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ゲーム開始前 1 出会いは突然じゃなくて必然に?
18 悪役令嬢は囁きに堕ちる
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翌日。
マリナが侯爵家自慢の中庭にある四阿に佇んでいると、義兄ハロルドがこちらへ向かって歩いてきた。
眩しい陽射しに照らされた蜂蜜色の髪が煌めき、オーラのようにも見える。
これで隠しキャラでなかったら何なのだろう。
「マリナ。ここにいたんですね」
侯爵家に引き取られて一年以上経っても、ハロルドは敬語を使うことをやめない。初めの何回かは普通に話してほしいと言ったものの、もう慣れてしまった。
「少し、考えたいことがありまして」
「そうですか」
ハロルドは四阿に入ってくると、マリナの隣に腰かけた。
隣、というか、密着してないですか?
「お兄様?」
「……昨日、あなたが真っ青な顔で王宮から帰ってきたと聞きました」
執事から漏れたのか。義兄は父と王宮の晩餐会の後に戻ってきたはず。その頃にはマリナは落ち込みから立ち直っていた。
「あれは、その。うん、もうよくなりましたから」
ここで心配させてはいけない。義兄に付け入る隙を与えたくなかった。
「本当に?」
「はい。ご心配には及びません」
「心配で心配で、あなたの部屋へ行こうかと思いましたが」
何だって?
「部屋は四人で共有していますから」
「ええ。ジュリア達の迷惑になってはいけないかと、お見舞いを控えました」
いくら義兄でも、妹の部屋に夜中に押しかけるなんておかしい。
一人部屋でなくてよかったとマリナは心から思った。
「私は……」
言いかけてハロルドは手を伸ばす。背にかかるマリナの銀髪を撫でる。今日は少しだけ背中が見える大人びたデザインのドレスを着ている。マリナはしまったと思った。
――背中、わ、触ってる……。
くすぐったいような変な感覚がして、どうしたらよいか分からず、黙ってハロルドを見つめた。
「あなたが王宮の魔物に捕まってしまったのではないかと心配になったのです」
「王宮の、魔物?」
「王宮には魔物が巣食っているではありませんか。権力に取り憑かれ、あるいは嫉妬に狂い蹴落としあう、恐ろしい魔物が」
貴族社会のことか。マリナは合点がいった。
昨日の晩餐会に連れて行かれたハロルドは、侯爵の養子として紹介されたものの、好奇の目にさらされて辛い思いをしたのだろう。美しい容姿が目立つだけに余計に。
「お兄様こそ、昨日は何かあったのですか?お顔の色が優れませんね」
「大したことはありませんよ」
長い睫毛に縁どられた切れ長の瞳が優しく細められる。
「私を気にかけてくださるのですね、マリナ」
ん?
あれ?
何か、変……っていうか、お兄様顔赤くない?
マリナは身体をずらして、左側のハロルドから離れようとするが、右側がベンチの肘置きに密着している以上、自然な逃げ場がなかった。
いきなり立ち上がるのも不自然だし、変に意識したように思われては困る。どこに義兄の地雷ポイントがあるか分からない。どうしよう。
「実は、昨日の晩餐会で、何人かのご令嬢と知り合いになりました」
侯爵の養子(継嗣になる可能性あり・超絶美形)を目の前にして、狩りに走る令嬢方の血眼になった瞳が思い浮かぶ。マリナはああ、と頷いた。
「お兄様が微笑みかけたら、皆様コロっと……コホン。何でもありません」
ハロルドはくすりと笑って
「私が微笑みかければ、令嬢は私に夢中になるとでも?」
と続ける。
くそう。イケメンだと思って余裕だな。
そうだよ、そのとおりだよ。
ハロルドの流し目を受け、マリナは内心イライラした。
「そうやって、何人か夢中にさせてきたのではありませんか?」
ツン、と四阿の外を向く。
「私がご令嬢と仲良くしたらいけませんか」
やけに嬉しそうな義兄は、声までも弾んでいる。変声期なのに艶のある美声がマリナの耳をくすぐる。
――耳に息がかかってるんですけど。
慌てて手で耳を押さえると、指先が一瞬ハロルドの唇に触れた。
近い。ジュリアも他人との距離感がおかしい子だけれど、義兄も相当だ。
「いけなくないです。わ、私、ピアノの練習がありますので、失礼しますわ」
唐突に立ち上がり、マリナはそそくさと四阿を後にした。
◆◆◆
「危なかった……」
青ざめて長椅子に倒れこんだマリナを、顔を横に傾けてアリッサが見つめた。
