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ゲーム開始前 1 出会いは突然じゃなくて必然に?
30 洋上にて
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【ハロルド視点】
先刻。
別れ際に抱きしめたマリナの温もりを思い出しながら、私は眠りに落ちた。
ハーリオン侯爵が所有する貿易会社「ビルクール海運」所有の大型船に乗り、満足な客室がないからと船長室を案内されたのは、邸を出た翌日の正午過ぎのことだった。
船長は気のいい男で、息子のような私に構いすぎなくらい優しくしてくれる。船酔いしないかと気を遣い、酔い止めの魔法薬を持ってきてくれた。
お蔭で朝までぐっすり……のはずだったが。
「坊ちゃん、ハロルド坊ちゃん。起きてくださいよ」
渋々目を開ければ、船長は申し訳なさそうにこちらを見ている。
「何かありましたか」
「実は、もう一人お客さんを乗せることになっちまいまして」
「この船は客船ではないでしょう?」
「はあ。しかしなあ……ビルクールの本社からどうしてもと頼まれたもんで」
ビルクールはこの船が本拠地にしている港である。私の生まれた山間の領地エスティアの他にハーリオン侯爵家が所有する領地の一つで、主に海洋貿易で栄えているところだ。海運会社の本社もそこにある。
「義父上のお客様なのでしょうか」
「どうだかなあ。本社からの話だから、旦那様のお知り合いだとは思いますがね」
「わかりました。それで、私は部屋を移ればよろしいのですね」
「いやあ悪いね、ハロルド坊ちゃん。この貸しは後で五倍にして返すよ」
「あなたは悪くありません」
ぺこぺこと頭を下げる船長の横を通り、僅かな手荷物を持って隣の船室へ移動する。荷物が少ないのは、私の荷物の大半が既に先方へ到着しているためだ。両手で抱えられる程度の荷物を持ち運ぶと、船が揺れた拍子にカシャンと音がして何かが落ちた。
「おっと坊ちゃん。何か落ちましたよ」
船長が拾い上げたのは、薄い水色の小さな髪飾りだった。
出発前にこっそりマリナの衣裳部屋へ入り、一つだけ借りてきたものだ。彼女が子供の頃、私の両親が管理人を務める土地へ来た日につけていた品だ。小ぶりで上品な意匠が彼女の好みらしい。
「ありがとうございます」
船長からひったくるように髪飾りを奪うと、殆ど倉庫と言っていい狭い船室に入って荷物を下ろした。
◆◆◆
髪飾りを眺めながら、マリナのことを考えていると、急に隣が騒がしくなった。船長が言っていた他の客が乗って来たのか。船主であるハーリオン侯爵の養子の私に部屋を移らせたのだから、身分ある貴族に違いない。
私は挨拶をしようと船室のドアに手をかけた。
――おかしい。
鍵がかかっていないのに、ドアが開かない。びくともしない。何か重いもので入口を塞がれている。
やがて外から男達の争う怒号が聞こえた。ドスン、ガツンと船室の壁に何かが当たる音がする。アスタシフォンへの航海は、海賊が跋扈する小島の近くを通ると聞いた。海運会社の船は海賊の恰好の餌食に違いない。危険を察知した船長は、私を守るために賓客が乗ると嘘をついて物置へ籠め、外側から荷物で塞いだのだろう。
私は息を殺して外の物音が止むのを待った。
物置部屋には窓がなく時間の経過は分からない。
いつ連れ出されてもいいように、シャツの内ポケットにマリナの髪飾りを忍ばせた。
隠れているうちに寝てしまったらしい。
ドスンドスンと荷物を除ける音がし、物置部屋のドアに手がかかった。
――誰か来る!
