532 / 794
学院編 12 悪役令嬢は時空を超える
360 悪役令嬢は秘密の通路に驚く
しおりを挟む
「マリナ、こっちで道、合ってるよね?」
「ええ。ここを真っ直ぐ……って、アリッサ!どこ行くのよ!」
小声で叱り、ふらふらと脇道に入りこもうとするアリッサの服を掴んだ。
「ごめん……こっちかと思って」
「どこをどう見たらこっちが正しい道に見えるのよ!」
ジュリアは脇道をちらりと見やった。三階建ての煉瓦造りのアパートが並んでいる細い路地で、昼間でも日が射さずに薄暗い。窓と窓の間に渡されたロープに洗濯物が吊るされていて、湿っぽい石畳の上で子供達が石を蹴っている。まさに生活感満載である。
「アリッサ、本気でヤバいよ?」
「そうね。余程しっかりした人と一緒でないと、領地の調査なんて行かせられないわ」
「しっかりした人……」
アリッサの頬がうっすらと染まった。
「はいはい、そこでレイモンドを想像しない!」
「確かに、私達の仲間の中では、レイモンドが一番しっかりしているわね」
というより、他のメンバーが残念すぎるとは、マリナは敢えて付け足さなかった。アリッサと組ませるとして、相方がアレックスでは方向性が真逆すぎて話が合わない。王宮を出ることができないだろうが、仮にセドリックが一行に加わったとしても、彼も地図を読んで歩くのは不慣れだ。尤も、セドリックの場合は、不得意なことも運でカバーできる特技を持っている。どうしても困ったら、最後の切り札として身分を明かせば皆がひれ伏す。
「レイ様は協力者を呼ぶって書いていたわね」
「そうよ。まあ、彼が選ぶ人なら、実力は折り紙つきでしょうね」
「ねえ、あれじゃない?手紙にあった店だよ」
ジュリアが通りの少し先を指す。
「普通の本屋のようね」
「中に入って店主に声をかけるようにって」
店の中は、古本が所狭しと並んでいる。棚に並べきれない本が平積みされている。
「うわあ、埃っぽい」
読書を全くしないジュリアが顔をしかめる。アリッサは棚の本の背表紙に目を走らせ、嬉しそうにアメジストの瞳を輝かせている。
「二人とも、用があるのは向こうよ」
「はいはーい」
「すごーい、あれ、絶版の……」
「行くよアリッサ」
推定年齢八十代の男性店主に声をかけると、彼は何度か頷き、手元にあったベルを鳴らした。奥から店主の孫と思われる青年が顔を出した。白いシャツを第二ボタンまで開け、本の束を持ち上げている。色素が薄い優しそうな顔立ちなのだが、二の腕が太くがっしりしている。
「何、じいちゃん」
「坊ちゃんのお客さんだ。例の」
「ああ、分かった。……君達3人だけ?」
「ええ。こちらに伺うようにとレイモ」
「んー、名前は言わないでおこうか。じゃあ、こっちだよお嬢さん」
手招きされ、好奇心旺盛なジュリアがすぐ後に続く。アリッサの背中を押し、マリナは彼らの後に続いた。
店の奥は案外広かった。通りに面した間口からは想像できない奥行きがある。
「街道に広く面していると税金が高くなるからね」
「ああ、そうですわね」
奥へ奥へと三つ目の部屋に入った時、青年はたんすの前で立ち止まった。
「ちょっと狭いけど、我慢してね」
部屋はこの部屋で終わりのようで、突き当たりには窓があるが裏口はない。青年はたんすの上から三段目を引き、一番下の段を引いた。そして、上にある小さな引き出しを何度か出し入れすると、全ての引き出しが一度中に入った。
「自動?」
「魔法だよ。ほら、開いた」
ガタガタ……。
たんすがまるでドアのように開き、向こう側へ九十度入り込んでいく。壁だと思っていたところに空間ができ、下へ続く石の階段が見えた。暗い壁に次々と光魔法球が灯った。
「うわあ、すごい」
「この階段を下りて、あとは道に沿って行けばいいよ。向こう側には連絡しておくから」
「向こう側とは何ですの?」
「道が長いと怖いよぉ」
「心配いらないよ。魔法球で明るいからね」
三人が階段を数段下りると、たんすが動いて入口が閉じた。
「行くしかないわね」
マリナが拳を握って意気込む。
「さっきの人、坊ちゃんがどうとかって言ってたっけ。レイモンドのこと?」
「そうだと思う。レイ様、あの執事さんにも坊ちゃんって言われていたもの」
「オードファン家には『坊ちゃん』は一人だけですものね。使用人は皆そう呼んでいるはずよ」
細い通路に三人の靴音だけが響く。歩きなれないアリッサは、着こんだ肉布団の効果も相まって、足取りが覚束なくなってきていた。
「ちょっと休みたいわ」
「ダメよ。魔法球だっていつまでもつか分からないのよ?向こう側に着く前に消えたら最悪よ」
「真っ暗になるね。エミリーもいないし、マリナの魔法じゃちょっと不安だ。急ごう、走るよ」
「待って!」
アリッサの手を掴み、引きずるようにしてジュリアは走り出した。後ろをマリナが追い、すぐに通路の突き当たりに着いた。
「隠し通路はここまでね」
「どうやって出るの?」
「うーん、ノックでもしてみる?」
ダンダンダン!
