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ぼく、妖怪におそわれる
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四月一日。
ぼく、菊池和真は朝からお兄ちゃんに、エイプリルフールのウソをつかれた。
いつもならちょっとくらいショックを受けていたと思うけど、今日はちがう。軽い足取りで小学校へと向かっていた。
待ちに待った図書室の開館日。長期休みは学校に入れない日がほとんどだけど、決まった日には校庭や図書室が開放される日がある。
それが、今日だ。
落ち込んでいるひまなど、今のぼくにはなかった。
町の図書館とはちがう、こぢんまりとした小さな図書室。
窓が大きくて光が入りやすいから、いつもぽかぽかしている。
リクエストした本もすぐに入れてくれるし、ぼくのお気に入りの場所の一つだ。
午前中は好きなシリーズの新刊を読み、お昼は空き教室で母さんが作ってくれたお弁当を食べた。
ぽかぽか陽気につられてねむたくなりながらも、午後も続きを読んでいた。ようやく読み終ったころには、三時五十五分を過ぎていた。
ぼくの学校は最終下校が四時半なので、今から新しく本を読みはじめると、とちゅうでチャイムが鳴ってしまう。そのうえ、休みの日は貸し出しができないので、家で続きを読むこともできない。
(気になる本はあるけど、どうしよう……)
窓の外はさっきより暗くなったけれど、まだ明るい。
もう一度かべにかかった時計を見あげると、家族の顔がうかぶ。
続きが気になるけれど、ぼくは家に帰ることを選んだ。
読み終えた本を本棚に返し、三階の図書室から一階の下駄箱に向かう。
上ぐつからスニーカーにはきかえると、くつ箱の上にかけられた時計は四時をさしていた。
いっしゅん、時計の針がぐにゃりとゆがんだ気がした。
「ずっと文字を見ていたせいかな?」
ごしごしと乱暴に目をこすると、ぼくはくつひもを結び終えて立ち上がった。
守衛さんへ声をかけようと門の横の部屋をのぞいたけれど、巡回中なのかだれも居なかった。
(そういえば、今日はだれともすれちがわないなあ)
図書室にも、校庭にも、生徒や先生は居たはずなのに。
ぼくは少しだけ変だと思いながら、通用門をくぐる。車が来ていないか左右を確認して、長くのびた自分の影を見下ろしていると、だれかのつま先が視界に入りこんできた。
「こんにちは、ぼくゥ」
顔を上げると、赤いロングコートにマスクをした女の人が立っていた。
マスクをしているけれど、にこりと笑っているのがなんとなくわかる。なのに笑顔を見てひやりとするのはなぜだろうか。
「こ、こんにちは」
多分、登下校のボランティアの人だろう。うん、そうにちがいない。
えしゃくをして通り過ぎようとしたのに、横を向くとまた目の前に女の人が立っていた。
右、左と首をどこに振っても女の人が正面にいる。
(な、なに!?)
