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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

436 悪役令嬢は魔法の力加減を誤る

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二つ目の建物を爆破する前に、エルマーはジュリアの背中を押した。
「ここは俺とブルーノに任せて。混乱している隙に、捕まってる皆を助けて」
「うん!二人も、気をつけてね!」
視線を合わせて頷く。少年はジュリアとは反対方向に走った。

工場と倉庫が並ぶ通りを駆け抜け、ジュリアは塀の中の中心へと向かう。広場から大勢の人の声がして、遠目に見ると彼らは塔を見上げていた。
「何だろ」
視線の先を追うように塔を見ると、突き出た板の上に誰かが立っている。
「ん……?げ、マリナ!?何やってんの?」
猛スピードで走りながら、ジュリアは姉の無事を願った。
――間に合って!!お願い!

   ◆◆◆

「マリナちゃん!」
「行くな、アリッサ!」
アリッサが半狂乱で塔へ駆け出すのと、レイモンドが叫んだのはほぼ同時だった。
セドリックとアリッサよりかなり遅れて広場に到着したエミリーは、塔の上から人影が落ちてくるのを見るなり、全力で風魔法を放った。
――届けっ!!

しっかりと回された腕から、触れ合った胸から、セドリックの体温を感じる。
――私達、死んでしまうの?
急にマリナの視界が白く変わり、時が止まったような気がした。
『マリナ、僕達もここで誓おう!……永遠の愛を!』
『僕は君以外を妃にするつもりはない』
『君がいなくなったら、きっと僕の心は死んでしまうよ。僕は……君以外の誰も、愛したいと思わないから』
セドリックの言葉が走馬灯のように甦る。彼と過ごしたたくさんの時間は、数えきれないほどマリナの感情を揺さぶってきた。
――最期に一緒にいられてよかった。

た、と思い出に浸る間もなく、身体に衝撃を感じた。
ぼふん!
衝撃はあるが、痛くはない。
――!?
マリナとセドリックが宙に浮き、風圧で転んだアリッサと空を飛ぶマリナのスカートが捲れた。台風の日のビニール傘のようだ。すっかり反転している。
「あ……加減、間違った?」
エミリーは無表情のまま、人差し指で頬を掻いた。

「……」
転んだ痛みですぐには起き上がれず、アリッサは広場の石畳の上でパンツ丸見え状態のまま転がっていた。
「……くっ、放せ!」
呆然としている見張りを突き飛ばし、レイモンドは彼女の傍に駆け寄った。
「大丈夫か?どこか打ったのか!?」
「……レイ、様……」
「ああ、膝に傷が……すぐに痛みを取ってやりたいが、生憎……」
縛られた手首がもどかしい。ぼんやりと自分を見つめるアリッサは、スカートが派手に捲れ上がっていることに気づいていないようだ。
「マリナちゃん……無事、で……よかっ……」
アメジストの瞳から大粒の嬉し涙が溢れる。
「ああ、無事のようだな」
人々の視線からアリッサを隠すように身体を摺り寄せると、
「レイ様……?」
「スカートを直すんだ、アリッサ」
「え……?」
きゃ、と短い悲鳴を上げ、アリッサは真っ赤になって体育座りをし、スカートの中に脚を隠した。

   ◆◆◆

宙に浮かんだセドリックは、自分の腕の中のマリナが苦しんではいないかとそればかりが気がかりだった。
「息は?胸は苦しくない?」
「……」
「ごめん。夢中で……腕を放したら、君が落ちてしまうから」
「……苦しくは、ないです」
二人を包む光る球体ができている。地面に衝突する前に拡大し、ゴムまりが弾むように変形して衝撃を和らげたのだ。王位継承者の指輪にはこんな機能があったのかと、セドリックはただただ驚いていた。
「『命の時計』は……解く手がかりを見つけてきたからね!……エミリーが」
自分の手柄にしないところは好感が持てる。マリナはくすっと笑った。
「セドリック様も活躍なさったのでしょう?」
「僕は……何にもしてないよ。エスティアにいた悪者を懲らしめたのだって……あ、大丈夫?まだ魔法が解けていないから、僕といたら苦しいよね?」
「いいえ。苦しくないどころか、その……ドキドキして」
「えっ!?それって魔法のせいだよね?大変だ、すぐに下りて……」
「違うんです。セドリック様が、私を助けるために窓から……命を賭けてくださったから」
「マリナ……」
ふわふわと漂ったまま、二人は次第に地面へ近づいた。気持ちがふわふわしているのは飛んでいるからだけではない。靴の先が石畳につき、マリナは乱れたスカートを整えようとしたが、セドリックの腕にきつく抱きしめられて動けない。
「君を失ったら、僕の心は死んでしまうよ。……たとえ、『命の時計』が僕達を引き離しても……」
――セドリック様、完全に盛り上がってるわ。
明るい春の海の色の瞳がきらきらと輝き、彼の周りには幸せオーラが漂っていた。彼が幸せそうに微笑むと、マリナの心も温かいもので満たされる気がした。
「それが、魔法の影響を感じないのです」
「本当に?」
「ええ……」
「顔色もいいようだね。発動していないのかな」
パン、パン。
「……はい、そこまでー」
「うわっ!」
セドリックは突然背後に現れたエミリーに驚き、間抜けな声を上げた。ほんの少し前に、勇ましく見張りの男達を蹴散らしていた彼と同一人物には見えない。
「……イチャつくのは、街をどうにかしてからにして」
指で示した先には、怒りに燃える群衆と、彼らを力で抑えつけようとする兵士の間で、小競り合いが発生していた。その騒乱の中心には、モップの柄を振り回すジュリアの姿があった。

   ◆◆◆

「……塀に切れ目が……ない?」
騎士達は一様に首を傾げた。ゴンゴンと壁を叩き、塀が本物だと確かめる者もいる。
「おかしいですね、隊長」
「さっきはこのへんで……」
「見間違えたんじゃないのか?」
「いいや、絶対に空いていた。街の中が見えたぞ」
「お前の気のせいだって」
「何だと!?」
「言い争っている場合か。どうにかして中に入る方法を考えるぞ」
隊長が血の気の多い若い連中を窘める。アレックスは彼らの会話を横目に、塀が塞がった理由を考えていた。隣町で会った若い神官は、壁に手をついて歩けば塀の切れ目が分かると言った。目に見えている塀は偽物で、目の錯覚を起こさせる魔法がかかっていたのだろう。しかし、自分達がいる場所は確かに塀の切れ目だったはずなのに、石積みの塀は硬く、本物のように思われた。
「……そうか、エミリーが……すげえ!」
土属性の魔法が使われたと気づき、アレックスはまた魔法信奉者になってしまった。
「おい、置いて行くぞ!」
声をかけられて振り向くと、騎士達は肩車をして塀を上っていた。身軽な者が向こう側からロープを垂らして、一人ずつ掴まって腕の力だけで越えて行く。
「待ってください!俺も行きます!」
最後にアレックスがロープを掴むと、塀の反対側から強く引かれ、難なく塀を乗り越えた。
「うわあ……」
「何だ、ありゃあ」
彼らの目に飛び込んできたのは、燃え盛る街を背景に暴れ回る人々の姿だった。

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