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学院編 14
490 悪役令嬢と鉄壁の鳥籠
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ビルクールの領主館に、王都の邸から手紙が来たのは、アリッサがマクシミリアンと話し合った日の夜だった。執事のジョンからマリナ宛の連絡だ。
「アレックスが言ってたことと同じだね。うちの周りに不審者がいるって」
一読してジュリアがマリナに手紙を返した。
「侍女が怯えているらしいわ。住み込みでなく、通いの侍女は特にね」
「うちの若い侍女で、通いの子なんていないんじゃない?」
「オードファン家に引き抜かれて、最近は人数が少ないよねえ?」
「……そう言えばそうね。若い侍女でなくても、何か具体的に嫌がらせをされたとか、お遣いの時に後をつけられたとか、問題があったのかもしれないわ」
三人の姉が頭を悩ませている傍で、椅子に座って足をぶらぶらさせながら、弟のクリスが思案顔をしていた。
「姉様……お邸に行きたいの?僕、一緒に行こうか?」
「そうだよ!クリスと転移魔法でお邸に行って、ジョンから直接聞きなよ」
「エミリーちゃんが結界を張っているから、お邸の中には不審者は入れないし、危なくないと思うよ。ビルクールのことは、ジュリアちゃんと私が引き受けるよ」
「アリッサ……」
「警護は私とアレックスがいるから任せて。マクシミリアン?がまたアリッサを海に落としたら、今度は二人がかりでシメるから」
歯を見せて笑うジュリアと、胸を叩いて凛々しい顔をするアリッサに、マリナは一抹の不安を覚えながら弟の手を取った。
◆◆◆
リオネルの母・ヴィルジニーは、事実上この王宮の中で最強の人物である。王太子の伯父であるルゲ侯爵の娘であり、(本当は王女だが)第四王子の生母で、自身も魔法騎士として毎日研鑽を積んでいる。国王の命令で、彼女やリオネル、王太子が住む春の宮殿は、最高レベルの警備体制をとっているらしい。ハーリオン侯爵夫人は、賓客としてヴィルジニーの庇護下に置かれ、クレムの魔手から守られることになった。お付き侍女に扮したエミリーもだ。
「嵐のような方だったわね……」
ヴィルジニーが去った後、ハーリオン侯爵夫人が呟いた。くっついてしまう魔法を解かれたリオネルとルーファスも、ほっと胸を撫で下ろした。
「お母……母上は、正式に妃でもないし、ただの魔法騎士だからって、宮殿に住むのも嫌がったんだ。でも、僕が王子としてここに住まないと、兄上が危ないって、おじいさまが」
雑談の中でも、ヴィルジニーは国王に仕える騎士の身分でありながら、彼に対する批判を繰り返していた。社交の場に出たことがないおとなしい深窓の令嬢であったが、王妃である叔母に似ているという理由で国王のお手つきになった。初めこそ運命の出会いだと思ったそうだ。妊娠が判明した段階で、実は相手は会ったことがない叔父で国王だったと判り、叔母への申し訳なさと共に、裏切られた思いがして怒りがこみ上げてきた。二度と騙されないように、元々得意だった魔法を極め、剣の稽古に励んだ結果、見事騎士の試験に合格したのである。国王は彼女を王太子の近衛騎士に任命して近くにおいているのだ。
「兄上のためだって言われたら、断れないもんね。兄上の味方は、王宮内では母上と僕だけだから」
「俺も味方だぞ」
「ルー一人じゃ頼りないよ。母上はいざとなったら近衛騎士を動かせるし、近衛隊の皆は母上が厳選したから、スパイはいないはず。だから、母上の力が及ぶ春の宮殿にいれば、他から危害を加えられない。……それにしても、クレムがソフィア様を軟禁していたなんてねえ。兄上の魔法の先生をしている人間が、そんなことを……」