ジュリアが叩いた。
「木でできてるみたい。そんなに痛くないよ」
重い何かが動く音がし、開いた隙間から細く光が差し込んでくる。
「やった!出口が……ってぅええええええ?」
辿りついた空間は、シャンデリアが吊るされた明るく華美な部屋だった。置かれた応接椅子も本棚も暖炉も、少しだけ成金趣味が見て取れる。
「どこなのかしら……」
隙間から顔を覗かせたマリナの右側から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ようこそ、王都中央劇場へ!」
きらきら輝く紫色の王子様衣装を着たスタンリーが、三人に向かって微笑んでいた。
「ええ。ここを真っ直ぐ……って、アリッサ!どこ行くのよ!」
小声で叱り、ふらふらと脇道に入りこもうとするアリッサの服を掴んだ。
「ごめん……こっちかと思って」
「どこをどう見たらこっちが正しい道に見えるのよ!」
ジュリアは脇道をちらりと見やった。三階建ての煉瓦造りのアパートが並んでいる細い路地で、昼間でも日が射さずに薄暗い。窓と窓の間に渡されたロープに洗濯物が吊るされていて、湿っぽい石畳の上で子供達が石を蹴っている。まさに生活感満載である。
「アリッサ、本気でヤバいよ?」
「そうね。余程しっかりした人と一緒でないと、領地の調査なんて行かせられないわ」
「しっかりした人……」
アリッサの頬がうっすらと染まった。
「はいはい、そこでレイモンドを想像しない!」
「確かに、私達の仲間の中では、レイモンドが一番しっかりしているわね」
というより、他のメンバーが残念すぎるとは、マリナは敢えて付け足さなかった。アリッサと組ませるとして、相方がアレックスでは方向性が真逆すぎて話が合わない。王宮を出ることができないだろうが、仮にセドリックが一行に加わったとしても、彼も地図を読んで歩くのは不慣れだ。尤も、セドリックの場合は、不得意なことも運でカバーできる特技を持っている。どうしても困ったら、最後の切り札として身分を明かせば皆がひれ伏す。
「レイ様は協力者を呼ぶって書いていたわね」
「そうよ。まあ、彼が選ぶ人なら、実力は折り紙つきでしょうね」
「ねえ、あれじゃない?手紙にあった店だよ」
ジュリアが通りの少し先を指す。
「普通の本屋のようね」
「中に入って店主に声をかけるようにって」
店の中は、古本が所狭しと並んでいる。棚に並べきれない本が平積みされている。
「うわあ、埃っぽい」
読書を全くしないジュリアが顔をしかめる。アリッサは棚の本の背表紙に目を走らせ、嬉しそうにアメジストの瞳を輝かせている。
「二人とも、用があるのは向こうよ」
「はいはーい」
「すごーい、あれ、絶版の……」
「行くよアリッサ」
推定年齢八十代の男性店主に声をかけると、彼は何度か頷き、手元にあったベルを鳴らした。奥から店主の孫と思われる青年が顔を出した。白いシャツを第二ボタンまで開け、本の束を持ち上げている。色素が薄い優しそうな顔立ちなのだが、二の腕が太くがっしりしている。
「何、じいちゃん」
「坊ちゃんのお客さんだ。例の」
「ああ、分かった。……君達3人だけ?」
「ええ。こちらに伺うようにとレイモ」
「んー、名前は言わないでおこうか。じゃあ、こっちだよお嬢さん」
手招きされ、好奇心旺盛なジュリアがすぐ後に続く。アリッサの背中を押し、マリナは彼らの後に続いた。
店の奥は案外広かった。通りに面した間口からは想像できない奥行きがある。
「街道に広く面していると税金が高くなるからね」
「ああ、そうですわね」
