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閑話 星の流れる夜は
星の流れる夜は 7(終)
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「資料を探すのではないのですか?」
「調べ物、と僕はレイに言ったんだけどね」
「私でなければいけないものですの?」
「うん。……君にしか分からないよ」
青い瞳が冷たく光った。ゾクリとマリナは震えた。建物の中には暖房がないと気づく。
「王太子妃候補の君を惑わせた悪い男を、どう始末しようかと考えていたんだ」
「……何のことかさっぱり分かりませんわ」
「とぼけても無駄だよ?僕は本気なんだ。この建物に入った時に感じたよね?」
「奇妙な仕掛けだとは思いましたけれど……セドリック様お一人では難しいのでは」
――頭痛がしそうよ。何を勘違いしているのかしら。
「キースに手伝ってもらったんだ。……魔法は全部お願いしたよ。僕の考えた通りに仕掛けを作ってくれた。彼は素晴らしいね。……おっと、本題に入ろうか」
一瞬、キースの話題に脱線しそうになり、セドリックは崩れた表情をキリリと引き締めた。
「正直に言ってくれ。君を悲しませたのはどこの誰なの?」
「ですから、それはセドリック様の思い違いです」
「ジュリアが言っていた『友人』は君なんだろう?ジュリアには女友達なんていないじゃないか!」
マリナは言葉が出なかった。
セドリックが言っていることに頷ける。ジュリアの作り話が、ここまで広まった上、さらなる問題を引き起こすなんて考えてもみなかったのだ。
「ええ……確かに、ジュリアには女友達がおりませんわね」
「君達姉妹の誰かなんだろう?」
「私ではなく、アリッサかエミリーだとはお考えになりませんの?」
「考えてみたよ。アリッサはレイモンド以外の男性に恐怖心を抱いているし、エミリーは邸から出ない。君以外に考えられなかったんだ。お願いだよ、マリナ。君を悲しませる男は僕が許さない。名前を教えてくれないかな」
――どうやって切り抜けようかしら。
室内に目をやると、古ぼけた鏡にセドリックの横顔が映っていた。
――これだわ!
「本当に、その方に罰を与えるおつもりですか?陛下はお嘆きになると思いますわ」
「う、うん。父上が反対しても、僕はやるよ」
「どのような罰を?」
「爵位があれば剥奪、騎士の身分もなしだ。国外追放にする!……本当は僕の手で八つ裂きにしてやりたいくらいだよ」
冷たい微笑を浮かべたセドリックは、持ち前の美しさが相まって恐ろしさが倍増している。
「血は好みませんわ」
「君のためなら、僕はどんな残酷な王にもなれるよ。誓ってもいい」
――そこ、誓うところがおかしいから!
「コホン。……その方を罰するなんて、セドリック様におできになるかしら」
「僕が信じられない?」
椅子から立ち上がり、セドリックはマリナの腕を掴んだ。マリナは問いかけには応えず、話を続けた。
「……ジュリアが言っていたのは、私を苦しめた方ではなく、私を苦しめる方のことです」
「え……?」
腕を掴んでいた手の力が弱まったのを感じ、マリナの唇が弧を描く。
「私、これからのことを考えて、夜も眠れなくて……」
「これから……?」
「その方は、私を捨てて他の令嬢を選ぶ運命にあるのですもの。どんなに調子のよいことを仰っていても、いずれは『彼女』に心を奪われておしまいになる……」
青い瞳が熱を取り戻し、マリナを食い入るように見つめている。
「罪な方なのです。……私は、夜盗に嬲り殺されるか、古城で死……」
「させない!」
長い腕がマリナを攫い、安らぎを覚える温もりが伝わる。
「不安にさせていたのは、僕だったんだね……!」
――うまくいった!……けど、苦しいわ。何なの、この力。
「セド、リック、さ、ま?ちょ、と、苦し……」
「ごめんね。不安にさせて。僕がきちんと伝えなかったから、だよね?」
「いえ、伝……」
「どうしたら分かってもらえるかな?君以外にありえないって」
「もう十ぶ……」
「愛してるって言葉だけじゃ、うまく伝わらないかな。だったら……」
「きゃっ」