「どうしたの、マリナちゃん。ドレスがぐしゃぐしゃだよ?」
「皆と一緒の部屋でよかったわ」
「ジュリアちゃんが歯ぎしりしても?」
「うん」
「エミリーちゃんが夜中に魔法使っても?」
「そうよ。四人で寝てなかったら、義兄が夜中に……」
「……寝こみを襲われる?」
エミリーがぼそりと呟く。
「襲う?それは穏やかじゃないね」
ジュリアがベッドから立ち上がって、マリナの隣に座る。反対隣にはアリッサが座っている。
「私が王宮から帰ってから変だったでしょう。誰かに聞いたみたいで、心配して押しかけようかと思ったみたいなの」
「げ」
「危険な兆候だね」
「マリナちゃんが十歳じゃなかったら、大問題になるところよ」
「……既成事実作られる」
「エミリー!怖いこと言わないでよ」
「でもさ」
ジュリアが首を傾げる。
「攻略対象キャラなのに、どうしてマリナにロックオンしてるのさ。ヒロインに行けよって思わない?」
「悪役令嬢をゲロ甘に可愛がっている義兄を攻略……なんて別に萌えないよね」
「誰得?」
四人はうーんと唸った。
「マリナちゃんに相手にされなくて、ヒロインに走るのかなあ?」
「それって、お兄様を相手にしろってこと?」
「冗談やめてよ、アリッサ、ジュリア」
「冗談でもない」
エミリーが静かに言う。
「ハロルドはハーリオン侯爵家の中にいて、内情も全て知っている。万が一こちらを裏切れば、ヒロイン方には百人力、私達は瀕死のダメージを負う」
「断罪エンドの立役者になるかもしれないわね」
「それやばい、絶対放しちゃダメだってば」
マリナの肩を掴んで、ジュリアががくがくと揺さぶる。
「痛いっ」
「ハリー兄様をヒロインに取られたらおしまいだよ、マリナ」
「ちゃあんと掴まえておいてね、マリナちゃん」
「頑張れ」
「だからどうして、そこで私一人が担当なのよっ!」
妹達に励まされ、マリナは頭を抱えた。
嬉しそうに微笑んだ義兄の顔を思い出し、失敗したと呟いた。
マリナが侯爵家自慢の中庭にある四阿に佇んでいると、義兄ハロルドがこちらへ向かって歩いてきた。
眩しい陽射しに照らされた蜂蜜色の髪が煌めき、オーラのようにも見える。
これで隠しキャラでなかったら何なのだろう。
「マリナ。ここにいたんですね」
侯爵家に引き取られて一年以上経っても、ハロルドは敬語を使うことをやめない。初めの何回かは普通に話してほしいと言ったものの、もう慣れてしまった。
「少し、考えたいことがありまして」
「そうですか」
ハロルドは四阿に入ってくると、マリナの隣に腰かけた。
隣、というか、密着してないですか?
「お兄様?」
「……昨日、あなたが真っ青な顔で王宮から帰ってきたと聞きました」
執事から漏れたのか。義兄は父と王宮の晩餐会の後に戻ってきたはず。その頃にはマリナは落ち込みから立ち直っていた。
「あれは、その。うん、もうよくなりましたから」
ここで心配させてはいけない。義兄に付け入る隙を与えたくなかった。
「本当に?」
「はい。ご心配には及びません」
「心配で心配で、あなたの部屋へ行こうかと思いましたが」
何だって?
「部屋は四人で共有していますから」
「ええ。ジュリア達の迷惑になってはいけないかと、お見舞いを控えました」
いくら義兄でも、妹の部屋に夜中に押しかけるなんておかしい。
一人部屋でなくてよかったとマリナは心から思った。
「私は……」
言いかけてハロルドは手を伸ばす。背にかかるマリナの銀髪を撫でる。今日は少しだけ背中が見える大人びたデザインのドレスを着ている。マリナはしまったと思った。
――背中、わ、触ってる……。
くすぐったいような変な感覚がして、どうしたらよいか分からず、黙ってハロルドを見つめた。
「あなたが王宮の魔物に捕まってしまったのではないかと心配になったのです」
「王宮の、魔物?」
「王宮には魔物が巣食っているではありませんか。権力に取り憑かれ、あるいは嫉妬に狂い蹴落としあう、恐ろしい魔物が」
貴族社会のことか。マリナは合点がいった。
昨日の晩餐会に連れて行かれたハロルドは、侯爵の養子として紹介されたものの、好奇の目にさらされて辛い思いをしたのだろう。美しい容姿が目立つだけに余計に。
「お兄様こそ、昨日は何かあったのですか?お顔の色が優れませんね」
「大したことはありませんよ」
長い睫毛に縁どられた切れ長の瞳が優しく細められる。
「私を気にかけてくださるのですね、マリナ」
ん?