まだ信じられないという顔で、リオネルは首をひねっている。
「夫はどこに……クレメンタインから無事でいると聞いているのですが。二人で一緒にいるから心配しないようにと、グランディアに手紙を書けと言われたものの、姿を見ないままでは安心できませんわ」
ハーリオン侯爵夫人は手元のハンカチをぎゅっと握り締めた。美魔女の瞳に涙が浮かんだ。
「侯爵様は、兄上のところにいるんだ」
「では、この宮殿の中に?」
「ううん。今は、兄上のものになっている離宮にいる。要人の警護のために、そのほうがいいってクレムが言ったんだ」
「つまり、お父様はクレムが出入りする場所にいるのね?」
母と視線を合わせ、エミリーは厳しい顔で問いかけた。状況は思っていたより悪い。
「うん。……魔法の先生が言うことを、兄上は少しも疑わなかったよ。僕が話しても、多分兄上はクレムの言うことを信じると思う。師弟の絆が強いから」
「王太子殿下はクレムの言いなり?」
「言い方は悪いけど、まあそうかもね。……シナリオにはあんな人いなかったんだよなあ」
「シナリオって?」
「ああ、こっちの話です。お気になさらず」
侯爵夫人に問いかけられて、リオネルは慌てて取り繕った。乙女ゲームの話を説明しても分かってもらえそうにない。
「リオネル、お願いがある」
「なあに?」
「お母様をここから連れ出せないなら、私がお父様のところに行く。連れて行って」
――守られてばかりじゃ解決しない。どれだけ頑丈な鳥籠でも、自由はないの。
「えっ?宮殿を出ると、身の安全は保障できないよ?いくらエミリーは魔法が得意だからって……。今晩はゆっくりして、明日にしなよ。僕も兄上から情報を聞き出しておく」
リオネルはルーファスに目配せをし、二人揃って部屋を出て行く。ドアから一歩出たところで振り返り、
「そうそう。言うの忘れてたけどさ」
とまた戻ってきた。
「ハロルドには、ノアと組んで動いてもらってる。ノアの配下がグランディアに行って、ハロルドが危なくないようにフォローしてるから大丈夫だよ。じゃ、おやすみ!エミリー」
笑顔で手を振り、活発な第四王子は部屋を後にした。
「アレックスが言ってたことと同じだね。うちの周りに不審者がいるって」
一読してジュリアがマリナに手紙を返した。
「侍女が怯えているらしいわ。住み込みでなく、通いの侍女は特にね」
「うちの若い侍女で、通いの子なんていないんじゃない?」
「オードファン家に引き抜かれて、最近は人数が少ないよねえ?」
「……そう言えばそうね。若い侍女でなくても、何か具体的に嫌がらせをされたとか、お遣いの時に後をつけられたとか、問題があったのかもしれないわ」
三人の姉が頭を悩ませている傍で、椅子に座って足をぶらぶらさせながら、弟のクリスが思案顔をしていた。
「姉様……お邸に行きたいの?僕、一緒に行こうか?」
「そうだよ!クリスと転移魔法でお邸に行って、ジョンから直接聞きなよ」
「エミリーちゃんが結界を張っているから、お邸の中には不審者は入れないし、危なくないと思うよ。ビルクールのことは、ジュリアちゃんと私が引き受けるよ」
「アリッサ……」
「警護は私とアレックスがいるから任せて。マクシミリアン?がまたアリッサを海に落としたら、今度は二人がかりでシメるから」
歯を見せて笑うジュリアと、胸を叩いて凛々しい顔をするアリッサに、マリナは一抹の不安を覚えながら弟の手を取った。
◆◆◆
リオネルの母・ヴィルジニーは、事実上この王宮の中で最強の人物である。王太子の伯父であるルゲ侯爵の娘であり、(本当は王女だが)第四王子の生母で、自身も魔法騎士として毎日研鑽を積んでいる。国王の命令で、彼女やリオネル、王太子が住む春の宮殿は、最高レベルの警備体制をとっているらしい。ハーリオン侯爵夫人は、賓客としてヴィルジニーの庇護下に置かれ、クレムの魔手から守られることになった。お付き侍女に扮したエミリーもだ。
