モブ令嬢アレハンドリナの謀略

青杜六九

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アレハンドリナ編

称号なんていりません

『クラウディオ様を誘惑しておきながら拒絶したビッチ女』

この一週間で全校に広まった噂は、私にこの上なく不名誉な称号を与えた。言い方は様々あるけれど、だいたい皆同じような意味だ。
誘惑なんかしてないっての!
「何様のつもり?」
「いい気になってんじゃないわよ、ブス」
ブスで悪かったね!魚顔と馬面に言われたくないわ!フン!
背中に向かって何度言われたか。正面切って言われたら言い返してやるのにといつも思う。

女子の嫌がらせも酷いが、もっと堪えるのはアレだ。
廊下ですれ違う度に、イルデがじっとこっちを見ている。何か話しかけて来るわけでもないし、睨むに等しい目ヂカラで私を見ている。
ファーストキスを強奪されて、話しかけるなって言ったのは私だから、律儀に話しかけて来ないのか。その割には、庭園で話したよね?
あいつのすることは……よく分からん。
食堂に行っても、王子グループにいながら、ぼっちで昼食を取る私を睨んでいる。常に視線を感じるから、食事が喉を通らなくなった。

   ◆◆◆

直接訊いてやろうかと何度も思った。
何回か教室の前まで行ってやめた。
やっぱ無理……。
イルデと話すのは猛烈に気まずいわ。

王子と私を残して去っていく時の、泣きそうな顔を見てしまったら、何も言えないもの。
あちらから話しかけて来るのを待つとして、問題は私が「顔も見たくない」などと言ったことだ。つまり、事実上の絶交宣言をしちゃってる。

絶交宣言を取り消せる?
「あなたのキスなんか、犬にでも噛まれたと思って忘れることにするわ!」
……って、虚勢を張ってみる?
年上の余裕ってやつよ。キスなんかどうってことないって言ってやるのよ。
「犬にでも噛まれた」って言うけど、大型犬に噛まれたら傷痕残るじゃん?
忘れるにも忘れらんないよね。

噛む……か。当然、私の唇には痕なんてない。
でも心はしっかり傷ついたわよ。
噛んではないけど、イルデは優しく撫でるように唇を啄んで……。

だぁあああああああ!
思い出すなぁあああ!
思い出したら恥ずかしくて死ぬぞぉおおおお!
脳内では、雪山で遭難しかかっているアレハンドリナAを、アレハンドリナBがバシバシと頬を打っている。

思い出したら猛烈に意識してしまった。
唇の感触とか、感触とか、……ううん、やっぱり感触とか思い出しちゃって。
イルデのキス、とてつもなく長く感じたっけ。ただ唇を重ねただけじゃない。
まるで味わぅわあああああ!言っとくけど、キスの味なんかしなかったからね?

待て待て、落ち着け、アレハンドリナ。
相手はあのイルデだ。小さい頃にムカデを見ておもらししてたイルデだぞ。
お父様の部屋にあった変な仮面にビビッて大泣きしたイルデだぞ?
恋愛対象外でしょ。
うん、外よ、外の外!

   ◆◆◆

二人組になって互いの顔を描く美術の授業で、私は一人ぼっちになってしまった。
予想はしていたけれど、少しは堪える。
先生の目を盗んで教室から出ると、誰もいない中庭に居場所を求めた。

「やめよっかな……」
病気になって退学したり、急に結婚が決まって退学する生徒もいる。何も不自然ではない。
お父様に泣きついてお願いしてみてもいいかもしれない。
丸い噴水の縁に腰かけ、腕を突っ張って体重を支え、がくんと頭を後ろに倒して空を仰いだ。前世と同じような、何もない空だ。

「授業に出ないのか?」
不意に声をかけられ、そのまま首を反らして見る。
「ははっ。お前、見た目と違って面白え奴!」
茶色い髪のルカが私を見てにやりと笑った。
『お前』って、一応私、あなたより上級生なんですけど?

   ◆◆◆

私の隣に座ったルカは、ちらりと私を見て鼻の頭を掻いた。
「何の用かしら?」
「おっと、そんなに警戒するなよ」
「男子と仲良くすると誑かしたって噂されるもの。警戒したくもなるわ」
「あー、はいはい。あの噂ね」
ルカが知っているということは、王子やイルデも知っているのだろう。何となく絶望してきた。やっぱり、学校をやめるのが正解かも……。
「俺、噂を消せる方法を知ってるぜ」
「えっ!?」
思わず彼の襟元を引っ張った。
「そんなにがっつくなよ。……少ぉし時間はもらうけど、悪いようにはしない。俺がビビアナと話せるようにって、イルデを殿下にけしかけたんだろ?」

なんと!
当事者に喋ったのか、イルデの奴。
「俺、今しか……ビビアナが学生でいる間しか、あいつの隣にいられないんだ。だから、貴重な時間を作ってくれたお前に感謝してる。俺にできる方法で恩返ししたいんだ!」
「ルカ様……」
泣きそうな顔のルカの前に、私は人差し指を突き付けた。

「今しかない?はあ?何言ってんの?」
「アレハンドリナ?」
「二人の時間はいくらでも作り出せるわよ。あなたがビビアナ嬢に告白すれば……」
「待ってくれ。ビビアナは殿下の婚約者だぞ。告白なんてできない」
「たかが婚約者でしょう?まだ結婚してないんだから、言ったもん勝ちでしょ」
「あ……」
「そうそう。さっき廊下でお見かけした時、船がどうのって呟いていたわよ。旅行にでも行くつもりかしら?」

   ◆◆◆

誹謗中傷に耐え、もやもやする気持ちを抑えて、久しぶりに食堂でキラキラ軍団を見る。
イルデは微笑んで、殿下やビビアナ嬢と話をしている。何やら楽しそうだ。
「……いいなあ。羨ましい」
口をついて出た言葉に自分の耳を疑った。
――ウラヤマシイ?
私、誰を羨んでるの?

フォークを持つ手を止めた時、イルデと視線が絡んだ。
「……あ」
また睨んでくるのかと身構えたのに、ふっと笑って視線を逸らされる。
笑顔?嬉しそうな顔しないでよ。
何なの?どういう意味よ?
ダン!
苛立って羊肉に思い切りフォークを突き刺した私に、向かいに座った一年生が悲鳴を上げた。
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