悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 14

445 悪役令嬢はデートを追跡する

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王都の中央神殿は、新しい年の初めに神の聖地で身を清めようという信心深い人々で混雑していた。
「遅いなあ」
神殿の前の広場に立つ魔法時計を見て、ジュリアは腕組みしていた手を組み替えた。魔法時計は前世でいう電波時計のようなもので狂うことはない。レナードがアレックスを連れて来ると言った時間は、今から一時間近く前だった。
「連れ出すの、無理だったのかな……」
囲いに凭れて通り過ぎる人々を眺める。家族連れも多いが、自然と若い男女に目が行ってしまう。女性は皆、華やかな余所行きの服を身に纏っている。対して自分は、そのまま剣の練習ができるよう、ややくたびれた感のある男の子の普段着である。
――服、選べばよかったかも。
邸に戻っている暇はない。今年はこれでいいかと諦めたところで、遠くに貴族の馬車が見えた。
「あれかな」
紋章がついているが、人が多すぎてよく見えない。ヴィルソード家の馬車は飾り気がないものが多いが、見たところそれとは違うようだ。
「んー。どっかで見た馬車なんだけどな……」
場所を動かずに見つめていると、従者がドアを開け、中から水色の髪の男が下りてきた。深緑色のコートから、白っぽい上着の裾が見えている。外出時にはきちんとした身なりである。何とも彼らしい。
「そっか、レイモンドの家の馬車だったんだ」
声をかけようか。一歩踏み出してジュリアは動きを止めた。
「……は?何で……」
レイモンドに手を引かれ、ふわりとドレスの裾を揺らして一人の少女が下りてきた。深緑色のリボンで纏めた鮮やかな明るいオレンジ色の髪が、冬の風に靡いていた。

   ◆◆◆

「我が家が収入を得る道は、ビルクール海運にかかっているわ」
やる気を出して報告書を血眼になって読む姉の前で、アリッサはクリスに絵本を読んであげていた。
「マリナちゃん、ビルクールに行くの?」
「そうね。近いうちに行きたいと思っているわ。お父様達の手がかりも掴めるかもしれないでしょう?」
「うん……。あのね、私、行かなくてもいいかなあ?」
不安そうに視線を落とした妹に、マリナは柔らかい微笑を向けた。
「疲れたなら無理をしなくてもいいわ」
「疲れたんじゃなくて……ええと……実はね……」
アリッサは考え考え、マクシミリアンから言われたことをマリナに伝えた。

「……考えれば考えるほど、怪しい話ね」
「うん。私もそう思う」
「お父様達の行方を、マクシミリアン先輩が知っているなんて、あちらの貴族と繋がりがない限り知り得ないわ」
「先輩のお家は、ビルクール海運と同じ、海上貿易を中心にした会社を経営しているから、どこからか……」
「アリッサをアスタシフォンに連れて行けばお母様が情報をくれるなんて、どこにそんな確証があるっていうのよ。協力すると言って、アリッサを騙して攫おうとしているのではなくて?」
「攫う?……嫌っ!」
身震いしたアリッサの腕に、クリスがひしと抱きついた。
「アリッサ姉様、寒いの?僕が温めてあげるね」
「ありがとう、クリス」
さらさらした銀髪を撫でると、天使のように美しい弟はアメジストの瞳を細めた。
「僕……姉様達に悲しい顔をしてほしくないよ」
「あなたは優しい子ね。きっと素敵な貴公子になるわ」
マリナにも褒められ、クリスは満面の笑みになる。ふと一瞬窓の外を見やり、声に出さずに何かを呟いた。

   ◆◆◆

コートを頭から被って柱の陰で蹲り、こそこそとレイモンドの様子を窺っていたジュリアは、不意に肩を叩かれて水から出た魚のように身体を跳ねさせた。
「ジュリアちゃん、ごめんね。遅くなっちゃって」
剣士風の服をスマートに着こなしたレナードが背後に立っていた。
「あ……レナード」
「着いて早々変なこと聞いて悪いけど、何やってるの?」
「シッ。……あれ、見てよ」
指の先を視線が撫でて、レナードはにやりと笑った。
「何?人のデートを覗き見?あんまりいい趣味じゃないよ」
「だって、妹の婚約者だよ?レイモンドが連れてるのって……」
「あぁ、あの子か。普通科二組にいた口うるさい子だよね。確か、フローラだっけ?」
学院の女子生徒のデータベースは完璧と言っていいレナードでも、フローラには興味がなさそうだ。ジュリアは意外なものを見た気がした。
「レナード、フローラと何かあったの?」
「何も。噂好きな子は嫌いなだけ。その点、ジュリアちゃんは女の子同士の噂話には加わらないよね、いいね、もっと好きになりそう」
「あのねえ……噂話をする女子がいないのよ。いても多分、噂には疎いから……」
「うんうん。そういう純粋なところが俺の琴線に触れるんだよね」

ジュリアはきょろきょろと周りを見て、レナードの袖を引いた。
「ねえ、アレックスはどうしたの?後から来るの?」
「ああー……それね」
視線が泳ぐ。観念したように溜息をついて、レナードはジュリアの瞳を見つめた。
「誘えなかったんだ。だから……今日はジュリアちゃんの時間を俺のためだけに使ってくれないかな?」
背後の大理石の柱に手をつき、レナードは明るい青の瞳で悩ましげに流し目をした。
――うわ!
あまりの事態にジュリアの顔が固まる。
手首に大理石の冷たい感触を感じて、脳内でここ一か月のことがフラッシュバックする。
「ねえ……もし、俺が君の幼馴染だったら、アレックスより先に出会っていたら……」
「レナード……」
柱と壁でできた隙間に追い込まれ、ジュリアは逃げ場を失っていた。
「侯爵家にでも生まれていたら……俺の手を取ってくれた?手を取らなくても、せめて……」
言いかけて、レナードは視界に入っていたレイモンドとフローラが、神殿を出て行こうとしているのに気づいた。短く息を吐いて、ジュリアを囲んでいた腕を解いた。
「……帰るみたいだよ。宰相の御子息殿は。……追いかける?」
向こうを指さした彼は、いつもの明るい調子に戻っていた。
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