マリナはいきなり持ち上げられ、先ほどまでセドリックが腰かけていた椅子に、横向きで抱きかかえられる格好で座った。彼の肩腕がウエストに回り、脇腹を辿っている。もう一方の手は頬を撫で、親指が触れるか触れないかの距離で唇を滑る。
「この唇が死ぬなんて言えなくなるまで、いっぱいキスしようか」
美しい王太子は満面の笑みに輝くオーラを伴って、一瞬呆けたマリナの唇を奪った。
◇◇◇
「ジュリアちゃん、出かけるの?」
「うん。アレックスと星を見る約束をしてるんだ」
「流れ星にお願いするのね?」
ウキウキしてアリッサがジュリアの腕に絡みついた。
「そ。仕切り直しってやつよ。……皆も行かない?」
「やだ」
振り返るより早くエミリーの即答が帰ってくる。アリッサは迷っているようだ。
「ジュリアちゃん達の邪魔をするのも悪いし……」
「レイモンドも誘うように、アレックスに言うよ?」
「やめておくよ。レイ様がいると、アレックス君が緊張しちゃうもん」
普段の様子を思い出し、ジュリアは心から納得した。
「マリナは?」
「いい……。願い事、三回言えにゃいと思う」
「今……噛んだ?」
「気のせいよ。気を付けて行ってらっひゃい」
「また?」
唇に手を当てて向こうを向いた姉に首を傾げつつ、ジュリアは待ち合わせの場所へ向かった。
◇◇◇
「降るような星空だね」
カーテンを押しのけ、セドリックは窓から空を見上げた。
「流れ星が降る夜だぞ。当然だろう?」
レイモンドはちらりと窓を見やり、視線を本に戻した。王太子の部屋で寛げるのは彼をおいて他にいない。
「願い事は三回唱えるんだよね?」
「ああ。もたもたしていると星が消える。手短にな」
「マリナと幸せになりますように?マリナがしわわ……あ、終わった」
「今、皺って言わなかったか?」
「言い間違えたよ、どうしよう……マリナが皺くちゃになったら……あ、また来た!さっきのなし!なし!なし!」
「何だ?」
「取り消したよ、大丈夫!……『幸せ』って言いにくいなあ。レイは願い事しなくていいの?」
「不要だ。幸せは自分で掴むからな。お前は違うのか?」
腕組みをし、指先で眼鏡を上げる。キラーンと眼鏡が光った。視線が合い、セドリックはゆっくりと頷いた。
「願い事はしないよ。……僕は、星に誓う」
目を閉じ、一つ深呼吸をして、セドリックは低い声で呟いた。やがて、決意に満ちた眼差しで満天の星を見つめ、自分の胸に手を当てた。
「調べ物、と僕はレイに言ったんだけどね」
「私でなければいけないものですの?」
「うん。……君にしか分からないよ」
青い瞳が冷たく光った。ゾクリとマリナは震えた。建物の中には暖房がないと気づく。
「王太子妃候補の君を惑わせた悪い男を、どう始末しようかと考えていたんだ」
「……何のことかさっぱり分かりませんわ」
「とぼけても無駄だよ?僕は本気なんだ。この建物に入った時に感じたよね?」
「奇妙な仕掛けだとは思いましたけれど……セドリック様お一人では難しいのでは」
――頭痛がしそうよ。何を勘違いしているのかしら。
「キースに手伝ってもらったんだ。……魔法は全部お願いしたよ。僕の考えた通りに仕掛けを作ってくれた。彼は素晴らしいね。……おっと、本題に入ろうか」
一瞬、キースの話題に脱線しそうになり、セドリックは崩れた表情をキリリと引き締めた。
「正直に言ってくれ。君を悲しませたのはどこの誰なの?」
「ですから、それはセドリック様の思い違いです」
「ジュリアが言っていた『友人』は君なんだろう?ジュリアには女友達なんていないじゃないか!」
マリナは言葉が出なかった。
セドリックが言っていることに頷ける。ジュリアの作り話が、ここまで広まった上、さらなる問題を引き起こすなんて考えてもみなかったのだ。
「ええ……確かに、ジュリアには女友達がおりませんわね」
「君達姉妹の誰かなんだろう?」
「私ではなく、アリッサかエミリーだとはお考えになりませんの?」
「考えてみたよ。アリッサはレイモンド以外の男性に恐怖心を抱いているし、エミリーは邸から出ない。君以外に考えられなかったんだ。お願いだよ、マリナ。君を悲しませる男は僕が許さない。名前を教えてくれないかな」
――どうやって切り抜けようかしら。
室内に目をやると、古ぼけた鏡にセドリックの横顔が映っていた。
――これだわ!
