悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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学院編 14

494 悪役令嬢と跪く美剣士

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「く、曲者ぉおおおお!」
寝室に入ったジュリアの第一声はそれだった。
目にもとまらぬ速さで暖炉の火掻き棒を手にすると、マリナに寄り添う『曲者』らしき影に近づき、頭から一太刀を――浴びせられなかった。
「!?」
黒い服の『曲者』は真剣白羽取りの要領でジュリアの攻撃を防ぎ、青緑色の瞳を嬉しそうに細めた。
「久しぶりですね、ジュリア」
「ハリー兄様!?ぇえ?おかえり。ってか、帰ってたんだ?」
ハロルドはマリナに視線を向け、ふふ、と笑った。
「ええ。マリナを攫いに来ました」
「さら……ぇええええ!?ちょ、マリナ、いいの?殿下はどうするのさ?」
「誤解よ、ジュリア」
「駆け落ちじゃないの?」
「いずれは……ですが、今晩は違います」
――いつかは駆け落ちするつもりなのか。まだ諦めてないんだ……。
義兄の執念深さに驚きつつ、ジュリアは聞き逃さなかった。
「今晩は、って何さ?」
「お兄様がお話しした通りのことよ。私、攫われるか殺されるかなんですって」
「殺す……?何で?兄様は……」
「私を雇っている主が、マリナを連れてこいと……拒んだら殺せと言っているのです。私は誰にもマリナを渡したくない。殺すなんて以ての外です。私の命を差し出せばそのどちらも選ばなくてよいのなら、この命を差し出しても構わないと思っています」
「うわ……」
「私、お兄様に連れられてどこかへ行くことはできないのよ。ビルクールのことで、明日、王宮に行こうと思うの」

マリナからビルクールの状況を説明され、ハロルドは渋い顔をした。
「船を、全て……」
「それしか方法はありません。ビルクール海運を会社ごとお渡しすれば、グランディア一の貿易会社ですから、あるいは……」
「ダメだよ。会社までなくなったら、領地もないのにどうやって生きていくのさ?」
「お父様とお母様が戻らなければ、私が陛下に直接説明をするわけにはいかないし、お邸を手放さなければいけなくなるかもしれないわね。どこか町はずれに小さな家を借りて、皆、できることをして収入を得る道を……」
町はずれの古い貸家に四姉妹とクリスとハロルドで暮らすところを想像する。用心棒のアルバイトに行ったジュリアが帰宅すると、魔法薬作りの手を止めてエミリーが部屋から出てくる。マリナは礼儀作法の家庭教師をしていて、アリッサはクリスの面倒をみながら編み物や刺繍をして店に納めている。
「……難しそうだね」

「エスティアも、王家直轄領になったのですか?」
「いいえ。ですが、時間の問題かと」
「兄様の故郷じゃん。いざとなったら住まわせてもらおうよ。領主館に」
自分って天才と言わんばかりに声を上げる。マリナには妹の発案がすばらしいとは思えなかった。エスティアは穀物の収穫量も少なく、冬は厳しい気候の土地だ。ハロルドがどんなに品種改良をしたところで、積雪のある冬期間は作物を作ることができないだろう。その領地の収入はたかが知れている。
「ところで、ジュリア。あなた、ビルクールに残ったはずよね。どうやってこんなに早く戻って来られたの?魔法陣が直ったのかしら?」
「あ!」
短く叫んで、ジュリアは寝室の外へ飛び出して行った。ドアを開け、マリナとハロルドに出てくるように言う。
「ごめん、下でノアが待ってるんだ」
「ノアが?」
「一緒に来てって言われて、空飛ぶ馬でここまで来たの。マリナ、話を聞いてもらえるかな?」

   ◆◆◆

「待ちくたびれたよね?」
「まあな。……というのは冗談ですよ、ジュリア様」
少し癖のある黒髪をさらりと掻き上げ、ノアはワイルドな色気を滲ませて笑った。
「久しぶりですね、ノア」
「あなたが困っていると聞き及びまして、ジュリア様をお連れしました」
ハロルドが困ったから自分が連れて来られるとはどういうことなのだろう。ノアとハロルドの顔を交互に見て、ジュリアは訝しんだ。
「説明されてないよね?」
「そうでしたね。……ハロルド様、ジュリア様をお連れになってはいかがです?」
「ふえ?私?」
「密偵として放っております我が配下の者の報告では、ハロルド様が指示されたのは、ハーリオン侯爵の娘を連れてくること。侯爵様には四人のお嬢様がいらっしゃいます」
「だから、どうして私なの?」
「一番お強いからに決まっていますよ」
「強いって……へへへ。褒められるとくすぐったい」
――やるわね、ノア。ジュリアの弱点を確実に突いてきているわ。流石、リオネル様の側近だけはある。
内心ノアの手腕を称賛しながら、マリナは一つ注文をつけた。
「ジュリアを行かせるのは、いくらお兄様が一緒でも危険なのではありませんか。騎士を目指して剣技科で勉強している身で……」
「ジュリア様でなければ難しいのです。実は、リオネル様の密命を受け、入り込んでいるのは一人二人ではありませんでした。ですが、魔力の高い者ほど早くに音を上げました。戻った者に聞いたところ、敵の本拠地には強力な魔法で結界が張られ、あちこちに魔法陣が置かれているそうです。それらが作用しあい、魔力を敏感に感じ取る者は酔ってしまう」
「魔力ゼロの私なら、酔わないで楽勝ってこと?」
「その通りです。ジュリア様をご令嬢として……失礼しました。ご令嬢のジュリア様をお連れすれば、命令を違えることなく、かつ、敵の本拠地を混乱に陥れられるでしょう。ジュリア様が結界の外に出て場所を明らかにすれば、雇用主、即ち敵の正体も白日の下にさらされます。騎士団に情報を伝え、踏み込ませて調査させることも可能です」
「……敵を混乱させるのも、リオネルの作戦なのかしら?」
視線を落としてノアは頭を振った。
「いいえ。リオネル様は細かい指示はなさいません。ただ、アスタシフォン国内で不穏な動きをしている者達と連絡を取り合っている、グランディアの貴族を探せとお命じになりました。禁輸品の貿易で不正な利益を上げ、資金を横流ししているのは準男爵でしたが、彼に入れ知恵をしている人物がいると突き止めました。見たところ名家の使用人でした。後をつけると町で用心棒を募集していましたので、知り合いにいい人物がいると言って、配下を潜りこませました。私も、敵の正体を掴めていないのです。我が国とどのような関係があるのかも」
強い眼差しでマリナとジュリアを見つめ、ノアは二人の前に跪いた。
「どうか、我々に力をお貸しください、ジュリア様」
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