女の人の異様な動きに、ぞわりと鳥はだが立った。
おびえるぼくを、三日月のように細くなった目が見下ろしている。
「君、明日お誕生日よねェ?」
「な、なんで……知ってるの?」
「とォーってもおいしそうなにおいがするのよォ♪」
後ずさりしようとしたのに、体が動かない。
逃げ出したいのに、声をあげて助けを呼びたいのに、体が言うことを聞いてくれない。
耳のとなりで動いているのかと思うぐらい、心臓が大きな音を立てている。まるでサイレンのようだ。
「ごちそうが一人でいるなんて、とってもラッキーだわァ♡」
一歩、また一歩と近づいてくる女の人は、マスクで表情はわかりにくいが、笑っているにちがいない。
女の人から目をそむけたいのに、そらすこともできない。ゆらゆらと不安になるような動きで近づいてくる赤を、見つめるしかできなかった。
ぼくの目の前で立ち止まると、マスクに手をかけて女の人は問いかける。
「アタシ、きれい?」
マスクの下で、耳元までさけた口が笑みをうかべていた。
「ひ、ひぃ!」
ぼくののどから、ひきつったような声がもれる。
ぞぞぞと冷たい何かが背すじをかけぬけ、急に体が動くようになった。バランスをくずしてこけてしまったが、すぐさま立ち上がって走り出した。
「なんだったんだよぅ……」
見晴らしのいい一本道をひたすら走り続ける。
もう大丈夫かなって振り返ると、長い髪の毛を振り乱して女の人が追いかけて来ていた。
「う、わあああ!」
大人と子どもという体格差だけでなく、信じられないぐらい足が速い。見た目といい、まるで都市伝説にある口さけ女そのものだった。
あっと言う間に追いつかれて、肩をつかまれる。
つかまれていない方の手にはハサミのようなものがにぎられていた。口さけ女がふりかぶると、夕やけに反射して刃の部分がにぶく光る。
「久しぶりのごはん、いただきまァす♡」
もうだめだ! ぼくは肩をすくめ、ぎゅっと目をつむった。
「ダッキ!」
すると、ここにいるはずのないよく知った人の叫び声が聞こえた。
「ぎゃああ! 痛いィィィ!」
口さけ女がさけび声と共に、ぼくの肩を押し出すように手がいきおいよくはなれる。反動でぼくはその場にしりもちをついてしまった。
「いたたた……」
一体何がどうなっているんだ。まだ現状をはあくできていないぼくは、おしりをさする。
おそるおそる目を開くと、ぬいぐるみのようなものが目の前で口さけ女の左手にかみついていた。
ぶんぶんとぬいぐるみを振りはらった口さけ女の手には、くっきりと牙のようなかみあとが残っている。
宙をまうぬいぐるみは、五本以上あるだろうもっちりとしたしっぽで口さけ女の顔をなぐると、そのいきおいのまま近くにいた人の肩に飛び乗った。
深くかぶったフードで顔はよくわからないけれど、見まちがえるはずがない。
「無事か、和真?」
ポケットに手を入れて目の前に立っていたのは、ぼくの兄・菊池颯真だった。
ぼく、菊池和真は朝からお兄ちゃんに、エイプリルフールのウソをつかれた。
いつもならちょっとくらいショックを受けていたと思うけど、今日はちがう。軽い足取りで小学校へと向かっていた。
待ちに待った図書室の開館日。長期休みは学校に入れない日がほとんどだけど、決まった日には校庭や図書室が開放される日がある。
それが、今日だ。
落ち込んでいるひまなど、今のぼくにはなかった。
町の図書館とはちがう、こぢんまりとした小さな図書室。
窓が大きくて光が入りやすいから、いつもぽかぽかしている。
リクエストした本もすぐに入れてくれるし、ぼくのお気に入りの場所の一つだ。
午前中は好きなシリーズの新刊を読み、お昼は空き教室で母さんが作ってくれたお弁当を食べた。
ぽかぽか陽気につられてねむたくなりながらも、午後も続きを読んでいた。ようやく読み終ったころには、三時五十五分を過ぎていた。
ぼくの学校は最終下校が四時半なので、今から新しく本を読みはじめると、とちゅうでチャイムが鳴ってしまう。そのうえ、休みの日は貸し出しができないので、家で続きを読むこともできない。
(気になる本はあるけど、どうしよう……)
窓の外はさっきより暗くなったけれど、まだ明るい。
もう一度かべにかかった時計を見あげると、家族の顔がうかぶ。
続きが気になるけれど、ぼくは家に帰ることを選んだ。
読み終えた本を本棚に返し、三階の図書室から一階の下駄箱に向かう。
上ぐつからスニーカーにはきかえると、くつ箱の上にかけられた時計は四時をさしていた。
いっしゅん、時計の針がぐにゃりとゆがんだ気がした。
「ずっと文字を見ていたせいかな?」
ごしごしと乱暴に目をこすると、ぼくはくつひもを結び終えて立ち上がった。
守衛さんへ声をかけようと門の横の部屋をのぞいたけれど、巡回中なのかだれも居なかった。
(そういえば、今日はだれともすれちがわないなあ)
図書室にも、校庭にも、生徒や先生は居たはずなのに。
ぼくは少しだけ変だと思いながら、通用門をくぐる。車が来ていないか左右を確認して、長くのびた自分の影を見下ろしていると、だれかのつま先が視界に入りこんできた。
「こんにちは、ぼくゥ」
顔を上げると、赤いロングコートにマスクをした女の人が立っていた。
マスクをしているけれど、にこりと笑っているのがなんとなくわかる。なのに笑顔を見てひやりとするのはなぜだろうか。
「こ、こんにちは」
多分、登下校のボランティアの人だろう。うん、そうにちがいない。
えしゃくをして通り過ぎようとしたのに、横を向くとまた目の前に女の人が立っていた。
右、左と首をどこに振っても女の人が正面にいる。
(な、なに!?)
