悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

396 悪役令嬢は領地を巡る フロードリン編2

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「失礼いたします」
若い剣士風の男が部屋に入り、おどおどと背中を丸めた男が後に続く。室内にいた身なりの良い紳士と視線が合い、さらに小さくなっている。
「フロードリンの領地管理人を連れて参りました」
「御苦労だった」
「いえ。……こちらの提示した条件に、すぐに頷いてくださいましたから」
真摯は一瞬、虫けらでも見るような視線を男に向け、穏やかな笑みを浮かべた。
「そうか。それはそれは……」
「あ、あの……私はっ……!」
領地管理人が何か言い出すより早く、紳士は彼を椅子に座らせた。
「お呼び立てして申し訳ない。……実は、フロードリンは近々、領主が代わることになったのだよ」
「えぇえええ!?」
椅子の背凭れに吸い寄せられたかのように仰け反り、領地管理人が絶叫した。小柄で貧相なこの男のどこにそんな力が残っていたのかと思うほどだ。
「驚くのも無理はない」
「ですが、ハーリオン様からは何も……」
「侯爵夫妻は外国へ行ったきり、連絡が取れなくなってしまわれたのだよ。他の領地では、悪い噂が聞こえてきている場所もある。夫妻の娘達も学生の身分で、とても領地を管理できるとは思えない」
「では……新しい領主様は?私はどうすればよろしいのです?」
「何も変わらないよ。今まで通り、私の助言に従って領地を管理すればいい。工場を建設し、毛織物を増産して、富を増やす。領地管理人ができる最良の選択だ。これ以上のことはないね」
「はあ……」
「まだ何か?」
「いえ……。よく分からなくなってきたなと。長閑な工業都市だったフロードリンを、何故急激に発展させようとなさるのか。私には侯爵様のお考えが分かりかねます」
胸元で帽子を握りしめ、領地管理人は薄くなった頭頂部を見せるようにがっくりと俯いた。
「前にも説明したはずだ。王太子妃になる娘のためだと」
「お嬢様は、手作業で仕上げられた織物を気に入ってくださいました。……魔導機械織りにはない良さがあると。そのお嬢様のためとはいえ、あのような……」
「侯爵様の御意志だ。何を疑うことがあるのかね」
言葉を切るように強い調子で言い、紳士はテーブルに手を置いた。
「君は、私の指示に従えばいい。……それだけだ」
室内に魔法の気配が漂う。光魔法球が圧されて揺らいだ。領地管理人の瞳が次第に輝きを失い、瞼がゆっくりと下りた。

   ◆◆◆

「塀の中か……どっから入るんだろう?」
アレックスは塀の向こうを見ようと、その場で垂直跳びをした。二階建ての家くらいの高さがある塀である。どんなにアレックスが運動を得意としていても、跳んだだけで中が見えるわけがない。マリナは不憫に思い、無駄だと言わずに彼を見守った。アレックスは何度か跳んで諦めた。
「よし、今度は……あっちから走ってきて、勢いをつけて壁を登りながら……」
「もうやめましょう。中に入るにはどうするか、塀の外に店があったら話を聞きましょう。領地管理人の邸も塀の外に移転しているかもしれないわよ」
「んなこと言って、塀ばっかりでずっと店なんかないだろ。その……ナントカ商店街ってのも、塀の中に引っ越したんじゃないか?」
アレックスの話も一理ある。街の人が全員、家も仕事場も塀の中に作ったら、店も中に入るだろう。
「街全体が塀の中……まるで城塞都市のようだわ」
目を細めて空を見上げると、黒い鳥が隊列を組んで飛んでいく。冬の白い空は、薄い雲の向こうに太陽が見える。どことなく暗い雰囲気の街の中で、マリナは心細さを感じずにはいられなかった。
「ん?あれ見ろよ、マリナ!」
アレックスは少し走って、マリナを手招きした。
「ほら、あっち!塀の外に煙が見えるぜ。家か店があるってことだろ」
煙に目を向けたマリナの手を握り、もう片手で荷物のトランクを持ち、アレックスは勢いよく走り出した。