ドアを開けるのは、あの優しい船長であってほしいという私の期待は、下卑た笑いを浮かべる男達の視線の前に粉々に砕かれた。
「おー、こりゃあ別嬪の兄ちゃん発見」
どやどやと室内に入り込み、髭の男が私を後ろ手に拘束すると、歯の抜けた赤ら顔の男が私の顔を掴んで上を向かせる。
「ふうん、女みてえに綺麗なツラしてやがるな……高く売れそうだぜ」
「……売る?」
微かに呟いた私の声を聞きもらさず、男の一人が笑った。
「お前みたいな綺麗な奴隷が好きだっていう奴もいるもんでな。しかも、小汚ねえ平民のガキじゃねえ、貴族の坊ちゃんとくりゃあ、高い金を払おうって奴も出てくる」
人身売買か。
グランディアには奴隷制がないが、船で行ける範囲の国でも、裕福な家では奴隷を使役しているところもあるという。
――嫌だ。
遠くに連れて行かれてしまっては、二度とマリナに会えなくなる。
「は、なせっ!」
身体を捩って逃げようとしたが、すぐに頬と腹を殴られた。
「ごほっ……ぐっ、げほ、げほ……」
床に転がって咳き込むと、口の中に血の味が広がった。
「逃げられるなんて思うな。……おい、お前、こいつを見張ってろ」
「あい!」
「逃げようとしたら二、三発くらわせてやれ。顔はあんまり殴るんじゃねえぞ」
首領の指示に頷き、歯の抜けた男が部屋に残った。
◆◆◆
翌朝。
一睡もできないうちに朝が来た。別の男が呼びに来て、船室から出ろと言われた。
逃げようとしなくても、鬱憤晴らしのために何度か殴られ、上着は泥だらけでところどころ擦り切れている。殴られて意識を失っていた間に盗まれてはいないかと不安になって、シャツの内ポケットを探ると、髪飾りは奪われずにそこにあった。
急いで服を直しながら、水色の宝物を握りしめる。
――死ぬ前にもう一度、あなたに会いたかった。
髪の毛を掴まれ、引きずられるように甲板に出される。蹴られたせいか、なかなか脚に力が入らない。
「おら、グズグズすんじゃねえよ」
ふらついてマストの柱に肩をぶつけ、その場に倒れこむ。
「こっちだ」
数人に蹴り転がされ、船の先端近くへ這いつくばっていく。そこには赤ら顔の男が刃渡りの長い剣を持って待っていた。
「アスタシフォンとグランディアの船が追って来やがった。お前は逃げるのに邪魔だ」
――殺されるのか……?
漠然と思った。足手まといの私を奴隷として売るのを諦め、殺して海に捨てようとしている。斬られて海に落ちたら間違いなく死ぬ。
渾身の力で片膝を立てると、服の中の髪飾りが微かに音を立てた。
――ああ、マリナ。私に力を!
海賊の刃が振り下ろされる瞬間、立ちあがって走り、甲板を蹴った。
瞬時に空と海が反転し、私は深い青へと墜ちて行った。
先刻。
別れ際に抱きしめたマリナの温もりを思い出しながら、私は眠りに落ちた。
ハーリオン侯爵が所有する貿易会社「ビルクール海運」所有の大型船に乗り、満足な客室がないからと船長室を案内されたのは、邸を出た翌日の正午過ぎのことだった。
船長は気のいい男で、息子のような私に構いすぎなくらい優しくしてくれる。船酔いしないかと気を遣い、酔い止めの魔法薬を持ってきてくれた。
お蔭で朝までぐっすり……のはずだったが。
「坊ちゃん、ハロルド坊ちゃん。起きてくださいよ」
渋々目を開ければ、船長は申し訳なさそうにこちらを見ている。
「何かありましたか」
「実は、もう一人お客さんを乗せることになっちまいまして」
「この船は客船ではないでしょう?」
「はあ。しかしなあ……ビルクールの本社からどうしてもと頼まれたもんで」
ビルクールはこの船が本拠地にしている港である。私の生まれた山間の領地エスティアの他にハーリオン侯爵家が所有する領地の一つで、主に海洋貿易で栄えているところだ。海運会社の本社もそこにある。
「義父上のお客様なのでしょうか」
「どうだかなあ。本社からの話だから、旦那様のお知り合いだとは思いますがね」
「わかりました。それで、私は部屋を移ればよろしいのですね」
「いやあ悪いね、ハロルド坊ちゃん。この貸しは後で五倍にして返すよ」
「あなたは悪くありません」
ぺこぺこと頭を下げる船長の横を通り、僅かな手荷物を持って隣の船室へ移動する。荷物が少ないのは、私の荷物の大半が既に先方へ到着しているためだ。両手で抱えられる程度の荷物を持ち運ぶと、船が揺れた拍子にカシャンと音がして何かが落ちた。