女の人の異様な動きに、ぞわりと鳥はだが立った。
おびえるぼくを、三日月のように細くなった目が見下ろしている。
「君、明日お誕生日よねェ?」
「な、なんで……知ってるの?」
「とォーってもおいしそうなにおいがするのよォ♪」
後ずさりしようとしたのに、体が動かない。
逃げ出したいのに、声をあげて助けを呼びたいのに、体が言うことを聞いてくれない。
耳のとなりで動いているのかと思うぐらい、心臓が大きな音を立てている。まるでサイレンのようだ。
「ごちそうが一人でいるなんて、とってもラッキーだわァ♡」
一歩、また一歩と近づいてくる女の人は、マスクで表情はわかりにくいが、笑っているにちがいない。
女の人から目をそむけたいのに、そらすこともできない。ゆらゆらと不安になるような動きで近づいてくる赤を、見つめるしかできなかった。
ぼくの目の前で立ち止まると、マスクに手をかけて女の人は問いかける。
「アタシ、きれい?」
マスクの下で、耳元までさけた口が笑みをうかべていた。
「ひ、ひぃ!」
ぼくののどから、ひきつったような声がもれる。
ぞぞぞと冷たい何かが背すじをかけぬけ、急に体が動くようになった。バランスをくずしてこけてしまったが、すぐさま立ち上がって走り出した。
「なんだったんだよぅ……」
見晴らしのいい一本道をひたすら走り続ける。
もう大丈夫かなって振り返ると、長い髪の毛を振り乱して女の人が追いかけて来ていた。
「う、わあああ!」
大人と子どもという体格差だけでなく、信じられないぐらい足が速い。見た目といい、まるで都市伝説にある口さけ女そのものだった。
あっと言う間に追いつかれて、肩をつかまれる。
つかまれていない方の手にはハサミのようなものがにぎられていた。口さけ女がふりかぶると、夕やけに反射して刃の部分がにぶく光る。
「久しぶりのごはん、いただきまァす♡」
もうだめだ! ぼくは肩をすくめ、ぎゅっと目をつむった。
「ダッキ!」
すると、ここにいるはずのないよく知った人の叫び声が聞こえた。
「ぎゃああ! 痛いィィィ!」
口さけ女がさけび声と共に、ぼくの肩を押し出すように手がいきおいよくはなれる。反動でぼくはその場にしりもちをついてしまった。
「いたたた……」
一体何がどうなっているんだ。まだ現状をはあくできていないぼくは、おしりをさする。
おそるおそる目を開くと、ぬいぐるみのようなものが目の前で口さけ女の左手にかみついていた。
ぶんぶんとぬいぐるみを振りはらった口さけ女の手には、くっきりと牙のようなかみあとが残っている。
宙をまうぬいぐるみは、五本以上あるだろうもっちりとしたしっぽで口さけ女の顔をなぐると、そのいきおいのまま近くにいた人の肩に飛び乗った。
深くかぶったフードで顔はよくわからないけれど、見まちがえるはずがない。
「無事か、和真?」
ポケットに手を入れて目の前に立っていたのは、ぼくの兄・菊池颯真だった。
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