モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九

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アレハンドリナ編

モブ令嬢 meets 王子

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乙女ゲームには出てこないであろうモブ令嬢、アレハンドリナ。それが私。
どのへんがモブかって言ったら、何だろう。全体的に?

化粧のために鏡台を見て、いつも思うのは、華のない顔立ちで残念だってこと。とくにこのたれ目!
初対面の人に「眠いの?」っていつも聞かれる。
「暇なんで睡眠はたっぷり取ってますがなにか?」
って言ってやりたくなる。

十歳頃から視力が落ちてきて、私の世界はいつも少しぼんやりしている。この世界の眼鏡が重くて、読書の時しか使わないからか、普段はイルデや家族の顔もぼやけているけど、目が良かったころの記憶で補正されているのね。

赤黒い真っ直ぐな髪も気に入らない。お父様もお母様もお兄様もお姉様も、うちは皆金髪碧眼の超絶美形家系なのに、私だけが違う。血のような錆のようなこの髪は、うちの家系にたまーに出る色だそうで、生まれたばかりの私を見て、お父様は『初めて自分の娘だと確信が持てた』と言い、お母様と大喧嘩になったそうだ。

歳が離れているお兄様とお姉様は、末っ子の私をデロンデロンに甘やかした。
「リナのたれ目がかわいいわ」
「泣きぼくろが守ってあげたくなるよ」
と散々お世辞を言ってくれたが、そのどちらも私が気に入らない顔のパーツだった。
お兄様やお姉様みたいな、普通に美人の顔に生まれたかった。何度神様にお祈りしたか知れない。大きくなればきっと……なんて信じていたこと自体、今では黒歴史よ。夢見がちな日記帳と共に燃やしてしまいたいわ。

   ◆◆◆

可哀想なビビアナ嬢と私は友人ではない。
観察対象と傍観者なのである。

我が家、リエラ家は伯爵家。
立身出世に興味がない、ガラクタ集めが趣味の父は、母や私を社交の場に連れ出すことをしないから、中等部の年齢まで家庭教師に学んでいたビビアナ嬢とは、入学する前には数えるほどしか会ったことはない。

挨拶に毛が生えたようなほんの数回の会話で、何となく分かってしまった。
あの子、絶対に悪役令嬢だわ。しかも自分の役割をちゃんと分かってる!って。
話してみると悪い子じゃないし、格下の伯爵令嬢だからと言って、一つ年上の私を見下すようなこともない。普通の出会いだったら、きっと友達になれたと思う。

だけど。
私はどう見てもモブだし、ビビアナ嬢はメインを張れる悪役令嬢。見た目も華やかで声も可愛い。
常に王子やルカと一緒にいる彼女に近づくのは難しく、友達になるのは厳しそうだと諦めた。

恵まれている彼女に足りないものは、一つだけ。
好きな人と両想いになれる運命。それがない。
他が多少残念でも、恋が絶対叶うなら、乙女としてはそれもありだと思わない?

だから、ビビアナ嬢は完璧じゃない。
見た目も家柄も最高なのに、恋の神様にだけは見放されている。
可哀想で可哀想で、応援したくなるの。
完璧な人よりどこかダメなところがある方が人気が出るって言わない?私はスポーツも負けてるチームを応援したい。要するに判官贔屓なのよ。

接点が少ない私が彼女のファンになったのは、彼女が王太子の婚約者として正式に紹介された夜会の日のことだ。
二年前。
ビビアナ嬢は庭園で一人、泣いていた。
可愛く健気な泣き顔に、私は完全にノックアウトされちゃったのだ。

完全モブの私がどうにかできる運命じゃないとしても、彼女を見捨てられない。可哀想!応援したい!大した働きはできなくても、モブならモブらしく、陰からそっと彼女の恋を見守り、少しだけ手助けできたらと思ったのだ。

   ◆◆◆

その日は、彼女が十五歳になったことで、正式に王太子の婚約者としてお披露目される大切な日だった。
華やかに笑顔を振りまく王太子殿下が皆と談笑しているのを遠くから眺めていたら、ふと、主役の一人がいなくなったことに気がついた。

バルコニーにでも出たかと思って見てみたがいない。会場へ戻ろうとすると、誰かとぶつかった。
「申し訳ございません。不注意で……」
「本当だね。君は先ほどから何度も壁にぶつかっているようだから」
「えっ……?」
会場の灯りが逆光になってよく見えない。声は若そうだ。目を眇めて少し顔を近づけた。不躾だとは思うけれど、視力が悪くて、こうでもしなければ見えそうにない。つい、
「誰だっけ?」
と呟いてしまった。

「……どうしたの?」
「リナ!」
私が見ていた彼の後ろから、イルデが飛び出してきた。
「ああ、イルデ。彼女は君の?」
私がイルデの何だって?
訊ねようとイルデの袖を引くと手を振り払われた。
「失礼いたしました、殿下。彼女は……アレハンドリナは夜会の場に不慣れでして」
殿下?
お、王子様?
王太子の側近になる予定のイルデが『殿下』なんて呼ぶのは、この国には一人しかいない。
――まっずいわ。
超有名人に向かって、あんた誰みたいなこと、言っちゃったじゃない。

「確かに、見ない顔だね」
「ですから、先ほど、殿下に口づけをせがんだことは、何卒お心の内に……」
――はあ!?
「ちょっと、イルデ!私、く……口づけなんか!」
クラヴァットを握って首を絞めてやりたい気持ちになったものの、前世で培った忍耐力を総動員して耐えた。……必死に、耐えた。
「黙って……」
イルデは大人びた表情で私を制止した。
何が、黙って、だ!
夜の闇とスカートの裾で見えないのをいいことに、私はイルデの足を思い切り踏んづけた。
「……」
あ、今の顔。効いたね、絶対。
俯いたまま、にんまりと笑うと、隣から溜息が聞こえた。

「慣れない社交で疲れたようです。私も今晩はこのまま下がらせていただきたいのですが」
「引き留めて悪かったね。……ところで君達、ルカを見なかったかな」
「ルカなら、用があると言って抜け出していきましたが」
「……そうか。それならいいんだ」
セレドニオ殿下はふっと瞳を細め、夜空に輝く月を見上げた。
月光に照らされた本物の王子様は、息を呑むほどに美しかった。
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