悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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ゲーム開始前 4 グランディア怪異譚?

69 悪役令嬢は鬼に笑われる

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ガシャン。
金属製の腕輪がベッドの下に落ちた。
「型がついてしまったかな」
長い白髭の宮廷魔導士団長は、申し訳なさそうに姉妹を見た。手のひらから光が迸り、エミリーの全身を包んだ。手首の傷は跡形もなく綺麗になった。
「ありがとうございました」
マリナが代表で礼を述べた。
「いやいや。お嬢さんには手錠などしなくてよかったものを。うちの若いのが失礼したね」
何度も頭を下げて、白いローブの老人は出て行った。
「エミリーちゃん、起きないね」
白い肌、長い銀の睫毛、小さな唇。
これで胸が規則正しく上下していなければ人形のようだ、とアリッサは妹を見た。
無表情で無口な妹が激しく兵士を威嚇する様子が思い出される。
「マシューのためにあんなに頑張ってた……」
そっと手を握る。
「アリッサ、エミリーをお願いね。私はジュリアを迎えに行ってくるわ」
「そうだ!ジュリアちゃん!」
「私のドレスを着て車寄せに向かったはずなのよ。あの子が窓から出られないわけがないし、足が速いから着いていると思うんだけど」
「大丈夫かなあ……」
ドレスを着ても大股で歩くジュリアを思いだし、アリッサは不安になった。

   ◆◆◆

「只今戻りました」
アレックスは王太子の私室のドアを開け、中に入ると一礼した。
「お帰り、アレックス。指輪は役に立ったかな」
「すみません、殿下。俺がマリナを見つけられないうちに……」
「エミリーが倒れて運ばれたって聞いたよ。間に合わなかったんだね」
「はい。……これを」
掌に金の指輪を乗せ、アレックスはセドリックに差し出した。

マリナに置いて行かれた後、セドリックは自分がはめていた王家の紋章入りの指輪をアレックスに託した。マリナに渡してほしいと。城内でマリナが困った時、王太子の命令だと言えば何とかなることもある。少しでもマリナの助けになりたかったのだ。
「僕は……マリナの役に立てないから。指輪なら、邪魔にならないと思ったのに。うまくいかないものだね」
「俺が、間に合わなかったから……」
「いいんだよ、アレックス。僕の力なんて最初から要らなかったんだ。マリナ達は自分で解決したじゃないか。マシューは釈放されたし、エミリーももうすぐ目覚めるだろう」
セドリックは指輪をはめた。
豪奢な布張りの肘掛椅子に身体を投げ出し、天を仰いで目を閉じた。
「……ごめん。今日は帰ってくれる?一人になりたい」
「は、はい。……じゃあ、失礼します」
アレックスの足音が遠ざかると、セドリックの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

   ◆◆◆

車寄せに一台の馬車が到着した。
従者に手を取られ、中から出てきたハーリオン侯爵夫人は、車寄せにハーリオン家の馬車があるのに気がついた。マリナが乗って来たものに違いないと思い、近寄って中を窺った。
「ん、まああああ!」
中には座席に横になり、背凭れの上に足をかけ、大股開きで寝ている娘の姿があった。
「ジュリア!!」
「む、ん、ううう……」
「あなた、なんて恰好しているの!ドレスなのよ、ドレス!」
ドレスの裾は無残に捲れ上がり、ジュリアの鍛えられた脚が見えている。
「お、お母様!?」
「見たのが私だからいいようなものの、誰かに見られたらどうするの。あなたは貴婦人としての作法がなっていないわ」
侯爵夫人が美しい顔で凄んだ。
――ひいいいい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい。
「男の子の服で剣を振り回すのもいいけれど、レディとしての嗜みが少しも身についていないでしょう。礼儀作法の時間も真面目にやっていないみたいね」
昼寝から目覚めてすぐにお説教タイムである。次第に普段の生活態度に話が及び、ジュリアは竦み上がった。
「私もあなたに甘かったかもしれないわ」
「……お母様?」
侯爵夫人の後ろから声がかけられた。
「あら、マリナ。……あなたがジュリアの服を着ているのはどうして?」
うっ。
マリナは言葉に詰まった。母の向こうでは、こってり絞られていたジュリアが、矛先が変わって嬉しそうな顔をしている。
――あいつめ。私はジュリアのとばっちりじゃないの。
「これはジュリアに交換してくれと頼まれたんですわ、お母様」
「マ、マリナぁ……」
ジュリアが泣きそうな顔をする。
「どうしたの?ジュリア。……そうね、今日はいろいろあったものね。鎧が動き出したり、とか?」
「ひっ」
息を呑む音が聞こえ、マリナは母そっくりの凄味のある微笑を浮かべた。

エミリーが目覚めるのを待ち、ハーリオン侯爵夫人は四つ子を連れて帰路についた。中に入るなり、執事のジョンが夫人に耳打ちをし、二人は詳しい話をするために書斎へ向かった。
「ああー、コルセット脱ぎたいっ!」
ジュリアが寝室へ猛ダッシュしていき、マリナはエミリーを支えて歩き出した。
「ゆっくりでいいのよ」
「ありがとう」
「マリナちゃん、これ!」
最後に馬車を降りたアリッサが、黒い上着を持ってきた。
「男物?ジュリアが着ているのとは違うわね」
「ジュリアちゃんのより大きいみたい」
「ひとまず部屋に戻ってからよ。ジュリアったら、ドレスなのに走って……またお母様に怒られても知らないわよ」
マリナが呆れ、肩を貸しているエミリーがにやりと笑った。
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