悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!

青杜六九

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閑話 マシューと猫

マシューと猫 後

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魔法科教官室から独身寮へ、猫を飼うか否か悩みながら歩いていたマシューが、目の前にいる小さな存在に気づいたのは偶然だった。
木の下の茂みがカサコソと揺れ、何かが隠れている。
――この、気配は!
マシューの全身を柔らかいビロード生地が滑るような感触が包む。間違いなくエミリーの魔力だ。
揺れる茂みを覗き込む。
「にゃーん?」
銀灰色の子猫がこちらを見ていた。
「猫?おいで、いい子だね」
小さな身体を思わず抱き上げ、目を細めて顔を近づける。
撫でると目を瞑って気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
――何てことだ。運命の出会いに違いない。
愛らしくてつい唇を寄せた。
「んーっ」
――首を傾げてるぞ!
にゃーん。
子猫は小さく鳴いた。温かい身体からは、エミリーの魔法の感触がする。
昼休みにエミリーに問われた、動物使役魔法が頭をよぎる。銀灰色の毛色がエミリーの銀髪を思わせる。
――この猫、もしかしてエミリーか!?
目の前の猫の身体に意識を乗せ、エミリーが自分を見ているとしたら?優しく声をかけた自分を見て、大爆笑しているのではないか。笑われるのはまだマシだ。口づけにドン引きされたら、言いふらされたら……立ち直れない。
ビシ。
マシューの周りに放たれた魔力が固まった……ような気がした。
――ま、まずい!
慌てて子猫を地面に下ろす。マシューのローブをすり抜け、軽やかな足取りで子猫は走り去った。

   ◆◆◆

翌日。
授業にも出ず、マシューは一人悶々と悩んでいた。
――エミリーにキス魔だと思われてしまう。
既にエミリーはマシューを覗き魔だと断定している。これ以上おかしな行動記録が増えてしまったら、指導教官としての沽券にかかわる。
――嫌われたくない。
どう取り繕ったところで、子猫にキスした事実は変わらない。動物使役魔法で子猫に意識を乗せていたのはエミリーだ。魔力の波動がそう告げていた。
いっそのこと部類の猫好きを装って、何もかもうやむやにできないだろうか。

太陽が高く上った頃、魔法科教官室のドアを叩く音が聞こえた。
「マシュー先生、います?」
いるともいないとも告げないのに、マシューの魔力の気配を感じて、エミリーが部屋に入ってきた。
「昨日お借りした本を、お返ししますね」
「あ、ああ……」
エミリーをちらちら盗み見るようにして、マシューはローブの袖で顔を隠していた。
――変なの。まあ、マシューが変なのは前からだけど。
今日は輪をかけて挙動不審だ。
「あれ?」
「な、何だ」
おどおどしたマシューの声が裏返る。
「先生、猫が好きなんですか?」
よく見ればマシューの黒いローブに白っぽい猫の毛がついている。学院内には件の捨て猫をはじめ、野良猫も複数棲みついている。猫を抱いたのだろうか。
「……うっ。これは、いや、何でもないんだ」
何らかの衝撃を受けたらしく、マシューが胸を押さえて机に突っ伏した。
エミリーがへりくだると魔法の気配がくすぐったくなるから、二人の時は敬語を使うなと言われていたのを思い出す。
――くすぐったくてたまらないのかな。
「それならいいけど……」
「き……聞いてもいいか、エミリー?」
――何よ、わざとらしい。
「へ?」
「昨日の、き、キスの件だが……」
――キス?何を言っているの?
「マシュー、昨日キスしたの……?」
自慢じゃないが、溺愛してくれる恋人がいる姉達と異なり、エミリーにはキスの経験がない。未経験者に自慢話をするのはセクハラではないか。
「あ、いや、うん。あまりに可愛らしくて、つい、出来心で」
――可愛ければ誰でもいいのか!?
エミリーは無性に苛立った。うまく気持ちの説明ができない。
自分達姉妹の部屋を遠見魔法で覗いていた男である。「出来心」は存分にあるだろう。
「で、自慢話を聞かされて私にどうしろというの?あなたの性癖に感想でも言えばいい?」
「俺の?……ってどういう意味だ?」
「可愛いからって見境なく手を出すのはどうかと思う!」
「見境なく?違う!お前の魔力の感触がしたんだ」
――私と誰かを混同してるの? 
「嫌だ!気持ち悪いこと言わないで!」
「気持ち悪くなんかない!お前の魔力は気持ちいいんだ」
「だから、それが気持ち悪いって言ってるの!」
「とにかく、お前の魔力の波動が気持ちよかったから、キスしたくなって……っ!」
慌ててマシューが手で口を塞ぐ。
――今の、何?
気持ちよかったから、キスしたい、って……私に?
かあっと顔に血が集まり、エミリーの顔が赤く……ならなかった。
無表情のまま頬を両手で押さえ、二度首を横に振り、無言で教官室を出て行った。

   ◆◆◆

後日。
マシューは、メーガン先生から子猫の引き取り先が決まったと聞かされた。
「動物使役魔法?……まあ、あの子達には無理、無理。ふふふ」
肉付きのよい手をひらひらさせる。
「そうなんですか?」
「活発で、片時もじっとしていないもの。抱いていてもすぐ逃げてしまうのよ。呪文を詠唱している暇がないわ」
――では、あの時の猫は……?エミリーが魔法で俺を見ていたのではなかったのか?
「マシュー先生が引き取るつもりだったなら、先に言ってくださればよかったのに」
――エミリーに、俺は何を言って聞かせた?
真っ青になって立ちすくむマシューの肩を叩き、メーガン先生は
「猫は、また次の機会にね」
と見当違いの励ましをした。
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