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ゲーム開始前 6 王妃の茶会

89-2 悪役令嬢は王太子に構われる(裏)

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【アレックス視点】

父上に押し切られて、俺は王妃様の茶会に参加することになった。
前日にジュリアンが家を訪ねてきた。練習を終えると侍女のエレノアが紅茶とマフィンを用意し、味を絶賛しながら頬張る。
「明日の茶会、お前も出るんだろ?」
俺はジュリアンに尋ねた。令嬢の相手は疲れるが、こいつと一緒に終わる時間まで隠れてしまえばいい。そんなことを考えながら。
「うーん。私、出るっちゃ出るけど、出ないと言えば出ないなー」
「はっきりしろよ」
一年ほど前からだろうか。ジュリアンは自分のことを時々「私」と言うようになった。貴族の男子は大人になれば、自分を「私」と呼ぶのだから不思議はないのだが、女顔で華奢なジュリアンが言うと、彼が本当に女なのではないかと錯覚してしまう。
「アレックスは出るの?」
「父上の絶対命令だからな」
「そっかー」
話していると、エレノアが何かに気づいたらしく、ジュリアンに耳打ちした。さっと表情が強張り、ジュリアンはエレノアに連れられて部屋を出ていく。何かあったのだろうか。
ジュリアンが座っていた椅子には、赤地に金刺繍の上着が無造作に置かれている。親切心から俺は服を背凭れに掛けようとした。
カタ。
内ポケットから薄紫色の小瓶が落ちた。
「これは……」
俺はその瓶に既視感を覚えた。間違いない、これはあの時の……。

――アレックス……好き……。

芝生の上に俺を押し倒し、潤んだ瞳で見つめたジュリアンを思い出す。熱い吐息も。
一気に顔が火照る。と同時に、ジュリアンがこの薬を持っている理由が気になった。エミリーからあの日の出来事を聞かされ、俺に真偽を確かめに来たのか。告白したのかと聞かれて、簡単にはいそうですなんて言えるか。あいつの「好き」の意味が友情から来るものだったとしたら、キスしようとした俺はただの痴漢野郎だ。だが……ジュリアンも嫌そうではなかった。
この薬をジュリアンが飲めば、あの時の再現ができる。
悶々としながら小瓶を持つ手が震える。
紅茶に入れるか?いや、ダメだ、返そう。
俺が立ち上がった時、手汗で滑った小瓶がテーブルへ飛ぶ。
カン!
高い音がしてマフィンの皿に当たり、瓶が欠けて中身が漏れる。
「しまった!」
慌てて瓶を取り、手を切らないようにハンカチで包む。中身は殆ど漏れ出てしまったようだった。動揺している俺の耳に、重い足音が聞こえた。
「父上」
「休憩中か、アレックス」
「はい。今日のところは終わりにしようかと」
「明日は茶会だからな。疲れた顔では令嬢を虜にできまい」
父上は大股で俺の傍まで来ると、どっかりと椅子に腰を下ろす。さっきまでジュリアンが座っていた長椅子が小さく見える。
「おっ、うまそうだな」
「ダメです父上、それは!」
「エレノアのマフィンだろ。いいじゃないか、また作ってもらえ」
そう言って父上は皿の上のマフィンを次々と口に放り込んだ。

   ◆◆◆

翌日。
俺は母上に連れられて王宮に行った。
拾い食いをしても中らないのに、昨日から父上が腹の病にかかったらしい。母上も心配していたが、大人が付き添わないでは茶会に出席できない。王太子殿下とは何度もお会いしているとはいえ、今回は学友、つまり側近を選ぶ茶会でもある。気乗りはしないが行かないわけにはいかなかった。
茶会の前に、王太子殿下とレイモンド、それから何人かの男子と俺は剣の稽古をした。殿下も他の連中も剣は嗜み程度でしかなく、俺の相手になるような奴はいなかった。侯爵令息のジュリアンがこの場にいないのが不思議だったが、出るか出ないかはっきり言わなかったし、仕方ないと諦めた。

茶会の場に行くと、王太子殿下の登場に令嬢が皆こっちを向いた。そりゃそうだよな。王太子妃を狙ってるんだ。レイモンドには婚約者がいるのに、隙あらば奪ってやろうという肉食獣のような目で見ている。おっかねえ。
奥のテーブルにマリナがいた。
殿下は久しぶりに見たマリナに顔を綻ばせて、駆け出していきそうな勢いだった。レイモンドと俺が両脇に立ち歩く速さを抑える。
「もっと早く歩け」
「ダメだ。主人に飛びつく犬かお前は」
レイモンドが殿下にダメ出しする。小さい声が聞こえた。
アリッサは緑、エミリーは紫の服を着ていた。……ん?
あの赤いドレスの令嬢は……。
先日ハーリオン家の窓から見えた謎の少女か。
マリナには「何も見ていないでしょう」「あなたは何も見なかった!」と脅されたけど、見たよな。銀髪の女の子がいて、俺と目が合って……。
「久しぶりだね、マリナ」
殿下が王太子妃候補のマリナと挨拶する。一時期頻繁に会っていた二人だったが、殿下が真面目に勉強するようになって、会う時間がなくなったらしい。嬉しそうに目を細める殿下の隣で、俺はマリナの斜め後ろにいる女の子を見ていた。
姉妹と同じ銀の髪、下ろすと腰に届く長さも、勝ち気そうな紫の瞳も、細くても筋肉がついた腕も、ジュリアンそのものだった。
女装?なぜだ?
「ジュリア。それが本来の君の姿なんだね」
はあ?
何だって?
衝撃で顎が外れそうな俺の横で、殿下はジュリアン……ジュリアの手を取り歩いて行こうとする。待てよ。
「で、殿下!」
――手を離せ!俺のジュリアンに触るな。
「何だ、アレックス」
「殿下がエスコートすべきは、マリナ嬢です!」
ジュリアも赤くなってるんじゃねえ!
告白しあったのは夢だったのか?
「そうかな。周囲にとけ込めないでいるジュリア嬢を、皆に紹介するのも僕の役目だと思うけれどね。……ああ、アレックス。君は彼女と幼馴染だったね」
「はい」
だからどうした。親友で、覚えていなくたって告白だってした仲なんだからな。
「共に過ごした時間が長いからといって、ジュリア嬢は君の婚約者でも何でもない。彼女が運命の相手に出会える機会を、君は潰すつもりなのか」
何でも、ない?運命の、相手?
女になってしまったジュリアンは、俺との友情を忘れてしまったのか。
一緒に騎士になろうと誓い合った日々は、全部嘘なのか。
ドレスと噂話と男の話しかしないようなつまらない令嬢に、お前もなってしまったのか。
ジュリアのドレスから覗く白い背中を呆然と見つめ、俺はその場に立ち尽くした。
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