奥へ奥へと三つ目の部屋に入った時、青年はたんすの前で立ち止まった。
「ちょっと狭いけど、我慢してね」
部屋はこの部屋で終わりのようで、突き当たりには窓があるが裏口はない。青年はたんすの上から三段目を引き、一番下の段を引いた。そして、上にある小さな引き出しを何度か出し入れすると、全ての引き出しが一度中に入った。
「自動?」
「魔法だよ。ほら、開いた」
ガタガタ……。
たんすがまるでドアのように開き、向こう側へ九十度入り込んでいく。壁だと思っていたところに空間ができ、下へ続く石の階段が見えた。暗い壁に次々と光魔法球が灯った。
「うわあ、すごい」
「この階段を下りて、あとは道に沿って行けばいいよ。向こう側には連絡しておくから」
「向こう側とは何ですの?」
「道が長いと怖いよぉ」
「心配いらないよ。魔法球で明るいからね」
三人が階段を数段下りると、たんすが動いて入口が閉じた。
「行くしかないわね」
マリナが拳を握って意気込む。
「さっきの人、坊ちゃんがどうとかって言ってたっけ。レイモンドのこと?」
「そうだと思う。レイ様、あの執事さんにも坊ちゃんって言われていたもの」
「オードファン家には『坊ちゃん』は一人だけですものね。使用人は皆そう呼んでいるはずよ」
細い通路に三人の靴音だけが響く。歩きなれないアリッサは、着こんだ肉布団の効果も相まって、足取りが覚束なくなってきていた。
「ちょっと休みたいわ」
「ダメよ。魔法球だっていつまでもつか分からないのよ?向こう側に着く前に消えたら最悪よ」
「真っ暗になるね。エミリーもいないし、マリナの魔法じゃちょっと不安だ。急ごう、走るよ」
「待って!」
アリッサの手を掴み、引きずるようにしてジュリアは走り出した。後ろをマリナが追い、すぐに通路の突き当たりに着いた。
「隠し通路はここまでね」
「どうやって出るの?」
「うーん、ノックでもしてみる?」
ダンダンダン!
ジュリアが叩いた。
「木でできてるみたい。そんなに痛くないよ」
重い何かが動く音がし、開いた隙間から細く光が差し込んでくる。
「やった!出口が……ってぅええええええ?」
辿りついた空間は、シャンデリアが吊るされた明るく華美な部屋だった。置かれた応接椅子も本棚も暖炉も、少しだけ成金趣味が見て取れる。
「どこなのかしら……」
隙間から顔を覗かせたマリナの右側から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ようこそ、王都中央劇場へ!」
きらきら輝く紫色の王子様衣装を着たスタンリーが、三人に向かって微笑んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
あーもんど
恋愛
ある日、悪役令嬢に憑依してしまった主人公。
困惑するものの、わりとすんなり状況を受け入れ、『必ず幸せになる!』と決意。
さあ、第二の人生の幕開けよ!────と意気込むものの、人生そう上手くいかず……
────えっ?悪役令嬢って、家族と不仲だったの?
────ヒロインに『悪役になりきれ』って言われたけど、どうすれば……?
などと悩みながらも、真っ向から人と向き合い、自分なりの道を模索していく。
そんな主人公に惹かれたのか、皆だんだん優しくなっていき……?
ついには、主人公を溺愛するように!
────これは孤独だった悪役令嬢が家族に、攻略対象者に、ヒロインに愛されまくるお語。
◆小説家になろう様にて、先行公開中◆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる