悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

文字の大きさ
622 / 794
学院編 14

450 悪役令嬢は密談現場に遭遇する

しおりを挟む
マリナとエミリーを乗せた馬車は、途中でエミリーが風魔法と転移魔法を巧みに使ったため、想定よりかなり早くビルクールに到着した。御者が盛んに首を捻っていたが、二人は気にする素振りも見せずにビルクール海運の本社に入った。
「お待ちしておりました。マリナ様!」
現地の責任者と思われる面々が整列し、着飾ったマリナを前に深々と礼をした。
「出迎え、ご苦労様」
「お早いお着きで」
「そうね。馬が頑張ってくれたのかしら」
「……馬?」
社長代理が口をぽかんと開けた。
「ふふ、ビルクールに来たのは何年振りかしら?港には珍しいものがたくさん売っているでしょう?お買いものするのが楽しみで仕方がないわ」
「はあ……」
さっと辺りに視線を配り、遠巻きにしていた従業員の一人がどこかへ走り去っていくのを見た。
――内通者、かしらね?
周囲に気づかれないように目くばせすると、エミリーは目を伏せて頷き、立ち去った人物を追った。
「通商組合の集まりまで、まだお時間がございます。中でお休みください」
「ありがとう。そうさせてもらうわね」
扇子で口元を隠し、マリナは優雅に微笑んだ。

   ◆◆◆

「……やり方が最悪ね」
「そう言うな。俺もどうかとは思ったが、陛下のご判断だ」
レイモンドから状況説明を受けたジュリアは、白い目で彼を見た。隣のアリッサは声も出せずにおろおろするだけだ。
「敵の実体が掴めない以上、日の当たる場所へ引きずり出すしかない。一つ分かっているのは、相手がハーリオン侯爵家に対して並々ならぬ敵対心を抱いているということだ。敵対心なのか、あるいは度を超した執着なのか。そのために、陛下はハーリオン侯爵家を孤立させよと仰ったのだ」
「ふーん。うちが孤立するとどうなるわけ?」
「侯爵夫妻とハロルドは国内におらず、ハーリオン侯爵家は政治的にも何の権限もない学生の四姉妹とクリストファーだけだ。侯爵がお戻りにならなければ、周囲の助けなしには邸や領地の維持も難しい……と一般的には思うだろうな。侯爵家を潰すつもりなら、うちや王家、ヴィルソード家との関係断絶は願ってもない好機だ。必ず何らかの手段で、ハーリオン侯爵家を没落させようと企むだろう」
「んー。よく分かんないけど、陛下はうちと手を切れって言ったんだね?」
組んでいた脚を戻し、レイモンドは前のめりになってテーブルに肘をつき、組んだ手を唇に当ててくすりと笑った。
「平たく言えばそうだ。アレックスにブリジット様との縁談を持ちかけたのも、セドリックの妃候補からマリナを外したのも、ハーリオン家との縁組はなくなったと周囲に知らしめるためだ。今回はフローラの誕生日が偶然新年の一日だったが、わざわざ人目のある場所に彼女と連れ立って出かけたのは、……まあ、黙っていた俺に非があるが……アリッサとの関係を絶ったと噂にでもなればいいと思った」
「だーかーら。やり方がさあ」
立ち上がって腰に手を当て、ジュリアは肩を怒らせた。
「不安にさせてしまったことは謝る。だが、あくまであれは芝居だ。実際、フローラは人形のように会話が成り立たなかった。交流が図れない相手と浮気も何もあるまい」
「そうなの?あのおしゃべりが?」
「独り言を言っていて……異様な雰囲気だった。伯爵の頼みでなければ、父の指示でなければ、俺も絶対に彼女と外出したりしない。同じ空間……馬車の中にいるのも恐ろしい」
顔を振って、レイモンドはハンカチで額を拭いた。思い出してしまったのか顔色が悪い。
「……」
アリッサがジュリアの袖を引っ張った。右手でペンを持つ動作をして、何か書くものはないかと小首を傾げた。
「ペンと紙を用意する。待っていてくれ」
無駄な動きの一つもなく、すっと立ち上がったレイモンドが、侍女に言うより早く自分のペンとインク、紙をトレイに乗せて持ってきた。
「……」
「好きなだけ書いていい。アリッサ、君は手紙を書くのが好きだろう?」
何度もアリッサからもらっている分厚い手紙を思い出し、レイモンドは笑みを浮かべた。

   ◆◆◆

変装したエミリーは、内通者と思われる従業員を追って、ビルクールの港へ続く大通りから一本入った裏通りに差し掛かった。あまり深追いすると道に迷ってしまいそうだ。
――こっちに入った、と思うんだけど……。
通りを見渡しても、従業員の男は姿が見えない。曲がったのはもう一本奥の通りだったのかもしれないと、エミリーが踵を返した時、近くの建物から見覚えのある人物が出てきた。
「……!」
咄嗟に、道端に積まれた木箱の陰に身を隠した。姿を見られたかと思うと、心臓がドクドクと音を立てた。
――見られても分からないか。変装してるもの。
変に胆が据わり、深呼吸を一つして姿勢を正す。通行人のふりをして通り過ぎればいいのだ。

背の高い人物と、小柄な少年が会話をしている。
「マックス先輩、やっぱり、僕は……」
「何を躊躇うことがあるんです、キース君。こちらの提案は、君にとっても悪い話ではない。欲しいものが手に入る……違いますか?」
「欲しい……とは思いますけど……」
紫色の髪を潮風に揺らし、キースは顔を曇らせた。
「僕は、正々堂々と……」
「おや、まだ分からない?」
「え?……!」
すれ違ったエミリーを振り返る。
「どうかしましたか?」
「いえ……気のせいだと思います。彼女がこんなところにいるはずが……」
――やば!気づかれる!
不自然にならないように歩く速度を上げ、エミリーは二人から離れた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...