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閑話 聖杯の行方
聖杯の行方 4
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食堂で四人が夕食を取っていると、室内だというのに風が吹いた。
「……?」
エミリーが動きを止めて、耳に手を添えた。
「どうしたの?」
「……はあ」
風魔法で届いたのは、担当教官からの呼び出しだった。
食事を切り上げて出て行こうとしたエミリーに、後ろから甲高い声がかけられる。
「あら、どこに行くのかしら?」
誰の声だか、振り返らなくても分かる。面倒くさくて無視すれば、声がさらに高くなった。
「ちょっと!無視する気?」
「……急いでるの」
「夜に出かけたって言いつけてやる」
「あっそ。勝手にすれば」
何か叫んでいるアイリーンを残し、エミリーは転移魔法を発動させた。
◆◆◆
「……用って、何?」
不意に背後に現れた教え子に、マシューはびくりと肩を震わせた。
「早かったな」
「食事中だったんだけど?」
「……悪かった。実は、手伝ってほしいことがある」
マシューの話の続きを聞くまでもなく、依頼は推測できた。目の前に大量の眼鏡がある。それも、ジュリアやセドリックが使っていたような、色の組み合わせに問題がある眼鏡である。
「これ……」
「学院の教師は、内職を禁じられていないからな。時間がある時にこうして魔導具を作っているのだが……納品日に間に合わない」
「これ、効果があるの?能力が百倍って聞いたけど」
「試作品が店に出ていたのか。これはキーンジェルンの祭りで売る品物だ。ある区域に入れば、眼鏡にかけられた魔法の封印が解け、何らかの能力が発動する」
「何だか分からないの?」
「この……縁に書いてある文字、分かるか?」
「疾風迅雷?」
他にも、「信用第一」「美人薄命」「五里霧中」などと書いてある。信用第一はともかく、他の効果が発動したら大変なことになる。
「祭りの会場で売られる、くじ引き眼鏡だ。キーンジェルンでは、この眼鏡を買って聖杯争いに参加するらしい。何の効果が出るか、うまくいけば有利になる」
「……運が全てってこと?」
「ああ。字は気にしなくていいから、適当に緩い魔法を封じ込めてくれ。人が傷つかないものを」
――なんて適当なんだ。
「……分かった。手伝うから、報酬は?」
「何でも願いを叶えてやる」
――まさか、マシューも出るつもり?
頬に触れた指の温度と、フッと笑った顔が破壊力抜群で、エミリーは何も言えず、近くにあった黄色とピンクの眼鏡を掴んで魔法を籠めた。
◆◆◆
「私は偽物だと思うわ。騙されたのよ、ジュリア」
「絶対本物だってば!すっごい魔法が出るって店のおじさんが言ってたもん」
エミリーが寮の部屋に入ると、長姉と次姉が口喧嘩をしているところだった。
「あ、エミリーちゃん!」
エミリーを見つけるなり、アリッサが泣きそうな顔で走り寄って来た。安心したい時用の熊のぬいぐるみを抱いている。
「ジュリアちゃんの眼鏡、偽物だよね?マリナちゃんが言っても信じてくれなくて……。喧嘩になっちゃったの」
「……止めればいいの?」
「うん。あ、魔法はやめてね」
「何で?」
「あの眼鏡が本物で、魔法が当たったら……怖いよぉ」
「……心配ない」
つかつかと二人に近づき、
「それ、本物だから」
と呟いた。ジュリアの瞳に輝きが宿り、すぐに「どうだ、ふふん」と勝ち誇った顔になる。
「聞いた?マリナ」
「……聞こえているわ」
「エミリーが言うんだから本当だよねえ?私の眼鏡は最強の魔導具なんだよ」
「どういうことなの?あなたも偽物だと思っていたでしょう?説明して頂戴」
「あー……」
腰に手を当てたマリナの眼が怖い。女王オーラを放つ迫力に逆らえない。エミリーは明後日の方向を見て説明を始めた。
「……ええと、マシューがこれを作った?」
「そう」
「先生って、内職してもいいんだ……」
「いいみたい。……これは先に納めた試作品だから、マシューが作ってるし、何か効果はあると思う」
「マシューじゃない誰かが作ったのもあるの?」
眼鏡を手で擦りながらジュリアが訊ねた。エミリーは内職を手伝ったことを言うべきかどうか迷った。話せば、マシューが聖杯争いに出るかもしれないことも言わなければならなくなる。確かめたわけではないのだが。
「……そうみたい。聞いた話だけど」
自分が適当に魔法を籠めた眼鏡が当日売られるとは言わない。あくまで伝聞ということにしておく。眼鏡をかけて盛り上がる姉達を残し、エミリーはさっさと寝室に引き上げた。
◆◆◆
祭り当日。
前日までのぐずついた天気が嘘のように晴れ渡り、セドリックの晴れ男伝説にまた新たな一ページが加わった。お忍びで来ていたはずなのに、何処からか知れ渡ったのだろう。祭りの主催者から神のように崇められて、セドリックは悪い気はしなかった。
「何か、とてもいいことをした気分だよ」
王太子が来ているという噂が広まり、小さな町はたくさんの人で溢れていた。
――会場に来ただけでありがたがられるって本当なのね。警備の皆さんの苦労を思えば、申し訳ない気持ちでいっぱいになってもおかしくはないのに。なんて能天気なのかしら。
