悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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閑話 王子様はお菓子泥棒

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「いい案だ」
レイモンドは心の中で『セドリックにしては』と付け足すのを忘れなかった。
「アレックスはジュリアから、お菓子の置き場所を聞き出すんだ。アリッサはもちろん教えてくれないだろうし、マリナも口は堅いと思う」
「ジュリアは口がやわらかいって言うんですか?」
「……アレックス、少し言葉を勉強しろ」
背が高いアレックスが小さくなった。叱られた子犬の垂れた耳が見えそうだ。
「ジュリアはアレックスに隠しごとはしないだろうから、きっと教えてくれるよ」
「殿下……。そうっすね。俺、ジュリアに聞いてみます」
「うん。アレックスはセドリック怪盗団の諜報員だね」
「ちょうほう?つか、怪盗団って?俺、一応騎士になるつもりなんで」
「シッ。……声が大きいよ。ちょっと耳貸して」
アレックスの耳元でセドリックが囁く。
「ひゃ、ははは」
くすぐったくて首を竦める。レイモンドに睨まれ、慌てて口を手で覆った。
「聞こえた?」
「はい。えっと、お菓子を……?殿下が?」
「自分が言うのも何だけれど、僕は最も盗みとは縁遠いと思わないかい?」
「はあ……殿下は侍従の人が何でも用意するから、盗む必要ないですもんね」
「だから、僕が盗んでも後で犯人だとは疑われない。完璧な計画だよ。これは極秘任務だ。分かった?アレックス」
立てた人差し指を唇に当て、囁くように言い、セドリックはにやりと笑った。

   ◆◆◆

授業中にちらちらとこちらを窺っていたアレックスが、チャイムが鳴ると同時に席を立ち、ジュリアの傍へ歩いてきた。
「ジュリア、話がある!」
「いきなり何?」
真剣な瞳にジュリアの心臓が跳ねた。嫌な予感がする。
「ここは……うるさいから、どこか静かなところで話したい」
「いいけど……何の話?」
「ごくひにんむだ」
「極秘……」
喉がゴクリと鳴る。ジュリアは新たな騒動の始まりを予感した。

アレックスがジュリアを連れてきたのは、鍵のかかっていない教材室だった。
「ここで?」
「うん。……実は……」
「実は?」
「俺に秘密にしていることがあるよな?」
「はっ!?」
――前世持ちだってバレた?精神年齢が三十代だってこととか?それとも、食堂でアレックスが見ていないうちにフライを横取りしたこととか?何だろう、何を言えば……。
ジュリアは思い当たる節がありすぎて当惑した。教材室の棚に並んだ本に視線を移し、さり気なくアレックスの出方を窺った。
「お願いだ。教えてくれ!殿下の頼みなんだ」
「殿下の?」
とりあえず、フライを盗んだ件でないことは確かだ。
「殿下っていうか、レイモンドさんの頼みなのかな。あのさ、アリッサがお菓子を作っていただろ?」
ぎく。
「お、菓子……?」
「レイモンドさんに頼まれて、たくさん作っていたみたいなんだ。どこにあるか知らないか?」
「えっと……」
アリッサが大量に作った菓子の大半は自分の胃袋に入ってしまったとは言えず、ジュリアはどう言い逃れしようかと思案した。
――お菓子を作るのを失敗したって言っても、アリッサは上手だから信じてもらえなさそうだし、初めから少ししか用意してないってのも、レイモンドの言うことに絶対服従のアリッサにしたらおかしい話だもんね。どうしたら……ん?

書棚に並んだ古典の本に目が留まった。
『怪盗レクジーと太陽の壺』という、子供向け冒険活劇シリーズの何番目かの話である。
――これだ!
「……アレックス。実はね。すっごく残念な話なんだけどさ」
「残念なのか?」
「レイモンドは残念がると思うよ。アリッサのお菓子はとっても美味しかっ……美味しくできたんだよ。私も味見させてもらって、美味しかったんだ」
「で?」
「その美味しいお菓子は、怪盗に盗まれてしまったんだ」
「何だって!?か、怪盗?」
驚いたアレックスは、後ろに倒れて棚に背中をぶつけた。
「そんな奴が王立学院の寮に入りこむなんて……信じらんねえ」
――うう。嘘をつきたくないけど、あの量を一人で食べたなんて言えないよ。
「犯人の目星はついているのか?」
「ううん。全然分からない。も、もう国外に逃亡しちゃったんじゃないかな?」
国外に逃げたと言えば、騎士団と太いパイプを持つアレックスでも手が出せまい。ジュリアは明後日の方向を見て声を上ずらせた。
「……分かった。俺は殿下に伝えてくる。それと、レイモンドさんに……」
「あああああ、ダメ。レイモンドには言っちゃダメじゃん。楽しみにしてるんだからさ」
手際よく料理を作るアリッサの腕前なら、放課後にいくつか菓子を作って、ジュリアが食べた分を補充できる。全部なくなったとは言わないでおいて欲しかった。
「そうだな。殿下には伝えてもいいだろう?」
「うん。あんまり皆に言わないでおいてね?お願い!」
ジュリアが上目づかいで見つめると、アレックスは顔を大きな掌で覆い、視線を逸らして
「ああ」
と頬を赤らめた。

   ◆◆◆

「何だって?怪盗が?」
「……って、ジュリアは言ってました。アリッサはたくさん用意したみたいです」
「それを、全部?……王立学院に怪盗が……」
セドリックは愕然として、生徒会室の机に頭を乗せた。
休み時間に示し合わせて、アレックスはセドリックに調査結果を報告していた。
「つまり、僕のマリナとその妹達がいる部屋に、知らない誰かが入り込んでいたんだね?」
「そうなりますか?」
「そうに決まってるじゃないか!ああ、何てことだ!僕の力がないばかりに、マリナを危険な目に遭わせてしまって……。こうしてはいられないよ。すぐに王宮から警備の人員を……」
椅子から立ち上がり、セドリックは廊下に出ようとしてアレックスに阻まれた。
「必要はないと思いますよ。ジュリアが、犯人は外国に行ったんじゃないかって言ってました。もう来ないんじゃないですか?」
「分からないじゃないか。警備の人員を増やせないなら、……そうだ、僕がマリナを守る盾になろう!」
「あっ、殿下!?」
生徒会室のドアを開け放ち、セドリックはマリナのいる一年一組へと早歩きで向かった。

   ◆◆◆

「っ……はあ、はあ、はあ、はあ……」
授業が始まる直前に、一年一組の教室のドアが勢いよく開けられ、息が上がった王太子が青い瞳をギラギラさせて室内を見回した。生徒達は異様な光景に慄き、既に到着していた教師は顔を顰めた。
「……殿下、授業が始まりますが?」
「マリナ……」
辛うじて呟いた名前に、アリッサが眉を寄せてマリナの服を引っ張った。
「どうするの、マリナちゃん」
「お引き取り頂くわ。皆さんの迷惑ですもの」
にっこり。
音を立てずに立ち上がり、マリナはセドリックの前に進み出た。
「マリナ!僕は今晩、君の部屋に行くね!」
――!!
マリナが絶句したのと、教室の女子生徒の悲鳴がこだましたのは同時だった。
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