「おっと坊ちゃん。何か落ちましたよ」
船長が拾い上げたのは、薄い水色の小さな髪飾りだった。
出発前にこっそりマリナの衣裳部屋へ入り、一つだけ借りてきたものだ。彼女が子供の頃、私の両親が管理人を務める土地へ来た日につけていた品だ。小ぶりで上品な意匠が彼女の好みらしい。
「ありがとうございます」
船長からひったくるように髪飾りを奪うと、殆ど倉庫と言っていい狭い船室に入って荷物を下ろした。
◆◆◆
髪飾りを眺めながら、マリナのことを考えていると、急に隣が騒がしくなった。船長が言っていた他の客が乗って来たのか。船主であるハーリオン侯爵の養子の私に部屋を移らせたのだから、身分ある貴族に違いない。
私は挨拶をしようと船室のドアに手をかけた。
――おかしい。
鍵がかかっていないのに、ドアが開かない。びくともしない。何か重いもので入口を塞がれている。
やがて外から男達の争う怒号が聞こえた。ドスン、ガツンと船室の壁に何かが当たる音がする。アスタシフォンへの航海は、海賊が跋扈する小島の近くを通ると聞いた。海運会社の船は海賊の恰好の餌食に違いない。危険を察知した船長は、私を守るために賓客が乗ると嘘をついて物置へ籠め、外側から荷物で塞いだのだろう。
私は息を殺して外の物音が止むのを待った。
物置部屋には窓がなく時間の経過は分からない。
いつ連れ出されてもいいように、シャツの内ポケットにマリナの髪飾りを忍ばせた。
隠れているうちに寝てしまったらしい。
ドスンドスンと荷物を除ける音がし、物置部屋のドアに手がかかった。
――誰か来る!
ドアを開けるのは、あの優しい船長であってほしいという私の期待は、下卑た笑いを浮かべる男達の視線の前に粉々に砕かれた。
「おー、こりゃあ別嬪の兄ちゃん発見」
どやどやと室内に入り込み、髭の男が私を後ろ手に拘束すると、歯の抜けた赤ら顔の男が私の顔を掴んで上を向かせる。
「ふうん、女みてえに綺麗なツラしてやがるな……高く売れそうだぜ」
「……売る?」
微かに呟いた私の声を聞きもらさず、男の一人が笑った。
「お前みたいな綺麗な奴隷が好きだっていう奴もいるもんでな。しかも、小汚ねえ平民のガキじゃねえ、貴族の坊ちゃんとくりゃあ、高い金を払おうって奴も出てくる」
人身売買か。
グランディアには奴隷制がないが、船で行ける範囲の国でも、裕福な家では奴隷を使役しているところもあるという。
――嫌だ。
遠くに連れて行かれてしまっては、二度とマリナに会えなくなる。
「は、なせっ!」
身体を捩って逃げようとしたが、すぐに頬と腹を殴られた。
「ごほっ……ぐっ、げほ、げほ……」
床に転がって咳き込むと、口の中に血の味が広がった。
「逃げられるなんて思うな。……おい、お前、こいつを見張ってろ」
「あい!」
「逃げようとしたら二、三発くらわせてやれ。顔はあんまり殴るんじゃねえぞ」
首領の指示に頷き、歯の抜けた男が部屋に残った。
◆◆◆
翌朝。
一睡もできないうちに朝が来た。別の男が呼びに来て、船室から出ろと言われた。
逃げようとしなくても、鬱憤晴らしのために何度か殴られ、上着は泥だらけでところどころ擦り切れている。殴られて意識を失っていた間に盗まれてはいないかと不安になって、シャツの内ポケットを探ると、髪飾りは奪われずにそこにあった。
急いで服を直しながら、水色の宝物を握りしめる。
――死ぬ前にもう一度、あなたに会いたかった。
髪の毛を掴まれ、引きずられるように甲板に出される。蹴られたせいか、なかなか脚に力が入らない。
「おら、グズグズすんじゃねえよ」
ふらついてマストの柱に肩をぶつけ、その場に倒れこむ。
「こっちだ」
数人に蹴り転がされ、船の先端近くへ這いつくばっていく。そこには赤ら顔の男が刃渡りの長い剣を持って待っていた。
「アスタシフォンとグランディアの船が追って来やがった。お前は逃げるのに邪魔だ」
――殺されるのか……?
漠然と思った。足手まといの私を奴隷として売るのを諦め、殺して海に捨てようとしている。斬られて海に落ちたら間違いなく死ぬ。
渾身の力で片膝を立てると、服の中の髪飾りが微かに音を立てた。
――ああ、マリナ。私に力を!
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