「本当に、その方に罰を与えるおつもりですか?陛下はお嘆きになると思いますわ」
「う、うん。父上が反対しても、僕はやるよ」
「どのような罰を?」
「爵位があれば剥奪、騎士の身分もなしだ。国外追放にする!……本当は僕の手で八つ裂きにしてやりたいくらいだよ」
冷たい微笑を浮かべたセドリックは、持ち前の美しさが相まって恐ろしさが倍増している。
「血は好みませんわ」
「君のためなら、僕はどんな残酷な王にもなれるよ。誓ってもいい」
――そこ、誓うところがおかしいから!
「コホン。……その方を罰するなんて、セドリック様におできになるかしら」
「僕が信じられない?」
椅子から立ち上がり、セドリックはマリナの腕を掴んだ。マリナは問いかけには応えず、話を続けた。
「……ジュリアが言っていたのは、私を苦しめた方ではなく、私を苦しめる方のことです」
「え……?」
腕を掴んでいた手の力が弱まったのを感じ、マリナの唇が弧を描く。
「私、これからのことを考えて、夜も眠れなくて……」
「これから……?」
「その方は、私を捨てて他の令嬢を選ぶ運命にあるのですもの。どんなに調子のよいことを仰っていても、いずれは『彼女』に心を奪われておしまいになる……」
青い瞳が熱を取り戻し、マリナを食い入るように見つめている。
「罪な方なのです。……私は、夜盗に嬲り殺されるか、古城で死……」
「させない!」
長い腕がマリナを攫い、安らぎを覚える温もりが伝わる。
「不安にさせていたのは、僕だったんだね……!」
――うまくいった!……けど、苦しいわ。何なの、この力。
「セド、リック、さ、ま?ちょ、と、苦し……」
「ごめんね。不安にさせて。僕がきちんと伝えなかったから、だよね?」
「いえ、伝……」
「どうしたら分かってもらえるかな?君以外にありえないって」
「もう十ぶ……」
「愛してるって言葉だけじゃ、うまく伝わらないかな。だったら……」
「きゃっ」
マリナはいきなり持ち上げられ、先ほどまでセドリックが腰かけていた椅子に、横向きで抱きかかえられる格好で座った。彼の肩腕がウエストに回り、脇腹を辿っている。もう一方の手は頬を撫で、親指が触れるか触れないかの距離で唇を滑る。
「この唇が死ぬなんて言えなくなるまで、いっぱいキスしようか」
美しい王太子は満面の笑みに輝くオーラを伴って、一瞬呆けたマリナの唇を奪った。
◇◇◇
「ジュリアちゃん、出かけるの?」
「うん。アレックスと星を見る約束をしてるんだ」
「流れ星にお願いするのね?」
ウキウキしてアリッサがジュリアの腕に絡みついた。
「そ。仕切り直しってやつよ。……皆も行かない?」
「やだ」
振り返るより早くエミリーの即答が帰ってくる。アリッサは迷っているようだ。
「ジュリアちゃん達の邪魔をするのも悪いし……」
「レイモンドも誘うように、アレックスに言うよ?」
「やめておくよ。レイ様がいると、アレックス君が緊張しちゃうもん」
普段の様子を思い出し、ジュリアは心から納得した。
「マリナは?」
「いい……。願い事、三回言えにゃいと思う」
「今……噛んだ?」
「気のせいよ。気を付けて行ってらっひゃい」
「また?」
唇に手を当てて向こうを向いた姉に首を傾げつつ、ジュリアは待ち合わせの場所へ向かった。
◇◇◇
「降るような星空だね」
カーテンを押しのけ、セドリックは窓から空を見上げた。
「流れ星が降る夜だぞ。当然だろう?」
レイモンドはちらりと窓を見やり、視線を本に戻した。王太子の部屋で寛げるのは彼をおいて他にいない。
「願い事は三回唱えるんだよね?」
「ああ。もたもたしていると星が消える。手短にな」
「マリナと幸せになりますように?マリナがしわわ……あ、終わった」
「今、皺って言わなかったか?」
「言い間違えたよ、どうしよう……マリナが皺くちゃになったら……あ、また来た!さっきのなし!なし!なし!」
「何だ?」
「取り消したよ、大丈夫!……『幸せ』って言いにくいなあ。レイは願い事しなくていいの?」
「不要だ。幸せは自分で掴むからな。お前は違うのか?」
腕組みをし、指先で眼鏡を上げる。キラーンと眼鏡が光った。視線が合い、セドリックはゆっくりと頷いた。
「願い事はしないよ。……僕は、星に誓う」
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