   ◆◆◆

煙が上がっていたのは、一軒の食堂兼宿屋だった。煙突から立ち上る煙は、先ほどよりも濃くなっているように思われた。
「『銀のふくろう亭』?」
「お店の名前よ。……入りましょう」
ギイ……。
ドアを開けると、客は一人もいなかった。店の天井付近には、小さな光魔法球があり、薄ぼんやりと部屋の中を照らしている。

「すみませーん。誰かいませんかー」
「ごめんください」
声をかけたが返事がない。
「やってないのかな?」
「煙が上がっていたから、誰かはいるはずよ?夕食の支度をしているのかしら。奥に行きましょう」

広い食堂を進み、奥にある厨房を覗く。
「こんにちはー」
アレックスが挨拶をしながらずんずん中に入った。マリナは厨房の傍にあった二階への階段を見上げた。どうやら二階が客室らしい。
「こんにち……ぉうわっ!」
「アレックス?どうしたの?」
「……っ!ダメだ、マリナ!こっち来るな!」
厨房から転がるようにしてアレックスが出てくる。不審に思ったマリナは、彼の背中の向こうを覗こうとするが、バスケットボールのディフェンスのように素早い動きで阻止された。くるりと向きを変えられ、厨房から出るように背中を押された。

「何があったの?」
「とにかく、ここを出よう。俺達が店に入ったと知られたら、面倒なことになるぞ」
「どういうことよ」
「……人が死んでた。この店の主人だろうな。背中を刺されて倒れていた。煙はオーブンの中に肉でも入ってるのか、すげえ焦げ臭かった。放っておいても薪が切れたら消えるだろうけど」
オーブンに食材を入れてから今までのわずかな時間に刺されたのだろうか。店に入るまで、不審な人物は見なかったと二人は思い返した。
「宿屋はここくらいしかなさそうよ?どこに泊まるつもり?」
「死体と同居する気か?勘弁してくれよ。見つかったら一番に疑われるぜ」
二人が顔を見合わせた時、店の入口から人の話し声がした。

「まずいわ。これを見られたら……」
「裏口はどこだ?」
「分からない……そうだわ!」
マリナはアレックスのシャツを掴んだ。
「宿屋の二階に行きましょう。食堂の客なら、二階へは来ないはずよ」
ドアが開く瞬間に二人は二階への階段の踊り場を超え、何とか死角に入った。

「……いち、に、……七人か。一人は普通、残りは黒い服だ。明らかに怪しいな」
息を殺して成り行きを見守る。黒い服の男二人が、平民の若い男性を床に投げた。手首を後ろで縛られ、彼は肩を床に打ち付け、ぐうと呻いた。
「何するんだよ!」
「『銀のふくろう亭』が反乱軍のアジトだと、お前の友達が教えてくれた。素晴らしい友情だな」
男性ははっと顔色を変えた。
「反乱軍?何だよそれ。アジトなんかじゃねえ。ここは街の憩いの場で……っく」
黒い服の男達は、表情を変えずに彼の肩を蹴った。
「それももうすぐ、なくなる」
「店主が死んで、店をたたまなければならないからな」
「嘘だ!親父は今朝もピンピンして……」
「見せてやれ」
「はっ」
リーダー格の男の指示で、体格のいい男二人が平民の男を厨房へ連れて行く。すぐに壁が割れるかと思うほどの慟哭が聞こえた。
黒い服の一団は、厨房に彼を置き去りにして出てくると、そのまま店の外へと一列になって出て行った。
しばらく息を潜めたまま、物音に耳をすます。彼らの足音も聞こえず、気配も感じない。
「……行ったな?」
「ええ」
宿屋の二階の窓からそっと通りを眺める。黒い服の一団はかなり遠くまで行っている。戻っては来ないだろう。
「さっきの奴、縛られたままだろ?助けてやらないと」
弾かれたように出て行くアレックスを追い、マリナは階段を駆け下りた。
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