マシューとエミリーが魔力を籠めた妖しい眼鏡の出店を横目に、マリナは強張った微笑で王太子を見た。
「……?」
エミリーが動きを止めて、耳に手を添えた。
「どうしたの?」
「……はあ」
風魔法で届いたのは、担当教官からの呼び出しだった。
食事を切り上げて出て行こうとしたエミリーに、後ろから甲高い声がかけられる。
「あら、どこに行くのかしら?」
誰の声だか、振り返らなくても分かる。面倒くさくて無視すれば、声がさらに高くなった。
「ちょっと!無視する気?」
「……急いでるの」
「夜に出かけたって言いつけてやる」
「あっそ。勝手にすれば」
何か叫んでいるアイリーンを残し、エミリーは転移魔法を発動させた。
◆◆◆
「……用って、何?」
不意に背後に現れた教え子に、マシューはびくりと肩を震わせた。
「早かったな」
「食事中だったんだけど?」
「……悪かった。実は、手伝ってほしいことがある」
マシューの話の続きを聞くまでもなく、依頼は推測できた。目の前に大量の眼鏡がある。それも、ジュリアやセドリックが使っていたような、色の組み合わせに問題がある眼鏡である。
「これ……」
「学院の教師は、内職を禁じられていないからな。時間がある時にこうして魔導具を作っているのだが……納品日に間に合わない」
「これ、効果があるの?能力が百倍って聞いたけど」
「試作品が店に出ていたのか。これはキーンジェルンの祭りで売る品物だ。ある区域に入れば、眼鏡にかけられた魔法の封印が解け、何らかの能力が発動する」
「何だか分からないの?」
「この……縁に書いてある文字、分かるか?」
「疾風迅雷?」
他にも、「信用第一」「美人薄命」「五里霧中」などと書いてある。信用第一はともかく、他の効果が発動したら大変なことになる。
「祭りの会場で売られる、くじ引き眼鏡だ。キーンジェルンでは、この眼鏡を買って聖杯争いに参加するらしい。何の効果が出るか、うまくいけば有利になる」
「……運が全てってこと?」
「ああ。字は気にしなくていいから、適当に緩い魔法を封じ込めてくれ。人が傷つかないものを」
――なんて適当なんだ。
「……分かった。手伝うから、報酬は?」
「何でも願いを叶えてやる」
――まさか、マシューも出るつもり?
頬に触れた指の温度と、フッと笑った顔が破壊力抜群で、エミリーは何も言えず、近くにあった黄色とピンクの眼鏡を掴んで魔法を籠めた。
◆◆◆
「私は偽物だと思うわ。騙されたのよ、ジュリア」
「絶対本物だってば!すっごい魔法が出るって店のおじさんが言ってたもん」
エミリーが寮の部屋に入ると、長姉と次姉が口喧嘩をしているところだった。
「あ、エミリーちゃん!」
エミリーを見つけるなり、アリッサが泣きそうな顔で走り寄って来た。安心したい時用の熊のぬいぐるみを抱いている。
「ジュリアちゃんの眼鏡、偽物だよね?マリナちゃんが言っても信じてくれなくて……。喧嘩になっちゃったの」
「……止めればいいの?」
「うん。あ、魔法はやめてね」
「何で?」
「あの眼鏡が本物で、魔法が当たったら……怖いよぉ」
「……心配ない」
つかつかと二人に近づき、
「それ、本物だから」
と呟いた。ジュリアの瞳に輝きが宿り、すぐに「どうだ、ふふん」と勝ち誇った顔になる。
「聞いた?マリナ」
「……聞こえているわ」
「エミリーが言うんだから本当だよねえ?私の眼鏡は最強の魔導具なんだよ」
「どういうことなの?あなたも偽物だと思っていたでしょう?説明して頂戴」
「あー……」
腰に手を当てたマリナの眼が怖い。女王オーラを放つ迫力に逆らえない。エミリーは明後日の方向を見て説明を始めた。
「……ええと、マシューがこれを作った?」
「そう」
「先生って、内職してもいいんだ……」
「いいみたい。……これは先に納めた試作品だから、マシューが作ってるし、何か効果はあると思う」
「マシューじゃない誰かが作ったのもあるの?」
眼鏡を手で擦りながらジュリアが訊ねた。エミリーは内職を手伝ったことを言うべきかどうか迷った。話せば、マシューが聖杯争いに出るかもしれないことも言わなければならなくなる。確かめたわけではないのだが。
「……そうみたい。聞いた話だけど」
自分が適当に魔法を籠めた眼鏡が当日売られるとは言わない。あくまで伝聞ということにしておく。眼鏡をかけて盛り上がる姉達を残し、エミリーはさっさと寝室に引き上げた。
◆◆◆
祭り当日。
前日までのぐずついた天気が嘘のように晴れ渡り、セドリックの晴れ男伝説にまた新たな一ページが加わった。お忍びで来ていたはずなのに、何処からか知れ渡ったのだろう。祭りの主催者から神のように崇められて、セドリックは悪い気はしなかった。
「何か、とてもいいことをした気分だよ」
王太子が来ているという噂が広まり、小さな町はたくさんの人で溢れていた。
――会場に来ただけでありがたがられるって本当なのね。警備の皆さんの苦労を思えば、申し訳ない気持ちでいっぱいになってもおかしくはないのに。なんて能天気なのかしら。
マシューとエミリーが魔力を籠めた妖しい眼鏡の出店を横目に、マリナは強張った微笑で王太子を見た。
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