってパパがいるじゃん。仕事が忙しいだろうし夜に帰るかと思ったのに、午後休ちゃんと取れたんだね。それに明日は旅先からお土産送ってくると思うし楽しみだよ。母さまは僕を置いていくのが気になっちゃうみたいだから。あ、パパの事もちゃんと考えてると思うよ」
「そうだな」
よっと勢いをつけて赤池は上半身を起こす。
確かに史には心配性な所がある。その史の心配を和らげるために動くのが佐保だから、旅先であっても郁也の位置情報を把握しているし、秘かに警備もつけている。
くれぐれも郁也を頼むと史から言われている赤池も、午前だけの勤務を終えて真っ直ぐに帰ってきた。
郁也にはまだΩとしての兆しがなく、最近の史はそれを気に掛けているのだ。
「ねえ、お昼ちゃんと食べた?」
「バナナ五本、みかん三個、食べ過ぎた」
「なにそれ、空兄さまよりゴリラじゃん。医者なら面倒がらないで母さまのご飯をチンして食べなきゃ」
「私の体の心配とは、郁也はお母さんそっくりに育ったな。えらいえらい」
郁也の頭をなでる。子供をあやすような動作だが郁也から嫌がられた事はない。
「そっくりだけど背は高くなっちゃったよ。栄貴君と並んでもそんなに変わらない」
「栄貴な……そうか栄貴が遊びに来るんだったか」
「うん、黒根本舗のクッキーお土産に持ってくるって。紹介がないと買えないっていう缶に入ったやつ」
「黒根は知らないけど、クソ高そうだな。相変わらず栄貴の求愛は続いてるのか」
「えーっ、そりゃ小学生までは好きって言われてたけど、今では全然だよ。クラスが違うと全然喋らないし、会っても恋人欲しいとかめちゃ愚痴ってくるし」
「それは不器用なりのアピールだ」
「違うよ。栄貴君だって子供じゃないもん、前と違ってお洒落美容室に通って髪決めてるし、大人になって目が外に向いちゃったんだ……あ、スマホなった。栄貴君かも」
史からのメールの確率の方が高いだろうと思ったが、郁也はそう思わなかったようだ。嬉しそうにぴょんと立ち上がって行ってしまう。
確かに背は平均より高くなって、スタイルの良い今時の高校生に成長している。しかしその仕草は昔と同じで可愛らしい。
赤池がこの家に住む事を決めたのは、大切な人の近くにいる為だ。目的はそれ以外にない。
その当時、初めてこの屋敷に訪問した時、佐保は大歓迎してくれ、帰りには赤池の好きな銘柄の日本酒まで持たせてくれた。初対面なのに赤池の好みまで知り尽くしているようで少し怖かった。
溺愛する史を託すその心には複雑な気持ちも多少あるのだろう。今でも年に一度は息苦しい威圧を感じる時もあるのだが、無意識に出ているようなので気にしないようにしている。
史の息子である上の三人からは、医師という職業が大いに評価され、一方では主治医の一人である点においてマイナスをくらった。
患者に手を出したんですね、そう光流に言われてしまったが事実だから言い訳はしなかった。しかし総合的に母親を守る伴侶として認められたようだった。
呼び名はずっと苗字だったし、お互い深く踏み混む事もなく同居している間に、次々と独立していってしまった感じだ。
郁也にパパと認定されるのは一番の予想外だった。
しかしこの愛らしい子にパパと呼ばれる自分は、幸運にも別の種類の愛を手に入れたのだとしみじみ思う。
小さな史と言える郁也がぴょこんと現れた時にはつい笑ってしまい、初対面での緊張感が抜けてしまった事を覚えている。
赤池の存在に慣れた頃にはお酌してくれたし、お気に入りのミニカーを貸してくれたし、この家のマスコットは赤池にとっても癒しになった。
『赤池先生、僕のパパになってみますか?』
あの頃のような丁寧な言葉使いが聞けなくなってしまったのは寂しい。
郁也の言葉使いが変わったのは、中学に進んでからだった。特に何かの出来事があって改めたのではなく、単なる思春期男子の成長過程で消えたのだった。
志堀学園で中学まで過ごした郁也は、高校受験を経て今は桐城学園に通っている。どういった心持なのかはわからないが、兄たちの影響は少なくなかったのだろう。
受験前には赤池が郁也の勉強を見てやって、どうにかギリギリ合格できる成績まで底上げした。
そのまま志堀の高等部に進む方が順当だし、志堀を選ぶ人が大半の中で、桐城を選んで受験進学したのは郁也と栄貴の二人だけだ。
栄貴の成績であればもっと上も目指せただろうに、どうして桐城かと言えば、その理由は郁也にしかないわけで。
幼稚園の時代から一途に郁也を追いかける栄貴を赤池は感心して見てきた。
すげなくされてしょぼくれる栄貴。一途に思い続ける栄貴の姿は、この家の大人達の心を何度も打っては感動させている。
栄貴からの贈り物である、折り紙、押し花、絵、貝殻、などは史が大切に、まるで自分の宝物のようにしまっている。
大人三人は既に栄貴をうちの子の伴侶として見ているのだが、肝心の郁也がぼんやりしているからどうしようもない。
「そろそろ強引に出ろって、栄貴にアドバイスしとくか。報われないよな」
まるで自分の姿を見ているようで辛い。
私は今のままでいい、しかし若い君はもっと頑張れるだろう、そんな気持ちだ。
つくづくαはΩの奴隷であると思う赤池だった。
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