あれ?
何か、変……っていうか、お兄様顔赤くない?
マリナは身体をずらして、左側のハロルドから離れようとするが、右側がベンチの肘置きに密着している以上、自然な逃げ場がなかった。
いきなり立ち上がるのも不自然だし、変に意識したように思われては困る。どこに義兄の地雷ポイントがあるか分からない。どうしよう。
「実は、昨日の晩餐会で、何人かのご令嬢と知り合いになりました」
侯爵の養子(継嗣になる可能性あり・超絶美形)を目の前にして、狩りに走る令嬢方の血眼になった瞳が思い浮かぶ。マリナはああ、と頷いた。
「お兄様が微笑みかけたら、皆様コロっと……コホン。何でもありません」
ハロルドはくすりと笑って
「私が微笑みかければ、令嬢は私に夢中になるとでも?」
と続ける。
くそう。イケメンだと思って余裕だな。
そうだよ、そのとおりだよ。
ハロルドの流し目を受け、マリナは内心イライラした。
「そうやって、何人か夢中にさせてきたのではありませんか?」
ツン、と四阿の外を向く。
「私がご令嬢と仲良くしたらいけませんか」
やけに嬉しそうな義兄は、声までも弾んでいる。変声期なのに艶のある美声がマリナの耳をくすぐる。
――耳に息がかかってるんですけど。
慌てて手で耳を押さえると、指先が一瞬ハロルドの唇に触れた。
近い。ジュリアも他人との距離感がおかしい子だけれど、義兄も相当だ。
「いけなくないです。わ、私、ピアノの練習がありますので、失礼しますわ」
唐突に立ち上がり、マリナはそそくさと四阿を後にした。
◆◆◆
「危なかった……」
青ざめて長椅子に倒れこんだマリナを、顔を横に傾けてアリッサが見つめた。
「どうしたの、マリナちゃん。ドレスがぐしゃぐしゃだよ?」
「皆と一緒の部屋でよかったわ」
「ジュリアちゃんが歯ぎしりしても?」
「うん」
「エミリーちゃんが夜中に魔法使っても?」
「そうよ。四人で寝てなかったら、義兄が夜中に……」
「……寝こみを襲われる?」
エミリーがぼそりと呟く。
「襲う?それは穏やかじゃないね」
ジュリアがベッドから立ち上がって、マリナの隣に座る。反対隣にはアリッサが座っている。
「私が王宮から帰ってから変だったでしょう。誰かに聞いたみたいで、心配して押しかけようかと思ったみたいなの」
「げ」
「危険な兆候だね」
「マリナちゃんが十歳じゃなかったら、大問題になるところよ」
「……既成事実作られる」
「エミリー!怖いこと言わないでよ」
「でもさ」
ジュリアが首を傾げる。
「攻略対象キャラなのに、どうしてマリナにロックオンしてるのさ。ヒロインに行けよって思わない?」
「悪役令嬢をゲロ甘に可愛がっている義兄を攻略……なんて別に萌えないよね」
「誰得?」
四人はうーんと唸った。
「マリナちゃんに相手にされなくて、ヒロインに走るのかなあ?」
「それって、お兄様を相手にしろってこと?」
「冗談やめてよ、アリッサ、ジュリア」
「冗談でもない」
エミリーが静かに言う。
「ハロルドはハーリオン侯爵家の中にいて、内情も全て知っている。万が一こちらを裏切れば、ヒロイン方には百人力、私達は瀕死のダメージを負う」
「断罪エンドの立役者になるかもしれないわね」
「それやばい、絶対放しちゃダメだってば」
マリナの肩を掴んで、ジュリアががくがくと揺さぶる。
「痛いっ」
「ハリー兄様をヒロインに取られたらおしまいだよ、マリナ」
「ちゃあんと掴まえておいてね、マリナちゃん」
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