「嵐のような方だったわね……」
ヴィルジニーが去った後、ハーリオン侯爵夫人が呟いた。くっついてしまう魔法を解かれたリオネルとルーファスも、ほっと胸を撫で下ろした。
「お母……母上は、正式に妃でもないし、ただの魔法騎士だからって、宮殿に住むのも嫌がったんだ。でも、僕が王子としてここに住まないと、兄上が危ないって、おじいさまが」
雑談の中でも、ヴィルジニーは国王に仕える騎士の身分でありながら、彼に対する批判を繰り返していた。社交の場に出たことがないおとなしい深窓の令嬢であったが、王妃である叔母に似ているという理由で国王のお手つきになった。初めこそ運命の出会いだと思ったそうだ。妊娠が判明した段階で、実は相手は会ったことがない叔父で国王だったと判り、叔母への申し訳なさと共に、裏切られた思いがして怒りがこみ上げてきた。二度と騙されないように、元々得意だった魔法を極め、剣の稽古に励んだ結果、見事騎士の試験に合格したのである。国王は彼女を王太子の近衛騎士に任命して近くにおいているのだ。
「兄上のためだって言われたら、断れないもんね。兄上の味方は、王宮内では母上と僕だけだから」
「俺も味方だぞ」
「ルー一人じゃ頼りないよ。母上はいざとなったら近衛騎士を動かせるし、近衛隊の皆は母上が厳選したから、スパイはいないはず。だから、母上の力が及ぶ春の宮殿にいれば、他から危害を加えられない。……それにしても、クレムがソフィア様を軟禁していたなんてねえ。兄上の魔法の先生をしている人間が、そんなことを……」
まだ信じられないという顔で、リオネルは首をひねっている。
「夫はどこに……クレメンタインから無事でいると聞いているのですが。二人で一緒にいるから心配しないようにと、グランディアに手紙を書けと言われたものの、姿を見ないままでは安心できませんわ」
ハーリオン侯爵夫人は手元のハンカチをぎゅっと握り締めた。美魔女の瞳に涙が浮かんだ。
「侯爵様は、兄上のところにいるんだ」
「では、この宮殿の中に?」
「ううん。今は、兄上のものになっている離宮にいる。要人の警護のために、そのほうがいいってクレムが言ったんだ」
「つまり、お父様はクレムが出入りする場所にいるのね?」
母と視線を合わせ、エミリーは厳しい顔で問いかけた。状況は思っていたより悪い。
「うん。……魔法の先生が言うことを、兄上は少しも疑わなかったよ。僕が話しても、多分兄上はクレムの言うことを信じると思う。師弟の絆が強いから」
「王太子殿下はクレムの言いなり?」
「言い方は悪いけど、まあそうかもね。……シナリオにはあんな人いなかったんだよなあ」
「シナリオって?」
「ああ、こっちの話です。お気になさらず」
侯爵夫人に問いかけられて、リオネルは慌てて取り繕った。乙女ゲームの話を説明しても分かってもらえそうにない。
「リオネル、お願いがある」
「なあに?」
「お母様をここから連れ出せないなら、私がお父様のところに行く。連れて行って」
――守られてばかりじゃ解決しない。どれだけ頑丈な鳥籠でも、自由はないの。
「えっ?宮殿を出ると、身の安全は保障できないよ?いくらエミリーは魔法が得意だからって……。今晩はゆっくりして、明日にしなよ。僕も兄上から情報を聞き出しておく」
リオネルはルーファスに目配せをし、二人揃って部屋を出て行く。ドアから一歩出たところで振り返り、
「そうそう。言うの忘れてたけどさ」
とまた戻ってきた。
「ハロルドには、ノアと組んで動いてもらってる。ノアの配下がグランディアに行って、ハロルドが危なくないようにフォローしてるから大丈夫だよ。じゃ、おやすみ!エミリー」
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